1 連れ去られた聖女
(誤字ラ出現のご連絡ありがとうございます)
西の小国ビリディスには双子の魔法使いがいた。
姉のアーリアは治癒の魔法に長けていて、聖女として神殿で暮らしていた。
妹のフィーリアは、聖女を守る魔法騎士の一人として仕え、神殿を守るのみならず、争いごとの少ないこの国でも時々起こる小競り合いを仲介し、時に他国の狼藉者を押さえ込み、国の平和を守っていた。
ビリディスはアルムラピス帝国の属国だった。
ある日、アルムラピスからビリディスに、シルバークラス以上の魔力を持つ若者を一人差し出すよう要請があった。シルバークラスと言えば、魔法で他者に干渉できるだけの力を持つ者を指す。帝国は、数年に一度、魔力を持つ者を募り、属国にも輪番で要請があったが、その順番が西の果ての小さな国にも巡ってきたのだった。
ビリディスに魔法使いはそう多くはない。それも、シルバークラス以上となると、かなり限られている。
聖女であるアーリアをこの国から失うわけにはいかない。
フィーリアは自ら進んで王に自分がアルムラピスに行くと申し出た。王もまたそれを了承し、一週間後にはアルムラピスに向かう予定だった。
しかし、その三日後、突然アルムラピスから使者が訪れた。
その日、フィーリアは港で起きた輸送船のトラブルに対応するため、その場にいなかった。しかし、使者はフィーリアの帰りを待つことなく、アーリアを連れてその日のうちにアルムラピスへと旅立った。それはあまりにも強引で急だった。
フィーリアはアーリアを追おうとしたが、国でも有力な魔法使いを二人も失うことはできない、と反対され、姉を追うことはかなわなかった。
しばらく見張りがつき、身動きがとれなかったが、やがて警戒が解かれた。
一月近く経った月のない夜、フィーリアは家を抜け出し、一人アルムラピスへと旅立った。
馬を連れ出すことはできず、どこかの街から馬車を乗り継ぐことにした。
自国から出たことのないフィーリアだったが、野営の経験もあり、野宿はさほど苦にはならなかった。街道のそばに森があれば時に獣を仕留め、時に果実を集めて、途中の街で他の食べ物と交換しながら旅を続けた。
アルムラピスまで真っ直ぐ向かう駅馬車はなかったが、東へと向かう馬車をいくつか乗り継ぎ、やがて東への街道が切れた。
途切れた先にはデセルタム国があり、国境には砂丘が広がっていた。
砂丘を避ける道もあったが、かなり遠回りになる。3日もあれば砂丘を抜けることができる、と聞き、近くの街で地元の民が使うマントと、多めの革袋に水を用意し、砂丘を横切る決断をした。
砂丘の途中には水の湧く街があり、途中の道には木々はなくとも草は生えている。それに沿って進めばいい、と聞いていたが、進むほどに草は絶え、ただ砂が広がる荒れた世界は砂漠と言った方が近かった。
嵐に似た風の中、視界を塞がれ、近くにあった砂の窪みに逃れ、風が過ぎ去るのを待った。
道に迷ったかと思われたが、それから東に向けて半日移動したところに小さな街を見つけた。
街には活気がなかった。
街のすぐそばには湖があり、中央の部分に水がありはしたが、やがて消えそうなのは目に見えていた。
かつては今ある街の建物の近くまで水をたたえていたと思われる湖底は、乾きによりひび割れ、湖面は既に半分以下になっていると思われた。
「よくここまで来られたもんだ」
宿の主人が、久々の客を歓待した。
「水が湧かなくなってから、みんなこのルートを避けるようになってなあ。遠回りでも向こうのリグラムの街道を使うようになってしまった。…聖女様が早くお帰りになってくださればいいが」
聖女、と言う言葉に、フィーリアは連れ去られたアーリアを思い出した。
「聖女様は今いないのか?」
「帝国に連れて行かれてしまったよ。うちの番はまだ5年は先だと聞いていたんだが、何でも急ぎ呼び寄せる必要があるとかで、こちらで人を選ぶ間も与えず1年半前に連れ去られ、以来恵みの水が止まってしまって、この通りさ」
1年半前に魔法使いを呼び寄せていながら、また召喚をかけるとは。帝国からの要請は、このところ頻度を増しているようだ。
そんなに魔法使いを集めて、何をするのだろう。
しかも、フィーリアの国ビリディスでも、ここデセルタムでも、連れ去られたのは「聖女」。
聖女の魔力は豊かだが、戦闘向きではない。戦いの準備とは思えないが、民の暮らしを支える聖女を急ぐままに連れ去る帝国のやり方は、どうにも腑に落ちなかった。
「この街も、聖女様のおかげでオアシスとして長年人の行き来があったが、このまま聖女様がお戻りにならなければ、ここもやがて砂に飲まれておしまいだ」
「帝国側にはこのことは? 異議を申し立てなかったのか?」
「建前上は、その国が選んだ魔法使いを差し出したことになっている。それをどうのこうの言おうと、皇帝まで届くことはないさ」
宿の主は不足する水を工面し、フィーリアにこの先の街に抜けるまで充分な水を持たせてくれた。以前より砂漠化が進んでいるので、街道のある街まで出るには1日以上かかるだろう、と言っていた。
フィーリアは、礼を込めて、わずかばかりの雲の魔法を残していった。小さな雲は巡回しながら雨を降らせ、やがて消える。
これだけ乾ききっていれば、フィーリアの魔法で潤すことができるのはたかが知れている。しかし、周辺に残る乾きに強い木々にとっても、今少しの恵みになることを祈った。




