063 ヒュー君の半分は、優しさでできているようです。
「えっと。仕返しする方法なら、それこそ星の数ほどありますけれど、どれにします? 完全に叩きつぶす系か、躍らせる系か、自滅に持ち込む系か、一族郎党皆殺し系か、」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
「最後のは駄目でしょうっ!」
お腹も満足、お風呂に入って身体もピカピカ。日々の労働にとっても便利な魔導や魔術を使っていないのか、お疲れの大人の皆さんの中にはイリヤ君達と同じくおネムになっておられたので、眠気覚ましの珈琲(素敵セバスチャンによる挽きたて淹れたてです)を飲んでもらいましてっと。
「お仕置き(おはなしあい)」方法を伝授すべく、指をひとつひとつ折りながら思いつくままにあげていけば、外見年齢30歳くらいの男性が珈琲を吹きだし、ヒュー君からはするどい突っ込みを頂けました。
うむうむ。冴えているねぇ。君ならきっと、阪本先輩と仲良くできることだろう。ほら、先輩はボケもいけるから。
「冗談です。場の空気を和らげるための」
「いや絶対、本気だったでしょう……」
異世界の漫才仲間をいつか紹介してあげようと思いつつもそう答えたのに、ヒュー君たらば、ジト目になっちゃって。
うん。そんなところも先輩に良く似ている。もう君達コンビ組んじゃいなよ!
「で。どれにします?」
「どれにしますと言われても……」
「俺達は魔術を少し使える程度で、あんたみたいな大規模魔導は……」
ヒュー君との漫談は楽しいけれど、まずは大事なお話し合いをすませようと再度問えば、困惑したように呟く、外見年齢30歳さん(すいません。お名前は聞いたけれど忘れました)と。その横の―――え~っと、ユージンさん、だったと思う。40過ぎくらいの男性は、顔を反らしながら答えてくれた。
反らした顔は見れば、悔しそうに歪んでいる。
ふむ。
30男さんの反対側の隣を見れば、さっきの勢いはどこへやら。ヒュー君が唇を噛みしめて俯いている。
あ~えぇっと。いきなりのシリアス展開のところ申し訳ありませんが。
「いや、仕返しに魔導も魔術も使いませんよ?」
その憤りと悲しみ、無駄ですから~。人の話は最後まで聞きましょうね?
「……は?」
「ハトが豆鉄砲食らったような」って、異世界ではどう言うんだろう? あとで素敵カッコイイ執事様に確認しましょう、そうしましょう。
ともかくわたしの言葉に、皆様揃って口をぽっかり開けたまま、こちらを見返していらっしゃる。
「え、だって自分達で仕返ししたいですよね?」
「それは、まぁ」
「彼らの根拠のない自信と傲岸不遜な態度は、わたし自身不愉快ですし。攻撃もされましたから、サクッとやっちゃってもいいですし、やるつもりですけれど」
「……なにを」
「あの、やるが『殺る』に聴こえるんですがっ。気のせいですよね?」
もう~ヒュー君。その突っ込み、いまは封印しときなYO!
君のそれはすでに体質だね。もうこれは、阪本先輩とコンビを組んでもらうしかない。サカスタンからこの村までは結構あるけれど、ほら、先輩もこの頃お疲れみたいだから。休暇がてら来てもらえばいいでしょ。うん。その為にも障害物はさっさと片付けとかないとね。あとシーフードの整備と。
お疲れ気味の先輩を癒す為にも、打ち合わせを迅速に進めるべく、ヒュー君の突っ込みはまるっと無視して続けましょう。
「わたしが主導してやってしまえば、彼らに突っ込みどころを与えることになりますから」
「「「突っ込み、どころ」」」
「害虫を駆除する時は、巣から。掃除する時は、埃の元から。一度に済ませないと、あと後面倒くさいですし。わたしはただの異邦人。わたしがいなくなりました。退治できなくなりましたじゃ、意味ないですよね?」
「……面倒、くさい」
「巣? 元から?」
なのに残念! どうやら上手く意図が伝わらなかったようだ。
やっぱり、異文化交流は難しいな~。オブラードに包んだ表現では、うまく自動翻訳されていないようです。先ほどから発言している様子からみるに、この集団のリーダー的存在と思われる男性二人は、首をかしげちゃっていますねぇ。
ならば。
「馬鹿どもは一度心を徹底的に折らないと、何度でも向かってくるってことですよ。それこそ完膚なきまでに、一人二人廃人にするくらい、貴方達の顔をみた瞬間気絶するくらい、貴方達の手で叩きつぶしましょう。その為には、貴方達で出来る方法でやりましょう。そう言う事です」
今後の相互理解の為にも、すっきりきっぱりはっきり分かりやすく言い直しました。
「……叩きつぶすって」
「……廃人て」
「やっぱり殺るに聴こえるんですけどーっっ!?」
たっぷり一拍置いてから、ユージンさんと30男さんのツートップからは呟きが。ヒュー君からはまたも突っ込みが返ってきました。
うんうん。意気軒昂でなにより。その勢いで、殺っちゃおうね。だって君達は「優しい」から。これくらい言わないと、仕返しなんて、出来ないでしょう?
「えっとユタカ、さん。これは僕らだけで……?」
素敵すぎてときどき息が苦しくなるの、な執事様が机にずらりと並べた料理を前に、どこか困惑したような表情を浮かべたヒュー君。
彼のお仲間達もその数歩後ろで同じような表情+警戒感をにじませて、こちらをうかがっている。
「うん? あぁ、どうぞ、どうぞ。わたしはさっきたっぷり食べたし、セバスチャンは後で別のを頂くから」
「あ、いえそうではなく、あの……他の村の人達、にも……」
わたし達の分の心配をしてくれたかと思ったけれど、違ったようだ。ヒュー君はそう言いながら、ちらりとこの集落の入り口側を振り返った。
「入口側」と言っても、ヒュー君達の小屋のあるここと村人たちの家の集まる場所との間には、畑と開墾されていない草っぱらがあるだけで、柵のようなものはない。まぁ村全体で100人に満たない人数のようだから、そうする必要も余裕もなかったのだろう。
想像でしかないけれど、おそらく「あちら」の大人は子供たちに、「あそこには近づくな」と言い含めているのだろう。日本昔話風の怖い話とともに。その話はきっとあの村長が嬉々としてつくりそうだ。
まぁそれは置いといて。
わたし達がこうして会話している間にも、ヒュー君が言うところの「他の村の人達」は、わたしが設置した結界の向こうからこちらを何とか覗こうとしている。
えぇワタクシこう見えて、用心深いタチですから。まぁ疑り深いとも言えますが。
柵などの遮るものがなければ、わたしがトンテンカンテン楽しい大工仕事をしているのも、ヒュー君達に食事を提供しているのも、覗こうと思えばできるわけで。
そんな権利は何処にもないにもかかわらず、村長達と一緒にヒュー君達を搾取し続けていた村人たちならば、抗議の声をあげるなり、なぜ自分たちにないのか騒ぐなり、厚顔無恥にも奪いに来ることは予想できる。
まぁ村長たちにフリーホールを体感してもらっている様子を見て、かな~りわたしに怯えていたようだけれど、人間欲望のためならば、大抵の恐怖は克服できる。それにほら、彼らには便利な免罪符があるからね。村長が扇動するだろうし。
で。そんな予想できる状況には、早めに手を打っとくのが一番。
という訳で、草っぱらの途中から結界を張りました。こっちからはあちらが見えるけれど、あちらからはこちらが見えない、マジックミラータイプの奴を。
いまのところ彼らに用事はないしねえ。水はこの中でまかなえるようにしたし、食料は横の塀に扉をつけて外に出ればいいだけだし。もしヒュー君達がこの村にとどまる選択をした場合、開墾予定の畑なんかもこちら側に造るつもりだし。
そんな風に彼ら抜きで、正確に言えば彼らの事はお仕置きまですっぽり忘れて動いていたのだけれど、この子はまぁ……!
「いやぁ。ヒュー君は聖人に認定されてもいいじゃないだろうか」
「は……? セイジン、ですか」
「これだけ言われない虐待と搾取をされ続けた相手にも食料を分け与えようとするなんて、君は神か、仏か」
「え、いえ、そう言う訳じゃなくて」
わたしの勢いに押されたように、手を振りながら後ずさるヒュー君。
彼の後ろの人々も、同じ動作をしているのがおかしい。
が。
「……それともそれは、条件反射かな? いままで簒奪され続けたことで身についてしまった、奴隷根性?」
「え……」
意地悪というよりは、ある種の確信を持って続けた言葉に、彼らの動きが止まった。
「そう、なのでしょうか」
一、二、三。
ゆっくり数え終わったくらいで、ヒュー君がぽつりと呟いた。俯いて。
おいおい。昼間の熱血は、どこに行ったのさ。
「さてどうだろうね。可能性はあるんじゃない?」
他の人の反応をうかがおうと彼の後方に目をやるけれど、誰も目を合わせてくれない。
お~い。怖くないですよ~。一人ぐらい、「よそ者に何が判る!!」とか、殴りかかったりしませんか~? 来たらもちろん殴り返すけど。
節くれだった手を拳に固めて、黙って立ちつくす男の人。
腰に抱きついていた子供をかばうように抱く、折れそうなくらい細い身体のお姉さん。
杖にすがるように立ちながら、なにもかも諦めたような表情で、虚空をみているおばあさん。
あぁ、うん。なんという事でしょう。これ傍から見ると、ワタクシ完璧にいじめっ子ですね。発破をかけるつもりだったのに、どん底に突き落としてしまったような。
イッ、イリヤく~ん! 早くお風呂からあがって~。お風呂嫌いな子供用に出した黄色いアヒルちゃんにテンション爆上げして楽しんでいるかもしれないけど、このどシリアスな雰囲気を打破できるのは、君しかいないからさ~。
「え~っと、うん。ヒュー君達の好きにしたらいいよ」
「へ」
テレパシーを送ってみたけれど、残念ながら応えはなく。自分で何とかするしかないと取りあえず言った言葉に、ヒュー君が顔をあげてくれた。
よしっ。反応あり。後は勢いで乗り切れ。販売員時代を思い出すんだ!
「いやあのね。わたし達はただの通りすがり。旅行者の異邦人。彼らとずっと向き合ってきたのはヒュー君達だし、血のつながりのある人だっているでしょう。そしてココに残る選択をした場合、これからも付き合っていかねばならない。だから、君達が分けたかったら、分ければいいよ」
「いや、え、でもこれはユタカさんので」
「確かに提供したのはわたしとセバスチャンだけど。あげると言ってるんだから、これらはすでに君達のモノ。で。受け取ったものをどうするかは、君達次第でしょう」
よしっ。なんとか軌道修正できたかな?
ヒュー君はまだ戸惑っているようだけれど、なんか考えているようだし、他の方々もお互いに目を見かわしたり、頷いたりしているし。
「それで……いいんでしょうか」
「いやだって、ヒュー君はわたしに助けを求めたじゃない」
ここで一気に畳みかけるんだ! レッツ、クロージング!!
「会ったばかりの、この村の教育方針で言えば化け物のような力をふるっていたわたしに。で、わたしはそれを受けた。つまり、わたしの力や知識を君は借りることができるようになったわけで、その結果がこの家や食事なわけだよ」
内心では鼻息も荒く、表面上はあくまで真摯に。先ほどの言い過ぎを払拭すべくそう言ったわたしですが。
「ユタカさん、僕は……僕らは、あなたにどうお返ししたら、なにをお返しできるでしょうか」
決意を秘めた瞳で見返してきたヒュー君に、目を反らしたくなりました。
うっわ~! なんだい君、人が良すぎるでしょう。君の純粋な心にあてられて、さすがにお姐さん、ちょっと赤面。ちょっと心が痛い。そして君の将来が心配。
騙されないようにね~。
「あ~いや、いい。それは気にしないで。陳腐なセリフだけど、お礼が欲しくてやってるわけじゃないから。ただのおせっかいというか、うん。やってみたかっただけ? ほら、一から村作るとか、なかなかできないでしょう」
「いえでも」
「君や他の人が気になるんだったら、余裕ができて名産品でもつくれた時にでも送ってくれればいいよ」
そう、シーフードとか、シーフードとかを。
「ね。その余裕を作る為にも、まずはご飯をたっぷり食べて、お風呂でほっこりして。じっくりきっちりお仕置き(おはなしあい)をしなきゃね?」
「……そう、ですね!」
よしっ。言質はとった。
という訳で。内心のガッツポーズは綺麗に隠して、ご飯を食べてもらいながら、皆さんの力量を聞き取り、具体策を練るワタクシでありました。
まる。
お仕置きの前に、みんなのフェーズを合わせなくちゃね。




