074 ピッチャー振りかぶってぇ、第一球、
「ほら、いつでもどうぞ?」
へぇ~こんなところに、こんな花が咲いてんだ。
お。あれは……薊かな? 白い蓮華の横にすっくと伸びてる。うんうん、きれいな赤紫だねぇ。
その横に咲いているのは、ポピーかな? 黄色にオレンジ、お、紫まである。
そうか~ここら辺は、森から離れているから、土地の栄養分が薄いのかな? だから森の中に生えている植物みたいに大きくもないし、時々動いたりもしない? 地球のものと実によく似ている。
そうだよなぁ。魔獣はびこる異世界といえども日差しや風がおんなじならば、やっぱり植生は似るんだろうなぁ。吹く風に松の新葉の匂いまで感じる。初夏だねぇ。
「どうした? 怖くて手も足も出ないのか? 少しは楽しませてくれよ」
はあ~実家近くの河原を思い出すなぁ。ちょうど5月の連休が終わった頃、こんな強い日差しが目を指すようになってさ。でもまだ風が十分涼しいから、日陰に入ればひんやりする事もあって、汗はすうっと引いて。
あれ。この赤紫の花、良く見たら薊じゃなくてピンクの蓮華だわ。あ~遠目でみたら、おんなじぼんぼり型だもんなぁ。でもよく見たら、葉っぱもとげとげしていないし、横の白い蓮華とおんなじ形してるわ。
へ~でも蓮華って、つつじみたいに色が混ざり合わないんだねぇ。白は白、ピンクはピンクで群生するのね。
「……おい? 少しはなんか言えよ」
お。アレに見えるは河原によく生えていた、イネ科の植物ではないですか。あの穂先に雀が器用に止まりながら、種を啄んでて……あれでもこっちの雀って、雀型魔獣だわ。火を吹く以前に体長3メートルくらいあるから、これには乗れまい。
ん? って言うか、あれって草食? それとも肉食? 身体の大きさからすると、肉食―――あぁでも、シロナガスクジラはあれだけ大きくてもオキアミが主食だし、地球で地上最大の象は草食だし………。ハーピーも実は地球の雀と同じくこんな草食べているのかな? 嘴もギザギザしてないしねぇ。
いやいや待て。そもそもこっちには魔力なんてものがあるし、阪本先輩が錬金とやらに使っている植物だってあるんだから、この原っぱの植物たちもなにか不思議パワーがあったりする?
うん。こんな時は、有能で無敵に素敵な執事様に聴くのが一番。
「ねぇ、セバスチャ」
「オイオイがっかりさせんなよ~。もう執事サマだよりか?」
せっかく愛しの執事様に質問しようと、ついでにそのいぶし銀の微笑みに魅了されようと思っていたのに、途中でぶった切られてしまいました。
青銀色の長ったらしい髪を時折かきあげ、薄い唇の片側だけあげて馬鹿にしたようにこちらを見ている、外見年齢は20代半ばのハーレム男に。
あぁ。そう言えばいたな、この人が。
皆様こんにちは。越谷優@城塞と市場の街。初夏の野原の美しさに魅了されて、数メートル先にいるウザイ人の事なんてすっかり忘れていました。
「ねぇザック。そんなチンクシャほっといて、あたしとイイコトしましょ?」
「はぁ~? 色情狂は森にでも入ってぇ、猪型魔獣に喰われろって感じぃ」
「なんですってぇ!?」
ついでに忘れていましたが、彼の後ろにはしっかりハーレムメンバーさんがついてきていますねぇ。お暇なんでしょうか、みなさん。それともハーレムものでは、グルーピーがどこにでもついてくるのがお約束?
う~ん。サルの群れなんかだと、食事の時や寝床・休息場所の序列があるくらいで、日常的にはボスから離れて生活しているもんですが、ヒトは違うのだろうか。
「それよりザックぅ。そんな見るからに弱そうな奴、ザックが相手してやるまでもないよォ? あたしがぁさくっと遊んであげるからぁ。まぁ手加減できなくて殺しちゃうかもだけどぉ」
あ、ボスの威を借りて、もしくは威信を守るために、配下が威嚇してくるところは、一緒かな?
お嬢さん、その腰に下げていた見た目がとても派手な両手剣は、飾りではなかったんですね。でも貴女のそのほそっこい手首と腕、肩と背筋でその重さを扱えるとは思えないんですが、なにか補助魔術でもかけているんでしょうか?
「はいはい、お二人とも口が過ぎますよ。でもザックさんが相手する必要がないと言うのには、同意見です」
―優様、しばしお側をはなれる事をお許しください。醜く騒ぐこの輩を――――
おっと! お嬢さんたちのディスリがあまりにも典型的に思えて、のんきに見物態勢に入っていたらば、魔王様が降臨しかけていました。やばい。
―あ~……セバスチャン? このお嬢さんたちにはほら、わたしがお話ししたいから。お茶でも入れて待っててくれるかな?
―……畏まりました。
ふっふぅ! 全てを飲みこむ大人の微笑み頂きました~!!
それじゃ、勇気100倍、やる気200%。さくっと終わらせて、お茶を頂きましょうかね。
「と言う訳でお嬢さんたちは危ないですから、ちょっと下がって―――あ、あそこの木のあたりまで行っていただけますか? あ~それとも結界はったほうが」
「はぁ!? 何言ってんのアンタ」
今いる野っぱらからかなり離れたところにある木を指しながらそうお願いすると、語尾を微妙に伸ばすビキニアーマーのお嬢さんが「ザック」さんの後ろから出て来ましたよ?
ふむ。怒るとそうなるってことは、あの口調はキャラ造りだったんですね。そして、他のお二人も何気に仲良く彼女の隣にならんで、眉間にしわを寄せたお顔をしてこちらを睨んでいらっしゃるから、素直に移動する気はない、と。
ならば。
「じゃぁこれ、避けられます?」
論より証拠。視力に頼りがちな我らヒトは、自分の目で見たことしか、見られる事しか信じない傾向にありまして。魔導なんて不可思議なものがあるこちらでもそれは変わらないようですから、わざと派手な火球をおひとつ、プレゼントしてあげました。
「は? ひぃっ!」
もちろん口撃されたくらいで、美しいお嬢さんたちに怪我を負わせるなんてことしませんよ? 彼女たちの足元に落としたその火球は、彼女たちが避けられないなら、そのお肌を焼く前に消してあげました。
「あぁ、やっぱり無理でしたか」
でもまぁ、作った火は本物ですから、熱や風は感じたのでしょうねぇ。ビキニアーマーの娘さんは悲鳴をあげ、他のお二人は驚きに固まったままぼうぜんと炎を見詰めていましたね。
そして一応、移動していただく前に確認のため、そう言えば。
「ぃっ、今のはっ、突然で驚いただけだしっ!!」
「そぅ……そうですよ。予告もなしに攻撃してくるなど、戦士にあるまじき行為です。それに、無詠唱であんな火球をだし、あまつさえ一瞬で消すなど出来るわけがない。大方、幻術の類を使ったのでしょう。危うくだまされるところでした」
「そっ、そーよ、そーよ!」
そんなお答えを頂きました。
ほほぅ。お嬢様方は、マゾ気質でもおありでしょうか。それともチャレンジャー?
ビキニアーマーのお嬢さんは顔がこわばったままですし、魔導師フードのお嬢さんは、両手を身体の前でもみあわせていますねぇ。それはわたしの世界だと強い不安をあらわすしぐさなんですけど、異世界でもそうなんでしょうか?
ま、いずれにせよご期待には答えないといけませんよね。
「は~い、じゃぁ今から、さっきと同じくらいの水球を投げますんで、避けてくださいね~」
「はぁ? ハッタリもいい加減に―――」
ビキニアーマーのお嬢さんの言葉は、わたしが横にかざした手の上に出現させた水球を見て、途切れた。
うむうむ。また幻術とか言われると鬱陶しいので、ハリウッド映画ばりに逆巻き、うねりをあげて中くらいの大きさからどんどん大きくしていく演出つきですからね。さっきとは迫力が違いましょう。
「これくらいだったかな? じゃぁ、行きますよ~」
ピッチャー振りかぶってぇ、第一球、
「ひっやだぁっ」
「やめてっゆるしてっ」
「……!」
投げる前に、ビキニアーマー娘さんは走ろうとしてこけ、踊り子娘さんは頭を抱えてその場でうずくまり、魔導師ローブのお嬢さんは、杖を縋りついてその場でへなへなと尻もちをついてしまわれました。
「ふむ。やっぱり無理そうですよね。じゃぁ、ザックさんとお話合いをする間、移動して頂きますね?」
水球をささっと消して、そう尋ねれば、「ひっ!」と悲鳴を上げて後ずさりされてしまいました。
あぁこれ、やり過ぎたんでしょうかね。でも、あっちでテーブルセッティングして優雅にスタンバイしているうちの素敵執事様が満足そうに頷いているから、いいか。
「結界も張りますから、貴女たちのザックさんが無茶しなけりゃ、大丈夫ですよ」
シャボン玉をイメージした結界で彼女達を包んでそう言えば、小刻みに震えながら頷かれました。
まぁ怯えてくれれば、下手なちょっかいを出そうなんて考えないでしょうから、そのまま震えて待っていて下さいな。貴女達のピンチ(?)にも関わらず、うすら笑いを浮かべならが見ているだけのクズさんには、きっちりお話ししておきますから。
相変わらず、主人公が悪役に観える展開。続きは近いうちに。




