076 ある魔導師は、追いつく
これにて、構ってちゃん編終了。
誤字を若干修正(2020.3.22.)
「おや。これはグラヴェト様」
優が、「冒険王に俺はなる」な田中誠センパイと楽しくお話合いを始めて、しばらくたった頃。
ひと仕事おえた主を万全の態勢で迎えるべくお茶と軽食の準備をしていたセバスチャンが、ふと顔を上げて小首を傾げ。美しい髭を蓄えた口元をほんの少し綻ばせ(この場に優がいればその仄かな微笑みに盛大に萌えたことだろう)ると、虚空に向かってそう呼び掛けた。
「皇国からこの地までの移動で、さぞお疲れでございましょう。丁度、優様が最近気に入っておられるブレンドの珈琲を淹れるところでございましたから、宜しければこちらで先にお寛ぎくださいませ」
セバスチャンがそう言って恭しく礼をした先には、一見何もない。
優が先ほど現実逃避のため観察していた、日本の蓮華によく似た可憐な花や、イネ科の植物によく似た草が生えた草原が広がっているだけ。
だったはずだが。
「―――頂こう」
どこからともなく小さな舌打ちが聞こえた後、憮然とした表情を浮かべたサカスタン皇国魔導団第二中隊隊長、ルーカス・ルリストン・グラヴェトが空間を裂くようにしてその場に現れた。
***
優に対しては快く休暇に送り出したように見せかけていたルーカスだったが、その実、優の旅の状況を、密かに定期的に入手していたのだ。
最初の訪問地であるカルプニア連合王国での動向は、グラヴェト家として取引のあるアロイス・クリプキウスの私邸に寝泊まり(ルーカスとしては業腹ながら)していたので、確認しやすかった。ユタカにはくれぐれも気取られないようにと念押しして、特別料金を弾んで数日おきに、誰と会って何をしていたかなどをできるだけ詳細に書いた報告書を送らせていた。
本音を言えば、そんな他人が書いたものなどではなく、異世界で売られているような監視カメラを応用した魔導で彼女の無事を、遠く離れていても自分の世界にまだ存在することを、確認したい。
しかしどれだけ巧妙に術を編んだところで、ユタカにはあっという間に気取られてしまうだろう。そしてひとたび気取られれば「なにしてんですか。暇なんですか」などと呆れられるだけならまだしも、「うわっキ(その後に続く言葉をルーカスは想像したくないので強制的に意識を落とすこと数回)」とドン引きされ、悪くすればそのまま自分の前から完全に姿を消してしまうのではないか。自分自身を逆の立場に置き換えなくとも容易に想像できるその様。それを思うと、試す勇気はルーカスにはなかった。
だから一日千秋の想いでユタカが帰ってくる日を、クリプキウスから届く便りを待っていたのに、どこかのはた迷惑な王族のせいで、連合王国から彼女は突然出立したというではないか。
その知らせを読んだ瞬間、ルーカスからあふれだした魔力で、強固な魔力障壁を外側だけではなく内側にもはってあるはずの書斎の窓が一斉に割れた。
夜半に、執事だけを共にして街を出たとことを心配したからではない。
ユタカが常時自分の周囲に展開している結界は、魔導師・士の多さでは世界に並ぶものないと言われるサカスタン皇国建国以来の魔力と魔導適性の持ち主と謳われるルーカスが、本気でかかっても破れるかどうかという堅固かつ効率の良いもの。
さらにあのあらゆる意味で優秀な執事が、常に彼女の傍らにいるのだ。ルーカスにとって全く腹立たしいことに。魔獣が跳梁跋扈する森の中だろうが、大国の滅亡をかけた戦場の只中であろうが、彼女が「危険な」目にあうことはないだろう。愚かではなく、危機察知能力がとびぬけて高い彼女がそもそもそんな場所に行くわけもないだろうし。
だから問題は、突然、行き先も告げずに出立したユタカの足取りを追えなくなったことなのだ。
あの時ほどルーカスは、「クリプキウスに魔導鏡を渡しておけば……!」と悔やんだことはない。
魔導鏡は受け取る側にも一定の魔力が必要なのだが、もしクリプキウスになければカルプニア連合王国の魔導士を雇うなり、こちらから派遣するなりすればよかったのだ。本来、「軍事目的に転用が容易な」魔導鏡を国外に持ち出す場合は煩雑な手続きが必要で、かつ許可されることもめったにないのだが、そんなもの構う彼ではない。第一、異世界のスマホやインターネットの進化・普及度合いを鑑みれば、魔力の少ないものは使えない魔導鏡などおもちゃに等しいとルーカスは考えていた。
ならばスマホで連絡を!―――と通話ボタンに指をかけたルーカスだったが。
彼女にとって自分は、そんな現状を再認識するたびに鬱然とした想いにとらわれるのだが、「大切なクライアント様(ユタカ談)」でしかないこと、つまりは仕事相手でしかないことを思い出し。何度か逡巡した後、肩を落としてローブの中にスマホを戻した。
優との短くない付き合いで、公私をきっちり分ける彼女の考えをよく知っていたから。
仕事相手が「緊急の用もないのに」休暇中に連絡してきた場合、彼女がどういう態度をとるか。その表情や声音までまざまざと思い浮かべ、想像に過ぎないそれに心を抉られてしまったから。
結局。まどろっこしさに歯噛みする思いでクリプキウスあてに「ユタカの足取りを至急追え。金ならいくらかかってもいい」と魔導鏡を持たせて自家の中でも手練れの使用人を派遣したのだが―—―――――――。
「もし追っているのがバレた時に、どんな風に問い詰められるか。そして怒りを買った場合にどんな報復をされるか、考えたくもない」などという理由で、断られてしまった。
彼女が滞在していた間に、報告書に書かれていた以上のことがあったのだろう。本来ならこちらから依頼する前にそれくらいしているだろうこともクリプキウスがせず、常に商機を探して楽しそうな笑みを浮かべていたその顔を分かりやすいほど強ばらせていたから、どんな餌をちらつかせても、たとえ取引を停止すると脅しても依頼は受けられないだろう。
となれば、どうする。
サカスタン皇国内ならともかく、国外で自由に使える、しかも優秀な伝手はほとんどない。サカモト達「社員」はユタカが抜けた分のせいそうかつどう魔獣駆除で手が離せないし、たとえ手が空いているとしても、何と言ってユタカを探させるのだ。
第一、サカモトを派遣してしまえば、休暇中なのに奴がユタカと会ってしまう可能性もある。会うだけならまだしも、また……そんなこと許せるわけがない。ほかの社員とて、同じことだ。同郷ゆえの気安さを甘く見てはいけない。
そんな風に懊悩していたルーカスのところに、長年旅に出ていたジーン師匠がひょっこり帰ってきて、「くすぶってんなら、とっとと追いかけろ」と拳つきでけしかけられたのだ。
***
セバスチャンに促されたそこには、ここが近隣の街からだいぶ離れた野原の真ん中とはとても思えない、ここから遠く離れたサカスタン皇国の王都。その郊外にある優の居間をそのまま持ってきたようなくつろぎの空間がいつの間にか現出していた。
優美な日よけがさしかけられた小ぶりのテーブルには、糊のきいた空色のリネンのテーブルクロスがかけられ。その上にセットされたているのは、白いぽってりとしたカップに注がれた馥郁たる香りの珈琲と、それに憎らしいほど合うサブレ。見た目から判断すると、チョコレートの生地に幾種類かのナッツを入れたものと、干した果物を入れたもの2種類が、カップとおそろいの傷一つないけれど見た目は素朴な白い皿に並べられていた。
「…………何故、分かった」
そんなくつろぎ空間に促され、ほどよくクッションのきいた肘あて付きの椅子に座って珈琲とサブレをしばし味わった後。
どうしても我慢できなくなったルーカスは、呟くような小声でそう訊ねた。
「はい? なにがでございましょう」
彼女がいつも手放しで称賛するほど優秀な執事なら、質問の意味など察せられるだろうに。
程よい距離に、文句がつけようもない美しい立ち姿で控えていたセバスチャンは、内心そう舌打ちするルーカスなど気にも留めない風に聞き返してくる。
「何故、私が来たと分かった」
再度、より分かりやすく質問したルーカスだが、彼が本当に聞きたいのは、「いつ自分が来たのが分かったのか」ということであった。
師匠にけしかけられ、サカモトから情報を(休暇中にもかかわらず彼女と連絡を取り合っていたことに関してはらわたが煮えくり返りそうになったが、師匠の愛の鞭で気を取り直した)得て、優の足取りを追って来たものの。いざその姿をとらえれば、逡巡して足が止まり。
「どうやれば自然に声をかけることが………そうだ。あの愚か者が彼女に攻撃をしかけたタイミングで間に入れば」などと、物陰から機会をうかがっていたのである。
なのに、元部下はあっさり無力化され心を折られ。どうすべきかと姿を消して見守っていれば、優ならばまだしもその執事に捕捉されてしまったのである。
いやしくもサカスタン皇国魔導団第二中隊隊長の任についている身となれば、じくじくと疼くプライドはとりあえず脇へ置いておいて、確認せねばならないだろう。
が。
「あぁ。貴方様の我慢もそろそろ限界かと思っておりましたので。いや、いや。執事にあるまじき、いらぬ邪推でございました」
訪問するたびに無礼にならない程度に邪険にされている自分が質問したところで、すんなりと答えがもらえるわけがなかったのだ。
あくまで爽やかに微笑んでそうこたえた優の執事に、魔導団の実質ナンバー2、皇族にさえも冷笑を隠さないルーカスとて黙るしかない。セバスチャンは「思っていた」と言っただけで、ルーカスの存在をどうやって感知したかについては結局、答えていないのだが。再度たずねる勇気もルーカスにはなかった。
さらにその後、センパイとの楽しい語らい(物理攻撃含む)を済ませた優から、「あれ~ルーカスさん。お仕事ですか? お疲れ様です」とさらっと挨拶された後は、放置されてしまい。
ジーンからの愛の鞭で受けた傷がしくしくと痛みだした不憫なルーカスであった。
続きは思いついたら。「この小説は~」表示が怖いので、完結マークをつけておきます。




