14:兄の婚約
王都に戻った私の元へもたらされた情報。
それは……。
「ナタリー、お前の兄、ヒューバートが、例の男爵令嬢と婚約することが決まった」
父親にそれを聞いた時は、驚きより、良かった!だった。
断罪された私が、実は無実であると証言してくれた男爵令嬢、その名はイングリッド・ネイピア。彼女と兄ヒューバートの婚約が決まった。これは実に喜ばしい!
イングリッドは元ヒロインのリリィから金を渡され、私に関する嘘の噂を流していた。そのことを、自ら非難されるのを覚悟で、明らかにしてくれたのだ。元々は私にとって、敵であった令嬢。でも自身の罪を悔いて、私の両親に土下座する勢いで謝罪し、自ら修道院に入ったのだ。十分に反省していることが伝わっているし、私は許す気持ちでいた。
そして兄はこのイングリッドの証言により、私を疑ったことを大いに悔やんだ。そして自身の過ちに気づかせてくれたイングリッドに、兄は強烈な一目惚れをしていた。彼女が入った修道院がある村に滞在し、連日面会して、プロポーズをしていたようだが……。
どうやら兄の粘り勝ちだったようだ。
報われて良かったと思う。
ということで王都に戻ると早々に、イングリッドに会うことになった。
本当は修道院へ面会に行き、「あなたを責めるつもりはない。あなたのおかげで私の無罪は証明されたのだから、修道院を出て、幸せを掴んでください」と伝えるつもりでいた。
だがいろいろと私もバタバタし、修道院へ出向くことができずにいた。でも兄との婚約という祝い事の席で会えることになった。私はお祝いする気持ち満々で、我が家の夕食会に招待されたイングリッドとその両親に会うことを楽しみにしていた。
こうして迎えた夕食会当日。
アンディは仕事をなんとか切り上げ、私の婚約者として、夕食会に駆けつけてくれた。自身の瞳と同じラピスラズリ色のテールコートを着て。一方の私も、アンディのテールコートと同色の生地で仕立てたドレスを着ている。スカートは少しグラデーションになっており、そこには大小のビジューが散りばめられていた。それはまるで星空のよう。
私のドレスを見たアンディは……。
「ナタリー。とても素敵なドレスだ。ザロックの森で、星空の遊泳散歩をした時のことを思い出すよ。……また星空の中で、二人きりになろう」
あの整った顔に、糖度100パーセントの甘い笑顔を浮かべ、こんなことを言われたら……。
足の力が入らなくなりそうで、大変!
初対面の時の鬼畜さが……嘘みたい。
そんなアンディと私に加え、黒のテールコート姿の父親と兄、そしてロイヤルパープルのドレスの母親と一緒に、エントランスホールでイングリッドの到着を待っていると……。
「ミラー伯爵令嬢!」
私を見た瞬間に号泣するイングリッドに、驚くことになる。
貴族令嬢は人前で大泣きするのは控えましょう……と習い、育っているはずだった。それがここまで号泣するなんて。
泣きながら私に抱きつき「生きていて本当に良かったです。修道院でも毎日、毎日、ミラー伯爵令嬢の無事を祈っていました。本当にごめんなさい」と何度も繰り返す。こんな彼女に言えることは一つ。
「私はネイピア男爵令嬢。あなたがどれだけ罪を悔いているか、ちゃんと分かっています。あなたを許します。これからは兄と幸せになってください」
「ミラー伯爵令嬢……!」
この様子に私の両親も、兄も、彼女の両親も涙を流す。
アンディは泣くのを堪え、「さあ、ここでの立ち話もなんですから、皆さん、ダイニングルームへ移動しては?」と落ち着いて提案。そこでようやく、皆、移動を開始した。
アンディにエスコートしてもらいながら、私は思わず呟く。
「弟が……リックがこの日は戻ると思ったのに。ダメだったのね」
「仕方ないさ。ナタリーの弟が心酔する令嬢。彼女の転落のきっかけになったのが、ネイピア男爵令嬢なんだ。その彼女が自身の兄と婚約する。親戚になるんだ。義理の姉になり、次期当主として兄と共にミラー伯爵家を継ぐと思ったら……受け入れられないのだろう」
まさにアンディの言う通りだ。
それでも世間体を気にする貴族。
弟も子供ではないのだ。既に社交界デビューだってしているのだから。
そこは大人になり、せめて兄のヒューバートのために、帰ってきてくれればいいのに。
そう思うが、仕方ない。
両親や兄も、弟が戻らなかったことを気にしているようだが、夕食会は和やかにスタートした。
その会話で分かったことは、ネイピア男爵家は、細々と続く目立たない男爵家だった。つまり男爵家と名乗っているものの、その暮らしぶりは決して裕福とは言い難いようだ。
よく見ると、イングリッドが着ている小さな薔薇模様のドレス。数年前に流行したデザインだ。彼女の母親のドレスも、上質な生地であるが、少しくたびれている。元ヒロインリリィに金を渡され、従ってしまったのは……致し方なかったのかもしれない。
ともかくこの日、直接会い、私とイングリッドの間にわだかまりもなく、それどころか絆は深まったと思う。
でもその一方で――。
一つの悪巧みが動き始めていた。
























































