024 きな臭く、なってきました。
ちょいと迷走しておりまして、続きが遅れました。とりあえず、ルーカス視点でお送りします。
誤字訂正しました(131031)
「……えっと。その話、わたしにはなんのメリットもないですよね?」
メイドたちの手で心地よく整えられた、明るい色彩あふれる居間の、いつもの椅子に。猫のように丸くなって座る彼女を見つけ、歩み寄って訪問した用件をつげたあと。
しばし無言で見上げられ、小首をかしげてその紅色の唇からつむがれた言葉に、ルーカスは思わずため息をついてしまった。
彼女は、外見だけみれば三つ下の妹、エドウィナリアよりもまだ幼くみえる。実際は一つ年上の異世界人である越谷優は、いつもこうだ。なにひとつ、こちらの思惑通りにはなってくれない。
仮にもこのサカスタン皇国をすべる皇帝が、会いたいと言っているのだ。もうすこしこう、別の言い方、というより反応があるのではないだろうか。
彼女の故国にはこちらのものとは違うが、皇族がいるにはいるようだ。ある一定の層からは、かなりの尊崇を集めているらしい。まぁ、映像と数点の文献から読み取っただけだが。
とにかくその実例があるならば、聡い彼女のことだ。こちらで言う皇帝がどれほどの地位で、その人間に謁見できるということが、どれほど――――――
「ふむふむ。この国の皇帝。…ルーカスさんの一番上の上司。あのおバカの実の父親にして国の最高権力者。 あ、なるほど。議会はあるんだ。5大公爵がいて……ふんふん、建国の志士ね。まぁセオリー通りか。
ふむ、で、ルーカスさんはそこの一員、と。んで、ほかに伯爵だの侯爵だの男爵だのがいる、と。……古代ローマっていうよりは、中世の英国かな? セバスチャン。君臨もして統治する、と。ってことは当然」
「そう。わたしを含めたこの皇国の民すべての、生殺与奪の権力をお持ちです。実際そんな事態におちいった場合は、議会の承認を求める必要がありますが」
自分が懊悩している間にはじまったいつもの問答。これを放置していれば、いつまで待っていても埒があかないのは、短い付き合いでも身にしみてわかっている。
だからルーカスは、彼女と彼女の傍らに常に影のようによりそう男の間に、わってはいった。
「それからユタカさん。いままでお聞きにならなかったので、すでにご存知とばかり思っておりましたが……私の…家については、いま初めて、お知りに……?」
「え? はい」
それが何か?
そんな表情で、不思議そうにこちらを見上げる彼女を。そのしっかりしてはいても、女性の丸みをきちんと感じさせる肩を、力任せにつかんで揺さぶりたい衝動にかられるのは、一体どうしたことだろう。
しかもその衝動は最近では抑えがたく、頻繁になりつつある。
「…好奇心旺盛な貴女にしては、珍しい気がするのですが」
魔導学校や宮廷で。数え切れないほどの招待状の中から、必要最低限のもののみ選んでいやいや顔をだす、サロンや晩餐の席で。
こちらから名乗るよりも先に、家の名を出されることを苦々しく思っていたはずなのに。
「……? セバスチャンに訊けばいまのように教えてくれますし、いままでその必要も、興味もなかったので」
「………そうですか」
わかっていたはずじゃないか。
彼女が自分にそう言う意味では、まったく興味がないことくらい。いままで散々言葉で、態度で示されてきたじゃないか。
「あ、セバスチャン。悪いけどルーカスさんのお茶を用意してくれる? ついでにわたしにもお代わりを」
「申し訳ございません。すぐご用意いたします」
優雅に一礼して部屋をでるセバスチャンの後姿を目の端でとらえながら。彼女と出会って以来、胸に負った無数の傷の上に、いままた負ってしまった傷を認知して、ルーカスはまたため息をのみ込んだ。
彼女は私に興味がない。そしてどうやらあの執事は、私を嫌っているらしい。
あの男は、彼女が無機物からつくった人形。ゆえに、感情というものがあるかどうかは知らないが……なにごとにも規格外の彼女がつくりだしたものだ。備えていてもおかしくはない気がする。
そして彼の態度をみる限り、自分は確実に好かれてはいない。
彼女の説明によれば、この50がらみの長身痩躯の男にしかみえないAI「セバスチャン」は、執事だそうだ。となれば、客が来ればそつなく応対し、主にうながされずとも茶のいっぱいも出しそうなものだ。少なくとも、我が家の執事グレアムならばそうしている。
が。
あの人形……男は、わざと動かなかったのだろう。いま謝罪したのも、「主である彼女のカップが空なのに気づかないで」という意味だろう。
私の考えを穿ち過ぎだ笑うものもいるかもしれない。だが、私がここに訪れる時はいつも、奴は一度もこちらを見ないのだ。さきほど玄関で迎えられたときも、微妙かつ巧妙に視線をはずされ、この居間に通される前に少々待たされ。歓迎されざる客であることを雄弁にしめされた。
もちろんそれごときの妨害で、ひく私ではないけれど。
むしろそれが当たり前で、先日市場で暴れかけた彼女を抑えるために呼ばれた時など、かなり驚いたものだ。
確かに頭に血がのぼった彼女を押えられるものなど、いかに皇国が広いとはいえ、わたしくらいなものだろう。そしていくら相手が無能ゆえに飼殺しにされているあの馬鹿皇子とその取り巻きとはいえ、重篤な怪我を負わせる前に止めようとしたのは、英断と言えよう。
それでも、家であろうと職場であろうと身につけているスマホにこの執事から緊急と題してメールが届いたときは、目を疑ってしまった。
慇懃にして簡潔な挨拶のすぐ下に書かれた彼女の名をみて、すぐ転送陣を作動させたのだから……この男の手で、いいように踊らされたということか。
「…で?そのおっとろしい皇帝陛下に、なぜわたしがお会いせねばならないのでしょう? だいたい国のトップの雲上人が、なぜ一介の出稼ぎ労働者をご存知なんでしょうねぇ。接点なんか、5大公爵家筆頭のクラヴェト家のご出身で、宮廷に使える魔導師隊長のルーカスさんくらいしかありませんよねぇ?」
セバンスチャンがポットで持ってきた香りのよいハーブティーを一口飲んでから、彼女がおもむろに口をひらいた。
ひたとこちらに据えられたその眼が剣呑な光を帯びているような気がするが、思い違いであってほしい。
「わたしが、貴女の存在を吹聴しているわけではありませんよ。むしろ貴方達異世界の魔導士の存在は、積極的にではありませんが、隠していますから」
「へ?そうなんですか?」
ため息を飲み下して言い訳すれば、私への嫌疑はあっという間に晴れたようだ。彼女は素っ頓狂な声をあげると、またそのよく回る頭でなにか考えだしたようで、華奢な指をすこし尖った顎にあて目を伏せた。
「隠す理由はいろいろありますが……最大のものは、我が国では異世界の存在が、正式には認知されていないからです」
思考の迷宮に彼女がはまりこむ前に、餌をまいておく。
「…は? どういうことですか」
ほら、食いついた。
単にこちらの話に興味を惹かれただけなのは、重々承知しているが。彼女のこげ茶色のすこしだけ垂れた目が、私だけに向けられている。それが、とても嬉しい。
「魔導師や魔術士の間だけならば、異世界の存在は既成事実です。貴女の世界とこちらをつなげたのは、我が師ジーンがおそらく初めてですが、別の世界への扉ならばかつて開いたことが幾度かあったようですよ。皇国図書館に収められた閲覧規制のかかっている書に、いくつもの例をみることができますし、魔導師は変わり者が多いので異世界に興味を持つ者は多いですからね。
といっても、ふたつ以上の世界をつなぐ扉を見つけるのは、魔導のセンスや魔力ではなく、多分に運によることが多いようです。我が師匠は実力もそうですが、運も良かった」
「あ~いますよねぇ。なんでかやたらと運の良い人。わたしの母と弟もそうですね」
いまだ帰らぬ師にたいし、思わず過去形を使ってしまった私に気づかず、彼女が笑う。
「……そう言うユタカさんとて、十分強運の持ち主だと思うのですが」
わたしの返しに、また笑う。わたしもそう思いますなんて言いながら。
その愉しそうな笑顔を、誰にも見せたくないと思う私は、なんと心の狭い人間なのだろう。
「そのように見つけるのは難しい扉ではありますが。一度見つけて開いてしまえば、その扉を維持する術式と開ける力があれば、誰でも使えます。まぁ偶然開けてしまう人間がいてはまずいので、その式は管理されていますが」
「あぁそりゃそうですよね。いきなり異世界トリップなんて、災難以外の何物でもない」
「その通りです。そして、扉を見つけるのも難しく、つながった世界がこちらにどんな影響を及ぼすか、実例がなさ過ぎて測れないため、異世界の存在は正式に報告されてはいないのです」
「……ルーカスさんは、日常的に行き来されていますよね。わたし達も」
彼女がそう質問してくることは、織り込み済みで。私はにっこりと満面の笑みでこたえる。
「えぇ。貴女達の世界に旅立った師から、扉の維持と管理を頼まれましたから」
「あ~~。使わない道具は錆びますもんね。メンテの為にも有効利用しておられる、と」
「その通りです。さすがユタカさん」
「……で、わたしの世界の影響を最小限にするために、わたし達が異世界人であることも含めて、内緒にしている、と」
「はい」
「………ばれない、もんなんですかね。ハッスナー隊長に初めてお会いしたときに『異国』って紹介していただきましたからあまり大っぴらに言うことではないのかなと思ってましたし。あまり突っ込んでくる方もいなかったんで、わたしもそれで通していたんですが」
「ユタカさんならそうして下さると思っておりました」
笑みとともに御礼を言えば、微妙な表情を浮かべる。
ひとりがけのソファに座ったまま若干後ろに下がって距離をとられたのは、気のせい、だろうか。
「ユタカさん達は、顔の造作こそサカスタン皇国の民と異なっていますが、髪の色、肌の色眼の色は似ている。そして皇国で使われている公用語を話し、この国の民と同じものを食べ、なにより習慣に馴染んでおられる。
我が国は多民族国家であり、特に首都であるアナウには遠い同盟国からの商人も大勢滞在していますから、貴女達を異国人と思う人間はいても、異世界人と思う人間はいないでしょう。有能な魔導師ならば、魔力の量と質、それから……説明が難しいのですが、匂い、のようなものでしょうか。それを感知してどこの国から来たのかと、興味を持つくらいですね」
「はぁ………」
その説明にいまいち納得がいかないのか、きりりとした眉を真中によせて、彼女は気の抜けた声をもらす。
もしかしたら、私の日頃の行いのせいかもしれないが。
ふむ。
「ユタカさん。……その力を見込まれて、皇国にとりこまれたくなぞ、ないでしょう?」
説得のためならば、少々の嘘は許される。と思いたい。
続きは明日あげれたらばよいなぁと。




