【高嶺さん番外】ある休日※マリ視点
本編に基本出てこない高嶺さんの侍女のマリ視点のお話です。
それはお嬢様が、高等学校に入学されて少し時間が経ったことのことだった。
金曜日、明日はお嬢様のためにどんなお菓子と紅茶を用意しようかと思っていたら、お嬢様に部屋に招かれてこんなことをきかれた。
「マリ。明日学校の方とお出かけするのですが、休日お洋服は、どちらがいいと思いますか?」
「お嬢様が……お出かけ……?」
私は、その言葉がすぐに飲み込めなかった。
何故ならお嬢様は、ずっと『学校の人』と休日にお出かけをされるようなことはなかったからだ。家同士のつながりの場で顔を合わせることはあったとしても、おめかしして誰かとお出かけになるなどーー。
「はい。その……同じ部活の方と一緒に」
「は」
私は、ぽっと可愛らしく頬を染められてから、少し間を置いて顔を真っ赤にされたお嬢様を見て、頭が真っ白になった。
『瀬崎晴人』
それは、庶民を学ぶためにお嬢様が通われている学校で、『お嬢様のサポート』をしているらしい男の名前だ。
お嬢様が困っているとき、奴は颯爽と現れ、まるでスーパーヒーローのごとくいつもお嬢様のことを助けているらしい。
……気に食わない。
正直なところ、それが私の本音だった。
お嬢様は、清らかな心の持ち主だ。
琴乃お嬢様はおそらく、この世界の穢れというものを多分よくご存知ではない。それは、周囲の人間の願いや環境のせいでもあったし、お嬢様自身の生来の性質でもあった。
澄んだ水のような人。
柔らかな、穏やかな陽の光であり木陰。
私がお嬢様と出会ったのは、まだ私が幼い頃――身寄りのなかった私を、お嬢様は助けてくださった。
お嬢様が私にそばに置くことを決められたために、古くから私は高嶺家にお仕えしていたお養父様の養子として迎え入れられた。
お嬢様のお役に立つために、無知だった私は寝る間も惜しんで努力した。
お嬢様が私に「ありがとう」と微笑んでくださるたびに、私は、これまでの自分の人生のすべてが、肯定されるような感覚に陥った。
昏い影の落ちる私の人生。お嬢様という存在が、私の人生に、確かな輪郭を与えてくださった。
私の、大切な大切なお嬢様。
お嬢様が健やかに育ち、心穏やかに過ごせる毎日のために、自分は生まれてきたのだ。
だから私は――お嬢様のためなら、この命だって惜しくない。
「何をしているのですか。マリ」
夜。部屋を抜け出して、こっそり武器を集めていたら、私は高嶺家の執事であるお父様に声をかけられた。
「お嬢様を誑かした相手がどんな人間か確かめようと思いまして」
「マリ。武器を持ち出そうとするのはやめなさい」
「銀食器は武器に入りますか?」
「貴方の場合は入るでしょう」
「……」
お嬢様が、私のために用意してくださったメイド服から、私は隠していた銀食器を取り出した。
……子供の頃から私をよく知るお父様には、私の考えはお見通しだったらしい。
「マリ。銀食器の代わりにハサミを持ち出そうとするのはやめなさい」
「……」
せめて、と違う武器を取ろうとしたところで、私は再びお父様にお叱りを受けた。
「でも、お父様。お嬢様が、男と出かけられるのですよ。心配ではないのですか」
「琴乃お嬢様が心配だとしても、です。お嬢様が決められたことを、私たちが妨げてはなりません」
「……でも」
お嬢様は、優しい人だから。
穢れを知らない、清らかな人だから。
そんなお嬢様の優しい心や笑顔を曇らせる人間を、私が『対処』して何が悪いのだろう。
私は、お嬢様を傷つける人間が、この世界で一番嫌いだ。この世界から消してしまいたくなるほどに。
私は、本当はいつだってお嬢様のそばにいたい。
だが、最近は違う学校に通うことになってしまい、お嬢様を守れずに困っている。
編入したいとは願い出ているが、問題が起きない限り、護衛としての編入は許されないというのがお父様と旦那様が出された結論だった。
そのような状況になれば、一度私が編入してから、学校の安全性を確かめることは許可してくれるつもりらしい。
「それに彼は――琴乃様にとって、よい友人になってくれると思いますよ」
「……」
お父様は、そう言って柔らかく私に微笑んで頭を撫でた。
年の功、とでも言うんだろうか。
お嬢様とは違う、この世界を熟知した上で清濁併せ呑むを実践しているお父様は、私が自分の感情をうまく言葉にできないとき、初めてお嬢様に手を引かれ父お父様と会った時、親に捨てられ泥だらけの野良猫のようだった私を見て、すぐに状況を理解して微笑んでくれたときと同じ目で私を見る。
――大丈夫、怯えなくていいんだよ。私は、君の味方だからね。
まるで、そう語りかけるような笑顔を見る度に、私は自分に向けられた愛情が嬉しいはずなのに――少しだけ、昔を思い出して胸が苦しくなる。
「お嬢様は、人を見る目がある。現に貴方は、今ここに居て、誰よりお嬢様をだいじに思っているでしょう?」
「……」
お嬢様が認めた相手なら大丈夫。その言葉に口をつぐんだ私にお父様は優しくまた微笑むと、二人のデート(?)の当日は、お嬢様の護衛は私の代わりに他の人間に当たらせると言った。
「……お嬢様」
お嬢様が出かけるられるのを見送ってから、私はスマートフォンで『そのページ』を開いた。
お嬢様が更新されている『小説』には、お嬢様の毎日が記されている。駅でのこと、遠足のこと、部活動見学のこと――内容を見るに、この男はお嬢様にとって悪いことはしていない。
でも一つ思うのは、その役目は本来、私が務めるべきだったはずだったということだ。
私の空白を埋めた男。
私からお嬢様を奪った男。
だというなら私の代わりにお嬢様を守ることが、この男の役目だ。
私は、『ハルくん』という可愛らしい文字を見つめながら、低い声で呟いた。
「お嬢様に、何かあったら許さない。……『瀬崎春人』」
おわり




