17-職人街
ブランクの鍛錬から四ヶ月。
基本的にファレーナはブランクの元を離れない。
彼女の鍛錬指針はゼロ距離指導である。
一人前と認めるまでは修行内容から食事から寝る時間まで全てを管理する。
彼女が良いと思うものになるまで絶対に妥協はしない。
良く言えば面倒見が良く、悪く言えば柔軟になれない性格なのだ。
その性格のおかげで今のファレーナの実力があり、世間からのフレアクラフトの悪印象が拭えない状況が、続く要因でもあった。
もう少しファレーナが愛想を振りまけたら、状況は違ったのかもしれない。
そう思った頃もあったが、
『リベリカ……リベリカ……ッッ!! 私は、私は』
大雨の中、誰も帰ってこない道の先を睨みつけ、言い切ったあの言葉が、リベリカの頭を離れない。
強く逞しい、しかして、か弱い我が主人。
一生を守ると誓った強き主人。
その主人が見せたたった一度の──
「よぉ! フレアクラフトのメイド様! 今日も綺麗におめかししてさすがだねぇ!」
そんな思いに耽って歩いていると、いつの間にか職人街に来ていたことに気付く。
分厚い木の板を背負い現れたのは身長二メートルはある巨漢だった。
逞しい白い顎髭を生やし、快活に笑っていた。
「ドルマンさん。こんにちは」
ドルマン。
この職人街を取りまとめる親分的な存在であり、武器も家も魔術道具も何でも作れる凄腕の職人だ。
フレアクラフトの道場“虹焔”も実はこのドルマンが作ったものである。
「あぁ。今度は遠くにお使いかい? 何だか久しぶりに顔を見る気がしてるんだが」
「ファレーナ様の指示で少し図書館で調べ物です。国外に出てはいません」
「あっはっは! 何だすぐ近くじゃねぇか。それじゃあ、安心だな」
ドルマンは大口を開けて笑い、気になることを言った。
リベリカは即座に訊き返す。
「安心? 何かあったのですか?」
「え、いやぁな。大したことじゃあないとは思うんだが、最近変なやつがうろついててよ」
髭を触り、思い出しながら語るドルマンの言葉には、またしても疑問が残るものだった。
リベリカは静かに次を待った。
「あー、何だったかな……みんな黒いローブを被ってるから良くわかんねぇんだよな。ただ確か……星みてぇなマークつけてたかな」
「星……」
「ああ、そうだ! 星だ星。全員体のどっかに星をつけてたなぁ、そういや。あれ、それって結構良い家柄の紋章だったかな? うーん」
その情報を聞いて漸く心当たりが生まれるリベリカ。
思案を巡らすまでもない。落ちぶれたとはいえ、フレアクラフトも元貴族である。
リベリカもそういった情勢には詳しいのだ。
未だに唸るドルマンに、リベリカは腰を曲げる。
「情報ありがとうございます。気をつけます」
「いやいや! こんな程度しか役に立てねぇのは正直言って歯痒いんだ。本当なら立派なお屋敷でも建ててやりたいんだがな」
そういって、ドルマンは職人街の奥を見た。
その先にあるのはフレアクラフトの道場“虹焔”だ。
言葉の意味を汲んだリベリカは小さく頭を振って、
「何をおっしゃりますか。ドルマンさんが一夜で建てたあの道場があるから、我らは未だに道場を続けていられるのです。感謝こそあれ、更なる要求など……」
「は。俺からすりゃあ、あんなのまだまだだ。端材使っただけの、形だけそれなりの家のような何かだぜ。ただなぁ、金がねぇと、どうにもうちも厳しくてよぉ」
悪いなぁとしょぼくれるドルマン。
肩に背負う木材も一緒に凹んでいるような雰囲気を出すほど、気分を落としていた。
「私らがお金を用意できないのが行けないんですよ。気にしないでください。ファレーナ様は食事に妥協はしませんし、かといって報酬は……」
「まぁ良いんだ。もし大量に金が入ったらよ、ぜひうちに依頼を飛ばしてくれや! あんたらがいるおかげで、魔物の脅威から助かってるんだからな」
なぁ、お前ら! とドルマンが声をかければ、屋根上から、路地裏から、家の中から、果ては土の中から職人達が顔を出す。
「「「おうともさ!!!」」」
「まぁ」
「ははは!! 俺たちは本当にそれだけフレアクラフトの家の人には感謝してるんだ。世間の声も厳しいが俺らはずっと味方だと約束するぜ。困ったことがあれば何でも相談してくれよな!」
最後に軽いお菓子をもらって、リベリカはドルマンと別れた。
ご近所付き合いもメイドの仕事ではあるが、この信頼を勝ち取ったのはひとえに今までのフレアクラフトの努力の結果だ。
いつか近い将来、ファレーナが報われることを一従者としてリベリカは願うばかりであった。
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リベリカが職人街でドルマンと談笑している中、ファレーナとブランクは道場で向かい合っていた。
緊張が走る二人の空間、もう既に修行は四ヶ月を迎えている。
鍛錬の成果も着実に出ている。
故に今から始まるのは二人同士の“稽古”──。
「ぉぉっっ!!!」
ファレーナが一歩踏み出す。
それに続くように斬撃が三閃、ブランクを強襲する。
一ヶ月目ではまだ一撃しか見切れなかった、超速度で繰り出される斬撃を、ブランクは難なく弾いてそらす。
更に一歩。
ファレーナが踏み出し、軌道が変わった三閃が繰り出される。
パターンなどないファレーナ次第の一撃必殺の斬撃は、またしてもブランクが予測して弾く。
一歩、更に一歩。更に更に、一歩。
踏み出す度に剣の速度が、斬撃が、歩く速さも増していく。
過激な斬撃の猛襲は、正しく嵐の如く。
刻一刻と苛烈さを増す攻撃にブランクはどんどん後退したいく。
額から滲み出る汗は量を増し、顔は真っ赤に染まっている。
息つぎをするのが漸くであり、酸素が圧倒的に足りない。
酸素を。早く腕を動かせ。耐えろ。負けそうだ。挫けそうだ。負けるな。無理だろ。勝てない。息を。痛い。滑る。膝を打った。立てない。脳が焼き切れ──
「おめでとう。よく、受けきったわね」
「へ」
意識が鮮明になった時、ブランクは修行始めの時のように汗溜まりの中にいた。
膝立で、壁に背をつけて、首先にはまたファレーナの木剣がある。
とても稽古が上手くいったとは思えない状況だったが。
本当に嬉しそうに微笑むファレーナを見ていたら、
「初めて百本、受けきったのよ。ブランク」
何だかどうでも良くなっていた。
次の次からそろそろ話が進み始めます。
乞うご期待ですね。
なので明日も2話更新できたら頑張ります!




