三十一、エディの危機
『女性…?』
『人の姿をとっておりましたが、彼奴は人では在りません。気配は魔獣に近く、尾が5本もありました』
二人の話を纏めると、こうだった。
エディが倒れた事により、抵抗せず様子見をしようと、男達に囲まれた時、瞬時に決めたそうだ。
そうして端野の村の村長の家にある、この座敷牢に入れられたそうだ。荷物等は一切取り上げられておらず、牢の片隅に寄せられている。ジークの剣も下げたままで、相手の余裕が伺える。
牢に入れられた所で、その魔獣の様な女性が現れたそうだ。そして言った。
「その、倒れている男、気に入った。妾に献上し」
鮮やかな真紅に大きな花柄が入った派手な色合いの着物を、両肩と胸の谷間が出る様に襟を着崩していた。扇の裏で舌舐めずりしながら言われて、一同の心は一つになった。
(((渡したら喰われる…!!性的な意味で!!)))
そこからレリファムは奮闘した。相手が満足するまでぶっ続けで唄い、演奏し、話し相手をした。
そうして先程、やっと場を辞してくれたのだった。
『それは、苦労をかけた…』
知らない間の貞操の危機に、頬が引きつる。
『寝てる間に来るかもしれません。三人で交代で見張りますので、殿下はお休み下さい』
自分も参加して皆んなに休みをあげたかったが、いざ逃げる時に足手纏いになる可能性を思えば、大人しく休んだ。
その後、虚な顔をした女が食事を運んできた。このまま見殺しにするつもりはないらしい。だけど何が入っているか分からない食事に手はつけなかった。
アインが手際良くトランクから火鉢を出して、作り置きのスープを上に乗せた。パンを人数分並べて簡単に食事を取る。格子窓の外は屋外で、冷気が侵入してくるが、外の様子が分かるのは有り難かった。
リツに言われて購入しておいた綿入り半纏をコートから出た足にかける。
食事が済んでも火鉢を消さずに暖をとる。
『しかし、土の気に当たったとはどう言う事なんだろう。魔獣の様な女とやらも気になる。研究ノートを…』
『ね、て、く、だ、さ、い』
『…………はい』
レリファムの笑顔の圧力にエディは大人しく休んだ。
朝日が昇る頃、格子窓のそとにイアンが現れた。
『外の様子はどうだ?』
見張り番だったジークが応えた。その声に全員が身動ぎする。
『村人の八割があの虚な状態ですね残りの者でご飯等の世話をしているようです。少数ですが、殿下の様に意識を保っていられない者たちもいました。噂にあった村長とその娘も居ました。村長は意識がはっきりしている方です。娘の方は妊娠していました』
『妊娠?結婚していたのか?』
『お相手の様な方はいませんでした。ただ側に一人女が付いていて、なにやら記録されている様でした』
『気味が悪いな。…あの尾の付いた派手な女はなんだ?』
『村人からはお狐様と呼ばれていました。そのお狐様とやらも誰かの命でここに居る様でした』
そこで屋敷牢の向こう側に人の気配を感じて、イアンはサッと立ち去った。
また、虚な顔をした女が食事を運んできた。牢の前におにぎりと味噌汁を黙って置いて立ち去っていった。
そして夕暮れ時に再びあの派手な女が現れた。灯りと共にあの甘ったるい香りが立ち込め、エディはぐったりと横になった。
「くく…この香りが苦手かえ?良き良き」
女は真っ赤な紅を引いた唇を愉悦に歪ませる。
扇で口元を隠すとペロリと舌なめずりした。
先程まで、普通に起き上がれるまで回復していたエディが、また倒れ込むのを見て、ジーク達はエディの周りに集まった。
『何をした』
ジークが剣を構える。
女はマジマジとジークを見ると、興味無さそうにふぅんと言った。
「火の気は妾が持っているから要らぬ。その男、貰って行くえ」
扇をパチリと閉じ横に大きく振ると、全員の意識はそこで途切れたのだった。
どうしようもない気持ち悪さにエディは目を開けた。頭は重く、体も怠く、寝返りさえ億劫だった。
あの甘い香りがずっと纏わりついて苛々する。軽く腕を動かすと、しゅるりと絹の感触がした。
そこでようやく、自分が全裸である事に気がついた。
『あの女……』
悪態はつけど、大して動けない。
薄く開いた障子窓から暗い外が伺い見れた。
(まだ夜か…時間の感覚が妙に鈍いな。皆は無事だろうか)
怠さを押して上体を起こすと、襖が静かな開き、例の女が薄い絹の襦袢一枚で現れた。
「起きたかえ」
そう声をかけてエディを上から下まで不躾に見回す。エディは出来るだけ顔に出さないよう毅然とした。
女はエディを押し倒すと馬乗りになり、瞳を開いてエディの胸の辺りをジッと凝視した。
「水の気が強う思うていたが……ふふふ愉快じゃ。行方知れずの瑞雲龍の尻尾を掴んだえ。主様もいとお喜びになるであろ」
(ズイウンリュー?聞いた…何処で……そうだ、レリだ。レリが言っていた)
「お前の気と、妾の気が混ざったらどんなモノが産まれるであろう?試したいが……」
女はエディから下りると、チラリと視線を移した。
「薬が無けりゃ、お役に立ちそうもありゃせんね。まあよろしい。時間はまだあろうて」
そう言って扇を広げると、それを合図に着物を着た二足歩行の狐がチョコチョコと五匹程現れた。
「此奴を世話したり」
狐達が頭を下げて見送る中、女は部屋から出ていった。




