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第三話:病弱少女とナイト様

――登場人物紹介


笹川 千影:病弱な少女、車いすで行動している。本編主人公。

紫色の髪を縛っていて、純粋な顔の少女。

もらった絵本を大事にしている、天然系だが、頭がいい。

東城学園の生徒だけど、月一で夜だけ通っている。


授頼 さくら:看護婦、千影の面倒を見ている。

勤務は中堅ぐらいだが、高校教師の免許を持っている。

赤ん坊が好きなロングヘアーの癒し系な女性、現在は離婚してバツイチ。


長峰 あずさ:『織香部』部員、ツンデレ毒舌アイドル。

意外と可愛いロングヘアーと、目立ちたがり屋の大きなリボンが特徴。

千影にとって、あこがれの存在。妹の胡桃と、一緒に暮らしている。


三野宮 織香:『織香部』顧問、既婚者

東城学園高等部で、数学を教えている。ショートボブで、色白な大人の女性。

完璧主義者で、理論的。授頼先生とは、実は大学の一年後輩。


園川 哲治:『織香部』部長、エロい男子。高三男子。

眼鏡をかけている痩せた男で、常にカメラを首にぶら下げている。

好きなものは、フィギュア。自作フィギュアを作るのが得意。


皇 悠:『織香部』部員、気弱な少年。

ぼさぼさの銀髪、気弱で人見知りな少年。

影の薄い、草食系男子。でも、彼は『破壊の皇帝』というもう一つの人格を持つ。


夜奈月 椿:『織香部』部員、背の高い女子高生。

背の高いポニーテール女子、かわいいものが好き。

悠の『破壊の皇帝』の正体を、知っている。


広州 伊豆奈:『織香部』部員、子役、小四女子。

赤い髪でカールがかかっている、童顔で無邪気な人気天才子役。

好きな男子ができて、現在つき合っている。


雄条 英希:医者。授頼先生の上司でもある。

千影を手術しているが、恐怖の対象でもある。

白衣の医者の中に、緑色の白衣。老けた貫禄のある顔が、特徴。


長峰 胡桃:あずさの妹、あずさと一緒に住んでいる。

ほっそりした体、やつれた顔。ショートヘアに、あずさと顔は少し似ている。

千影とは、不思議な縁があるようだ。


夜の病院のベッドに、眠っていた私。私の名は、笹川 千影。

水色のワンピースを着た私は、白い布団をかけて起きていた。

紫色の髪で縛った私は、その日に限ってなんだか眠れない夜を過ごしていたのです。

一人だけでいる病室、年頃の私は親に会うこともできないのです。

誰もいないことは寂しいけれど、お医者さんが言うには私の中にあるウィルスが、ほかの人に感染してはいけないのです。


(眠れませんね)

病室の窓からカーテン越しに見ようとした星は、ほとんど見えない。

それでも、いくつかの星が輝いていた。

時折、胸に苦しみを感じては、不安になっていた。


次の瞬間、私の病室のドアが開いた。

「笹川さん。ああ、無事だったのですね」

そこに出てきたのが、ピンクのナース服を着ていた看護婦。

私を担当している授頼 さくら先生。長くきれいな黒髪が、特徴の若い看護婦さん。

明かりをつけずに彼女は、疲れたような顔を見せ、肩で息をしていた。


「何か、あったのでしょうか?」

「笹川さん。いきなりですがあなたには今、ここで選ばなければいけませんよ」

一つ呼吸を整えた授頼先生は、私のほうを見ていました。

「何を選ぶのですか?」

そういいながらも、授頼先生は部屋に隅に片づけておいた車いすを広げて、私の目の前に用意してくれた。


「あなたはここで長い死を待つか、それとも外であなたの病気を治すかを」

「この病気が、治るのですか?」

目をキラキラさせた私は、用意された車いすを見ていた。

私は、あることを前に言われていた。それは、

「髪が赤くなったら、死ぬ」ということ。黒から、青に、そして今の紫に。

縛った紫の髪が、時に恨めしかったりもする。


「治るかどうかは、わかりません。

ただ私の知り合いが、ようやく教えてくれたのですよ。治す方法を」

「知り合い?」

「そうですよ、さあ行きましょう。あなたの世界のドアを、開く旅に。

あなたが影ではなく、光になるその旅に」

授頼先生の手が、私のほうに伸びてきた。

長年私を診てきた信頼できる看護婦さんの手、迷うことが私はなかった。


「ええ、分かりました」

私は優しく、そしてしなやかな彼女の手をつかんだ。

そのまま、私はよそいきの白い服で車いすに乗り込んだ。

そのまま病室を出て、廊下に出て行こうとした。が、


そんな時でした。私はドアの方から、不意に何か殺意を感じたのです。

「授頼、なにか来るのです」

彼女は気づかないが、私は一瞬にして気配を感じた。

私が叫んだ時、私の前から一人の女性が何か光るものを持っていた。

光るものは、治療用のメス。

とがった先端を振りかざして、授頼先生に襲いかかってきたのです。


とっさに車椅子を大きく前進させて、投げつけたメスを回避した。

いきなりの殺意に、私は背筋が凍る思いがしたのです。


「何者ですか?」

ナース服の授頼先生は、険しい顔で相手を見ていた。

その人物は、見慣れた白いナース服を着ていたが、顔を下に向けていた。

表情をうかがうことができない、闇にほぼ同化しているようにさえ見えたのです。

両手に持った二本のメスは、ナイフのように突き立ててこちらを見ている。

しかし、生きていないようにさえも見えた。人間の気配を、まるで感じない。

でも、私は動きが何となく分かっていました。

「向かってきます」

私の声に、合わせるかのようにメスを持ったナースは襲ってきました。

顔の見えないナースは、メスを持つ両手でクロスさせてこちらに向かってくる。


「な、なんでしょう。殺意を感じます……」

「すこし、飛ばしますよ」

授頼先生の強張る声に、私は同意しました。

そのまま授頼先生は、私の車いすを押して強引に病室を抜け出したのです。




いきなりのことに、私の心臓はバクバクしていたのです。

よく顔は見えないけど、明らかな殺意だけははっきり感じたナース。

張りつめた冷たい空気は、私には、かつて感じた事のある死の手前。

五歳の春、交通事故で車にはねられた私は、電柱に激突して路上を転がった。

苦しくて痛い、小さな私は、あおむけになって恐怖を覚えた。

そこで感じた死を、私は再び感じていた。


「やはり笹川さんは、ここにいるべきではありません」

車いすを押しながら、廊下を走る授頼先生は声を漏らす。

静かな廊下は、闇の中に長く続いているようだった。


「どういうことでしょうか?」

「笹川さん、私が守りますよ。大丈夫です、私の命に代えても」

授頼先生がそういうと、彼女の目の前にはさっきと同じように、一人の看護婦が奥に立っていた。明らかに好意的ではない、殺気を帯びた出で立ち。


窓の星明かりしかない、真っ暗な廊下で表情ではやはり顔を伺うことはできない。

でも、はっきりわかっていることがあった。

きらりと光るメスを、持って構える。


「逃げましょう、生き残るために。あなたには、生きる義務がありますよ。

笹川さんはあの絵本のように、何かを犠牲にしても生きていく義務です」

それは車いすのそばにある、一冊の絵本。私の大好きな、創作(オリジナル)絵本。


猛然と前に走りだし、看護婦の少し前にあるT路地まで駆け上がる。

直前の廊下を、猛スピードで右に曲がった授頼先生。

私は、ただ車いすに乗っているだけでしかなかった。

看護婦はやはり無言で走り出して、きらりと光るメスを投げつけた。

でも、メスを回避して床にはじかれた。


それでも、逃げるだけでは分が悪いことは知っています。

ましてや私という車いすに乗っているものをかばいながら、ただ逃げることに、有利なはずはないのです。

それでも闇の廊下を、走って逃げる。


「授頼先生、一人では逃げないのですか?」

「彼らは笹川さん、あなたに用があります」

看護婦を逃げながら行くと、さらに奥から看護婦が現れました。


「こっちですよ」

授頼先生が、巧みに車いすを操り、私を導いてくれます。

私は、その事だけが少しだけ心を和らげてくれます。

(授頼先生は、頼りにしています)

全てを彼女に任せ、車いすに乗っていた私は逃げていました。


しかし、授頼先生の目の前には壁がありました。

そう、私たちは袋小路に閉じ込められた。

苦い表情の授頼先生は、ため息を漏らしていたのです。


「追い詰められましたね」

「授頼……」

そんな私たちを追いかけるのは、数人の看護婦に増えていた。

メスを持ち、殺意だけを充満させていた。

そこから感じることは、ただ恐怖しかなかったのです。


突然、夜の病院で起きたピンチ。

私には恐怖というより、覚悟がありました。


「死神が迎えに、来たのかもしれないのです」

脳裏によぎる事故の事、大きな車が向かってきて私は奇跡的に助かった。

九十九点九パーセント死ぬ条件の中、わずかに生き残った私の命。

でも、あの場所で本来死ぬべきだった私の寿命を、完全に終焉に向かわせるためにつかわされた『死神』なのだと。そう、思えて覚悟がありました。


「もう、私は死んでしまうのですね」

「笹川さん、諦めてはいけませんよ」

「残念だが、お前はここで死ぬ運命ではない」

廊下の前から男の声がすると、前を阻む看護婦たちが突如、バタバタ倒れていった。

太く響く声に、私は前を向いていた。


「あ、あなたは……」

車いすを向けた授頼先生と私は、廊下の奥を見ていました。

そこに見えたのが、赤い目のようなものが光る男性のようなもの。

夜の廊下は暗くて表情は、見ることはできない。

跳ねた髪、スーツのようなものを着た男性は、右手をすっとあげていた。


「授頼先生、これはきっと……」

思い出したあの絵本の、シュチレーションに私の顔は一気に明るくなります。

授頼先生は、やはりどこか穏やかな顔を見せていた。


「お前らは逃げろ、生き延びたければ!」

その男が背中を向けて言うと、授頼先生は無言で頷いていた。

男の人は、そのまままっすぐに廊下の奥に消えていく。

凛としたその姿に、私は顔を想像していると、私は「あっ」と声を漏らしました。

彼は、間違いないのです、そう、彼は。




私は、明るい学校に来るのが、ずっと憧れでした。

なぜなら私は学校に来るには、三つの制限がありましたから。

一つは夜、一つは一人きりの教室、一つは月に一回のみ。

それは、私の中にある病魔(ウィルス)が原因とされているからなのです。


「笹川さんは、いろいろ普通の子と少し違うので、寂しいかもしれません。

ウィルスの影響で、一人だけでいつも学校に行きますね」

授頼先生が言ってくれたこと、私の年齢だと今は中学三年生だそうです。

それでも、勉強の進みがいいことから、高校一年生の授業を受けているのです。


そんな私は、病院を出てお昼の学校にやってきていたのです。

こんなに明るい、お昼の学校は始めてで胸躍ります。

東城学園に通う私は、初めてのほかの生徒を見て驚いたりしていたのです。

みなさんは、いろんな色のブレザーを着ていて、楽しそうな生徒たち。


「お昼の学校は、輝いていますね」

噂に聞いていたお昼の学校を見て、素直に感動していたのです。

車いすから見える学校に、多くの人。楽しそうな談笑、何もかもが新鮮。


「よかったですね、笹川さん」

「はい、素敵ですね」

病院から抜け出した私を待っていたのは、天国のような新しい世界でした。


「でも、いいのですか?私が、お昼の学校に来ても?」

「大丈夫ですよ、これからある方に会いに行きます。

笹川さんはこれから、お昼の住人になるのか知れませんからね」

その言葉に私は最初意味を考えたが、周りを見回すと私を物珍しそうに見る目が見えた。その視線が、私には少し気になっていたのです。


「あの、なんで私を見て、みなさんヒソヒソしているのでしょう?」

授頼先生が、やや視線を私からそらしてきた。私の顔を、真正面に向けていく。

明らかに不自然な動作。

授頼先生は何か知っていますね、でも私はわかりませんでした。


「笹川さん、今から会う方は、きっとみなさん優しい方ですよ」

「そうですか、楽しみです」

でも私は、授頼先生の言葉をいつも信じています。

長い付き合いで、彼女を疑うことを私はしません。

だから私が、いつも一人でも寂しくないのだと思えています。


そんな私がやってきたのが、『数学準備室』と書かれた部屋の前。

もちろん、この部屋に来るのは初めて。

教師棟にあるこの部屋は、やはり新鮮でした。


「ここですか?」

「笹川さん、さあ開けてください。あなたの新しい世界が、待っていますよ」

授頼先生に背中を押された私は、車いすに座りながらそのドアを開けようとしたが、突如、私の体が痛みを発した。


「うっ、ああっ!!」

「笹川さん、どうしましたか?」

ドアを開けようとするとき、胸が不意に苦しくなった。

それは、興奮による高揚感ではなく、ただの苦しみ。

同時に私の額から、気持ち悪い程に汗が噴き出す。


(ま、またですか?)

それは発作。最近、特に増えた発作。

締め付けられるような胸、滴り落ちる嫌な冷や汗。

顔が苦痛に歪み、肌には鳥肌が立った。苦しい、とにかく苦しい。


「大丈夫ですか、笹川さん」

授頼先生は、車いすの後ろから前に屈んで、私の表情をうかがっていた。


「死んで、しまうのでしょうか?」と、そんな不安が襲う。

覚悟はできていても、怖いものは怖い。

人は、きっと弱い生き物なのでしょう。

いくら頭の中で、「死」を覚悟ができていても、近づくものが恐怖を誘う。


「嫌です、嫌なのです」

弱気な私が、感情を抑えきれなかったのです。

その時、私は頭を押さえてかがみこんでいた。


「あなたは、まだ生きていたいの?」

頭に響いた女性の声が、聞こえていた。

誰の声かわからない、知らない声。

でも発作の時には、この女性の声がいつも私には聞こえてきた。

うっすらと聞こえた声に、恐怖で顔が引きつっていた。


そんな時、授頼先生がやってくれたことそれは、私の震える手を握って、

「笹川さん、いつも私がついていますよ」

母親みたいに優しく、私の頭を抱きかかえてくれた。


すると、不思議とその発作は収まっていったのです。

「はい」

小さく、私は頷きました。

そのことが、私を発作から徐々に開放していくのが分かったのです。


私が開けたドア、数学準備室。

中を開けると、いきなりバンバンと音がした。

そして、私を迎え入れるためのクラッカー。


そこには、数人の生徒がいました。

「ようこそ、『織香部』へ!!」、そう書かれていた、ホワイトボード。

小学生の女の子から、男性の学生さんまでいろいろいますね。

緑や水色のブレザーを着ていた学生さんが、あたしの方を見ていた。


「あ~、新しい部員さんだね」

「ふむ、新たな女子か。俺の創作活動が、ますます上がるというものだ」

「変な物を作ったら、伊豆奈が没収します」

などと、男女が言い合っていた。その一方で、私は一人だけ見慣れた顔を見かけた。


「そこにいるのは、あずあず」

「あら、千影。千影がもしかして新しい『織香部』部員なの?」

そう、そこにいたのが長峰 あずさ。アイドルをされている、人なのです。

長峰さんこそ『あずあず』も、この東城学園の生徒なのですね。

いつも私にお見舞いするときの、やはりブレザーを着ていました。

そんな部屋の奥から、ショートボブの女性が私に声をかけてきました。


「申し遅れました、わたくしは、三野宮 織香といいますの。

『織香先生』と、呼んでくださいな。

笹川 千影さん、あなたはこれから『織香部』という部活に、期間限定で入ってもらいますわ」

そこに、きれいな姿勢で一人の女性が立っていました。

黒っぽいスーツを着ていた大人の女性は、微笑んでいた。

私は、三野宮先生という女性を、車いすに座ったままじっと見ていたのです。


――アイドルのあずあずは、いつも私に会いに来てくれるのです。

今から三週間前。世間では、GWと呼ばれているそんな時期がありました。


真っ白な病室、一人だけの部屋。いつも通りにベッドの上に、私はいました。

両親とも会うことを拒まれ、一人だけで暮らしていた。

私の病気は、伝染性があるということで、隔離された病室。

その部屋で、わたしは手紙を書いていたのです。


長期に入院を繰り返している私の入院費を、両親が懸命に稼いでいるということです。

でも両親には会うことがあまりないのですが、あの人だけは別でした。

「千影、会いに来たわ」

病室にいたのが、授頼先生とあずあず。

二人とも、マスクをつけていて私のそばにやってきたのです。

わたしは手紙を書くのをやめて、彼女らを見上げていたのです。


「長峰さん」

「いつも通り、『あずあず』でいいわ。千影、元気していた?」

彼女はアイドルという忙しい職業なのですが、私にいつも会いに来てくれます、奇特な親友の方なのです。約一年前に、知り合ったのです。

そんな親友との再会に気を使ってか、授頼先生は静かにこの病室を出て行きました。


「ええ、元気ですよ。あずあずに、私は会えてうれしいのです」

「あたしも、千影に会えてうれしいわ」

外から来る長峰さんは、いつもキラキラ輝いていたのです。

洋服というより表情、赤いシャツ、ミニスカートのかわいらしいあずあず。

それが眩しくて、いつ訪れるかもしれない死の恐怖がある私にとって、心の支えになっていました。


「でね、この前、歌をだしたけどね、ラブバラードだから」

「はい、ありがとうございます」

長峰さんが、鞄から私にCDを手渡してくれた。

キュートな長峰さんの写真が、前面に出されたCD。

やはり、写真の長峰さんもキラキラと輝いていたのです。


「千影、体調はどうなの?」

「はい、今日は調子がいいみたいです。あずあずのおかげですよ」

「あ、千影それは……」

「長峰さんへのファンレターです、まだ途中ですけど……」

始めて書くお礼の気持ちを、私は手紙にしたためていたのです。

その手紙を、長峰さんは食い入るように見ていた。

真剣な顔で見ている長峰さんは、大体文章を目で追いかけていて顔を上げた。


「すばらしい、ありがと、千影!」

長峰さんは、ベッドの上の私に抱きついてきました。やっぱり、彼女は暖かいのです。

「いえ、まだ途中です……」

「大事にするからね、千影!」


抱きついて満面の笑みを浮かべた長峰さんは、私に何度も頷いて見せた。

そんな嬉しそうな顔を見せられたら、私もなんだか元気になってしまうのです。

だけどそんな楽しい時間は突如、終焉を迎えました。


「笹川さん、治療の時間です」

ピンクのナース服を着ていた授頼先生が、腕時計を見て、私のところに来ました。

真剣そうな顔を見せ、私のほうに近づいて来たのです。

『治療』、私はこの時間が一番嫌でした。

そこはとても暗く、背筋も凍るような寒い部屋。

震えが、自然と私に起きていたのです。


「千影、大丈夫?」

「ええ、ごめんなさい。長峰さんに元気をもらったのに、こんな顔を見せてしまって」

なんだか申し訳なく、彼女に謝っていた。

心配そうな長峰さんの顔は、あまり見たくない。

彼女には、どんなときもキラキラしてほしいのです。


「そう、大丈夫よ。治療すればいつかは治るんでしょ。

そしたら、あたしのコンサートに来てよね。

千影のために、あたしが特等席を用意してあげるから」

「はい、わかりました」

「では行きますよ、車いすにお願いしますね」

授頼先生が、丁寧に私を車いすに乗せていく。

彼女は私に気を使ってか、慰めの言葉をかけていた。


「そうですね、笹川さん。がんばりましょう」

授頼先生の言葉に、私はにっこり微笑みました。でも、ぼんやりと知っています。

治療しても、この病気は治っていないことを。

そして、授頼先生は私を車いすに乗せて廊下に出ました。


そのあと、わたしは長峰さんに見送られて、向かったのが治療のための部屋。

二十分ほどかかるこの部屋に行くのが、私は嫌いでした。

『放射線室』という表札で、重いドアの部屋に通された。

そこに入ると、一人の男性が立っていたのです。

緑色の白衣と緑色の帽子をかぶって、鋭い目つきをした男性医師。

彼は、雄条医師。私は、彼にいつも恐怖を感じていました。


「ようこそ、笹川 千影」

やや含みを持たせた低音の声は、彼の恐怖を一瞬で思い出させてしまう。

「では、さっそく脱いでもらおう。下着になれ」

「あの……」

「脱げ、命令だ!」

口髭を携えた口から聞こえる声に、私は授頼先生の介護を借りて上着を脱がされた。


「では、横になれ」

「あの、彼女は本当に、ウィルスに感染しているものなのですか?」

そこで口を開いたのは、授頼先生。声を挟むと雄条医師は、鋭い目つきで睨んでいた。

手に持ったカルテを見ることなく、雄条医師は顔を強張らせた。


「わしに口答えするな!お前は、医師にとって一番大事なものを知っているか?」

「患者さんを救う気持ち、ですか?」

「馬鹿者!データだ。情報こそが医師にとって大事なもの、ヤツに放射線を浴びせて内部のウィルスが、死滅するか調べるのだ。お前の口癖通りだ。

犠牲なくして、医学界の進歩はない」

雄条医師の強い口調に、私は怖かった。でも、口にせずにはいられない。


「それじゃあ、私は実験台なのでしょうか?」

「始めろ」

雄条医師の恐怖に結局、授頼先生は逆らえなかった。

授頼先生も、結局のところ私と同じ被害者なのだから。

悲しげな顔、震える手で私を車いすから抱きかかえました。


「ごめんなさい、笹川さん。

こんなことをしても、あなたが治るかわからないのに……」

小さく言った言葉が、私にだけ聞こえた。

逃げる足も動かない私は、そのままベッドの上にうつぶせにされた。


「背中に照射する。動くなよ」

頭を固定された私の目の前に、ロボットの手のようなものが、先端がまるで蛇のように動いてきました。

背中でよく見えないですが、振り返りたくないそういう恐怖が私にはあったのです。

なので、私は目をつぶることにしたのです――




そんな私が、今こうして学校にいる。

それでも、体はいまだに完治はしていないのです。

車いすで全く動かない両足、それから時折襲う発作のようなもの。

全てがウィルスの仕業らしいのですが、私にはよくわかりません。

正直な話、私以外に同じ病気の人と会ったことがないからです。


「千影がここに来たのは、もう学校に来られるまで回復したのね」

それでも、自分のことのように、喜んでいる長峰さんがいました。

私と違い、深緑のブレザーを着た彼女は、にこやかな顔を見せていました。

それに比べて、私は定時制の黒いブレザーを着ています。


「もう少しで、治りますよ。それまで織香先生、お願いしますね」

「分かりましたわ、授頼先生後はお任せくださいな」

授頼先生は三野宮先生に挨拶をしていき、私をこの部活において去っていった。

やや不安が残ったけど、長峰さんがいるので心配はなかったのです。


そのあと、みんなで互いに自己紹介をしました。

園川先輩、部長さんでいつもカメラを持っている眼鏡をかけた男子です。

やや猫背で細い体が特徴の、水色ブレザーの三年生です。

夜奈月さん、長峰さんと同じ年の女子高生ですね。

ポニーテールの、少し大きな女子生徒です。なんだか、笑顔でこちらを見ています。

広州さん、小学生なのに高校の部活に参加している人です。

赤いカールが、かわいい女の子です。


皇君、おどおどしていて、あまりしゃべるのが得意ではなさそうな男子です。

そういえば、彼にはどこかで会ったことがあるような気がしますね。

そして長峰さん、『あずあず』と呼ばれたアイドルさん。

やはり彼女だけは、長い髪と大きなリボンはいつもキラキラしているのです。


「千影が、こうしてきてくれるとは思わなかった」

「私もあずあずに、会えてうれしいです、憧れの方ですから」

「ねえ、『あずあず』って?」

すかさず聞いてきたのが、夜奈月さん。

首をかしげて少し大きな少女は、車いすの私にかがんで顔を覗かせた。


「長峰さんの、あだ名ですよ」

「へ~、あずさちゃんに、そんなあだ名があったんだぁ」

「椿はダメよ!」

すると、夜奈月さんの後ろで腕組みをする長峰さんがいたのです。


「こんなの、憧れにするんですか?」

すると、広州さんが長峰さんに対して流し目で見ていたのです。

「なによ、分かっている人はわかっているのよ。あたしの素晴らしさを」

「あずさちゃん、良かったね」

「そんな、憧れているあなたには、ぜひこれを」

夜奈月さんに褒められつつも、園川先輩が私の目の前に見せてきたのが一体の人形。

その人形は、なんだか長峰さんをとっても小さくしたようなそんな人形。

元気な長峰さんの顔が、見えました。


「まあ、あずあずにそっくりですね。かわいらしい、人形ですか?」

「これは、俺が作った、

『長峰 あずさ六十分の一スケール制服バージョン、マークスリー』のフィギュアだ。

この貧乳のあたり、吊り上った目つきなんか、ぴったりだろ」

「そうですね、これはフィギュアというのですか。素晴らしい」

私は、初めて見ていたフィギュアというものをじっと見ていた。

まるで、キラキラ輝く長峰さんが、今にも動き出しそうなそんな感じ。

私は、しばらくそのフィギュアを食い入るように見ていたのです。


「部……長……」

「そこでだ、今度、新部員でもある、笹川のフィギュアを作らせてくれないか?

俺のような、傀儡(かいらい)師なら超リアルに作ることができる。

こっちは椿だ。どうだ、体がデカい割には貧乳だろ」

「私がそのようなのに、いいのですか?こんなに私は、キラキラしていませんよ」

「ああ、可憐さ、上品さ、紫色のレアな髪と、あずさや椿にない豊満な胸。

どれをとっても、あずさの上をゆく最高傑作ができそうだ。協力してくれるな」

「せ、先輩……」

「なんだ、椿、今忙しいだろ」

夜奈月さんが園川部長の袖を引くと、夜奈月さんと夜奈月さんの背後にいる長峰さんから真っ赤なものが見えました。煙じゃなく、オーラですね。

それにしても、長峰さんの後ろにはなぜか赤いドラゴンの影が見えるのです。

気のせいでしょうか?わかりません。両手を握って、身構えていました。


握りこぶしににこやかな顔、園川部長はただならぬオーラに逃げようとしたけど長峰さんは握りこぶしでなく、おもいきり蹴飛ばしてきた。

蹴飛ばされた園川部長は、吹き飛ばされて棚ぶつかった。

園川部長の上から、夜奈月さんがじーっと睨んでいるようだった。


「あーっ、あたしはデカいだけじゃなくて、貧乳でもないもんっ!」

「千影、こいつに近づくんじゃないわ。こいつは、変態人形男よ!」

「何を言う、失敬な!」

「でも私の人形を、作ってくれるみたいですよ」

「違うわ、こいつは人形を作って、あんなことやこんなことをするんだから」

「あんなこと?こんなこと?なんでしょうか?」

私は想像が全くできなかったが、長峰さんの鬼気迫る声に、何となくよい事でないことに気づきました。


「そう、とってもエロいことだよぉ。ゾクゾクしちゃう」

「そんなにすごいのですか、楽しみです」

「えっ、ち、違うよぉ」

夜奈月さんは、苦笑いをしていた。

その対象となる園川部長は、よろよろと立ち上がった。


「ゾクゾクはいいぞ、笹川、お前はどうやら知らないようだな。ならば……」

「ふざけんじゃないわよ!」

長峰さんは、すぐさまとび蹴りを園川部長に繰り出す。

しかし、園川部長は眼鏡をきらりと光らせて、長峰さんのけりを回避した。

空気を切った長峰さんのけりを、後ろに下がってかわすと、大事そうにフィギュアを持っていた。


「ほう、何が困るのだ?」

「あたしのファンに、変なことを吹き込んだら、ただじゃおかないわよ!」

長峰さんの迫力に、園川先輩が逃げ出した。血相を変えて、長峰さんが追いかける。

二人は走って、そのまま数学準備室から出て行った。

教師の織香先生は、なぜかにこやかにほほ笑んでいた。


「元気が、ありますわ」

「あまり元気がありますのも、問題ですよ、先生」

織香先生の言葉に、広州さんはあきれ顔で見ていた。

「びえ~ん」

そんな時、部屋の奥にある白いカーテンの奥から、赤ん坊の泣き声が聞こえてきたのですよ。


「あっ、プリちゃんが、泣いちゃった」

夜奈月さんが白いカーテンを開けると、そこには普通の学校にないベビーベッドが見えたのです。そこにいたのが、私の髪の色に少し似ていたピンク髪の赤ちゃん。

黒いベビー服を着ていて、顔をくしゃくしゃにして、赤ちゃんは泣いていたのです。

私も織香先生に車いすを押され、カーテンのほうに向かいました。


「プリカ様、大丈夫ですの?」

織香先生も、なんだか心配そうな顔を見せていた。

「その子は、なんですか?」

「織香先生の娘、プリちゃんだよ」

夜奈月さんは、嬉しそうな顔でベビーベッドの泣いている赤ちゃんを抱きかかえた。

うん、うんと赤ちゃんの顔を見ながら

そのまま、夜奈月さんは私に赤ちゃんを見せてきました。


「今泣いちゃっているけど、千影ちゃん、頭なでてあげて。

プリちゃん、寂しがっているんだよぉ」

「いいのですか?」

初めて見る赤ん坊、顔は大きいけど小さいです。

夜奈月さんが少し屈んで、見せてくれた赤ん坊を,私はそっと撫でてあげた。

するとプリちゃんという赤ちゃんはぴたっと泣きやみ、私の顔を覗き込む。


「にゅ?」

「よしよし」

すると、赤ちゃんが私のほうに手を伸ばしてきました。

夜奈月さんの手を抜け、そのまま私の膝にダイブするように飛び乗ってきました。


「ママ、ばぶばぶ」

「ええ、よしよし」

私がもう一度なでると、赤ちゃんは嬉しそうな顔を見せていました。

その赤ちゃんはつぶらな瞳で、私の胸のあたりを見ていたのです。

その時、夜奈月さんが私の車いすの取っ手部分を握りました。


「笹川さんは、才能が有りますわ」

「才能、ですか?」

私はその時、良くわかりませんでした。


「千影ちゃん、こっちおいで」

夜奈月さんは、なんだかにこやかな顔で車いすの私を導いてくれた。

そこは、部屋の奥にある白いカーテンの中。

「はい」

私の後ろに、織香先生が車いすの取っ手をつかみ、白いカーテン奥に連れて行くのです。そのやり取りを、一人の男子がじっと見ていました。

なんだか、存在感がないようですね。


「悠、覗いちゃだめだよぉ」

「わ、わかりました」

そのまま夜奈月さんは、私と織香先生を入れて、白いカーテンを閉めたのです。


カーテンの中は、本当に赤ちゃんのための部屋でした。

オムツ、ベビーベッド、ガラガラに哺乳瓶。

狭い場所に、多くの赤ちゃんグッズが置かれていました。


「千影ちゃん、じゃあ、プリちゃんにおっぱいあげてみよ」

「まあ、私がですか?」

「うん、千影ちゃん。プリちゃんがね、欲しがっているよ。ね~、プリちゃん」

「にゅ、にゅ」

確かに赤ちゃんは私の胸で、おっぱいを見ていた。

そんな白いカーテンに、織香先生も入ってきたのです。なんだか、夜奈月さんの楽しそうな顔を見ると、私もできそうな気がしてしまいます。


「私、やってみますね」

「ありがとうございますわ」

「うん、できるよ、千影ちゃんなら」

「では、脱がせますわ。少し体を前に倒してくださいな」

織香先生に言われた通り、私は体を前に立ちました。

そのまま、私はあっという間に下着姿になったのです。

抱きかかえた赤ん坊は、わたしのおっぱいを小さな手でつかんで離さない。

「にゅ、にゅ」

「よしよし、おっぱいですよ」

興味津々に夜奈月さんが見ていて、(あら)わになった私の肌から赤ちゃんが顔を近づけたのです。


「ちゅうちゅう」

「あ~、出たね、すごいよぉ」

「これだけ立派なものがあれば、当然ですわ」

なんだか、ほのぼのしていた白いカーテンの世界。

赤ちゃんは、嬉しそうに飲んでいたのです。でも、


「あなたに、会いたい」

突如、ここにいる誰でもない女の声が、私の頭の中に響いたのです。

「会いたい?どういうことですか」

私は、思わず聞き返してしまう。

すると、私の胸に抱かれていた赤ちゃんが顔色を変えて、不意に泣き出したのです。


「えーん、えーん」

「どうしたの、プリちゃん?そう、怖かったのね」

夜奈月さんが、赤ちゃんをあやすように抱きかかていたのです。

その時、赤ちゃんは指をくわえて私の足元をじっと見ていました。

そのあと、すぐまた泣き出しました。


そんなプリちゃんから離された私は、寂しさが残りました。

それは、なにかを失ったような、喪失感さえあった。

その私を織香先生は、優しそうに見守っていた。

でも、声はきれいな声が聞こえてきました。


「笹川さん、赤ん坊というものは、正直で、残酷ですわ」

その一言に、わたしははっとしていたのです。


私は今、楽しいのです。

それは憧れているあの方の、おうちに来ているからなのです。

私は、憧れの人に車いすを押してもらいながら、ついたのが古いアパート。

新緑の木々の中、たどり着いたアパートの一階にその部屋がありました。


「千影、ゆっくりしていってね」

そこは、意外にも古ぼけたアパートでした。

ところどころに年季があって、シミのある壁。

そして、意外ときれいでテーブルと布団以外何もありませんでした。

四畳半の狭い部屋に姉妹で暮らしている、と長峰さんが話してくれました。


部屋の隅には、一人の女性が眠っていました。

ボロボロの布団から出てきたのが、白いパジャマで出てきた少女。

痩せ細った顔に、長峰さんとそっくりの顔、髪型がミディアムヘアーなことを除けばほぼ同じ顔なのです。ですか、彼女は全くキラキラしていないのです。


「お姉ちゃん、おか……」

「ただいま、胡桃」

しかし私はその声を聞いて、なんだか不思議な感覚を覚えました。


(どこかで、聞いたことのある声)

そう、初めて会ったのに、何度もあっているような雰囲気を彼女から感じたのです。

「紹介するわね。こっちがあたしの妹の胡桃よ」

「なんで?」

その瞬間、胡桃さんはひとつだけ小さく頷いた。


「笹川 千影さん、ですね」

妹の胡桃さんが言った言葉に、私は不思議な感覚を覚えた。

そう、私も彼女のことをなんだか知っているような、そんな気がしたから。


「あれ、二人知り合い?胡桃?」

「どうやらそのようですね、何となくですけど」

「でも、胡桃はずっとここで寝たきりじゃない。病院にも、行けないし」

あずあずは、胡桃さんのことを不思議と思っていた。


「他人の空似、かもしれませんね」

「違う、あなたが持っているのは、『星のナイト様』ですね」

そんな胡桃さんが見つけたのが、私の車いすのポケットに入れてあった一冊の絵本。

指さした胡桃さんの顔は、少し強張っていたのです。


「よく御存じですね、『星のナイト様』は有名なのでしょうか?」

「授頼先生が書いてくれた、オリジナルの絵本よ!」

その言葉に、私は首をかしげた。

なんでこの絵本のことを知っているのか、驚いていました。

この絵本のことは授頼先生と、私しか知らないはずなのに。


よく意味が分からない、でも私は彼女を知らない。

知らないけど、不思議と声を聞いたような気がしていた。

でも、顔を合わせようとすると胡桃さんは私から顔をそむけようとします。


「ね、その本って、どんな本なの?」

長峰さんが興味を持っていたので、私は車いすのひざに乗せて開いていた。

それは私の大好きな、一冊の絵本。

私は、車いすのポケットにある絵本を取り出しました。


「その昔、一人のお姫様が遠くの星に住んでいました。

そのお姫様は、王国で暮らしていたのです。

でもその王国に突如、魔女が現れました。その魔女は、お姫様を殺そうとしました。


そんな時も、ナイト様がお姫様をいつも助けて守ってくれました。

そんな魔女とナイト様は、最後の戦いを迎えます。

見守るお姫様、だけど魔女がナイト様に倒される間際に、お姫様にある『呪い』をかけてしまったのです」

「呪いって?」


「呪いは、お姫様のかわいらしい声を失ったのです。

王様は、お姫様を助けるために『星のしずく』を探しに、宇宙へと旅立たせたのです」

「随分、展開変わったわね」

「途中、巨大要塞やビーム兵器に襲われながらも、なんとかたどり着いた第三惑星」

「地球なの?」

「いえ、第三惑星『ドコモン』です」

私の話に、胡桃さんは目をつぶったままうんうんと頷いていた。

逆にあずあずは、困った表情を見せていた。


「ドコモンって、すごい名前ね。見た目は地球ぽいし」

「そんなドコモンまで馬車で移動したお姫様とナイト様は、『星のしずく』を探しに旅をしました。

未知の星に、見たこともない生物、この星にどんな危険が待っているのでしょう」

「ねえ、ドコモンってそんなに危険なの?」

「さあ、次のページでは、こう書かれています。

『ついになんやかんやあって、『星のしずく』を見つけ出したのです』」

「展開早くない、ねえ、千影」

あずあずの言葉、確かにそう思えました。

そういえばなんでドコモンに、あることが分かったのでしょう。

それになんやかんやって、なんでしょうか、わかりません。


「ナイト様は、お姫様に星のしずくを飲ませようとしましたが、そこにいた真っ黒いヘルメットに、真っ黒なマントで、わけのわからないボタンを胸にいっぱいつけて、なんだか赤く光る棒を持った……」

「ねえ、なんでそんなのがいるの?」

「ドコモン星人ですよ」

「どう見てもダー○・ベーダーじゃない!」

「いえ、ドコモン星人なのです」

確かにそう書いてありますね、なんですか、ダー○・ベーダーというのは。

世の中には、わからないことがありますね。不思議で、面白いのです。


「ドコモン星人が言うには『星のしずくを、フォーッ、飲むな、フォーッ。飲むと、声は元に戻るがフォーッ』」

「なんか、セリフ見づらいわね。フォーッって言うし」

「つまり、『星のしずく』を注ぐ杯は、生きている人間の耳を切り落とさなければなりません。耳を失えば、声が元に戻るということなのです。

ナイト様とお姫様は、困ってしまいました。

これではお姫様の声が元に戻っても、彼女が自分の聞くことはできない。

すると、ドコモン星人はあることを教えてくれました」


「耳はお前の耳でも、構わない。二つ差し出せ。

お前の耳をはぎ取り、杯代わりにすれば彼女の耳は聞こえるようになる。

と、ドコモン星人は話してくれたのです」

「なんか、めちゃくちゃ胡散臭そう。第一、黒い人だし。」

「でも、ナイト様は、彼女の幸せのために迷うことなく耳をそぎ落としました。

必死に止めようとする、お姫様の制止を振り払います。

そして、『星のしずく』をついで、杯代わりに飲ませたのです。

すると、お姫様の声が元に戻ったのです。自分の声を自分の耳で聞こえたお姫様は、嬉しくなったのと同時に、頭から血をだらだら流したナイト様を介抱しました」

「最後は感動だけど、なんか、だらだらってねえ」

「これぞ、『星のナイト様』ですね」

「間違い、ありません」

胡桃さんも、あたしと同調するように頷いていました。


私は、この話が大好きです。

ナイト様は、お姫様のことを自分の身を切って助けたその姿が、大好きなのです。

そしてそのナイト様に、私はついに会ったのです。

夜に会ったあの男の人、彼こそがナイト様なのです。


「やはり、ナイト様は実在するのですね」

「千影、騙されていると思う。第一、そんなヤツいるわけ……」

「いますよ、授頼先生はきっと実在するナイト様を、見て書かれたのでしょう」

「そうですよ、お姉ちゃん。きっとナイト様はいますよ」

なぜか胡桃さんも、私に同意してくれました。

長峰さんは少し困った顔を見せたけど、私は共有できる仲間が見つかったみたいで、とてもうれしかったのです。


「笹川さん、あなたはいきたいのですか?」

「生きたいですよ、私は生きたいのです」

「そうじゃなくて、学校ですよ」

「はい、行きたいです」

胡桃さんは、私の問いの後に、なんだか切なそうな顔を見せていた。


「あの、千影。その学校の事なんだけど」

「なんですか?長峰さん」

「やはり、千影のことを考えて、夕方までここにいてもらえる?

なんか、胡桃とも仲がよさそうだし、学校の方はやっぱ千影の方も大変だと思うから。

授業は夜間になっちゃうけど、あたしも、椿と一緒に受けるからさ」

「はい。あずあずと、私は一緒に授業を受けられるのですね」

長峰さんの声に、私はなんだかうれしくなった。

それはナイト様に導かれた外を、楽しむかのようなそんな気持ち。


「だけどウィルスは、みんなにうつらないの?マスクとか、用意できるけど」

「授頼先生は、感染の疑いはないと言っていましたよ。

それにマスクだって、隔離した病室だって、本来必要ないものだそうです。

だから、大丈夫なのだと許可を貰いました」

「そうね、それなら大丈夫ね」

長峰さんに、わたしは答えていた。


そう、ウィルスも初めから半信半疑。

私のように感染した人は、見たことありませんから。

私は、自分の紫色になった髪を、鏡越しに見たのです。




あれから二日後、私は夜の学校に来ていたのです。

それは私が、四年前から続いていることで、中学部から高等学部に変わってもそれは続いているのです。真っ暗な外、私たちのいる教室だけは明るい。

廊下の暗さと対照的に照らされた教室は、教壇に一人白衣の先生が立っていました。


「では、次の英文を日本語に訳してみましょう。笹川さん、はい」

「大好きな赤ちゃんと、家で過ごしました」

「そうですね、ここで大事なのは、「家で」、というのがどこでかかってくるかです」

授頼先生は、英語の教科書を持って文法の解説をしていた。

いつも私が、学校に行ってやっていたこと。月一の夜間学校、一人だけの定時制。

しかし、今回の私には今までと一つ違っていることがあった。


「すごいね、千影ちゃん。すらすら訳している」

「当然よ、千影は天才なんだから」

そう、私のそばの教室には、長峰さんと夜奈月さんがいました。

私と違い、深緑のブレザーを着ていた二人が私のそばで、同じ授業を受けています。

夜奈月さんの足元にはなぜか、黒猫がお行儀よく丸くなっていました。

そのことが、私は嬉しかったのです。


「じゃあ、次の文章を、長峰さんおねがいします」

「ええ、わかったわ」

長峰さんが立ち上がり、難しい顔で教科書を見ていた。


「どうしましたか?」

「Misfortuneというのが、わかんないんだけど……」

「『不幸』と訳すのですよ」

「じゃあ、『それでも、彼女は不幸でした』て、こと?」

「そうですね、不幸ということです。

一見新しい単語のように見えますけど、実は中学レベルの単語です。

普段見ている景色も、見方や出てくる形が変わると、新しい単語のように感じてしまいますね」

授頼先生が言っていた言葉は、今の私の置かれている状況なのです。


「え~ん、え~ん!」

すると、教室の端にあるベビーカーから泣き声が聞こえました。

「あ、クレ……赤ちゃん」

授頼先生は、いそいそとベビーカーのほうに歩み寄っていきました。


「オムツ、濡れていますか?」

心配そうな顔の授頼先生は、すぐざま赤ちゃんを抱きかかえていた。

「ねぇ、なんでプリカがいるのよ?」

「織香先生が、急にいなくなったからね」

そう、そこにいたのがプリカちゃんと言われた赤ちゃんは、織香先生の娘。

私を受け入れてくれた織香先生は、なぜか今は来ていません。


「授頼先生は、小児科に行きたいぐらい赤ちゃんが大好きなんですよ。

本当は赤ちゃんが、ここにいるはずなのですけど……」

「笹川さん、その話はダメです!」

授頼先生は、あわてて私の方に手をバタバタと振りました。

それでも、ベビーベッドから抱き上げたピンク髪の赤ん坊をなだめています。


「ね、なになに、千影ちゃん。どういうことなの?」

聞いてきたのは夜奈月さん、興味津々の顔で私を見てきました。

「なんでもないのです、ごめんなさい」

授頼先生がかつて妊娠中絶していて、もう子供を産めない事。

やはり、話すのをやめましょう。

それ故に、授頼先生が赤ちゃんに対してものすごく優しいことも。


「千影、楽しい?」

「ええ、みなさん、本当にありがとうございます」

「千影ちゃんの病気、早く治るといいね」

「夜奈月さんも、早く胸が大きくなるといいですね」

「むーっ、それは余計だよぉ」

夜奈月さんは、なぜか口を尖らせて自分のおっぱいを見ていた。

彼女は、なぜだかわかりませんけど、胸が大きくなりたいみたいなのです。

しかしそんな目の前の教壇では、授頼先生が赤ちゃんを抱いてお世話していました。


紅廉愛(クレア)ちゃん、オムツ交換しましたよ」

「にゅにゅ?」

「おっぱいが欲しいのですか、いいですよ。私のおっぱいをあげますね」

授頼先生は、そういって白衣を脱ぎ始めました。


「せ、先生、授業は?」

「授頼先生はああなると、絶対に止まらないのです」

赤ちゃんをあやす姿はまさに母親そのもの、しかしそれがとまらなくなります。

それが他人の赤ちゃんであっても、なのです。

ちょっとだけ、赤ちゃんが苦しそうにするのが難点ですよ。


「にゅにゅ?」

やはり、赤ちゃんは苦しそうな顔を見せていました。

「おいしいですか?」

すると、夜奈月さんのそばにいた黒猫が、いきなり授頼先生に飛びかかるのです。

でも黒猫にとびかかれられても、授頼先生は脱いだ白衣で黒猫を覆いかぶせます。


もごもごと黒猫は、白衣から抜け出そうともがいていた。

そんな授頼先生は、赤ちゃんのお世話ばかりで全く授業を行う気配はないのです。

過剰なまでに赤ちゃんの頭を撫でて、赤ちゃんは嫌がった顔を見せていました。


「授業に、なんないね」

「まあ、いいんじゃないの。あたしはね……」

そういいながら携帯電話、(長峰さんの曲の着メロ)が鳴っていた。

すぐに、長峰さんは携帯電話を手に取った。

その時の顔が、険しかったのです。


「ああっ、いいなぁ。授頼先生も、ちゃんとおっぱいでるんだぁ」

夜奈月さんが、目の前の教壇でおっぱいをあげている授頼先生を羨ましく見ていた。

それとは対照的に長峰さんの顔色が、曇っていた。

なんだか彼女から、キラキラしたものが一瞬にして消えたそんな顔。

何度も入れる相槌の声のトーンが、重いのです。


「わかったわ、待ってなさい。何とかするから!」

一瞬、ちらりと私と目が合いました。

すると、長峰さんは困った顔で私から視線をそらすのです。


(なにか、あったのでしょうか?)

でも、その言葉を私が言う前に、長峰さんはすっと席を立ち上がります。

そのまま携帯の電源を切り、授頼先生のほうを向いていました。


「ごめん、あたし急用ができたから、先帰るね」

「あずあず、どこからの電話でしょうか?」

私は、つい彼女に声をかけてしまいました。

「どこだっていいじゃない!」

怒った口調の長峰さんは、すぐに後悔したような顔を見せて、そのまま通学カバンをもって教室に出ていく。

プリちゃんのお世話をしていた授頼先生は、気づいたのか長峰さんを見ていた。


「長峰さん、ごめんなさいね」

「いいのよ、千影。あたしが絶対に治すから、千影はいつも笑っていて!

アイドルは、みんなに笑顔を与えるのが、仕事なんだからね」


そんな長峰さんは、全くキラキラと輝いていなかったのです。

むしろ、鬼気迫るような顔で私に言ってきたのです。

でも、私は長峰さんの言うとおり、

「ええ、私は笑っているのですよ」

彼女に対し、めいいっぱいの微笑みを見せていた。


白衣から何とか出てきた黒猫は、じっと長峰さんを見送っているかのようです。

そのまま、長峰さんは合鍵を私に投げ渡しました。

「これ、あたしの家の鍵、千影」

「はい」と私は鍵を大事そうに受け取って、長峰さんは走って教室を出て行きました。




あれから三時間ほど、十二時過ぎたこの時間に私は、家に戻って眠っています。

長峰さんの家で、私は夜遅くに眠りについていました。

胡桃さんは、隣の部屋で寝ています。

私は車いすのまま背もたれを、横に倒して眠っています。

この時間でもあずあずは、長峰さんは戻ってきませんでした。


(こんな時間にどこに、行ったのでしょう?)

目をつぶり、なかなか眠れない私は不安でした。

気になって仕方がありません、ですがどうしようもないのです、歯がゆいのです。


そんな中、私は背後にある気配を感じた。

「あれ?」

目を開けて私は起きました、そこにいたのは人じゃない。

うっすらと人の気配、でも様子がおかしい。姿がよく見えないのです。


「いませんね?」

「いますよ。私はいつもの場所に」

その声の後に突如、私の車いすが前に押されて動き出したのです。

いきなり勝手に動いて、驚かされました。


「ああっ」

急いで両手で車輪を止めようとしたが、背後から押してくる力が強くて、前に進んでいく。でも、声は前から聞こえた。気配も前から、不思議な感覚。


私の車いすは、そのまま狭い部屋の壁に激突する直前、足のつま先から数ミリのところでなんとか止まりました。

「た、助かったのですか?」

「笹川 千影、なぜ私の目の前に現れたのですか?」

暗闇の部屋の中、私の車いすの上から顔を覗かせていた。その声に、私ははっとした。

その声は、明らかにいつも恐怖を与えるあの声でしたから。


「苦しみの時に聞こえる声と同じ、なぜ?」

「あなたと私は、もう会うことはないと思っていましたが……」

その声で、私は確信しました。


「胡桃さん?」

「そうよ、長峰 胡桃。本当は、もう死んでいるの」

車いすを強引に回した彼女、病弱な彼女の力ではなく強い力で回していく。

そのまま腰をかがめて、私のほうにしっかりと顔を向けてきた。

短い髪の少女は、険しい顔で私を見てくる。


「あなたの顔を、見せて」

そういって彼女が、手を伸ばした。伸ばした手は、私の頭にいや、前髪を掻き上げた。

それでも私は、不思議と怖さがありませんでした。

「やっぱり。あなたは、ずっと知らないのですね」

「なにがでしょうか?」

すると、胡桃さんが私の額に触れてきた。


「この頭のものは、何かわかる?」

残念ながら見えないですが、額には何か固いものが当たっています。

「あの、なんですか?」

「分からないようね、やっぱり私と同じ。雄条(ゆうじょう)医師は、何も言わないから」

雄条(ゆうじょう)医師を、ご存知ですか?」

それでもその医者の名は、分かっていた。私が、好きじゃないあの医師。

授頼先生をよく殴っていて、緑の白衣と帽子の中年医師の顔を思い浮かべた。


「あなたの額には、これがあるの。私とあなたをつなぐもの」

胡桃さんは、私の手を引いて彼女の手を額に当てさせた。

それは、固い宝石のようなもの。

ひし形の石を埋め込まれて、暗い中でも黄色くぼんやりと光っているようだった。


「なんですか?」

「『奇石』、これがあなたを苦しめている正体です。雄条(ゆうじょう)医師のところ……」

「『奇石』?」

雄条(ゆうじょう)医師の所にお姉ちゃんは今、それを向かっているんです。

私とあなたが、どうしたら生きていけるかを。

お姉ちゃんだけではありません、おそらくお姉ちゃんのお仲間さんも……」

「どういうことでしょう?」

「ただ、一つだけ分かっていることがあります。

あなたが生き続けるためには、私は死ななければいけないということです」

胡桃さんの言葉に、私は胸が一気に苦しくなった。

『死ぬ』、その言葉は世界で一番嫌いなのです。


「そ、そんな……なんで、そんなことを?」

「なんとなく、感じます。授頼先生が、『星のしずく』を読ませたずっとあの日から。

不思議な感覚、薄れていく存在、空しいような気持ち……抽象的な言葉ばかりで、よく自分が分からない。

でも、あなたが生きていくことが、私の死につながる、そんな気がします。

私は、ずっとあなたに語りかけているんですよ」

「やはり、あなたでしたか」

「笹川さん、もう、生きないでください。休みましょうよ」

「ダメ、胡桃のやっていることは、間違っている!」

玄関の奥から、一人の人物が声を出して入ってきた。

その声に私は、顔がゆるみました。


「あずあず?」

でも、顔は見えません。

声はちょっと幼い気もするけど、不思議とあずあずだと思えた。

「胡桃、ごめんね。千影は、あたしの大事な友達よ。

失うわけにはいかないの、あなたがなにもかも知っていても……」

「姉さん、わたしは、姉さんのことが大好きだから……」

胡桃さんは、声の方に顔を向けていた。


「でも、あたしは決意したの。どんなことがあっても、間違っているんだって。

正しいことは正しいし、間違いは直さないといけない。

だから、やっぱりやらないといけないの。破壊を」

「姉さん、ヒドイ!私は姉さんと一緒にいたいだけなのに……」

私は分かりません、オロオロするだけで、何も知らないのです。

胡桃さんは、悲しそうな顔で力なく叫んでいた。


でもその声には、違和感がありました。

私は、やはり気になってその声に反応していた。

「違いますね、あずあずではありませんよ」


すると、玄関の中に一人の小さな女の子が入ってきた。

黒い服を着ていたけど、その子は、見覚えがあった。

「広州さん?」

「バレてしまっては、しょうがないわ」

白いワンピース、赤いカールの小さい広州さんが姿を見せて私を見上げていた。

小さいはずなのに、その存在感は大きく感じてしまう。


「笹川先輩、あずさからの伝言。よく聞いて。

あなたが、迷ったら周りを見ないで自分で考えなさい。

何をしたいのか、何をすればいいのか」

広州さんの言葉に、私は一言、ふた言頷いた。

私は、迷う必要なんて、はじめからない、なかったのです。

長峰さんは、雄条医師のところに行った。彼は、私が嫌いなことをする人。

授頼先生にも、ひどいことをする人。

そして、思い出される一つの言葉。


「あたしが絶対に治すから、千影は笑っていて!」

その言葉に、私は胸騒ぎがあった。その時に見せた難しい顔は、そこにあった。

そんなことを、知っていたら私は、絶対笑ってなんかいられない。

私のせいで、私のために、彼女を危険に犯してしまうのだから。

すぐさま、私は携帯電話をとった。かける場所は、あの人。

私のそばで、ずっと見守ってくれたあの人に。


「どうして、教えてくれなかったのですか!先生は、全て知っていたのですね」

授頼先生にかけた。彼女は起きていたし、黙っていた。


やがて短い沈黙、電話口から聞こえたものは、あまりにも意外な言葉だった。

「笹川さん、あなたは『長峰 あずさ』とどこで知ったのですか?」

そんな時、はっとしたのです。

偶然ではない、長峰さんを、あずあずを、最初から知っていた。

気がついたときから、長峰さんはいつも会いに来ていた。


「私が知っていた?」

「そうですよ。あなたは、『長峰 胡桃』と同じ記憶を有しているからです」

授頼先生の言葉に、私は始めて胸が熱くなった。

その感情は、決して病室にいるときに感じられなかったあの事。


「やはり助けに行きます、もう止められませんよ!」

私は車いすを漕ぎ、家を出ようとした。

携帯電話の通話を切り、それでも失いたくないのは私の親友。

雄条医師の残忍ぶりは、私がよく知っていた。だから、近づけさせてはいけない。

携帯電話からは、授頼先生が引き留める類の言葉が聞こえてくるけど、私は聞こえなかった。猛スピードで、玄関から外に出ようとする。


必死に車いすをこいだ私の目の前には、胡桃さんは両手を広げて立っていた。

「やっぱり行くの?」

「胡桃さん、あなたの思いは分かるけど、どうにもならないの。

あなたは、おそらく終わっている……」

伊豆奈さんの言葉に、胡桃さんはしゃがみこんで泣きだした。

静かに泣き崩れる胡桃さんを横に、広州さんは叫んでいた。


「早く行って!ここは、あなたのいる場所じゃない」

広州さんの顔を見て、私は迷うことなく頷きました。

慰める広州さん、慰められる胡桃さん。

そんな彼女達の横を通り過ぎて、私は外に出たのです




あずあずを、失いたくない。その気持ちは、人一倍強い。

雄条医師は、やっぱり悪い人だったのですね。

数日前に抜け出した病院から私は、結局自ら戻ってくることを自ら選びました。

空いていた夜の病院、中の待合室はぼんやりと明るかったのです。

そして、そこには一つの影が立っていた。


「授頼先生!」

彼女が白衣を着て、仁王立ちしていた。

「笹川さん、悪いですけど、今のあなたをこの病院に戻らせるつもりはありません!」

「どうしてですか?私は数少ない親友を、失いたくないのです」

恐怖の対象でしかない雄条医師に、大好きな親友を近づけさせるわけにはいかない。

夜中二時過ぎの病院の中で、私の声と授頼先生の声が響きます。


「雄条医師は、あなたをどうしたいのか知っているのですか?」

やや涙声になった授頼先生、私はひるむことはありません。

「私は、ずっと一人ぼっちに……」

「千影ちゃんは、一人ぼっちじゃないよ」

私の背後には、深緑のブレザーを着た一人の少女。その声に、私は聞き覚えがあった。


「夜奈月さん、あなたもここに?」

「『織香部』は、千影ちゃんの味方だよ。

あずさちゃんが、ずっと抱えていた悩みを解決するために動いているの。

悠も、園川先輩も、伊豆奈ちゃんも、私もあずさちゃんも」

「夜奈月さんも、騙していたのですね、ひどい!」


「笹川さん、落ち着いてください。

私たちは、あなたのウィルスを調べていました。

あなたの病状、やはり初めから、ウィルスではありません。

長峰 胡桃と、あなたを人工の『奇石』というもので、命をつなぐ手術を行いました。

でも、それは間違いでした。あなたには、未知の力があったのです。

あなたに『奇石』を埋め込んだとき、『アビ』というあなたの潜在能力がありました。

そして、『奇石』の力と、あなたの『アビ』を反応させて存在しているのが、長峰 胡桃。彼女の存在そのものです。

長峰 胡桃を、作ることに成功した雄条は、考えを変えました。

雄条がずっと行ったのは、二つの命を使って生命兵器をつくろうと……」

授頼先生が淡々と続けました。そんな時、奥の方で光りました。


すると、授頼先生の背後から、飛んでくるメスが見えた。

授頼先生は、すぐさま私のそばに近づいて動いていた。

メスは、私をかすめて後ろの床に刺さったのです。


「よくも、まあ調べましたな」

奥から出てきたのが、緑色の白衣と帽子の雄条医師だった。

嫌な威圧感を放つ彼の背後には、数人の看護婦。

あの時と同じ、顔をうかがうことができない暗さ。


「雄条先生、もうやめてください!」

「笹川 千影の『影使い』の『アビ』、実に素晴らしいではないか。

これがあれば、戦争はもっと楽になる。お前には、もっと影を生んでもらおう」

「園川部長とあずさちゃんを、返して!」

すると私と授頼先生の前に、夜奈月さんが両手を広げて立ちふさがった。


「ああ、病院の地下に侵入したネズミか。

奴らは、今頃地下牢で自らの行いを悔いて、落ち込んでいるだろうよ。

それより千影、戻ってこい。お前の病気を治してやろう、この俺は天才だからな」

「嘘を、言わないでください!」

「嘘ではない、本当だ!病気というのは、苦しみを感じることだ。

ならば、お前の苦しみを、永遠に取り除いてやろうではないか」

なんだか、胡散臭そうににやりと笑う雄条医師。


「お前は、かつて交通事故で、この病院に運ばれたのだろう」

そう、私は幼い時にここに事故で運ばれてきた。

その時に近くのベッドで、同じような重症の少女がいた。

そして少女の顔を、私は思い出した。その時に、私ははっとしたのです。


「胡桃さん?」

見覚えのある顔が、ようやく思い出された。

「そう、そこにいたのは長峰 胡桃。

集中治療室にいた二人は、どちらも死ぬかもしれない存在だったのだ」

「うそ、でしょ」

「本当だ、そしてどちらも死なないようにある方法を思いついた」

雄条の言葉に、私は怪訝(けげん)な顔を浮かべた。

授頼先生は、その話を知っているらしく顔をしかめたのです。


「お前ら二人を、『奇石』繋いだ。お前の額に、あるそれが証。

胡桃にもあったろう、それが全てだ。

千影の体の弱さを、胡桃の体の健常さで補い、千影の体を治す方法。

健康なものが、そうでないもの弱ったものを引き上げて命をつなぎとめる方法を、俺たちは行った。要は、いいものだけを残し、悪いものを排除するやり方だ。

さっそく千影と胡桃の体から、『奇石』で肉体的と精神的な力の摘出を行った。

だが実験の途中に、胡桃の精神に異常をきたしてしまう。

大きな精神的ショックを受け、手を打ったときは、彼女は既にショック死していた」

「精神的ショックで、ショック死?」


「長峰一家は、十年前に一家心中をしていて、生き残ったのがあずさと胡桃の姉妹。

当然のことながら、父と母が目の前で死んだことにショックがあって、それが心に残った。体こそは健常だが、すでに小さな彼女の心はもたなかった。

実験半ばで、亡くなっていたのだ」

雄条の言葉、あずあずの家の貧しさの意味が少しわかりました。


「それが、思わぬ反応を生んだ。

笹川 千影には、大きな力を秘めていた。『影使い』という『アビ』を。

死んだはずの長峰 胡桃を、『影』という形で存在させてしまったの」

「額に埋め込まれた黄色い石が、すべてだ。

お前の『アビ』を永続的に続けることで、長峰 胡桃は影として存在し続けられた」

「だけど、雄条医師、あなたはそれを利用しようとしていますね」

授頼先生の言葉に、にやりと笑った雄条医師。


「後ろにいるこいつらも、笹川 千影から摘出された影だからな。

痛みも感じない、裏切ることも、おなかがすくこともない。

影は、便利な殺人兵器だ。そして影を摘出するために千影には、いろいろとつき合ってもらったよ」

「影を摘出するたびに、千影の命がすり減らしていることに……」

「髪の色も、そのために変色しているのですね」

私の髪がなぜ、みんなと違う紫色なのか、赤くなると死ぬのかが分かった気がした。


「そうだ、でも我が軍に、『影』は必要な兵器として彼女は必要だ。

『アビ』として分離した千影、お前の力はまだ採取していない。

恐怖や、ショックを与えようと……」

「それで、今まであんなことをしたんですか」

一連の雄条医師の言葉を聞いて、私はなんだか悲しくなった。


「お前の内に秘めた能力『影使い』を、その能力を最大限に引き出すための努力だ。

そして天才的な俺は、あることをつきとめるのだ。

お前が死んでも、その亡骸から影を取り出せばいいのだと」

すると、雄条の左手から拳銃がいきなり出てきた。

「というわけで、死ね」

「ダメ!」


その時に阻んだのが、授頼先生。

私をかばう授頼先生は、なぜかにこやかな顔を見せていた。

そのまま私に覆いかぶさるように、背中に銃弾を受けた。

激しく飛び散る、赤い液体。白衣の背中が、赤く染まる。

一気に青ざめた顔に変わった彼女を見ていた私は、体が震えた。


「授頼先生!」

前から倒れこんだ白衣の女性を、わたしは強く抱きかかえたのです。

「大丈夫です、笹川さんは長く生きる義務があるのです。

責任ではなく、私の義務なのですよ。この『奇石』の名前が分かれば……」

それは授頼先生が、妊娠中絶した赤ん坊に対しての思い。

いつも語りかける先生の言葉は、やっぱり温かく優しいものだ。

そんな彼女はすぐに力なく、私に覆いかぶさるように倒れていく。


「ダメです、私を置いて……」

「次は、お前だ」

奥の雄条は、深緑の帽子で顔を隠しながら私に拳銃を向けた。

いきなりのことで、戸惑いと悲しさがこみ上げる。

強く抱きしめた私は、死を覚悟したが、


「千影ちゃんは、死なせない!」

なんと、後ろにいた夜奈月さんが私の前を阻んだのです。

わずか数日前に出会った同じ年の少女が、雄条に走って無鉄砲に向かう。


「一般人が、何を血迷う?」

「お兄ちゃんの教えだよ、弱い人がいたら助けるの!」

「馬鹿か、死ね!」

だけど、夜奈月さんの動きが一瞬速く、引き金を引くより雄条にたどり着いた夜奈月さんはそのまま思い切り殴った。顔を殴られた雄条医師は、バンと引き金を引くが拳銃の銃口は、天井の蛍光灯のそばに命中した。


すぐさま、体勢を整えようとしたところに、夜奈月さんの右手を大きく振り上げた。

「こう見えても、あたしはバスケで鍛えているから」

そのままもう一度平手打ち、雄条医師の拳銃を振り払った。

床に転がった拳銃は、雄条医師の後ろにいる看護婦たちのほうに流れていく。

それでも、看護婦の姿をした影たちは、こちらを見ていたのです。


「す、すごいです!」

「千影ちゃんは、『織香部』だよ。だから、誰にも傷つけさせないよ!」

すると、夜奈月さんの背後から、気配を消した看護婦たちが周りを囲む。

それは、雄条の周りにいた看護婦たち。

十人ほどの看護婦は、持っているメスを光らせた。


「あれ、まずいかも……」

殺気の威勢いい顔つきから、やや冷や汗に変わった夜奈月さん。

私は手負いの授頼先生を、抱きかかえて見ていたのです。


「ぬう、こうなれば、奴らを皆殺しにしろ!」

雄条は、険しい顔で看護婦たちの後ろに下がる。

私のほうにも、数人の看護婦がメスを持って向かってきたのです。

もちろん、この看護婦に感情なんてものはない、私の影だからですね。


「もう、やめましょう!」

気を失った授頼先生を抱きかかえ、不安な顔の私が咄嗟に出た弱弱(よわよわ)しい言葉。

車いすの私は、それでもどうしても叫ばなければいけなかった。

意識を失った授頼先生を抱きかかえ、私は恐怖に震えるしかないのです。


「何をやめる必要がある?俺たちは、負けたりはしない」

「助けに来たわ、千影」

病院の廊下の奥から男女の声、待合室の奥から二人の人物が出てきた。

病棟側の通路から出てきた方向は、なんだか神々しく輝いているようにも見えます。


「待たせたわね、千影」

声は完全に、あずあずだった。

いつも通りキラキラした顔を見せたあずあずは、嬉しそうな顔をして一枚のクリアファイルを持っていた。

その隣には、明らかに強い存在感を見せた男性。

その空気を私は、はっきりと覚えていた。


「ナイト様!」

そこにいたのが逃げ出したあの日、見かけた銀髪の少年。私のナイト様でした。

「Misfortuneを『破壊』する」

少年がいきなり言ってきたその言葉に、私の体に変化があった。

なんだか体が、軽くなるようなそんな気分。すると私の額が、なんか黄色く光った。


「これは?」

「笹川 千影、あれがお前のウィルスいや、人工『奇石』の名だ。

お前が苦しむすべてを、ここで破壊した」

「あの……」

「俺は『破壊の皇帝』だ、どんなものも破壊できる。

それは原子レベルから、地球までだ」

「な、なによ!かっこつけちゃって」


あずあずは、不機嫌そうにちょっと戸惑っていた。

それと同時に、雄条の周りにはナース服があちこちにはらりと床に落ちていた。

影が消滅をしたから、そこには何も残らない。


「もしかして織香が、言っていたことはこういうことなの?」

「そう、だね」

あずあずは、なんだか隣の『破壊の皇帝』と名乗ったナイト様を見つめていた。

もしかして、あずあずも彼を好きになってしまったのでしょうか。

少し複雑で、嫉妬の気持ちが起きましたよ。


「さあ、千影よ。あとは、あいつだけだな」

「なんだと、アビが、消滅している」

雄条は、驚いた顔を見せていた。

戦慄を覚えた顔に、私の『ナイト様』は雄条を指さした。

そういえばこの『ナイト様』、どこかで見たことあるような気がします。

私は絵本と同じ『ナイト様』に会えて、うれしさと同時におののく雄条医師を見ていたのです。


「守りたいのだろう、お前の親友を」

『ナイト様』の言葉に、私はうんと頷いていた。

あきらめ悪く、それでも床の拳銃に向かって四つん這いに歩く雄条医師。


「『破壊』、雄条の拳銃」

すると、雄条が手に取ろうとした拳銃は、ガラスの割れた音と同時に完全に消えた。

「なにっ、なぜ……」

「雄条医師、あなたのやっていたことは間違っていたのです。

影で想いをつなぎ留め、その影を兵器として利用することなど、人間のすることではないのです」

私は、その台詞を四つん這いの雄条医師に投げかけた。

その時、私の声に胡桃さんの声が影とともにシンクロしました。

雄条医師は、もはや抵抗するわけでもなく、その場にうずくまったのです。

全てが、決した瞬間でした。



長峰さんの家に帰って、やっぱり悲しみに暮れていた。

あるはずのない人が、いないとこんなにも辛いことで悲しいこと。

長峰さんは、ずっとしくしくと泣いていたのです。


このことを、胡桃さんは知っていたのですね。

あずあずも、おそらくは知っていたのでしょう。

ただ、それでも現実を受け入れることは難しいのです。


「胡桃、ごめんね、ごめんね!」

泣き崩れるあずあずに対し、私は車いすのそばに座っていた。

私の下半身が軽くなり、今の私の体は恨めしくさえ感じます。

「ごめんなさい、私が生きるためには、彼女を犠牲にしないといけないとは」

「違うの、胡桃はあの時、もう死んでいたの!」


あずあずは、振り絞った声を出した。

かけがえのない大事な存在、自分以外の唯一の生き残り。

それが生きがい、支え。私があずあずに会って、生きがいにしていたのと同じように。


「ありがと、千影」

「私のことを……」

「大好き、千影!いつまでも親友よ!」

あずあずは、私に抱きついてきた。

彼女はやっぱり強いです。泣いていても、キラキラ輝いています。


「アイドルは、みんなに笑顔を与えるの」

いつか彼女が、私の病室で言った言葉。私は、長峰さんのその言葉が大好きでした。


「はい、あずあずに、私は笑顔をみせるのです」

私も、彼女に対してにっこり微笑んで見せた。

彼女を安心させること、それがきっと親友なんだと、その時にぼんやりと思えたから。


「千影、あらためて、これからもよろしくね」

そう、最後はもう笑ってくれた。私は、そんな彼女の笑顔がやっぱり大好きでした。


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