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小話6 「スクープ!ルーカス(無口無表情無愛想、愉しいことなんてあるの?)兄上に、恋の予感!?」前編

小話。「ある魔導師の憂鬱」で登場したルーカス君の妹エドウィナリアさんの視点でお送りします。

何故か後半の話が抜けていましたので、再掲載しました(191222)

「貴女がユタカ殿か。…なるほど、想像していたよりもずっと愛らしい。それに、その大きな黒曜石の瞳。見つめるだけで魂ごと吸い込まれてしまいそうだ。これでは、兄上が心を奪われてしまわれたのも、無理はありませんね?」



 そう言って頭一つ分低い位置にある彼女の小さな手をそっと取り、軽やかなリップ音を響かせて口づけを落としてみたが。

 その柔らかい手は、払われないかわりに震えもせず、赤くもならなかった。



***



 麗しのお嬢様がた、無沙汰をお許し願いたい。覚えておられるだろうか。わたくし、エド・ルリストン・グラヴェトを。

 改めて自己紹介させていただければ、私は、栄えあるサカスタン皇国の騎士団第三中隊において第一小隊長の責を担い、生家は皇国の五大公爵家筆頭と目されるルリストン一門の、グラヴェト家である。


 ついでに紹介してしまうと、兄が二人に姉が一人の4人兄弟の末っ子である。



 一番上の兄上は、早くに引退した父上に押しつけられた一族の長と、議会でも高位の文官の仕事を両立され、末は宰相の声も高いようだ。

 あの虫も殺さぬ穏やかな顔で、どのように宮廷の狸爺どもとやりあっておられるのか興味は尽きないが、わたくしは冒険を好んでも無謀ではない。下手な藪はつつかないに限る。

 同じ様に、あの性欲なんてありませんというすずしい顔をされていながら、二男三女の父親である事実と、あのほっそりとした儚げな義理の姉上が時折朝食の席で、なんとも色のあるため息をつかれているのを拝見すれば、毎夜どんな無理を強いているのやらと邪推するなど、突いてはいけないもの代表格であると十分承知している。


 そうそう姉上も、なかなかに愉快な方である。


 これはもはや一族の笑い話なのだが、いまは亡き側妃様のお茶会に招かれた父上に姉上が連られ、初めて宮廷に伺った折。同じくお茶会に招かれていた王太子殿下が、可愛らしい臣下の少女に花を贈られようとしたのだが、なんと姉上は華麗な足蹴りをその返礼とされたそうだ。

 殿下の名誉のために一応言っておきたいのだが、恐らく姉上よりも5歳年上であられる殿下は、その当時ご存知なかったのではないだろうか。あの春の野を薄紫色に染めるヴィオラットの華を贈るのは、求婚の意味をもつなどとは。その当時、まだ5歳にしかならなかった姉上がご存じだったことの方が、不思議なのである。


 その後どう噂が広まったかは定かではないが、姉上が王太子を袖にされたとかなり長いあいだ宮廷内では実しやかに囁かれ、我が家と同格の公爵家ご出身である王太子妃殿下も、一時期苦慮されておられたとか。

 まぁそれも姉上に会うまでのことで、まだご婚約されて間もない頃魔導学園で姉上と「サシで話され(姉上談)」た後は、現実と噂のあまりのかい離に驚き呆れておられたとか。


 我が姉上はその間も、時には他国の王族からのものもある、降るように来る縁談を一顧だにするどころか、厨房の薪の足しにされ、幼馴染の公爵の後継ぎと結婚され(確かな筋からすれば姉上が迫って迫って堕とされた模様)、いまや一男一女の母上でおられる。うむ。義兄上に幸あれ。



 

 さて。そんな中々にあくの強いお二人に比べると、二番目の兄上は、少々大人しい。


 いや、外見から言えば大人しいどころか、皇国始まって以来の絶世の美女との呼び声もいまだ高い、亡き御祖母様に生き写しと言われ、たしかに本家の大広間を飾る肖像画を見れば、それも頷け。

 すべての女性というものは、ただ女性であるだけで美しく愛おしいをモットーとするわたくしがこう言うのもあれだが、兄上の美しさは、たいがいの令嬢が一度対峙すれば、泣いて許しを請うか魂を抜かれてただ見惚れるしかない、人外のものであると思う。


 いやつくづく、妹で良かった。危ないものは、思い切り遠ざけるか、常に注意を払えるよう側に置いておくしかあるまい。


 

 あぁそうそう。

 私自身も御祖母様や、いまでも父上を筆頭とした心棒者を多数侍らす母上の血をひいているので、美しいとは言われる。愛らしいお嬢さん達が黄金のしずくと称してくれるこの金髪と、同僚いわく敵と対峙した時はアイスブルーに変わるらしい、アクアマリンの瞳、そして大抵のお嬢さんを見下ろせる身長に鞭のようにしなう、使い勝ての良い細身の身体は十分気に入っているし、鍛錬(手入れ)は怠っていない。


 が。


 宮廷では「おぼろの君」と呼ばれるルーカス兄上に比べれば、十分人の範囲内、見惚れていただいても何ら問題はないので、皆様安心して頂きたい。

 ちなみに先程ちらりと言ったように、性別は女であるが、令嬢たちが美々しく着飾っているのを愛でるのは大変好きだが、自分がそれをするのは興味がないし、動きにくいのは仕事に差しさわりがある。そしてなにより好まないので、日常的に男装している。



 

 話がそれて申し訳ない。私のことなどより、兄上のことであった。


 つい先日、夜会から騎士団宿舎ではなく皇都における本邸に急ぎ帰った私がもたらした知らせは、一族に激震をもたらした。

 私が愛馬から降りるのももどかしく、息せき切って館に駆け入り皆に伝えた報せ。それは、「兄上に恋の兆し」、であった。


 私と同じ夜会に出席されていたものの、早々に帰っておられた一番上の兄上は、「へぇ」と面白そうに笑われ、義姉上は「まぁ良かったこと。どんな方なのかしらね?」と嬉しそうにその織手をあわせ、おっとり微笑まれた。


 通話鏡でお知らせした(後から自分だけ知らなかったなどと言われようものなら、どんな報復が待っているか。考えるだけでも恐ろしいので)姉上は、「嘘~~っ! 相手は人間でしょうね!?」と、淑女にあるまじき雄たけびを上げられ、義兄上を呼びに行かれ、ついでに寝ていたはずの甥っ子と姪っ子まで起こしておられた。


 皇国の公式行事でもない限り皇都には出てこられない母上と父上には、同じく通話鏡でお知らせしたのだが、母上は「まぁ……」とおっしゃったきり絶句され涙ぐまれるにいたり。「喜ばしいことなのだから、さぁ涙を拭いて」などと、父上が慌てて抱きしめ慰めておられた。相変わらず中睦まじいようで何よりである。 


 あぁもちろん、兄上が幼い頃より我が家に仕えていた使用人の皆も、驚いてくれていた。

 優秀な者ばかりなので、表にはあまりださなかったが、内心では姉上のように絶叫していることが伺えるように、奥歯を噛みしめていた家令や、耐えかねて涙ぐむ庭師など、使者である私を十分満足させてくれた驚きっぷりである。それでこそ、翌早朝の訓練があるにも関わらず、宿舎ではなくこの皇都本邸に馬を飛ばしたかいがあったと言うのもだ。

 

 さらに言えば。

 あの、家族以外には美しいが人形のように色のない、無表情と同じ意味を持つ笑みを標準装備され、その笑みすらも、公式行事や重要な夜会以外では魔導師のローブの奥深くに隠されているルーカス兄上が浮かべたあの笑顔を、実際に見たのは私だけだということに、密かに優越感を持ったのは、兄上たちには秘密である。




 ―――あの笑顔を、なんと表現すれば良いのだろうか。幼年学校からの腐れ縁である同僚のような文才を持たないわが身が、今ばかりは口惜しい。



 …そう。咲き初めの、ロザリアの花だ。品種改良された大輪のものは皇都の花市でよくみかけ、私も愛する恋人(もちろん男女は問わない)達にそのイメージに合った色のものをよく贈ったり贈られたりするのだが。その野生種は、誇りかな香りに比べれば一重咲きと慎ましく、花も拳ほどの小さいものであり、咲き始めに見せる外側の花弁は茎の色と同じく、薄緑色をしている。


 その花を私は、騎士団に入りたての頃演習で行った国境近くの森で、見たことがある。ファングやキィーウィーどころか、ドラコの巣があると言われていた森で。


 禍々しき森の、そこだけ別天地のような小川のほとりで、朝靄の中で見たその花。清らかな乙女が目を覚ますように、ゆっくり、ゆっくりとその繊細な花弁をひらき、私にその姿を見せてくれた。

 手折ることはおろか、近づくことすら憚られる、高貴な花。押し戴いて、この胸の中だけで永久にその姿を留めたくなる、得難き花。


 この世に生をうけて24年。兄上の顔を見慣れているはずの私でさえ、そのロザリアの花のような微笑に、呼吸も忘れて見惚れてしまった。

 いや本当によかった、その時周りにいたのが私だけで。その夜会に出席していた名家の令嬢達が目にしたならば魂を抜かれて床に伏していただろうし、兄上を通していまだに御祖母様を想っている狸様どもが見ようものなら、善からぬことをせぬとも限らないから。まったく、古代魔導並の破壊力であった。

小話と言いつつまた長くなるあたり。続きは明日更新です。

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