8:一体何をすればいいのかしら……?
ディーンは魔法を使い帰って行ったので、あっという間にその姿は消えてしまう。
部屋に戻ると、片づけとなった。
するとパールをはじめとした、白いモフモフの使い魔たちが、テーブルに残った料理を食べながら、片づけをしてくれていた。
「ナタリー、そんな素敵なドレス着ているんだ。片付けはオイラ達がやっておくよ。この美味しいアプリコットを使ったスイーツでちゃらだぜ」
パール達の言葉に「まったくお前たちは現金だ」とアンディは言いながら、何やら考え込んでいる。
私は……どうしていいのか分からない。
正直、この家に滞在中は。
必ず何かをしていた。
朝食が終われば、片づけをして、それが終われば部屋の掃除、洗濯、庭の手入れ。ひと段落したら、昼食のための準備。昼食が終われば、片づけと夕食のための食材調達。
何かしら家事をしていたから。
後片付けをせず、洗い物もする必要がない。
しかもこんな素敵なドレスを着て、一体何をすればいいのかしら……?
ひとまずソファに座った。
もしここが伯爵家だったら。
刺繡をするか、読書をするか、チェスをするか……。
ここに、そう言ったものはあるのかしら?
本棚はある。どんな本があるか、じっくり見たことはないけれど。
「ねえ、アンディ」「なあ、ナタリー」
アンディと思いがけず声をかけるタイミングが被ってしまった。
こういう時。
前世日本人の私は、アンディに話すよう譲ってしまいたくなる。
でもここは中世西洋風の世界観なので。
アンディはレディファーストで私に話すよう譲ってくれる。
ここで押し問答するのは……日本人だけだろう。
私が、いえ私が、いえいえ私が……ってね。
そうならないよう、私から口を開く。
「食材の調達とか必要ないのなら……本棚にある本を読んでもいいかしら?」
アンディは頷き、こう付け加えた。
「食材の調達だけど、昼食と代わり映えしなくてもいいのなら、今日はもういいだろう。イノノシを昨日捌いたし。肉のストックはある。それで本棚の本。勿論、読んでもらっても構わない。ただ、ナタリーが読みたいような本なのか……。食べられる植物についてとか、狩りの基本とか、後は言語学、数学とか……そんな本しかないけど」
なるほど。生活に根付く本と、アンディ自身の知識向上に役立つ本しかないのね。でも……それは仕方ない。だってここはアンディが一人で暮らす家なのだから。
「ごめん……。今度街で、ナタリーが読みそうな本を手に入れてくるよ」
私が即答しないので、アンディが謝罪の言葉を口にした。
「そんな。気にしないでいいわ。今日はたまたま時間ができたでしょう。でも普段はそんな時間ないのだから」
するとアンディは申し訳なさそうな顔になる。
「……確かにそうだな。その……本当は魔法でできることも、ナタリーにやってもらっている。それに召使いやメイドがいれば、ナタリーにはもっと時間的な余裕もできるのに。その分、浮いた時間で、いろいろやりたいこともできると思う。そういうところまで思い至ることができずに……ごめん」
この言葉には驚くしかない。
だって。
私は居候の身。一時的にここに滞在させてもらっているに過ぎない。そんな私のために、わざわざ召使いやメイドを雇う必要は……ないと思う。それに魔法を使うと甘い物が欲しくなるということは。疲れているからだと思う。そんなことにお金や魔法を使い、ここから追い出される日が早まるのは……困る。できれば住み込みの働き先が見つかるまで、ここの家にいたかった。
「私は別に特にしたいこともないから、時間的な余裕が欲しいわけではないわ。そこは気にしないで。それに食材の調達のために森の中を歩き回ったり、畑をいじったりすることは、嫌なわけではないから」
「……ナタリーは元は貴族の令嬢なのに。本当は演劇やオペラを観たり……舞踏会とか行きたいのでは?」
普通はそうなのだと思う。でも私は……。王太子の婚約者だったから。みんながそんなことをしている間、王太子妃教育に追われていた。演劇やオペラは……。
「演劇やオペラは、確かにたまに観ることができたら楽しいとは思うわ。でもそれが必須というわけではないから……。舞踏会は……どうなのかしら? これまでは義務的に顔を出していたから、まさに付き合いね。舞踏会に出て、心から楽しいと思えたことは……一度もないかもしれないわ」
「そう……なのか。女性はみんな、そういうのが好きなのではないの?」
「そう言われると……。私が変わっているのかもしれないわ」
指摘され、自分でもしみじみ思ってしまう。
私が転生者だから?
それとも本来の性格がそうなのかしら?
「……そうか。うん。それを聞けて安心だよ。……確かに演劇やオペラは、たまに観るのはいいかもしれない。……でも舞踏会は楽しくないのに、行くのか? もしかしてディーンに誘われたから?」
それを言われると困ってしまう。
人脈作りと職探しのために舞踏会に行きたい……というのは、ディーンの耳に届いたらとても失礼になりそうだ。
「まあ、舞踏会も年に一度ぐらいは……。それに街の人もみんな来るような気軽な舞踏会なら、楽しいかもしれないわ。それに確かにせっかくディーン様が誘ってくれたのだから……というのはあるかもしれないわね」
するとアンディは、なんとも言えない表情で、ラピスラズリのような瞳を私に向ける。