37-星降る夜
会場の誰もが驚愕した。
ブラックナイトと決闘をするというフレアクラフトの弟子。
その正体を皆、想像していた。
血気盛んな活力あふれる剣士。
知性溢れ、礼節を重んじる騎士。
魔術を巧みに扱い、翻弄する術師。
その格好を思い浮かべ、期待していたのだ。
だが、その想像とは裏腹に、現れた闘技者は既に満身創痍であり、何より彼は──ブランクは右腕を失っていた。
右袖がはためくそれは、中に物が入っていないことを証明している。
全身を覆う包帯も、血や泥に塗れたその体躯も、腕がない衝撃に比べれば大したことがない。
この三日で何があったのか、プーサーはそれを本気で考えようとしたが、
「く──っはっはっはっ!!」
込み上げる笑いが堪らず噴き出す。
静寂が支配する闘技場で、プーサーの笑い声だけが高らかにこだまする。
「なんだお前、ドラゴンと決闘でもしてきたのか?? 能力を考えれば、野盗とかの方が現実的か? その怪我で一体どうやって戦うってんだ! 一体どんな隠し種が出てくるのかと想像してたが、こりゃあまさかのとんだピエロだぜ!! はっはっは!!」
嘲笑ではない。
プーサーのそれは、心の底から笑っている理解出来ないものへの意外さからくるものだった。
「本当よねぇ……あんなんじゃ」
「やる気あるのかな……? それとも決闘を勘違いしてるとか?」
「やっちまえー! プーサー!!」
笑いが止まらないプーサーの姿を見て、観客にも感情が伝播する。
元から敵しかいなかった闘技場は最早憐れみの空気さえ出し始めた。
これから始まるのは本当に決闘なのか。
誰もがその心配をする中、
「大丈夫ですよ」
ただ一人、
ブランクは落ち着いていた。
「これが最善です」
冗談とは思えない、真実味を帯びた言葉。
少なくとも、今この場において、ブランクは嘘を言っていないようにプーサーは感じた。
であれば──
「手加減をしてもらえると、考えたわけじゃあなさそうだな」
「もちろん」
「なら愚策だろ。見るに耐えない。早々に決着をつけてやる」
プーサーはそう言いつつ手のひらを合わせた。
「真の騎士にはどんな剣が相応しいと思う──?」
彼を取り巻く光の粒子が手のひらに集まって、形を成していく。
形成されるそれは剣で──
「よく見ておけ。これがお前を殺す高貴なる剣」
光の剣。
闘技場の中で、ただ一つ光を放つ剣だ。
陽光を反射するのではなく、自身が光源となって光を放つ剣。
その内包する力は、素人目でも分かるほどに強大だった。
「星剣エクスターカリバー。聖なる剣じゃあない。星の剣と書いて、星剣だ」
そう言って構えるプーサーの姿は突の構えだ。
騎士歴が短いブランクでも分かるような、上段に地面と平行になるよう剣を横に向け、切先を敵に向けた構え。
そのまま、視線の先のブランクを見据え、そして。
「決闘開始!!!」
実況者の合図を皮切りに、プーサーの姿が消失した。
「っ」
「ははっ!」
光の速度で襲いくるプーサー。
豪風を引き連れてブランクを強襲する。
突き出された剣は頭を横にずらすことで紙一重ながら回避に成功。
その勢いを殺さず剣を振り回すプーサーに、ブランクは防戦一方であった。
「どうしたどうした、この程度かよ!! っておいおい、お前」
気分よく剣を振り回すプーサーはある違和感に気づく。
自身の剣を受け切るブランクのショートソードに揺らめく魔力が見えることを。
「剣気、使えてるじゃん。どういうことだ?」
プーサーはブランクが剣気を使えないことを知っている。
少なくとも、三日前までは。
「どんな手品だ。才能がないやつは一生賭けても出来ない技術だぞ」
「さてね。手品ってのは、タネを見せないから手品だろ?」
剣の刃先から覗く瞳の闘志は一切失われていない。
寧ろ、闘技場に初めて現れた時より強く燃えているように見えて。
プーサーは酷く、イラついた。
「チッ。喋る暇があるなら見た目より元気みたいだなぁ!!!」
再び始まる剣撃の応酬。
プーサーが放つ剣撃は一撃一撃が強い魔力が込められた必殺の一撃だ。
もし胴体で直接受ければ骨でつっかえることなく、綺麗に真っ二つになることだろう。
LGによる守りがあるとはいえ、一体一撃でどれほど削られるかわからない。
等級の低い者たちの程度の低い試合とは訳が違うのだ。
等級が上がれば上がるほど、その攻撃力は増していき、一回一回が致命となる。
その空気感に徐々に慣れていくことが、等級の低い騎士が強くなるために必要な一歩でもあるのだが、それをブランクは知らない。
逆に、出場回数が少なく、負けた経験のないプーサーもまた、それを知らないのだが。
兎も角。
ブランクは経験も、技術も、何もかも圧倒的に不利な状況で、なぜか。
「くそ!! どうなってる!」
不敵に笑みを浮かべ、プーサーの剣撃を全て受け切っていた。
「おおっとこれは一体どういうことかー!! プーサー七等級の攻撃は光の、いえ、星の魔術による強い光源で目眩しの効果も発揮しています!! それに加えてあの斬撃の速さ! とても私の目では追えません! それをブランク無等級は見切っているというのでしょうか!」
「驚いたねえ。技術は申し分なさそうじゃの」
呆気なく決着がつくと思っていた実況席、及び観客席がどよめく。
それもそのはずだ。
その斬撃の速さと視認性の悪さから受けにくいと定評があるブラックナイトの攻撃を、ブランクは全て捌いているのだ。
左腕だけで。
攻撃しているプーサーの方が、疲れて息が上がっている不思議な状況が起きていた。
「はぁ……はぁ……」
「こんなもの……ですか? 想像よりも楽に勝てそうです」
ふ。と息を漏らすように笑うブランク。
実際、息が上がったプーサーに対して、ブランクはほとんど息切れしていない。
最低限の動きのみでプーサーの剣撃をいなして、対処していた。
「はぁ……? お前それ、さすがにないぞ?」
少しだけ。ほんの少しだけ認めなくもないが。
勝ち誇った気でいられるのはさすがにおかしい話である。
プーサーは青筋を立てつつも、静かに笑う。
「まさかボクがお前程度に最初から本気を出すと思っていたのかよ。それにその様子だと知らないんだなお前」
「なんの話……?」
「はは!」
惚けた顔をするブランクが、本格的におかしくなったプーサーは再び吹き出して、濡れた前髪を掻き上げる。
「本当にわかんねぇのか。世間知らずだなぁお前」
そう言って、星剣から手を離す。
光は手を離れた途端に霧散して、消えていった。
その意味が理解出来ず、ブランクはまた構えるが。
なぜか、観客席がざわつき始めた。
「来るぞ来るぞ!!」
「ブラックナイトの真骨頂だ!!」
「……祭り?」
訝しんだブランクを置いて、観客席はまたお祭り騒ぎだ。
それを喜ぶようにプーサーは笑って、両腕を広げる。
数十人のオーケストラを指揮する、指揮者の如く。
「ブラックナイトの戦いは」
天を仰ぎ、
地を見下し。
指を鳴らせば、
「夜の帳が下りるのさ」
闇が闘技場を包み込む。
それは職人街を滅ぼした悪夢の結界。
入る者は自由に、出る者は許さない。
ブラックナイトの固有血術──星降る夜。
その力の一つは強制的な夜の空間を作ること。
誰でも夜へと歓迎するが、許可を出すまで太陽は昇らせない力を持つ。
それを結界への入場の許可と退出の拘束という形にして実現したのが、この結界である。
星降る夜にあるもう一つの力は、星の力を借りること。
星がある限り、無限に星の光を魔力に変換し扱うことができる。
そして星とは得てして、
闇の中でこそ輝くものだ。
「さぁ、闇の夜の始まりだ」
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