夏の溝(3)
最初の一回目は衝撃だった。
もうだめだって目をぎゅっとつむったら、そのまま寝落ちしてたみたいに朝、布団の上で目が覚めた。もしかして、私幽霊になったのかな…なんて少しワクワクしていたけれど、そんなことはなかった。
それから決まって2日後に私は死んだ。事故にあうとか階段から落ちるとか。強盗にナイフで刺された時が一番怖かったけど、いつも通り目をぎゅっとつむると、なぜか朝が来た。
家でも学校でも、私が死んだとか事故にあったとか、そんなことは何の話題にもなっていない。
私の高校は坂の上にある。家から徒歩で十分。
白いカッターシャツに市内では短めの紺色スカート。制服が可愛いから、なんて今時の女子高生っぽい理由で選んだ高校を今はそれなりに気に入っている。バレー部に所属して毎日練習に励み、教室では友人に囲まれ楽しい学校生活を送る。普通より少し周りに恵まれた女子高生の私はいつからかずっと高校二年の7月を、それもほんの三日間を繰り返していた。
好都合なことに、その三日間の記憶は死ぬ瞬間に大方リセットされるようだった。朝目が覚めた私がわかるのは「繰り返している」ということだけ。
だから別に授業でヒーローになることもできないし、漫画みたいにすべてがうまくいくように修正できるわけでもない。
いろいろ試したけど、何も変わらなかった。死ぬ日に日記をつけてみたりしたけど、そもそも日記をつけたことを覚えてないから意味がないことに気付いてやめた。
食堂みたいに決まりきった朝ごはんを食べて、余裕をもって家を出る。
家からすぐそこの十字路。カーブミラーには同じ制服を着た男女が、音楽を聴いたり、手をつないで歩いたり、おもいおもいの朝を過ごしている。校則で決められた黒髪にほどほどの整髪料で整った短い髪の毛。真っ白なカッターシャツ。
彼が十字路にぼんやりと立っていた。カーブミラー内で目があう。カーブミラーに手を振ると、逃げるように目をそらされた。
挨拶をすると、彼はずいぶん驚いていた。細い目を大きく見開いて信じられないというような表情で。話してみると、彼は私の事故や怪我を気にしていたらしい。
わざと知らないふりをした。本当は泣くほど嬉しかったのに、彼に迷惑をかけてはいけないと思ったから。我ながらに名演技だったと思う。ごまかすようにつかんだ彼の制服からほのかに線香の香りがした。
私は確信した。彼は、私が死んだことを知っている。
彼は、私にとって幼馴染だった。
とはいっても漫画の中みたいに家が隣というわけでもないし、もちろんベランダ伝いに部屋へ入ったりしない。幼稚園のころからずっと同じ学校へ通っている。高校が一緒だったのは単なる偶然で、別にわざと一緒にしたわけではない。
いつからかはわからないが、私は彼を避けていた。最初は何にも気にしていなかった。
どんなに会話が少なくなってもバレンタインのチョコは押しつけのように渡していたし、グループ活動や班活動を一緒にするため一生懸命に声をかけて誘った。休み時間に一人で本を読んでいる彼にちょっかいをかけたこともあった。
一度、私と彼が付き合ってるんじゃないか、と噂になった。私は飛び上るほど嬉しかった。漫画みたいだと感激もしたし、もしかして彼と付き合って、幼馴染で結婚とかしちゃうんじゃないか、と夜寝る前に考えたりもした。でも、彼は違った。
「ごめん」と謝られた時は意味が分からなかったから、困った顔をして笑っておいた。
私が幼馴染らしくしようと、彼に関わっていたすべての行動が迷惑だったんだろうと、今になって思う。それからは、私の中の彼と私の間には大きな大きな溝ができた。
彼が図書室のカウンター当番をしていることは知っていた。一人で重そうに本を運んでいるのを手伝ったことがあったから。
名前はわからないが、図書館の事務員のおじさんが「最近の本貸出機はすごい。バーコード一つを読み取るだけで、その人の利用履歴や今まで読んだ本の冊数がわかる」と感慨深そうに話しているのを思い出してから、試したいことがあった。
私自身が記録したものは消えるけれど、バーコードという形で間接的に残る記録はどうなるのだろう。これが残せれば、私が三日間を繰り返している証拠にならないだろうか。
思ったらすぐに行動するのは昔からの性格で、気が付くと本を彼がいる貸出カウンターに置いていた。借りる本は何でもよかった。どこかで見覚えのある表紙に惹かれて、本を選んだ。
「名前とクラス番号をお願いします。」
彼は私の声に気付いていない様子だった。読みかけの小説をわきに置いて、クラス名簿の棚を見ながら返事を待っている。
「2組12番杉下です」
彼は驚いた顔をしていた。あまりに素直に「珍しいな」なんて言われたから、少しむっとして言い返してしまった。本を選んだ理由も聞かれたから適当に答えた。彼が脇に置いている本と同じシリーズなのに気が付いて、もしかして「前の」私が彼とこの小説で何か話死をしたのかもしれないと思った。
「ねえ、そのバーコードを読み取ったら何の情報がわかるの?」
杉下の名前を探すのに手こずっているのか、ゆっくりと作業している彼の手元を覗き込みながら聞いてみた。すると彼は思ったより丁寧に説明してくれた。どうやらあの事務員さんが言っていたことは本当らしい。
彼が画面の赤い文字を指さしながら、私が借りてから返していない本があることを説明した。かすかに見覚えのある題名は、私が1年前のこのころ借りたものだった。
有名なSF大作の題名。さすがに、君が読んでいて話をしたかったから借りた、とは言えなかった。小さい字を読むのが苦手だったから、すぐ眠くなってしまって読み切れなかった。それからの本の行方は不明。きっと家の本棚の奥のほうに眠っている。
その本がどこにあるかを隠して、大げさにお願いする姿勢を見せると彼はおまけしてくれた。原則、延滞している本があると新しい貸し出しはできないらしい。しかも、なくしたら弁償だなんて、そんなルール聞いたこともなかった。
とにかく、これで私の記録は更新された。
私は二日後に何らかの原因で死ぬ。そしてまた今日に戻ってくる。その時、また彼に貸出記録を確かめてもらえばいいのだ。そこに未来の記録が残っていたら、私の実験は大成功。本当に繰り返されていることの証明になる。
貸出記録がおかしいことに気が付いたとき、彼はどんな顔をするだろう。
私自身、そんなことを確認して何がしたいかよくわからないのだから、考えても分かるはずのないことだった。
とにかく、三日後には答え合わせができる。
これまた食堂みたいに決まりきった晩御飯を食べて、早めにベッドに入った。
二日後、予定通りに私は死んだ。
今回は階段から落ちて死ぬ、というシナリオらしい。一緒に帰っていた女の子の悲鳴が聞こえる。私ってそんなドジじゃないんだけどなぁ、と思いながらぎゅっと目をつむった。ドンっという衝撃が身体を走って、徐々に重たく、まるで雪に埋もれているように冷たくなった。死ぬ感覚だけは毎回あるから性質が悪い。遠くから救急車の音がきこえて、ごつごつした男の人に身体を揺すぶられて、目の前は真っ暗になった。
朝が来た。やはり、私は生きている。
朝ごはんを食べてから身支度をしていると、あの日図書館で借りた本がないことに気が付いた。もしかすると、私がした行動のすべてがリセットされているのかもしれない。一応、本の行方を母親に尋ねてみたが当然知らないといわれてしまった。
図書室の扉を開けたのは、陽が傾いてからだった。
図書館の開館時間なんて知らないので、もう閉まっているかもしれないと思って慌てていった私は、軽く開いた扉に拍子抜けした。
オレンジ色に浮かぶ人気のない図書室が目の前に広がる。カウンターの向こうには、いつも通り静かに椅子に座る彼の姿があった。借りようと思っていたライトノベルはすぐに見つかった。あの日私が借りた棚に、あの日と同じように整頓して並べられていた。
大きくなる心臓を抑えながら、カウンターに本を置く。
彼は、前よりも手際よく名簿から私の名前を見つけた。来ることがわかっていたのだろうか。わざとこちらを見ないようにしているようにも見えた。
ピッと軽い音が静かな図書室に響く。漏れる吐息を必死に抑え、彼の手元を覗き込む。
彼がこちらをみて、画面に表示されている赤い文字のことを注意した。何のことかわからなかったから、必死に考えていると彼が大きくため息をついた。何かを説明しようとして、彼がマウスを握る。と、途端に彼の右手が動きを止めた。
彼の目線が、私と画面の間を行き来した。
ああ、私は彼を巻き込んでしまった。迷惑をかけるつもりはなかったのに、開いたままの溝に橋を架けるつもりはなかったのに。
気が付くと私の唇は震えていた。目の代わりに、泣いているようだった。
「ごめん」
震える唇を抑えて、やっとのことで絞り出した一言は彼の耳まで届いただろうか。
涙をこらえて、図書室から逃げるように走った。
溜まった涙でゆがんだ視界。足元の階段がぐらりと揺れた。
―――もう繰り返すのか。心の中で、何度も何度も謝りながら強く強く目をつむった。
できるならもう二度と目覚めないように。
彼と私の溝が、二度と埋まらないように、願うようにして。
夏の溝、完結です。
2人視点で同じ話を書きたくて書きました。
物語を完結させられたのは今回が初めてで、何かと思うところのある話です。
いつか書き直したいなぁとおもいつつ。ひとまず完結。




