39-暗黒武装
観客席は驚嘆の声が上がっていた。
理由は明白だ。決闘に於ける先制点が、ブランク側に入った事だ。
中でもブラックナイトの必勝法であり、常套手段である輝かしい星の裁きの物量に物を言わせた絨毯爆撃が、通用しなかったことが大きい。
プーサーの過去の戦歴の決着方法はそのどれもが、輝かしい星の裁きによる圧勝だ。
今までと違った風向きに期待する声と、プーサーに全財産を入れてしまった者らの嘆きの声と、期待していた試合と違うと非難の声を浴びせる者と。様々な声が上がっていた。
その中でリベリカは一人、鼻を鳴らす。
「随分自信気じゃなーい? リベリー」
「魔女様……」
ふわふわと上空から姿を現す魔女エマ。
絨毯からスタリと特設観客席に降り立ち、リベリカに擦り寄る。
「あの技、冥土流だったっけ? 一家相伝なんでしょ? 良いの、ブラちんに教えちゃって」
「良いも何も。ファレーナ様の危機に勝ることなどありません。些事です」
「ふふー、この三日でどれだけ仕込んで来れるかと思ったけど、想像以上に抱えてきたなぁ」
エマとしてはある程度のものを接続の能力で、会得するとは思っていた。
その力で最も身近にいるリベリカの技を奪うのは、考えれば容易に到達する帰着点だ。
だが、その完成度が高い。
プーサーの逃げ場のない絨毯爆撃を、完全に避け、尚且つ気配を気取らせないレベルまで仕上げている。
とても付け焼き刃と呼べる物じゃない。
既に実戦級──
「何か裏技を使ったなぁ?」
それこそ、不可解なブランクの右腕の消失に繋がっているのかもしれない。
エマの助言と直接的な関わりは確かにあるのだが、それにしたって片腕欠損はやりすぎだとエマは考える。
片腕があることないのとでは、出来ることの幅があまりに大きい。
それを考えれば、冥土流の仕上げに貢献している線を見るのが妥当だろう。
「兎に角、まだまだ始まったばかりだ。これからどうなるかなぁ」
「勝てる、とは言わないんですね」
「当たり前だよ。だってあーちは最強の魔術師だよ? 確証のない事は口が裂けても言えない。今はまだ、手品が上手い事作用してるだけだ」
誰でも見たことのない手品を見せられれば、マジシャンの術中にハマる物だ。
夢中になって、その意識の全てをマジシャンに握られる。
試合展開を現在握っているのは確かにブランクではある、が。
「でもねぇ、初見の手品ならいざ知らず、二回目三回目となるとお客は飽きてくる物だ。それに、プーちんにはね、手品を気にしないだけの魔力と物量がある」
もしプーサーが平静を取り戻し、才能に物を言わせて襲ってくれば、ブランクではとても敵わない。
ブランクの初見殺し手札が、どれだけプーサーのLGを削ってくれるか。
そこがおそらくこの試合の分水嶺となる。
「そこをまずは攻略しないと、ジリ貧だぜぇ?」
魔女は闘技場へと目を細める。
夜の帷を透視する結界の中で、空蝉を使って、プーサーの背後を取り斬りかかるブランクの姿だ。
今は優勢である事は間違いない。
だが一抹の不安は、未だに拭えていないのも確かな事実であった。
–
「ちくしょぉぉぉ!!」
夜の帷の中で。
プーサーは雄叫びを上げながら、周囲に無数の星を降らせる。
彼が指で指示を出すその先は、数秒後には星の応酬で消し炭に変わる。
生憎、形あるものはないから闘技場の床がボコボコになる程度で済んでいるが、もしここが住宅街などであれば、既に建物は消し飛んでいるはずだ。
職人街が実際、そうだったように。
それだけの物量と破壊力を持つプーサーの魔術は、ブランクの冥土流暗殺術“空蝉”だけで完封されていた。
「ちょこまかとハエみたいに!!!」
右に左に。
上に下に。
空中を飛び回りながら、姿が見えたところへと星を飛ばすが、どれも残影の偽物だ。
冥土流暗殺術“空蝉”は、魔力による自身の分身を残し、極限まで自分の魔力放出をなくす事で完成する囮を生み出す技法だ。
かつて、魔術が発展する前の時代。
まだ魔王が蔓延っていた時代に、多くの人間や魔物を暗殺せしめたとされる冥土流暗殺術。
その中で最も逃げに特化した技、空蝉。
ブランクは真っ先にこの技の習得にかかった。
『空蝉』
リベリカとの修行、という名のリベリカからの八つ当たりを受けた際。
最も興味を引いたのがこの技だった。
『まるで手応えがなかった……なのに気配は一層強い』
『空蝉は相手の集中の誘導でもあります。試合や殺し合いのような極度の緊張感がある場所でなら、更にその効力は高まります』
ブランクは残影の対処ができず、リベリカに振り回されて、その体力を最低限にまで減らされていた。
立つことすら危うく、息切れている。
その様を見て、リベリカは身を翻す。
『休憩をしましょう。既に三時間。寝てもいないのですから、少しくらい』
『いいえ』
リベリカの声を遮って、ブランクは立ち上がる。
その姿に疲弊は感じられない。
『……どんな手品で』
『エネルギーの吸収効率を良くして、更に消費効率も上げました。使わない臓器の機能を停止して、必要な筋肉や脳へと活力を送っています』
『……接続。そこまでやりますか』
『どうでしょう。達人なら存外、みんなやっているかもしれませんよ。僕はただ、それを意識的に行なっているだけです。つまりはインチキですね』
笑顔でそう語るブランクの言葉が、リベリカには恐ろしく聞こえた。
それはつまり、数十年かけて到達する無意識の境地を、彼は意識的に行えるのだ。
臓器たちが経験を経て、効率重視の活動を覚えるのではなく、意識的に指示を出して臓器を操作する。
その難しさたるや、想像も出来ない。
『あなたがそういうのであればこちらは構いませんよ。ではもうひと勝負、行きます』
『はい!』
そんな手合わせの中で、意識的に習得を優先した“空蝉”。
この完成度はリベリカに迫る程であり、ブランクが保有する技の中で失敗しないと、自信をもって言える技の一つであった。
そして、現在。
「当たれよぉっ!!! 止まれよゴミ虫がぁぁっ!!」
最早、照準という概念すら存在しない、八方に向けての無差別乱射攻撃。
闘技場の空中、中心からドーム状に放たれる星の弾幕に逃げ場所などない。
プーサーの言うところの虫一匹逃さない攻撃は、闘技場全体を爆煙で包み込んだ。
「はぁ……はぁ……これでさすがに」
「冥土流暗殺術」
「は────ぁっ!?」
真後ろから聞こえる死神の声。
首の皮を撫でた鎌の冷たさを感じつつ、振り向いたその先の、ブランク振り上げた剣に光が反射する。
プーサーは咄嗟に手のひらに光を集め、剣を精製し、
「翡翠」
「ぎぃぃっっ!!?」
無慈悲な両断を、なんとか光の剣で受け切った。
しかしプーサーは体勢を崩したまま、地面へと墜落する。
再び背を強打して、LGは五減少し、九十へ。
「ちっっくしょう! 忍者が!!」
「生憎、メイド直伝です」
追撃するブランクの剣撃は留まることを知らない。
相対的にプーサーは目に見えて疲れ始めていた。
ブランクの接続の能力による、効率的なエネルギー消費に比べて、プーサーは他の棋士と比べても鍛錬を怠ってきた騎士だ。
その力は強くとも、持久戦には慣れていない。
「くっ、そ……平民、ふぜ、いが!!」
乱雑に振り回すプーサーの剣筋は最早、七等級の騎士のものとは思えない酷さであった。
体力がないとは言え、子供のチャンバラのように振り回すだけの杜撰なもの。
それを許してしまうのが、光による切断という星の剣エクスターキャリバーの強すぎる特性だった。
だからこそ──疲れという油断を誘う作戦が通用する。
「っらぁ!!」
ブランクの気が抜けた瞬間を狙い、勢いよく、プーサーはエクスターキャリバーを振り抜いた。
速度を持って強化された星の剣の切断力は、剣気によって強化されたブランクのショートソードを易々と切り裂いた。
「星剣……はは。星の力を持つ剣だ。多少剣気が扱えたところで、所詮は付け焼き刃!! すぐにズタボロになるのは自明の理さぁ!」
剣の中心から切れてしまったショートソードを見つめるブランク。
思えば半年程前から付き合いがあった、このショートソードに思い入れがないわけではない。
この大事な戦いで失うというのは、ある意味剣として誇らしい死とも言える。
「さぁ、武器が無くなっちまったなぁ!? これから一体どうするつもりで……は?」
一人嬉々として踊るように語っていたプーサーの瞳が開く。
切り裂いたはずのブランクの剣の半ばから、地面から粉のようなものが集まって黒い刀身を形成しているではないか。
「暗黒武装──黒撃剣」
それは正しく。
ブランクを半年間鍛え上げた、かつての師の技であり。
彼が“身につけた”と自信を持って言える、第二の技であった。
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