小話12 世界は広く、商売のタネは尽きない。アトロパテよ、感謝します。 2
「…まぁ面白いという点ならば、予想以上だったが……」
「クリプキウス様、珈琲のお代わりはいかがでございますか?」
ふと漏らしてしまった呟きは、有能な執事殿にはしっかり拾われていたらしい。
食えない笑顔に隠された視線が、若干鋭くなっている気がする。
「…そうだな。俺にもユタカとおなじハーブティーをもらえるだろうか」
「畏まりました」
危ないあぶない。
どうやらこの三日間の接触で、「主の敵」認定はされずにすんだようだが、彼にしてみればまだまだ要観察といったところか。
ユタカ自身はあまり他人の言動に斟酌しない……まぁある意味無関心……な性質の持ち主のようだが、それはおそらく、周囲に彼女の分まで注意する人間がいるからだろう。
そう、この銀色の執事殿のような人間が。
なにせダイバから「執事連れ」で来ると聴いていたから、4頭びきもしくは2頭びきの馬車ともしかしたら荷馬車を引連れて来ると思っていたのだ。
人数を確認すれば、ユタカを含めて2人のみとのことなので、メイドは一緒ではないのかと思いつつ、従者の控えの間つきの一番広い部屋を用意させておいた。
サカモト達とおなじ仕事をしているとはいえ、執事を引き連れ移動するくらいだから、貴族とは言わないまでも富裕な家の出なのだろう。
いくらダイバやサカモトがそんな気配はないし、そんな性格でもないと言ったところで、そこは妙齢の女性なのだ。収納場所に困るほどの大量の荷物とともに来るだろうと、予想していたのだ。が。
待ち合わせ場所に現れたのは、見るからに馬力があり壮健そうな2頭のヒッポ。
と、それにまたがる人間2人のみ。
どちらもすきっりとしたパンツスタイルで、一人は執事のお仕着せを優雅に着こなした50がらみの美丈夫だったから、その前にいる人物が、コシタニ・ユタカであると当たりはつけたものの……内心かなり驚いていたのである。
あまり見慣れぬ形の朽ち葉色のパンツや、帽子を取った時に見えた、男である自分よりよほど短く刈り込んだ髪についてももちろんだが、彼らの所持品の少なさに。
ヒッポから身軽にすらりと降りてきた執事も、彼が恭しく手を差し出しておろした主のユタカも軽装そのもので、手にも背にも荷物はなく。
ヒッポの鞍に括りつけてあるのは、雨や日差しをさえぎるためであろうマントと、片手で持ち運べる大きさの皮の鞄のみ。
荷馬車の姿を探せば、訊いていたとおり人員はこれだけだと言うから、さらに驚いた。
荷物の謎とユタカの規格外の魔力/魔導適正については、我が家に案内する前に寄った食堂で判明したのだが……。
あの時の自分は、ずいぶん間抜けな顔をしていたことだろう。
執事殿にはその済ました顔の奥で笑われてしまったが、ある程度はお目こぼしを願いたいものである。
サカモトが使うのを何回か見たことがあったとはいえ、空間魔導とは本来、秘術に近いものだ。少なくとも、自分が学び聞いた限りにおいては。
わが国で使える者は恐らく宮廷魔導師を含めても10人といないであろうし、魔導に優れたものが多いと言われているサカスタン皇国であっても、せいぜいその2倍いる程度だろう。
実践したことも本格的に学んだこともないため詳細は知らないが、確か空間を開くにも固定するにも大量の魔力を使い、導く呪文も複雑だったはず。一介の討伐師や執事が予備動作もなくホイホイ使えるものなどでは、ないはずだ。
だから食堂の個室に落ち着いた途端、執事殿が小脇に抱えていた鞄の中から、どう考えても中に収まるとは思えないティーセット一式にウーゾのボトルなどが次々に出してきた時には、ただ呆然と口をあけて見ているしかなかった。
「あ、ここは飲み物持ち込んでも大丈夫ですよね? メニューに無かったので出してもらっちゃいましたけど……。クリプキウスさんも飲まれますよね?」
こちらの驚愕を物ともしなかったのか、気に留めなかったのか。
魔石や魔導具を使う様子もなく、執事が水と火の魔術をおりまぜて湯を出現させ淹れた、香り高い茶を飲みつつ。
あくまで平然とした表情で―――そうだ、わが国に訪れるのは初めてだと言っていたはずだが、今と同じように自宅の居間で寛いでいるような顔で、ユタカは飲み物を勧めてきた。
開けっ放しだった口をなんとか閉じ、馴染みの醸造元から直接買い付けたというウーゾを受け取りながら、妙に納得したものである。
道理で、あくまで慇懃に押し付けがましくなく、けれど無言の圧力をこめて個室にしてくれと、執事が主張したはずだと。
調理の様子が見えて珍しかろうと最初に誘導した広間の方や、自分が普段軽食を手軽に取るため利用するバルなどでこれをしようものなら、あっという間に人だかりができたことだろう。
まさに規格外。
サカモトがこの小柄な客人を評する時にくどいほど使っていたその言葉を、話半分どころか四分の一で聴いていた自分は、まだまだ常識に囚われてしまっていたようだ。
深い森や沼沢地や大河が残っている森林地帯に国境付近ならばともかく、建国当初より人が住んでいたこの王都に、魔獣がでることなどめったに無い。
実しやかな伝承によれば、建国に尽力した大魔導師が強力な結界をはったからだと、言われている。
真相はともかく、そのめったに無い災難に見舞われれば、宮廷魔導師に騎士団が総動員する勢いであたる。
仕入れている魔導具がきちんと機能しているか確認すべく、討伐の場にはできるだけ足を運ぶことにいているのだが、半透明の水の集合体のような身体をもつラスリームや、長い触角と鎌のような2本の手をもつマンティス。それらの個体に対して、魔導師2人と騎士十数人で取り囲んでいた。
それをサカモトならば、自分で精錬した魔導具や陣を使って一人で倒してしまうのだ。十分「規格外」と言えるし、彼ほどの魔力と魔導適正をもった人間がそうそういるものかと、思い込んでいたのである。
まぁ、馬鹿だったと言えよう。
やはり大叔父にいつも言われるように、己の「常識」なぞ、自分自身にしか通用しないものなのだ。商機はいつどこに転がっているのかわからないのだ。まだまだ精進せねばなるまい。
そうだ。たとえ、街全体の俯瞰をしてみたいと言う客人が、「手っ取り早く高い場所へ行くため飛行型の魔獣である雀型魔獣などは、どこに行けば狩れるか」なんて事を聞いてきたとしても。
「万が一ハーピーを馬のごとく使役できるにしても、王都はどこも建物が密集しているので危険だし、第一大騒ぎになるので諦めるように」と、諭せばよいのだ。
それが駄目ならと風の魔導で跳ぶべく、人のいない場所を見つくろおうとするならば、同じ理由で却下すればよいのだ。
さらには、「見つからなければいい」と実に気軽に、国防の要でもある為一般庶民はもとより、上位貴族ですら特別な許可が無ければ立ち入れない城壁や鐘楼に、登ろうとするならば。
「露見した場合にはスパイ扱いされ、最悪国交問題までに発展するかもしれないから」と膝詰めで懇々と説得し、あらゆる伝と賄賂を駆使してその許可を取ればよいだけではないか………。
あぁ唯一の神であるアトロパテよ、感謝いたします。
蒙を啓く契機として、この大いなる試練と商機を与えてくださったことを。
そして親愛なる大叔父上。
俺は必ずこの試練に打ち勝ち、かつて貴方がそうしたように、商人としてさらに躍進してみせましょう。
無駄にやる気のある、アロイス君。破天荒な優に対して驚きつつも、なんとか
商売につなげようとするあたり、さすがヴェニスの商人と言おうか……。
優たちが次の国へ移動するまで、しばらくレギュラー出演すると思います。




