14-魔女との出会い
修行が始まり、更に三ヶ月が経過した。
着実にレベルを上げたブランクの修行内容も順々に変化していき、今では半日かかったコースは6時間にまで短縮。
更に、息切れもほとんどしない体力を手にしていた。
そして、ファレーナとの剣術の鍛錬では、遂に三回連続の剣撃に耐えれるよう成長していた。
(何故かわかる。彼女の剣撃の力加減、方向、タイミング。その全てが)
道場で向き合う二人。
ブランクから仕掛けることは未だ禁止されており、ファレーナの攻撃からしか鍛錬は始まらない。
時には一度の斬撃に2時間かけたことすらあった。
鋭い眼差しがブランクを貫く。
殺気。殺す意志を持って放たれる斬撃は、木剣でなければ、ブランクの命を数千回は絶っている。
そのレベルの斬撃を、もう約百日近く受け続けているのだ。
コースを走る修行に加え、ブランクの身体は三ヶ月前とは比べ物にならないくらい逞しくなっていた。
それほどの肉体を手に入れても、ファレーナの矮躯には到底及ばない。
一体彼女の小さい身体のどこにそんなパワーが眠っているのか。
ブランクは不思議で仕方なかった。
「隙あり」
「あ」
雑念で切れた緊張の糸。
その微細な身体の動きを見逃さないファレーナの一撃が、ブランクの胴を直撃する。
横に薙ぎ払われ、壁に激突するブランク。
「い……たい」
今ブランクの体重は八十キロ近い。
そんな男をただの一振りで数メートル吹き飛ばす斬撃を腹に喰らったのだ。
まともであれば痛みに悶絶するところだが、とうにブランクは常人を越え始めていた。
腹の横を摩りながら涙目で訴えるブランクを、横目に呆れるようにファレーナは鼻を鳴らす。
「達人同士の戦いになれば三日三晩寝ずの戦闘もあるわ。それほどに拮抗した実力者同士の戦いで、決め手になるのはいつだって集中力よ。集中が切れれば死ぬと思いなさい」
「分かってはいるんですけどね、どうにも……」
集中を切らさない、というのはつまり相手との戦闘の中、一生頭の中で相手が繰り出してくる次の行動を読み続けることに他ならない。
それは脳の回転を休みなく続けることであり、訓練しなければ身につかないものだ。
だからこそ、今その鍛錬をファレーナは行っているのだが。
どうにも調子がでなさそうに頭を掻くブランクを見て、ファレーナはふと思いつく。
「そうしたら買い物に出かけましょうか」
「え? 買い物、ですか?」
「そうよ」
ブランクは目を開いた。
当たり前だ。この三ヶ月、ボロ屋で寝食を共に過ごし、欠かすことのなかった修行の毎日だ。
森と家、そして道場の景色が夢に出てくるくらいには見飽きた世界で、初めて町に出ようというのだ。
みるみるブランクの顔が明るくなったが、何故か一瞬で眉を顰めた。
「まさか何か罠があるんじゃあ……」
「それこそまさかでしょう。単なる気分転換よ」
この三ヶ月で疑い深くなったブランク。
ファレーナの剣撃は基本、フェイントも入り混じった光速の斬撃だ。
それを何千回と繰り返し受けていれば、ファレーナの性格も自ずと知れるというもの。
そう、彼女は少し、
「ま、もしかしたら意外な発見もあるかもね」
悪戯好きなのだ。
—
エリュシテの大通りはいつも通り賑わっていた。
様々な商店の売り子が、それぞれ声を張り上げ商品を売り込んでいる。
時にはバニー姿の若い女の子や獣人の女が艶かしい動きで誘ってくるため、昼とはいえそういうお店も商売していることが窺える。
そんな誘惑を振り切って、スタスタと歩いて行くファレーナになんとかついて行くブランク。
人混みの中、人が少ない場所を選んで歩いているのか妙に速い。
「別にここに慣れてない貴方と違って私は買うものが決まってるだけよ。ほら、まずはこっち」
そう言って始まる買い物は、本当に無駄のない必要なものだけを買う作業であった。
内容は森では取れない調味料や滋養供給の食材が主であった。
顔見知りと思われる店主と必要な会話をして、足早に店間を移動して行く。
「せ、せっかくのお買い物ですし、もっと色々見て回っても……ほら、あそこのりんごとか美味しそうですよ」
「そうね、美味しそうだわ。でも私は買い物はそんなに好きじゃないのよ。適切なものを適切な量買って、さっさと家に帰る。これはそういうものよ」
「は、はぁ」
意外だった。
ファレーナの年齢は知らないが、年頃の女性であれば買い物は好きなもんだと勝手な思い込みをしていた。
とは言っても、辺りを見回せば買い物を楽しむカップルや婦人の集まりも見えるため、あながち間違いではないのだろう。
ファレーナはそんなブランクを置いてズンズンと進んでいく。
買い物の最中の彼らの会話はこれっきりであった。
必要なものを必要なだけ買ったブランクの両手は見事に塞がっており、なんとか持つことができている状態だ。
側から見れば彼女の荷物を持たされている可哀想な男、に見えなくもない。
前すら見るのが困難なほど両手に薬草の類を抱えて、なんとかファレーナについて行く。
そうして、時刻は夕方に。
人の群れも少し落ち着きを見せていて、昼の雑踏が既に懐かしく感じる頃。
漸くファレーナの買い物は終わりを迎えた。
「よし。それじゃ最後の店よ」
「終わりじゃ……なかっ……たん、ですか」
「何よ。体力つけたんだから頑張りなさい。その程度で音を上げる鍛え方してないわ」
鍛え方どうこうではなく、単純に前が見辛いとか歩き辛いという不満なのだが。
そう言ったことはリベリカに任せてきたのだろう。
相手を慮る事はできないようだ。
「まぁ、そこに行けば分かるわ。結構貴方も楽しめると思うけど。何せ」
そんなふうに悪戯に微笑んで、告げられた言葉は確かにブランクの胸を昂らせる言葉だった。
「──魔女に会いに行くんだから」
–
夕刻。
街中が夕焼けに染まり、黒鳥が闇の訪れを告げている。
道を歩く人々はもう帰宅の雰囲気だ。
未だに大通りにいる人らは夕食の買い忘れか、値引きを狙う人、夜にのみ現れる怪しげな店を狙ったものだろう。
そうして、オレンジ色に染まる世界を二人で歩いて、ファレーナに連れられたのは裏路地だった。
既に闇に染まり、たむろする人間も何か事情を抱えた者らだ。
若人に浮浪者、或いは視点が合っていない異常な人もいる。
王国の闇の部分、そこに踏み入れるのはファレーナも一枚齧っているという事なのだろうか。
そんな不安がブランクを襲う中、若人がファレーナに話しかけてきた。
「へへっ、姉ちゃんもう帰りの時間だぜ。こんなとこなよっとした兄ちゃんと二人で歩いちゃあ、何されても文句はいえ──ぶへっ!?」
「今から行く魔女のところは特別でね。お得意様にしか場所を教えないのよ」
「あ、あの……今殴った人壁に埋まりましたけど……」
「良いのよ。バカは適当にあしらえば。ただ、これすると記憶も飛んじゃうから、また絡まれるのが欠点なのよね」
ファレーナはそういって微笑する。
確かに路地裏をぐるぐると歩き回っている。
時には壁に体をつけて進み、何の変哲もない壁をトントン叩き出したり、一見意味のなさそうな行動を取るファレーナ。
何も事情を知らないものから見れば、変な人が第一印象になってる事だろう。
そんな変人行動をする中、ブランクは一人胸を踊らせていた。
今から会う魔女はある程度、常識があるものであれば有名らしい。
勇者と対をなす存在、魔女。
それはその代で最も強い魔術師に与えられる称号だ。
魔術協会の魔術師は一切の武闘を行わず、魔術のみを至高とし、昔から今でも変わらず皆同じ望みを持って研究に励んでいる。
魔の深淵を覗く。その願いのために、その代の最強が代々受け継いでいるのが魔女という称号だ。
基本的に一代一人であり、魔術協会の監視下に置かれているらしいが、その力の強さに戦争でもしようものなら両者共に潰れるのではないかと噂されるほど。
つまり──それほどに強いのだ。
ファレーナやブルブラックを見た時に見たキラキラ。
あれを垣間見るのは基本的に強い人間を見た時だけだ。
その感動は形容し難いものであり、胸の高鳴りは誰にも共感出来ないはずだ。
だって、その煌めきは──僕にしか見えないものだから。
「さ、ついたわよ」
「え、もうですか」
同じ路地裏をぐるぐると回っていただけのはずなのに、確かにブランクの目の前には、黒が基調となったアーティークな扉があった。
小窓からは淡い光が覗き、その横でカンテラが揺らめいている。
この先に、魔女がいる。
「“arema arema ara hushigi”」
「うるっせぇーな! わかってるっつの!!」
そう呟きながらファレーナが扉を叩くと、扉についていたカンテラに口が生まれ、唾を撒き散らす。
身構えていたファレーナは華麗に避け、大半はブランクにかかった。
嫌味ったらしく言葉を吐き捨て、カンテラは扉を開けた。
その先に広がっていたのは──魔術道具の店であった。
一人でに掃除する箒、宙を舞う絨毯、蝿を食べるシャンデリア。
揺れ動く棚にはさまざまな武器が置かれ、鎧を着た人形とローブを着た人形達が談笑をしていた。
広がる不思議な空間にブランクの空いた口は塞がらない。
「ちょ、ファレーナさ──ぁっ!」
そんな空間に、ずかずかと無遠慮に入って行くファレーナ。
瞬間、全ての動く魔術道具達がその爪を剣を杖先をファレーナに向ける。
ファレーナの眼球一ミリ先で停止する凶器たちの迫力に、ブランクは尻餅をついてしまった。
「こらこら、そちらはお客様っしょ」
一触即発と言った雰囲気の中、店奥から軽そうな声が聞こえた。
正に鶴の一声。魔術道具達は己の待機場所へと次々に戻っていき、元の物へと変わった。
あれほど生命の息吹を感じた道具達から魂が消えた。
それを操ったのは正しく──魔jo、
「あちーっす! 今日もバッチバチにいけてんねー! ファっちゃん!」
「その呼び方やめなさいって言ってるでしょうに」
やれやれと溜息つくファレーナの、顔を頭を撫でこ撫でこと、こねくり回す魔女。
その姿はブランクの想像したものとはかけ離れていた。
ツバの広いハットから見える腰まで伸びたカールがかった金髪に、腰までしかないローブとミニスカート。黒のニーソックスにブーツ。
とても昔から名前を受け継いできた、“現代最強の魔術師”とは思えない姿をした、若い女性がそこにはいた。
彼女の名はエマ・テルマ・アルマ。
現代最強の魔術師であり、歴代最年少魔女であり、陽キャのくせに友達がいないことで有名であり、自称──“魔女ギャル”、である。
仕事の都合で、投稿遅れてしまいました。
埋め合わせに今日もう1話、明日も2話投稿します。
よろしくお願い致します。




