045 グランドツアーまたは、「文句があるならヴェルサイユへいらっしゃい!」
サブタイトルが思いつきませんで。筆がすべりました。
「優様、どうぞ」
二階から逃げ…戦略的転回をして一階に降り、居間のいつものソファーに沈み込むと、まるで予想していたかのようなタイミングで、セバスチャンがアイスティーを差し出してくれた。
彼が音もなく押してきたワゴンの上には、美しく盛りつけられたレモンクッキーまである。
「ありがとうセバスチャン。はぁ……美味しい」
程よく冷えたアイスティーを一口飲めば、淹れたてを氷で冷やしてくれたのだろう、ベルガモットの香気が鼻にぬけた。
ふっふぅ! いつも素敵セバスチャン。その気使いと紅茶の美味しさに癒されます。アヌリン印のレモンクッキーも程よい甘さで最高です。
「……ちょっとはしゃぎ過ぎではありますが、二人とも優様に快適な旅をして頂きたいのでございますよ」
だらしないとは思いつつ、しばらくソファーに沈み込んだままちびちびとアイスティーを飲み、クッキーをかじっていると、セバスチャンが苦笑交じりにそう言った。
「いやぁ……うん。解ってるよ。大丈夫」
内心ではいぶし銀の微苦笑に転げ回って悶えていたけれど、わたしはそう言ってセバスチャンに頷いて見せた。
「本当なら皆で行きたいけど、猫達を連れてって大丈夫か分からないからねぇ。今回は二人に我慢してもらって、一緒にお留守番してもらわなきゃいけないから。わたしの準備で愉しんでくれるなら、好きにしてくれていいよ」
「主の不在時に家も守り整えるのは、メイドの勤めでございますから。二人は理解しておりますよ」
「そうだといいな……。それに、二、三か所移動して、連れてっても大丈夫そうなら、いったん戻ればいいしね」
「左様でございますね」
なにせ予定通り、ルーカスさんから半年間の休みをゲットできましたからね! ゆったりのんびり、足の向くまま気の向くまま行かせていただきますよ!
途中宿がなけりゃ野宿すりゃいいんだし、寝袋に簡易テントも用意済み。親愛なるお父様のおかげでキャンプは慣れてるし、魔獣あふれる異世界だから、食料は現地調達すればいいしね。
きばってドレスを用意してくれてるヤスミーナには申し訳ないけど、着ることなんてたぶんないだろうな~。
そんな事を考えながら、クッキーとアイスティーに舌鼓を打っていると。
「優様。私の準備もほぼ整いましたので、過不足がないかお手数ですが確認願えますでしょうか?」
セバスチャンが微笑みながら問いかけてきた。
はふぅ~ん。美味しいお菓子に美味しい紅茶。そしてため息が出るほど素敵な執事様。皆様、越谷優29歳は、今日も幸せですっ!
「さすがセバスチャン、手際がいいね。もちろんいいよ」
な~んて心のうちだけで拳を天につきあげ、美執事様に笑顔をかえすわたし。ええ見栄っ張りですがなにか?
「それでは。カトラリーに茶器の用意はすべて整っております。アヌリンにヤスミーナと相談いたしまして、念のため食器類一式に、一週間分の水と酒類に茶葉に珈琲豆、食料も追加いたしました。
調理器具も一式入れてございますが、保存魔法を施した調理済みの料理と菓子も用意しておりますので、ご安心ください。その他、リネン類と寝具に関しましても万一のことを考え、シーツとピローケースなど多めにご用意しております。また折りたたみ式のベッドとソファは」
「あ、いや。引越しじゃないからね? セバスチャン」
整った口元とすこしだけ切れ長の眼もとに小さな笑い皺を刻みながら、大量の携行品をとうとうと読み上げだしたセバスチャンに、あわてて制止をかける。
「むこうの5つ星ホテルとは行かないだろうけど、台場さんに最初の国の宿はちゃんと確保してもらってるから、ベッドやソファはいらないんじゃないかな~?」
どこの王侯貴族のご遊行だよ! いや確かに、ヨーロッパで言えば大陸旅行の頃、日本で言えば参勤交代とか? お貴族さんやら大名さんやらは、寝具はともかく大量の荷物と一緒にご旅行してましたよ?
時代劇とか映画で見たことあるし、本でも読んだし。
あれ、でもセバスチャンが用意するくらいだから、こっちの世界って食器どころか寝具持参で宿に泊まるの? それが普通?
え、でも阪本先輩は二、三日だけとはいえ、背中に背負ったザックだけでいっつも出張してるよね。台場さんが手配してくれたのは、阪本先輩がいつも利用する宿よりランクが高いって言ってたし、旅の途中で野宿するにしても寝袋あるんだから、シーツなんて………。
若干あわあわしながらそう説明すれば、素敵執事セバスチャンは、本日一番の、(わたしが)蕩ける様な笑顔を浮かべてくれた。
「優様には常に快適に過ごして頂きたいですから。あくまで念のため、でございますよ」
撃沈。ワタシマケマシタワ。
「…お任せします……」
全身が完全に溶けてしまわないうちに魔性の微笑みから目をそらし、わたしはそう呟いたのでありました。まる。
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「優様っ、これで完璧です!」
夕食前、ヤスミーナと、食事の準備を終えて合流したらしいアヌリンが、達成感にあふれた表情でそう言うので、部屋に戻ってみたものの。
「あ~……うん。ありがとう。嬉しいよ」
最強タッグが用意してくれた荷物の量、とくに多種多様な衣装に一瞬気が遠くなりかけた。
そうだよね。わたしの目算が甘かったんだよね。プリントアウトした紙にあったのは、エルフチックなずろずろドレスだけじゃなかったもんね。素敵な洋服を見たら、作りたくなるものだよね。
……たぶん。
唯一の救いは、二人が用意してくれたワンピースだのドレスだのは、基本シンプルな形のものばかりだということ。パニエだのクリノリンだので膨らませる必要はないし、コルセットで締め付ける必要もないから、一人で着られる。
帽子やアクセサリーも……まぁ、一応これでも女ですから。格好がつくくらいには。
「これで、どんなパーティーに招待されても大丈夫ですわ」
「あぁ……本当ならば同行させて頂き、着付けにお化粧までお手伝いして、居並ぶ方々が優様に見惚れる様を拝見したいところですが……」
「今回はセバスチャンさんに譲りますわ。その代り、しっかり撮って来て下さいね?」
「もちろんですよ、二人とも」
いや盛り上がってるところ悪いんだけど、行かないからね? ぱーてーなんて。
大体、初めて訪れる土地ばかりなんだから知り合いなんていないし、ただの出稼ぎ異世界人が、どっかのお貴族さまやらお金持ち様に招かれることなんて、ないからね?
なんか最近、ネットで読めるハー○クィーンロマンスにハマってるらしいアヌリンとヤスミーナはともかく、なんでセバスチャンがしっかり頷いてるのかなぁ……?
ベルト状の留め金を締めればがっちり梱包出来るらしい、中がクローゼットや棚のようになっている大中小様々な鞄を前に、わたしはやはり遠い目になってしまった。
あれ、こんな鞄、いつの間に用意したんだろ。うんなんかタ○タニックとかの映画で、伯爵だか公爵だかのご婦人が持ってたのを見たことがあったような……あ、それを模して作らせたんだ?
あぁうん。流石セバスチャン。わたしが旅に出たいって大分前に言った時から、準備はじめてくれてたんだ……。痒いところに手がとどくって言うか、予想もつかないところにまで手を回してもらい、ご主人さまとしては、もう何も言うことはありません。
「そう言えば優様、あのルーカス様からよく休暇をもぎ取られましたね。流石でございます」
素敵すぎる執事様の辣腕に撃沈していると、アヌリンが手を胸の間で組んで、なぜかきらきらした目で見つめてきた。
鞄の留め金を締めながら、ヤスミーナも隣で頷いている。
「あ~うん。多少は揉めたかな」
二人から若干目をそらして曖昧に笑うと、セバスチャンが分かっておりますという風に、微笑んでくれる。
ふふふふふ……ほんとにねぇ。あの後は大変だったよねぇ、セバスチャン。こうして旅の準備を暢気に整えられているのが、なんだか夢のようですよ。
ルーカスさんがメデューサ化から戻ったと思えば、麗しの兄妹喧嘩が勃発。
ぼうっと眺めているうちに、ナイス執事グレアムさんがお茶のお代わりとともに、うちの素敵執事さんを連れてきてくれて。
もう休暇願は後日でいいや。さっさと帰ろうか。
後ろに控えてくれていたセバスチャンに、そう目配せしようとしたらば。わたしに微笑み返してから、冷い笑顔のまま子供のような口喧嘩を続ける美麗兄妹すっと近づき、ルーカスさんになにかを耳打ちしていた。
魔獣だけでなく他人の気配に敏感なはずのルーカスさんは、喧嘩に夢中になっていたのかセバスチャンに気づかなかったようで。囁いてきたのにびくっとしていたけれど。
見ようによっては美男美女の絡みにこっそり萌えつつ、待つことしばし。
「……分かりました。半年間、休暇を楽しんでください」
セバスチャンとわたしを何度か見くらべ、きゅっと色の戻った唇をかみしめ。ふぅっと何かを諦めたような溜息をついたあと、ルーカスさんはそう言った。
「兄上っ…!?……よろしいの、ですか?」
アクアマリンの瞳を零れんばかりに見開いて、なぜかエドさんが聞いてきたけれど。
「エドウィナリア、『よろしい』もなにも、ユタカさんとはフリーランスで契約させて頂いているのです。彼女を縛る権利は、私にはありません」
「兄上………」
あ~うん、なんだろ。数十年「平和」が続いていても、やっぱり国を背負う方々は心構えが違うんですかね?
たかだか出稼ぎ清掃人が半年休みを取ろうとするだけで、こんなシリアスちっくなムードになってるのは、「国防」の観点から見れば、問題なんですかね?
うんでもごめんなさい。撤回する気も、後悔する気もありませんから!
鮮やかなセバスチャンの手腕に感謝をささげ、気が変わらないうちにと、「大まかで良いので行程表は提出して下さいね」というルーカスさんに二つ返事でかえして。
阪本先輩に紹介いただいた台場さんに連絡をとり、夕方からなら空いてるとのことなので、一度ご飯を食べに帰った後、「台場商会」にアヌリン御手製のクッキーを手土産にお邪魔しました。
台場先輩は、ほんの少し白が混じった顎髭のよく似合う、熊さんみたいなお人で、わたしとセバスチャンの無茶ぶりにも、ひっじょ~に真摯に対応してくださいましたよ。ぜひ次回も利用させて頂きたい。
そうそう、お土産に恐縮しながらも、「嫁と娘が喜びます」と大きな手で大事そうに引出しに入れたるところも、好感度があがりました。ちなみに奥さんはこちらのご出身だそうです。
阪本先輩いわく、ほんわか美人さんだそうです。
ってなわけで。
準備段階からかなり手こずり紆余曲折ありましたが、越谷優、行きま~す!
はぁ。旅立ちまで無駄に長くしてしまいました。これもすべて、ルーカス君のせいです。




