048 親にかわってお仕置きよっ!
お仕置きのためと称して、今回優さんがちょっとばかり鬼畜です。ついでに口調もうざいです。ご容赦いただければ。
「っ…貴様にはっ、礼儀というものがないのかっ」
ちょっ聞いた、セバスチャン。よりにもよって、礼儀のレの字も知らなさそうなお子ちゃまに、礼儀について問いただされましたよ!
この驚きをぜひ分かち合おうと、隣で優雅に給仕してくれていたセバスチャンを見上げれば。
さすが、今日も素敵だ、その全てに惚れるさ憧れるぅ! の完璧執事様。目線だけですべて悟ってくれたようで、にっこり笑顔で頷いてくれました。
はぁ…♡
個室はあったものの、店構え通りの気楽な食堂(レストラン?)のテーブルにクロスがなかったからと、いつもの鞄から真っ白なテーブルクロスを、埃ひとつ立てずにパサリとだしてセットし。
給仕に来たお嬢さんが思わず赤面してしまったキラースマイルを浮かべつつ、さらりとわたし好み+αの注文をすませ。
いまはその長身を優雅にかたむけて、食前酒を注いでくれております。
くぅ……っ! うちの執事が男前すぎて、生きるのが―――辛いわけないっ!
あ、ちなみにセバスチャンとは、三重城壁観光の後、このレストランで落ち合いました。
だってほら、城壁は防衛上の理由とやらで、わたしと案内人のアロイスさんしか上がれないなんて言われたから譲ったけど。
食事の時には、一緒にいたいじゃないですか。ほら、お腹とともにこうやって目と心も満足させるために、ね?
「おいっ、聞いてるのかっ!?」
あぁもう煩いなぁ。
いま素敵執事様と見つめあって、その端整な顔に絶妙に刻まれた皺と、笑みに細められたけぶる様なグレイの瞳を堪能しているところなんだから、邪魔しないでくれないかな。
第一、食事中の個室にノックもなしにいきなり乱入してきて、まともに取り合ってもらえる、もしくは歓待されると、な~んで盛大に勘違いできるのかしら~?
お貴族さまのお家では、どんな教育されてらっしゃるのかしらっ。ご両親のお顔を一度見てみたいものだわっ。
「あの……お寛ぎ中お邪魔して、大変申し訳ございません。改めてご挨拶申し上げます。私、アナトーリ家のご嫡男であらされますこちらのローウェル様の、従僕をしております、カーメンと申します。
まことに恐れ入りますが、主が先程のお詫びと、お礼を申し上げたいと申しまして…」
お子ちゃまには顔もむけず、食前酒の香りを堪能してから一口すすり。心の中だけで小姑モードで応対しておりましたらば。
その三歩後ろで控えていた従僕のカーメン君とやらが、分かりやすく眉を八の字にして声をかけてきた。
あぁ、うん。礼儀のなってない子犬が鬱陶しくて、部屋に入ってきた瞬間からずっと無視し続けていたけど。君はそうやって、いっつも苦労してるんだよね。
城壁でも思ったけど、すぐキャンキャン吠える駄犬を躾けるのは、さぞかし大変でしょう。そんな君を無視するなんて鬼畜な諸行、わたしにはとてもできないよ。
「…ユタカ……」
さっきから横顔に突き刺さってる、アロイスさんの視線も段々痛くなってきたしね!
「…カーメンさん。ご丁寧なあいさつ、ありがとうございます。先程、城壁の上でちらりと自己紹介しましたが、改めて。越谷優と申します。呼びにくいでしょうから、ユタカと呼んでください。
旅行者で、こちらのアロイスさんの家に御厄介になってます。数日前にサカスタン皇国から来たばかりですから、貴国の風習にそぐわず御不快に思われることがあったかもしれませんが、ご容赦くださいね?」
「……ユタカ…」
にっこり笑顔つきで、わたしにしてはかなり丁寧に答えたのに。何が気に入らないのか、アロイス氏は特大のため息つきで、名を呼んできた。
え~…きちんと挨拶してくれたカーメン君には答えるけど、城壁からずっと人の後追って来て、まいたと思えば「お邪魔します」の一言もなくいきなり入ってきて。
「先程からこの誇り高き辺境伯であるアロイス家が嫡男、ローウェルに話しかけられているのに、平民の分際で何故止まらないのだ。お陰でこんな下賤な場所に、僕自ら足を運ばねばならなくなったではないか」
だの。
「城壁で使った魔導、中々見事であった、誉めてやろう。見慣れぬ風体をして、怪しい動きをしていたがクリプキウスの縁者ということだし、特別に我が家に召抱えてやってもいいぞ。本来ならば平民に僕から声をかけることなどあり得ないのだから、光栄に思うがいい」
だの、頭大丈夫ですかと聞きたくなるようことを、ふんぞり返って言いたれ。
あげくに無視されたからって他人様を「貴様」呼ばわりするお馬鹿さんになんて、答えませんし、顔も向けませんよ~?
日本でも昔は尊敬語として使われていたらしいけど、その「貴様」は明らかに罵倒だよね。
もちろん、サカスタン皇国より流動性のないこの国の身分制度は知識としては入れてきたし、固定された格差により勘違いした貴族が、平民相手にこんな態度をとる事がままあることも知ってるけど、そんなの気にしな~いっ。
「なんですか、アロイスさん。あ、カーメンさん。これからわたし達は食事をするところなんですが、よろしければご一緒にいかがですか?」
ついでに、主をまるっと無視されて、どう応対すればいいやらと顔にかいてカーメン君が固まっちゃってるけど、それも気にしな~いっと。
わたしがこの国で生まれ育った人間で、この国以外で生きる道がないんであれば、社会的地位で言えば上であるこのお子ちゃまお貴族ちゃまに謙った態度のひとつも、取るでしょう。
そして、いくら初っ端から態度が気に喰わないからと言って、大人げなく無視し続け、後で理不尽に虐められるかもね☆なんて予想しながら、従僕クンにだけ話しかけるなんて、しないと思う。
たぶん。おそらく。
でもわたくし異世界人ですから~。ついでに「貴族? なにそれ美味しいの?」な日本に生れ育ちましたから~。
貴方達がその事実を知らなくても、関係ありませんから~。
通りすがりの旅人相手に、まだ受け継いでもいない地位を嵩にかけられても、応じる義理なんてないんじゃないかしら~?
「っ! っ貴様っ! ひとが下手に出ていれば、どこまで僕を愚弄するつもりだっ」
あらあらあら、このお坊っちゃまったら。
面白いくらいこちらが煽ったとおりに頭に血が上ったのはわかるけど、君がいつ下手にでてたのかしら。
そして、腰に下げたそのやたら豪華な飾りのついた剣に手をかけて、な~にをするつもりかしら?
ついでにここが王都のど真ん中、大勢の一般市民が呑気に楽しく食事を取ろうと集うレストランの中だと、分かってらっしゃるのかしらぁ~?
「うるさい」
「まだ子供だから」なんぞという世迷言は、越谷家にはございません。子供だからって見逃していたら、いつ教えるの。今でしょ! ってことで。
躾のなってない子供に大人の義務として、社会的良識を叩きこむとしましょう。
「どうやら『ボク』はちょっとばかし魔術を使えるようだけど。そんな重そうな剣に火をのせてぶっぱなしたら、周りがどうなるかくらい、分かるよねぇ?」
考えなしのお坊っちゃまが、剣の柄に手をかけて火の魔術を発動させようとした瞬間、それを消すため上から水ぶっかけて、まずは頭を冷やさせましょう。
あ、ちなみに。彼が使った魔術が何なのかは、知りませんし興味もありません。なんか焦げくさかったから、火だろうと予想しただけです。
やり過ぎ?
相手が先に攻撃しようとしたんだから、いぃ~んですよこれくら~い。
「たしか辺境伯、だったっけ? ボクちゃんのお家は」
「っそれがどうしたっ、貴様僕に何をっ」
「うん、そろそろその煩い口閉じようか。水かけたくらいで勝手にすっ転んだ君にあわせて、わざわざ屈んであげてるんだから、そのキンキン声張り上げなくても聴こえるよ」
「…っ」
「連合王国の中でも難治でしられる土地の、しかも長男に生まれたのに。君はどうやらちょぉ~っと考えなしクンに育っちゃっているようだねぇ。アナトーリ家のご当主は厳しいけれど実直な方と聞いてるから、鷹が鳶を産ませちゃった? それとも教育に失敗した?」
「っ父上を愚弄するかっ」
「うん、だから。人の話をちゃんと聞こうよ。いま、わたしが愚弄…というか馬鹿にしているのは、君。いくら血統がよくて教育環境が整ってても、それを受ける人間が駄目なら残念な結果になる。ボクちゃんはその典型ですね~?」
「……っ貴様っ」
あぁ可哀そうに。語彙力がないものだから、相手を罵倒しようにも馬鹿のひとつ覚えのごとく、「貴様」しか言えない。
そして、口で敵わないからってすぐ手が出そうになる性格、即矯正しないと、代替わりする前にお家没落よん?
「ま、どうでもいいけどさ」
その負けん気だけは、称賛してもいいかもしれない。
いま水かけられたばっかりなのに、しかもそれを含めてお説教されているのに、火の魔術をまた使おうとするあたりは、お・馬・鹿・さ~ん☆としか、思えないけどね。
「いまも後ろでおろおろしている君のお守り役のカーメン君が可哀そうだし、そろそろ大人になろうか、坊主」
大人の実力行使とは、このことよ? の想いをこめて、ボクちゃんにはもう一度、盛大に水(氷入り)をぶっかけてあげました。
うん。主人公なのに悪役属性。それが優です。




