三十三、狐去る。その後
あけましておめでとうございます((。´・ω・)。´_ _))
千律は焦って足を動かすが、膝下まで固い土に覆われた足はびくともしない。
長く伸びた鋭い爪を振りかざして来た女狐に、腹を括り刀を構える。なんとか受け止めるも、左右から繰り出されると受け流しきれない。肩や頬を擦り、パパっと血が散る。
ぼたんの方を見ると足元から石礫が絶えず飛び出していて、避けるので精一杯の様だ。千律を助けに入れば、千律にも石が飛んでくるだろう。
ジリ貧な消耗戦に最早これまでか、と思ったが、背後から苦無がカカッと千律の足元に飛んできた。次いでバキリと土が割れる。
「遅れた!無事か!?」
「信兄上!助かりました!」
「げっ!?おま、血が…!くそっ、また俺怒られるじゃねーか」
隣に降り立った道信の心配に苦笑するも、詰めていた緊張が解れる。
道信の登場に女狐は明らかに表情を崩した。
「おぉ嫌だ。また日翠の婆ぁの手の者じゃないの」
そこへイアンとジークも加わる。
四人と一匹に囲まれた女狐は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「フン、手土産はひとつで我慢するしかないねぇ」
そういうと、着物を着た二足歩行の狐がチョコチョコと十匹程現れた。半分の五匹で一人の身重の女性を抱えている。
女狐は顔の前で扇をばさりと広げると、獣じみた表情を引っ込め、美しい人の顔でニヤリと笑んでいった。
「またえ」
「待て!その女性は…」
千律が言うより早く、狐の一行は煙と共に姿を消した。
***
昔々。
尾崎狐に取り憑かれた娘がいた。尾崎狐は血に宿りあっという間に数を増やし、一族はおろか、周囲の人々も喰い荒らしてしまう。
恐れた村人達は一丸となって、取り憑かれた娘の一族全てを村から追い出した。
そうして追い出された家族は放浪の末、日翠の巫女に助けを求める事にした。巫女達は快く力を貸し、当時の大巫女の力で無事尾崎狐を封印した。行く当ての無かった一族は領と日翠の境目、端っこにあるこの土地に根を下ろした。そしていつしか、尾崎狐の話はお伽話になっていった。昔、村長の家はね…なんて、悪い子に聞かせるように。
だがある日突然、あの五尾の狐が現れた。実験の為尾崎の血が欲しいと。村長の家は三姉妹だったが、末子が一番血が色濃いと言い、あっさりと封印を解いてしまった。
そして狐が情事におよび始めた時、村長は命からがら長女と二女を日翠に逃した。
他者の介入を警戒した狐が、端野で神隠しがあった、近寄ると危ないという噂を周囲に流したのだった。
因みに、噂の駆け落ちは、どうやら狐が来る直前の出来事だったらしい。
明らかに女狐だったのに娘と情事?と一瞬疑問に思ったが、どうやら雄に変化して事におよべる様だった。それだけ力があるという事なのだが、聞いた一同は皆微妙な顔をしていた。
村長は犠牲になってしまった末子を思い、泣きながら謝っていた。近く、彼女は出産するだろう。拐われてしまった為、その時が来ても手助け出来ないし、母体が無事かどうかは誰にもわからなかった。
以上が村長と道信から聞いた事のあらましだった。
村は初夏から狐に占拠されていたようで、冬越え支度が何も出来ていなかった。とはいえ、狐がそれなりの物資を持ち込んでいたので、安全を確認次第村で分配する事になった。日翠でも余剰は少ないが、見殺しはできないので、出来る限りでの支援をする事になるだろう。
事後処理で村に二泊ほどし、その後改めて日翠へ戻る事になった。
戻る前日の夜、千律はエディの休む部屋を訪ねた。
エディから薬が抜けて落ち着くのを待っていた。あの後から会っていなかったので、少し緊張する。
襖の前ではイアンが控えていて、会釈すると頭を下げて襖を開けてくれた。
『エディ様、リツさんがいらっしゃいました』
『あぁ』
部屋に入ると、シャツと洋袴をきちんと身に付けたエディが胡座をかいて座っていた。
アインがお茶を入れて、退室してから口を開いた。
『エディ、体調はどうですか?』
『もう大丈夫だ。その…』
エディは口籠って視線を泳がす。
正直、薬が効いてる間のことは忘れててくれないかな、と思っていたが、覚えているようだ。
(気まずい)
だけど千律はこの先まだ一緒に旅を続けるつもりだった。エディからもう大丈夫と言われない限り、千律の方から辞めるつもりはなかった。
なので気まずいのは困る。
千律は思い切って切り出した。
『エディ、その、薬が効いていた間の事は忘れましょう。お互いに。事故です。仕方なかったんです。エディが謝る事ではないし、私も生娘という訳ではありませんので気にしていません。なので無かった事にしませんか』
一息に言うとエディは目を見開いてから、眉尻を下げた。笑ってはいたが納得はしていないような顔で『わかった』と答えた。
話が終わり部屋を下がろうと立ち上がると、白い包帯を巻いた千律の足にエディは気がついた。
『リツ、足どうした?』
『え?…あぁ、これは靴が合わなくて』
『新しいブーツか?見せて』
千律はエディの目の前に膝を立てて座った。エディは片足をそっと持ち上げ包帯を解いた。
血は出ていないが、踵や指の皮がべろりと剥けた後は肉色で痛々しい。
エディは眉を潜めた。
『酷いな。すまない、もう少しゆっくり馴らすべきだった』
『いえ、自分で履き替える事も出来たのに、そうしなかったのは自分の判断です。エディが謝る事ではありません』
エディの指先が足首を掠めると、千律の意識は急に足元に持っていかれた。
(なんか…恥ずかしい?)
いやいや、心配してくれてるのにそれは失礼だろうと、千律は思考をずらす。
エディはそっと呪文を唱えだした。
『“水癒”』
温かい水が足を包むと、靴ずれはすっかり治っていた。




