11-修行の始まり②
ブランクの修行は森に作られたコースを、半日魔物に追いかけられながら走り込むという、ブルブラックもビックリの虐めっぷりだった。
予定より1時間早く森の中から生還したブランクは地面に突っ伏し、冷たい地面に身を任せていた。
汗は水溜まりを形成するほど。
その様子を眺め、ファレーナは嬉しそうに笑っていた。
「いやーまさか予定より早く帰ってくるとは、やるじゃない」
「やるじゃない。じゃありませんよ!! なんですかあの魔物たちは!? アレのどこが軽い散歩ですか!?」
事前にブランクが受けていた説明は、
『軽い散歩コースで走ってきなさい。まずは体力作りよ』
だけである。
それがまさか魔物に追いかけられ、生死の境を猛ダッシュすることになるとは思いもしない。
ブランクの泣き言に、ファレーナは溜息をつく。
「あんなの散歩よ。特に魔術を使うでもなく追っかけてくるだけの魔物なんだから。因みにあれは初級で、あと四段階上があるわ」
「嘘だ……」
ブランクは絶望で再び力を無くし、地面にキスをした。
思い返せば、ただ追いかけてくる魔物しかおらず、逃げるだけで事足りたのは確かだ。
一心不乱に一切の妥協なく走るだけを目的とした修行なら最適なのだろう。
「そもそも僕はもっと剣を振ったりする修行を想像していたんですが……」
「あまちゃんねぇ。貴方はそもそも騎士としての土台がないのよ。剣を振るう筋力を、動かす持久力がなきゃ話にならないじゃない。三ヶ月は基礎。次の二ヶ月は筋トレ。そこまでやって、本格的な剣術の練習ね。勿論、今やる剣術の練習も考えてるわ」
「や、やったー! やりましょ! 剣を振りたいです!」
ブランクはファレーナの言葉に呑気に両手をあげて喜んだ。
強くなる。
騎士になる。
道場に入る理由は多々あれど、最終的にはそこに着地する。
そこに辿り着くまで、脱落する者もいるが半分くらいは文句言わずにこなす者だ。
ブランクの先輩に当たるシャガも初級の訓練は全てクリアしている。
だがブランクにはそれが今薄い。
強くなりたい、のかもしれない。
そう、先日言った彼の言葉がファレーナの中でこだまする。
目的意識が薄い。
記憶喪失なのが原因なのは間違いないが、やる気や勇気は、突き進む道があってこそだ。
道がボロボロでは少し強く踏んだだけでたちまち壊れてしまう。
(そもそもこの修行メニューも他と比べたら急ピッチだけどね)
経営不安だからこそ高級な薬による能力の底上げはできない。
地道にやる以上、フレアクラフトの炎の力を多用することにはなるのだ。
塗り薬だけではできることが限られている。
そんな師匠の苦労も知らずに、剣を振れるというだけで喜ぶブランクを見て、溜息をつく。
今日で一体何回目になるのか。
ファレーナはもう数えるのはやめていた。
鍛錬用の木剣を互いに持ち、二人は向かい合う。
「これから基礎訓練をやる間の剣術鍛錬は簡単よ。貴方の能力を確かめるにもちょうど良いものにしたわ」
「それは一体──」
ブランクが首を傾げた、その瞬間だ。
眼前を過ぎ去る風にブランクは体勢を崩し、真後ろに吹き飛んだ。
剣を持っていた手が痺れ、木剣は倒れる前にどこかに吹き飛んでいた。
何が起きたか、理解する暇もなく、眼前に切先を突きつけられる。
「私の攻撃を、一日百回防ぎなさい。それがこれから三ヶ月の鍛錬よ」
「へ?」
剣の術と書いて剣術だ。
それは術というより、巻藁やかかしと変わらないのではないか。
と、訝しむブランクだったが、考える暇などファレーナは与えてくれなかった。
「次」
目にも止まらぬ速さで繰り出される剣撃を、何度も吹き飛ばされながら受け止め、その度に木剣を拾いに行っては構えを繰り返す。
「次」
ファレーナの言葉にできない迫力に圧倒され、いつものツッコミを入れる暇がない。
これじゃブルブラックの道場と変わらない。
本当にこれが修行なのか。
程のいい痛めつけとして門下生に入れられたのではないのか。
「次」
永遠とも感じられる百回の鍛錬。
十を超えた頃、頭の中ではファレーナに対する罵詈雑言が飛び交って。
五十を超えた頃、殺意すら湧き出て構えるだけでいいという指示を無視して、飛び掛かり返り討ちにあい、
百をついに超えた時、ブランクの頭の中は空っぽだった。
「お疲れ様。お風呂とご飯は既に用意してあるわ。明日も早いから、さっさと済ませて寝なさい」
鍛錬が終わった直後、初級の走り込み訓練の時とは比べ物にならない疲労がブランクを襲っていた。
四肢の感覚は消え、息が出来ているのかすら怪しい。
視界は朧げで、意識は朦朧としている。
疲労感に身を任せるまま、寝てしまえばきっと死ぬほど心地よいのだろう。
しかし、それでは明日を越えられない。
握る事さえ出来なくなった身体をなんとか奮い立たせる。
服をそこかしこに脱ぎ捨てて、用意されていた桝のような、人が一人入れるくらいの風呂に浸かる。
溶けて消えてしまいそうな快感を数分堪能して、適当に髪を洗い流し、身体を拭いて道場に隣接した家の中に入る。
そこは食事と睡眠を取るだけの部屋だ。
玄関手前に台所、そのすぐ後ろに机と椅子が三つ。
奥まで行くと六畳ほどの空間で布団が敷いてある。
既にファレーナが寝ており、小さく寝息を立てている。
机の上にはブルブラックの道場から連れてこられた時と、ほぼ同じ量くらいのご飯が用意されており、見た瞬間に吐き気がした。
しかし腹は意識に反して音を立てて、空腹を主張している。
大人しく席につき食事を戻しそうになりながら平らげた後、すぐ寝床についた。
明日も早い。
早く寝なければならない。
食べた後すぐ寝るのは、身体に悪そうだな。
なんて思って、ブランクは眠りに落ちた。
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