その2
いらっしゃいませ。夜分遅くにようこそ鍵屋へ。よくこんな小汚い所までお越しくださいました。最近は治安も不安定ですからね、ここまで来るの少し勇気が必要だったんじゃないですか?いやまあ、繁華街をそれて活気なんてどこ吹く風といった場所に店を構えた僕も悪いんでしょうけど。
ここだけの話、家賃いくらだと思います?めちゃくちゃ安いんですよ、ふふふ……
あ、おっと失礼。一週間に一人お客が来るかも怪しいもんでして。たまのお客にはついつい話し込んでしまうんですよ。寂しがり屋なんですね、僕って。
さて、それでは貴女の依頼をお聞きしましょう。
忘れたい記憶、いったい何です?
ほうほう……ふむふむ……なるほど……そうですか…………
はい、分かりました。その依頼承りましたよ。
え、ああそうです。簡単ですよ、記憶を消すのなんてちょちょいのちょいです。
ホントですって。ほらここに何の変哲もない鍵があるでしょう。まあ何の変哲もなくはないんですが。この持つところお洒落じゃないですか?何の模様だと思います?ふふっ、脳ミソですよ、これ。ちなみにこれが大脳でこれが小脳で……なんと下垂体まで丁寧に再現された超一流品ですよ。
ええ、もちろん模様は関係ありませんよ。
けどなんか、雰囲気出るでしょう。
結局のところ鍵さえあれば大丈夫なんですよ。それで、お客さん鍵の使い方って知ってます?
ああいや、馬鹿にしたわけじゃなくてただの確認ですよ、確認。
そうです。鍵に対応する鍵穴に差し込んで回せばいいだけです。そうすれば開くなり閉じるなりでお役目完了です。
つまりですね、私の仕事ってのは鍵を、貴女に、差し込んで、記憶を、閉じ込める、ってことなんですよ。
ああ、確かにわすれるって謳ってますね。けど消してない。でも、詐欺じゃなぁい、ですね。
いや、たまにいるんですよね。たまに来るお客さんの中にやっぱり記憶を戻してくれ、私にはあれに耐えられない……って人が。
そこで二段階のシステムにしたんですよね。一つ目は今言った通りの忘れさせる工程。二つ目は完全に消す工程。
分かりにくければパソコンのゴミ箱みたいなのを想像してください。だいたいあんな感じなので。
まあ、パソコンと違うのは二段階の工程を終わらせてしまえばどんなに頭の中を探しても、復元は不可能だということです。
ま、必要のない人には必要ないことなんで軽く流してといて大丈夫ですよ。
それじゃ始めましょうかね。
前髪上げて額が見えるようにして下さいね。ん、それでいいですよー。それじゃ力抜いてー、痛くないから大丈夫ですよ。一瞬ですので安心してください。はいっ。
あ、ようやく目が覚めましたか。鍵を掛けた後って意識がなくなるんですよね。
まあ全然大丈夫ですよ。しばらくの間は頭が混濁してしまいますけどそれもそのうち治まりますんで。
それではお帰りになられますか?
ならこの鍵をお持ち下さい。これは貴女の記憶の鍵です。もし万が一思い出したいなんてことがあれば、これを持ってお越しください。必要になりますので。なお期限は一週間になります。それを過ぎますと鍵は消滅します。それとともに記憶も完全に消去されます。
以上が二つ目の手順ですね。
って大丈夫ですか?頭ちゃんと働いてます?
ま、なんとかなりますか。
それでは一旦お別れです。もしかしたら会うことはもう無いかもしれませんが。たまには遊びに来てくださいね。ここらへんはあまり治安が良くないですが、その分、国家権力もあまり手を出さないですので。
ではでは。御来店ありがとうございました。今後ともどうか鍵屋をご贔屓に。