34 ※約束の勇者
※
ある日の深夜、読み終わったライトノベルの影響から、鏡子はまた熱く異世界の話しをはじめた。
今回の設定は王から所領を賜ったら、だった。
そこで姉は領主として、どのように領民を導き、所領を豊かにしていくかの空想を広げていった。
話しの風呂敷を広げるだけ広げて収拾できなくなっていく姉を、いつものように翔流がひとつひとつ指摘していく。
いい加減な統治で領主としてなにも領民のことを考えていない点や、国の実権を簒奪して、圧政を敷く他国と勝手に戦争しようとしたりするため、細緻に渡って愚かな領主に進言していった。
しかしこれが鏡子の自由な空想の妨げとなり、顰蹙を買う羽目になる。
「翔流は現実的すぎて面白くないんだよ! 異世界ってのはこう、なんとか苦難を超えていけるものなんだ!」
「だって、領主になるっていうならもっと領民のことを考えてあげないと、だれもついてこなくなっちゃうよ。それに不満が爆発して反乱を起こされちゃうかもしれない」
「……じゃあいい……執事にでも所領の管理は任せて、旅に出る」
「それだと無責任な領主って言われるんじゃないかな」
「う、うるさいな……! このルートはなし! 所領なんかいらない。わたしは世界中を自由に冒険して過ごすんだ! ――ってことで、もう寝る!」
話しが思い通りにいかなくなってふて寝してしまった。
翔流はそんな姉にいつものように振り回されながらも、どこか楽しそうに鏡子が眠るベッドをじっと見上げていた。
そして夜の静寂に包まれると、悲しそうに翔流は呟いた。
「ねえ、キョウちゃん……」
姉からの返事はない。
寝付きが良いことからすでに眠りに落ちてしまったのだろう。
好きなだけ喋って、笑って、暴れて、まるで嵐のように周りを巻き込んで最後は力尽きたように消えてしまう。
それでどんどんと淋しさがこみ上げてきて、鬱積していた胸中を吐露した。
「……ずっとこの世界に居てよ」
姉はこの世界には興味がない。
でもこの世界に住む者としては、嫌いにならないでいて欲しかった。
そしてできることなら一緒に大人になりたかった。
だが、姉の意志は固い。
彼女はきっとこのまま成長していく。そしていつかは本当に、この小さな国を飛び出してどこか遠くへと旅立ってしまうような気がしてならなかった。
だから姉が遠くどこかへと行かないように、神様に祈った。
そんな淋しい想いが姉へと伝わったのか、二段ベッドの上から脚がにょろりと垂れ下がり、鏡子はそのまま翔流のベッドの上に着地する。
そしてスルスルと翔流の布団の中へと潜り込んできた。
「な、なに!?」
鏡子は満面の笑みを浮かべ、翔流に抱きつくように身を寄せる。
「なんなんだよ、狭いって!」
恥ずかしくて嫌がる素振りを見せるが、内心は嬉しかった。
「わたしがこの世界から居なくなったら淋しい?」
「……淋しい」
「そうか。うんうん、そうだよな」
明朗快活な鏡子は太陽だ。彼女の光に照らされると温かく、自分までも輝ける。もし鏡子がいなくなったら、ずっと日陰の存在になってしまうような気がする。
鏡子はぎゅっと翔流に抱きついてきて、子犬とでも戯れるかのように頬づりをした。やっぱりお日様のように温かい。
「や、やめてよ」
本当は止めて欲しくなんかない。
いつまでもこうしていて欲しい。
これからもずっと。
「前にも言ったけどさ、一緒に異世界へ行こう。わたしが、翔流のこと絶対に幸せにしてあげるから」
堅実で臆病な弟の翔流からすれば、鏡子の考えは突拍子もなくあまりにも非現実的だ。異世界があるとも思えない。
でも、こんなにも一生懸命に異世界を想い、さらにはその世界でも自分を必要としてくれていることは誇らしくもあった。
だからついつい受け入れてしまう。
「……行く」
「へへっ。翔琉のそんなところが大好きだよ」
姉がふたりで居るときだけ乙女の一面を見せるときがある。そのときだけは迂闊にも姉ながら可愛いとさえ思えてしまう。
それに毎夜毎夜と寝物語を聞かされ続けていたことで、異世界にも興味がわいてきていた。
もし本当にもうひとつの世界が存在し、鏡子と共に行けるのであれば、それは悪い話しではない。これからも一緒に居られるのであれば、どこであろうとそれで満足だった。
「そうだ! わたしが翔琉のことを勇者にしてあげる」
「いいの? キョウちゃんがなりたいんじゃないの?」
「いいんだ。翔琉になら譲ってあげる」
姉は勇者になりたいのだと思っていたから意外だった。
「だからさ、一緒に幸せになろうな」
「……うん」
これは約束だった。
翔琉が勇者となり、一緒に異世界で幸せになることが。
※




