三十二、危機一髪、からの危機
狐達に体を拭かれて、食事を出された。食べる事は我慢できたが、どうしようもない吐き気に思わず水だけ口にしてしまった。
その後軽く意識が飛び、再び起きた時、また水を出された。迷ったが、渇きを我慢する事が難しく、口にしてしまった。
口にして、後悔した。微かな花の香りに反射的に吐き出すも、少し飲んでしまった。
何を盛られた!?と警戒していると、腰の辺りがざわりと粟立った。体温が上がり、益々喉の渇きを感じる。
(これは…媚薬、か?)
頭が朦朧としていたとは言え、危機感が低かった。飲んだ量が少なかったのが幸いだ。意識が飛ぶ程ではない。
そうこう考えている内に、女が満足気に部屋へ入ってきた。
仰向けに寝転がるエディに横に腰を下ろし、鎖骨の下を撫でられると、体がビクリと反応した。
エディの反応を愉しみながら、あちこちつついていると、不意にざわっと空気がかわった。
次いで人の話し声がし出す。
「妾の結界を破りおったな…許し難い」
目が釣り上がり、口の端が裂けていく。形相が狐のようになり、四つん這いになると、障子を破り外へ飛び出して行った。
エディはこの隙に逃げなければと思った。甘ったるい匂いが晴れて、気持ち悪さは無くなっていた。頭の痛みもない。だが、昇った血がなかなか冷めなかった。頭を振って、ふらつきながら立ち上がる。
だがガクリと膝の力が抜けて倒れる、と思うと同時にその体をガシリと支えられた。
「エディ!大丈夫!?」
知ってる、黒い髪、黒い瞳。
小さいと知っていたけど、抱きしめたらもっと小さかった。何時もは高く一つに纏めている髪が、今日は緩く肩上で纏められていた。髪に指を差し込むと、あの日の夜を思い出す。
触れたくて、髪を梳いた。
差し入れた手を下げてうなじを指先で擦る。
「え、エディ…?」
本当は、声だって可愛いと思っていた。
エディはそのまるい頬に手を添えて口付けた。
***
外の騒がしさに、ジークは格子窓から外を見た。
『何だ?何があった!?』
一同はとりあえず荷物を身に付ける。ジークが剣を構えると、牢の外にイアンが現れた。
『イアン!』
『リツさんがいらしました!詳細はよくわかりませんが、村人が次々に正気を取り戻しています。エディ様の元にはリツさんが向かいました』
手早く牢の扉を開け、全員が出ると、イアンの先導でエディの元へと向かった。
そして一同はエディがいる部屋の前で固まった。
『え、な、何が起きている?』
ジークは混乱した。それもそうだ。自分の主人が全裸で女性に熱烈にキスをしているのだから。凄いディープなヤツ。
珍しくアインとイアンも固まっていて、レリファムは仕方なく大事な楽器でエディの頭をゴン、と叩いた。エディは真っ赤な顔で目を回し、その場でばたりと倒れた。
『殿下、一服盛られましたね、これは』
『あ、そ、そーだよな。まさか殿下がこんな変た…ンンッ、ゴホンえー、こんな事する訳ないよな』
レリファムは部屋を物色して、適当に着物を出すとアインに渡して着させる。そして未だ固まったままのリツの肩を揺さぶった。
「リツさん、大丈夫ですか?」
ゆっくりとリツの視線が焦点を結ぶと、ゆるゆると顔が赤く染まっていく。
「あ、だ、だいじょぶれしゅ」
噛んだ。
「その、エディ様は薬を盛られていたみたいです」
「そ、そうですか。あの、だいじょぶです。わたし、あの、きつねのほうに、むかいます」
リツはぺこりと頭を下げて、ヨタヨタと走り去るのだった。
走りながら千律は冷えた掌で頬を押さえた。
(び、びっくりした…びっくりした!)
危険な場所に居るというのに、放心してしまった。
押さえていた頬を叩いて気合を入れ直す。
村長の屋敷から村人達の家が並ぶ広場へと向かうと、ぼたんと噂にあった狐であろう、が対峙していた。人と獣が半々で混じった様な姿で、派手な着物を身に付け四つん這いで威嚇していた。
ぼたんの横に並ぶ千律を狐は睨みつける。
「妾の可愛い亜種ちゃんと契約したのはお前かえ。主に差し上げようと思っていたのに」
ーーぼくが契約したいといったのさ、かあさま。
ぼたんのかあさまという言葉に内心驚く。
自分の子を解剖させようと思っていたって事?
「こぉんなヤツの言う事聞いて。しかも三尾のくせに妾の結界を壊しおって。大人しく戻っても許さんえ」
憎々しげに千律を見る。
千律は答えず脇差を構えた。
「おぉ、忌々しい。日翠の婆ぁの護符じゃないの。ん?……娘、お前日翠の血を引いておるね」
狐は目を見開いて千律の胸元を穴が開くほどに見る。流石に千律も眉間に皺を寄せる。
(なんだ?)
「ほほっ、そーかえそーかえ。日翠はこんな面白いモノを隠していたのか」
裂けた口が益々裂け、にぃと笑む。見開いた目は金に爛々と輝いた。女狐の周りに狐火が次々現れる。
千律は腰を落として構えた。
(来る!)
現れた狐火が一斉に千律に襲い掛かった。
幾つか斬り伏せらが捌ききれない。千律の背後にぼたんが立ち、水を膜の様に広げ周りを覆った。
じゅわっと派手に蒸発する煙の影から狐の爪が襲い掛かる。脇差で軌道をそらし、懐に飛びこむが、狐は素早く身を返して千律から距離をとった。
そしてまた、無数の狐火を巡らす。
もう一度来るかと身構えたが、ズンッと足元が揺れた。
「!?」
地面が隆起し、千律の足を拘束したのだ。
「主様への手土産にしようぞ」
いつかヒロインを助けるヒーローな話も書きたいです(*´ω`*)




