第四話:強さと人形
――登場人物紹介
園川 哲治:『織香部』部長、エロい男子。高三男子。本編主人公。
眼鏡をかけている痩せた男で、常にカメラを首にぶら下げている。
好きなものは、フィギュア。自作フィギュアを作るのが得意。
彼には、苦い過去がある。
長峰 あずさ:『織香部』部員、ツンデレ毒舌アイドル。
意外と可愛いロングヘアーと、目立ちたがり屋の大きなリボンが特徴。
現在一人で暮らしている、最近悲しい事件が起きている。
夜奈月 椿:『織香部』部員、背の高い女子高生。
背の高いポニーテール女子、かわいいものが好き。
悠の『破壊の皇帝』の正体を、知っている。
三野宮 織香:『織香部』顧問、既婚者
東城学園高等部で、数学を教えている。ショートボブで、色白な大人の女性。
完璧主義者で、理論的。娘のプリカを大事にしている。
園川部長とは、ある約束をしていた。
広州 伊豆奈:『織香部』部員、子役、小四女子。
赤い髪でカールがかかっている、童顔で無邪気な人気天才子役。
好きな男子ができて、現在つき合っている。
皇 悠:『織香部』部員、気弱な少年。
ぼさぼさの銀髪、気弱で人見知りな少年。
影の薄い、草食系男子。でも、彼は『破壊の皇帝』というもう一つの人格を持つ。
園川 優香:哲治とは、一つ下の妹。
あることがきっかけで、二人は別れてしまう。
笹川 千影:『奇石』というものを頭につけた少女。
紫色の髪を縛っていて、純粋な顔の少女。
最近は、不治の病が治って歩けるようになったらしい。
プリカ様:ピンクの髪の赤ん坊。
とても愛らしい、「にゅ」と、「ばぶばぶ」ぐらいしかしゃべれない。
でも、この赤ん坊はすごい能力を持っている。
――今から十一年前、俺が住んでいたその家は修羅場でした。
六歳だった俺は、どこにでもいる子供だった。
俺の名は園川 哲治、小学一年生。
そして、俺の両親と妹の四人家族というごく普通の一軒家に住んだ家族。
でもそんな家で、起きている修羅場。
「なんということだ、情けない」
俺のパパは、リビングで怒りと呆れの両方を交えた顔を見せていた。
机の前に出されたのが、いろんな人形。
俺は、生まれて初めて見たものばかり。
男の裸の人形と、抱き合っている男同士のアニメ絵のもの。
「私の趣味を、馬鹿にしないで!社会では、ちゃんと市民権を得ているんだから」
「息子と娘もいるのに、こんなのにはまっていいわけなかろう!」
ド真面目な顔のパパは、ドの強い眼鏡をかけたママにやりきれない怒りをぶつけていた。腕組みをして、険しい顔で睨んでいた。
「俺は、お前が映画鑑賞好きというちゃんとした趣味を履歴書で見たから、こうしてつき合って、結婚までしたんだぞ!」
「ちゃんと趣味は、映画鑑賞ですよ」
そういって出てきたのが、アニメのDVD。男の制服姿が、悪そう微笑んでいた。
「この子、すごくかっこいいのよぉ」
ママは、DVDの表紙の男を見つつ、今まで見たことないような惚れ顔を見せていた。
でも、俺はちょっとだけママの気持ちが、わかった気がした。
「ならんぞ、大体、子供がいるのにそんな男性同士の、なんというんだ、ホラ?」
「『BL』よ、常識」
「と、その、そんな趣味を持っているのは間違っている!認めんぞ、結婚詐欺だ」
「結婚詐欺じゃないわ、堅物!」
「なんだと!」
パパの怒りは、止まらない。まくし立てるように言ってくる。
そのままママは、怒りを覚えてパパと向き合う。
夫婦喧嘩、リビングから少し離れて俺はドア越しに見ていた。
そんな俺の隣には、ものすごく泣き出しそうな妹の優香がいた。
「どうした、優香?」
「なんか、怖い」
パパは厳格ということを、幼いころから知っていた俺たち。
俺もビビるが、妹の優香はさらに怖いだろう。
父親が、公務員の上官ということもあって厳しさは本物。
「あっちに行こう」
兄らしく俺は、妹の手を引いた。小さい妹の手は、やっぱり震えていた。
うんと、小さくつぶやいた妹の背中では、未だに夫婦喧嘩が続いていた。
俺と優香は、不安になりながらも子供部屋に戻っていた。
まだ小学生な俺と、小学校にも入っていない優香。
優香は部屋に入った途端、泣き出した。
「おにいちゃん、ひっく」
「大丈夫か、優香?」
「パパとママ、どうなっちゃうのかな、別れるのかな?」
その言葉に、俺はものすごく敏感になっていた。
今まで、あまりなかった夫婦喧嘩。
ただ、最近パパは様子がおかしく、ママはなんだかそわそわしていた。
「……うん」
ちょっと前に、パパは俺に言っていた悪い言葉。
後々わかることだけど、俺はこの時肯定しなければ、小さな優香は心配がらないで済んだのかもしれない。でも、優香に対して嘘がつけなかった。
「やっぱり、別れちゃうんだ、えーん」
優香は、さらに激しく泣き出した。小さな体を震わせて。
「大丈夫だ、俺は優香と別れない。そして、優香は俺といつまでも一緒だ」
だが、次の瞬間、激しい声が家じゅうに響いた。
「お前とは、もう離婚だ!
こんな得体も知れん趣味を持ち、子供たちに悪影響を及ぼすヤツとは一緒になれん!」
それは、パパのものだった。はっきり聞いてしまった、パパの怒り声と意志。
その言葉を聞いて、俺は覚悟した。
覚悟は、あっという間に現実なものへと変わるその瞬間だった。
それから、別れの日はあっという間に訪れた。
結局俺はママに、妹の優香はパパに預けられることになった。
別れ際、引っ越しのトラック。そこに俺とママが乗れば、別れになってしまう。
あまりにも幼い俺と優香にとっては、残酷すぎる結末。
大人のことに、自分たちは口をはさむことはできないで無力な子供。
そんな俺は、優香と顔を見合っていた。互いに、悲しい顔を見せていた。
「優香、俺はママについていく」
「うん、お兄ちゃん」
小さい優香は、体を震わせていた。
そんな俺は、優香のそばに来て手に持っていたものを渡す。
「優香、これ」
俺は、大事にしていたヒーローの人形を手渡した。特撮モノのヒーロー。
「お兄ちゃん、これ一番大事にしていたものでしょ」
「やるよ、優香に。俺だと思って、いつまでも大切にしてくれよ」
半べそな顔で、俺は優香に渡した。その時の、俺の宝物。
「ありがとう、じゃあ、優香からはこれ」
そういって優香が取り出したのが、女の子の人形。
着せ替え人形で、赤い服を着ていた、ブロンズヘアーのかわいい人形。
「じゃあ、こっちは優香だと思って大切にしてね、お兄ちゃん」
ああ、俺は優香に泣き顔で頷いた。その顔を見た優香は、やっぱり泣いてしまった。
分かっていた、これでお別れなんだということ。
幼心に感じ取った、悲しみ、別れ、切なさ。
「もう、お前と会うこともないだろう。そちらも、会いに来るな!」
「私の趣味を理解しない堅物のところには、二度と行きません!」
最後の最後まで、ママとパパは喧嘩していた。
そして、俺はママの手にひかれて車に乗り込んだ。
優香と俺は、別れを惜しんで最後まで手を振った。
俺も、負けじと手を振りかえした。
その隣で、ママはつらそうな顔をしているのを見ることもなく――
月日は流れて、あれから十一年が経った。
高校生になった俺は、東城学園に入学し、『織香部』という部活の部長。
俺の目的は、部員の悩みを解決するために影となり織香先生を支えること。
そんな織香先生から言われて、俺はある病院に来ていた。
「『雄条総合病院』」
東京都内にある大きな大学病院、しかも今は夜。
夏に近い蒸し暑さの五月下旬、夜の病院は恐怖があった。
人気もない病院に、俺の足音だけが聞こえてきた。
もともと体は丈夫なほうなので、病院の世話になったことはない。
俺は人形たちを取り出して、いつも通りの任務に向かっていた。
「笹川 千影の『奇石』の名前、その『カルテ』を手に入れるため」
それが、俺の任務。静かな病院は、ロビーだけ明かりがついていた。
「いくぞ、俺たちの子供たち」
俺はいつも通りに、二体のフィギュアに命を吹きかけた。
俺は『アビ』という能力を、持っていた。それは、学校生活で突如目覚めたもの。
熱中して執着したものが、中学あたりで人と少し違った力となっていく。
それが『アビ』という、特殊な能力みたいなもの。
そして、動かない粘土フィギュアが動き始めた。
俺の手を離れた、『夜奈月 椿』人形、『笹川 千影』との二体の人形は歩いていく。
二つのフィギュアは、あくまで俺の目や耳でしかない。
視覚と聴覚の共存、それが俺の『アビ』、通称『人形遣い』。
可動範囲ぎりぎりから俺は、椿&千影フィギュアを進める。
途中の道で、上と下に分かれる道。
俺は少しだけ考えて、フィギュアを下に向かわせた。
俺の『アビ』は、なぜか高低差に弱い。
だから俺も病院の外から、中に潜入してフィギュアを追いかけた。
こんな病院の捜索も三日目、広い病院を慎重に探す。これも、織香部に来た笹川 千影のため、織香が言っていたあいつの悩みを解決するため。
するとフィギュアは、また下の階段を見つけた。
「いったい、何階あるのだ?」
ため息をつきながら、薄暗い病院を一部屋ずつくまなく探す。
目的はカルテだから、ある場所はおそらく医院長室。
初日、二日目と四時間ずつの捜索を行い、上は大体確認した。
たいていは一階にあるはず、だがそれが見つからない。
それにしても、顔の見えない看護婦があちこち巡回していたな。
俺は、うまくやり過ごしながら見つからないようにする。
「地下三階へ、行くか」
下の階に行くと、フィギュアとともに視界を共有していた。
俺も、フィギュアに合わせて地下三階に歩いていく。
間もなくして、俺はフィギュアを止めた。そこに見えたのが、医院長室という表札。
「ビンゴ!」
その瞬間、二日間の苦労が報われた気がした。
俺は、ぐっとガッツポーズを握る。
そのままフィギュアのそばに、俺はやってきていた。
フィギュアなので、ドアを開けることはできない。
だから俺が、「医院長室」の部屋の目の前まで慎重に歩いていた。
重いドアだけど、フィギュアを回収して俺が中を開ける。
すると、そこは軍事基地みたいな大きなモニターが見えた。
「うぉ、すげえ」
だが、空いたドアの瞬間、赤いランプが鳴った。
一瞬にして、俺に緊張がほとばしる。
「非常事態、非常事態」
大きなサイレンと赤く光るランプ、そしてアナウンス。俺は一気に緊張が走った。
「ま、まずい、見つかった!」
俺は、苦い顔ですぐさま走って逃げようとした。
だがあっという間に、上の方から走り音が聞こえてきた。
そして素早すぎる動きに、俺は対応が遅れた。
「しまった!」
俺の上の階から、数人の看護婦が現れた。俺には、戦うだけの力はない。
『人形と視界が共有できる』こと以外俺は、無力だった。
その看護婦は、メスのようなものを持って静かに現れた。
それから十分ほどして、俺はある部屋に入れられた。
そこは、放射線室。手足を縄でぐるぐるに縛られて、侵入の時に着ていた水色のブレザーは、いたるところがメスでボロボロに切り刻まれていた。
そんな俺の目の前に現れたのが、一人の医者。
白衣を着て深緑の帽子をかぶり、口髭をはやした中年男性。
強い威圧感を放ち、俺の事を見下していた。
「こんなところに何の用かな、学生無勢が」
やや睨むように、口元だけ笑っていた。
目から感じるのは殺意、こいつはやばいと本能で悟った。
そして手に持っていたのが、昨日ようやく完成した車いすに乗った笹川 千影のフィギュア。
「俺のコレクションに、汚い手で触るな!」
「状況が、お前は分かっているのか?」
医師は、迷うことなく俺を蹴り飛ばした。あずさのよりは、痛くないか。
「それより、この女を探しているのだが、どこにいるかわかるな?」
そういいながら、医師は嫌すぎる笑みを浮かべた。
その時、こいつの名前がはっきりとわかった。
こいつが噂の雄条医師か、授頼先生や笹川が嫌いなのも分かる気がする。
「さあな」
「とぼけるな!」
さらに俺は二、三発殴られ、そのまま床に倒れこんだ。
その時、俺のブレザーのポケットから一体の人形がゴロリと出てきた。
その人形は、俺が優香にもらったあの赤い服を着た人形。
俺は、優香からもらって肌身離さず持っていた、形見のようなお守りのようなもの。
手を伸ばそうと、とろうと思ったが、両手が縛られて動かない。
だが、やつは次の瞬間俺の目が疑うようなことをした。
「白状しろ、出ないとお前の記憶は、すべて消えるぞ」
俺の一番大事にしていた人形を、ためらいもなく踏みつけた。俺の顔は、固まった。
目の前で踏まれた人形、口を開けたまま、俺は動けなかった。
いくつも作る人形の中で、それだけは失いたくない。
やや古ぼけた着せ替え人形の首は取れ、俺の目の間に転がっていた。
それと同時に、悔しさと悲しさが押し寄せる。
でも、両手両足を完全に縛られて身動きは取れなかった。
「マジ……」
「白状しろ!」
雄条の声は、俺に耳にもう届かない。
俺の首元をつかみ、詰め寄ったが俺の魂は抜けたような顔をしていた。
もうそれからしばらく雄条から殴られたが、痛みすら感じることなく気を失っていた。
それからというものは、よく覚えていないが、気がつくとあずさが駆けつけてきた。
織香先生の連絡網を聞いて、駆けつけたらしい。
そんな俺は命拾いしたが、俺の壊された人形は残ったまま。
心に不安がありつつも、あれから一週間がたっていた。
いつも通り、俺は学校に通っていた。
首にカメラをぶら下げた俺は、三年生の教室に佇む。
普段はねくらな俺は、周りにあまり友達がいない。
授業も終わり、放課後。ほとんどの生徒が、帰り支度と部活に向かうべく動いていた。
「園川、おーい」
声がする用だけど、どこかわからない。
あの件以来、俺は本当に魂が抜けたような、気がしていたから。
「園川!客、来てるぞ」
でも、授業が終わった俺は、そのまま呆然としていた。
あの大切な人形は戻らない、どうしても戻らない。
そのことが、俺の心に埋まらない空白を作っていた。
「園川!」
俺は近くの男子から強引に肩をつかまれて、振り返らせた。
「あっ、なんだ?お前は知らんぞ。名無しのA君」
「俺は知らなくても、あれは園川の知り合いだろ、呼んでるぞ」
A君?本当に名前は知らんが、俺がその方角を指さすと、そこには深緑ブレザーの長峰 あずさがいた。
「ちょっとあんたに話があるの、付き合ってよ!」
いつも通り、腕組みをしたあずさに無理矢理連れて行かれたのだった。
無理矢理、歩かされること数分。
学校の中庭、荒っぽく俺をつかんだ俺に、いつも通り深緑のブレザーを着たあずさは険しい顔を浮かべていた。俺は、三年だから水色のブレザーだけどな。
「ねえ、なんで来ないの?」
「なんの、ことだ?」
「『織香部』よ!」
そう、俺はあの病院の一件以来、『織香部』に足を運んでいなかった。
顔をズイッ、と近づけて挑発的に腕を組んだ。
睨みつけて怒っている顔を、俺は困った顔で見ていた。
彼女は、こう見えてもアイドル。芸能事務所にも、ちゃんと属している。
かわいい部類の顔は、俺の鼻と当たるぐらいの距離にあった。
「今は、そんなんじゃない」
「あたしだって、妹を失って辛いんだからね!」
あずさの言葉に、俺の心はなんだか苦しくなった。
そういえば千影を助けることは、あずさの妹を失うことと繋がっていたからな。
「あんたは、おかしいわよ!」
「俺だって、あの時、妹を失った」
俺の放った一言は、あずさを苦しめた。それが、すぐにわかった。
――二週間ほど前に、あずさは一人の病室にいる女の子を助けてほしいと言ってきた。
彼女の名は笹川 千影。東城学園の生徒だが、ほとんど学校に来ていないという。
彼女は、『奇石』というへんな石で、胡桃というあずさの妹を存在させていた。
その千影は、あの病院で治療され、彼女の中にある『アビ』を強引に摘出され結果、千影の寿命を削っていた。
そこで、『人形遣い』の『アビ』を持つ俺が、病院に侵入した。
カルテを手に入れるため、そうすれば、『破壊の皇帝』というウチの部員が、何とかしてくれるから。
病院側から授頼先生という協力者が、笹川 千影の病の正体を話してくれた。
その時、千影は交通事故で失った下半身と、あずさの妹胡桃の上半身をつなぎとめて命をつなぐ大きな実験をしたと白状した。
それは、影から人間をつくる実験を行っていた。
人が持つ影を、具現化して別の人間を作り出す魔法のような実験。
でも、千影には病院側に埋め込まれた『奇石』があった。
交通事故の治療と偽って、埋め込まれた人工的な『奇石』。
千影の体に埋め込まれた『奇石』で、死んだはずのあずさの妹、胡桃が生き返った。
千影は、もともと潜在的に『アビ』を持っていた。『影使い』というアビ。
影を操れるアビだが、応用したことで、『奇石』と化学反応して、亡骸から影を作って人を存在させてしまう。
でも、それは千影とつながった胡桃の命。千影が死ぬと、胡桃も死ぬ。
そして、胡桃が存在し続けると千影は死んでしまう。
逆にいうと千影の病気が治る条件として、胡桃の存在が消えることを教えてもらった。
千影の『奇石』を破壊すること、千影の影である胡桃を破壊することしかなかった。
あずさは妹の別れがすごく辛いだろうが、それでも千影を救う方法はそれしかない。
それを悠の『アビ』である、『破壊の皇帝』の力。織香先生が話した作戦。
名前が知っていれば、どんなものでも破壊できるとてつもない『アビ』。
だが『破壊の皇帝』は、名前の知らないモノを、破壊することができない。
そこで俺は再び病院に潜伏し、『奇石』の名前を知るためにカルテを探す。
そして千影を救うことは成功し、胡桃は死んだ。
あずさに看取られることなく、影となって――
そんなあずさは、自分が来ていて、俺が来ていない『織香部』にかなりの怒りを覚えているのだろう。
「あんたに、妹なんかいたの?あんなに、エロいことばっかりで」
「うるさい、小娘!」
俺はあずさを殴りたいが、ぐっと抑えた。あずさも、俺のことをきりっと睨んでいた。
「そこまでですわ、園川君、長峰さん」
そこにいたのが、織香先生。『織香部』の顧問。
優しい大人の女性は、きりっとした顔で俺とあずさを見ていた。
右腕には、いつも通りのピンク髪の赤ん坊プリカを抱えている。
ちなみに、俺は赤ん坊にはあまり興味はない。プリカという名前の、女の子らしいが。
「園川君、あなたの妹さんに会わせることをお約束しますわ。
入部当初の、あなたとわたくしの約束ですものね」
織香先生は、なんだかにこやかな顔を見せた。
そう、俺は『織香部』に入る条件として、妹のことを調べてくれる約束をしていた。
「ちょ、ちょっと、どういうことよ?」
「え~ん、え~ん」
だけど、いいところで織香先生が抱きかかえる赤ん坊プリカが、泣き出した。
ピンクの髪の、かわいらしい赤ん坊。
しかしこの赤ん坊は、俺なんかよりも、もっと凄い『アビ』をもつ。
戦争の火種に、なるぐらいだからな。
「よしよし、プリカ様。とりあえずみなさん、数学準備室に戻りましょう」
織香先生は、妙に納得した風の顔を見せ、そのまま先に校舎に戻っていった。
あずさと俺は、お互いの顔を見合わせてすぐにそっぽを向いた。
数学準備室は、いつも通り。
ぼさぼさ銀髪の草食系の男子、皇 悠。彼は部屋の隅で、おどおどしていた。
ポニーテールの夜奈月 椿は、織香先生が戻るやいなや、かわいいプリカの頭をなでてばっかり。なぜこいつは、かわいいものが好きなのかいまだに分からない。
かわいい部類の小学生、広州 伊豆奈はちょっと顔が赤い。
最近、好きな人ができて恋をしているらしい。
それと数日前までいた笹川 千影は、今は別の病院に通院していた。
東城の生徒なので、いつでも会える。体調は、驚くほどに回復しているようだ。
そんな『織香部』、白いカーテンで椿と織香先生、伊豆奈の三人がプリカを抱いたまま入っていく。いつも通りの、授乳タイム。
「部長、大丈夫ですか?元気ないですよ」
皇から、声をかけてくるなんて珍しい。明日は雨だな、これは。
「大丈夫だ、カメラは忘れていない」
俺はいつも通り、カメラをぶら下げていた。これは、資料をとるのに必要だ。
だが、最近はそんな資料をとる気さえ薄れていた。俺にとっては極めて重症。
俺も、千影と同じ病院に行くかな。
あずさとは、相変わらず不機嫌な顔を見せていた。
あずさは耐えられないか、口を真一文字に結び、携帯を見ていた。
「ふん、こっち見ないでよ!」
そんなあずさとは対照的に、白いカーテンがもこもこ動いていた。
どうやら授乳をしているようだな、ってしまった。
今は、あずさがこっちにいるってことは、天敵がいないのだ。
ならば……、いかん織香先生も天敵だ。
などとおもっていると、突如白いカーテンから伊豆奈が出てきた。
唯一の小学生部員、ショートカールの女の子が出てきて、俺のほうの足元にすりよる。
「パパ、元気ないよ。もしかして、浮気でもばれたの」
そして、伊豆奈は子役だ。完璧なまでの演技で、上目遣いの小学生は俺を見てきた。
「お、おい……」
「伊豆奈を、見捨てないで。パパとママは、いつまでも一緒だよね」
その臨時のママ役は、どうやらあずさらしい。
伊豆奈にしては手が込んでいる、織香先生の入れ知恵か。
「な、なにしているのよ、伊豆奈」
「ママは、パパが嫌いなの?」
伊豆奈のウルウルした目は、どこか哀愁を漂わせる。
涙さえにじませた瞳、なるほど役者は泣くのが早いほどいい役者というのも頷けるな。
「な、なによ。変な趣味を持つこんな部長、嫌いよ。なんか文句ある!」
そんなあずさは、伊豆奈のウルウル視線に耐えたのか、吐き捨てるように言った。
その言葉に、俺は驚愕した。そう、あの時を思い出したから。
「お前は、こんな趣味を持って、理解ができない。お前とは、離婚だ!」
そう幼い時にパパが、はっきり言ったあの言葉。
俺と妹を、別れさせたあの言葉を聞いて、
「ふざけるな!」
俺は反射的にあずさの顔を、思いっきりひっぱたいた。
いきなり叩かれたあずさは、驚いた顔でほほを抑え俺の顔を見た。
そして、俺は殴った瞬間に後悔が残った。
「あっ!」
「な、なによ、まだ怒っているの?」
「ごめん、長峰」
俺は取り返しのつかない悪いことをしてしまったことに、素直に謝った。
あずさは、本当は何も悪くない。
ただ俺がその言葉を、勝手に思い出して手を出しただけのこと。
「ごめんで済まないわよ、あたしはあんたに千影を助けてもらって感謝しているの!
それなのに……心配で」
矛盾した二つの言葉、彼女の頭の中もごっちゃになっているのだろう。
「長峰さんが、一番園川君のことを心配されていたのですわ」
カーテンの中から出てきた織香先生が、またもいいタイミングで割り込んできた。
隣には、椿が下着姿でプリカを抱きかかえている。
「そうだよ。あずあずも、あたしも悠も、伊豆奈ちゃんもみんな心配だったんだよ。
学校で声かけても、部活に三日も無断で休むし」
「うん、『織香部』はみんなで悩みを共有するって。そのための部活……」
「俺のは、関係ない!」
俺は吐き捨てた。セリフを遮られた皇は、ひるんだ顔を見せていた。
「先輩……」
「俺は、もう帰って人形を作らないといけない!」
「先輩は、妹さんがこの学校に入ったことをご存知ですか?」
それでもあきらめずに、皇が言った一言。
帰り支度をしようとした俺の動きは、一瞬にして止まった。
妹、幼いころに生き別れになってそれ以来、全く会っていない。
気弱な皇から、まさかそんな言葉が出てくるとは俺は全く思わない。
「どういうことだ、皇!」
迷わず俺は、皇のブレザーの首元を乱暴につかんだ。
そして、なんで皇が知っているのか知りたかった。
「苦しい、この前、たまたま……」
「悠が、死んじゃうよぉ」
プリカを抱いたままの椿が、割り込んできた。意外と力あるな、こいつ。
俺は、皇とあっさり引き離された。そんな俺を、険しい顔で睨みつける椿。
皇は、二回ほど咳き込んでいた。
「園川 優香さんは、ボクがこの前、たまたま美術の授業で一緒になったから」
「本当か?」
「本当です、間違いありませんよ。
ずっと一人で、絵を描いていましたから。おそらくは……」
皇は、そのあと俺に対してある情報を教えてくれた。俺は皇の話を、生まれて初めて熱心に聞いたのだった。
そこは、学校近くの文房具屋。
俺の商売道具を買う文房具屋とは違っておしゃれな外観。
見た目ブティックや、洋服屋に見えてしまうショウウィンドウ。
そんな、高級感漂う三階建の文房具屋に、部活が終わって来ていた。
「こんなところに来るのか?」
俺は、皇の話を半信半疑で来ていた。
周りは、高級なボールペンや万年筆なんかが置かれていた。
どこか違う空気に、全く落ち着かない。
なぜ、こんな場所に妹があらわられるかわからない。
それにしても、気になるのが妹の姿。
十一年も過ぎていると、さすがに姿は見当もつかない。
(品揃え、悪いし、高いなここ)
俺がいつも愛用する文房具屋には、パテやフィギュア用の絵の具なんかがあるが、ここには普通の絵の具しかない。しかも、俺の持っている絵具より高額ときたもんだ。
(優香に会ったら、いい文房具屋を紹介してやろう。
優香は二年になって編入で入ってきて、町の文房具屋のこともよく知らないだろうし)
にしても、文房具屋で再開するとは思わなかったが、現れない。
現れないというか、いろんな顔を想像していた。
でも幼い時の、かわいい顔しか想像できない。
眼鏡をかけたママから想像するに、眼鏡姿の女の子が出てきた。
それとも太っているとか、もしくは椿並みにデカい女とか。
意外と可愛かったりして、それはないか。
などと想像していた、だめだ、顔が分からないのに探すのは無謀すぎる。
こういうのは、出会いのインスピレーションだけだ。
すると奥の方から、商品を探している女とぶつかった。
「あっ!」
「うわっ」
その女が持っていた、ボールペンが落ちてしまう。
これはもしかして、と女の顔を覗くと、
「えっ」
紫色の髪を縛った同じ年の少女が、そこにはいた。
顔は可愛らしく、可憐な声の持ち主は、丁寧に頭を下げてきた。
「お久しぶりなのです、園川先輩」
そこにいたのが、笹川 千影だ。車いすには、乗っていない。
東城の黒いブレザーを着ていて、優しそうに微笑む彼女の姿が見えた。
ちなみに黒いブレザーは、特進か夜勤の生徒の証らしい。
ちょっとドキッとしてしまうが、スカートの中のパンツが見えそう。
でも、左手でしっかり手で隠していた。なかなかやるな、などと思っていると、
「どうしましたか?」
「えっ、いや、もう歩けるようになったんだなと」
俺は千影の足元、スカートの中を覗こうとしたけど、うまく千影が、体を動かして覗かせまいと動いている。
やるな、おぬし。そんな千影はいつも通りに、にこやかな顔を見せていた。
始めて会ったときは、車いす。でも、今は自分の両足で立った千影。
『影使い』の『アビ』を持たない、普通の優等生な女子高生の千影。
俺たちが助けた少女の姿が、そこにはあった。
「もう、立ちましたよ。先輩、それはなんですか?」
すると、俺の股間もなぜか立っていた。やばっ、これは病気だ。
千影に指をさされ、無意識のうちに立ってしまった股間のソレを、なんとか落ち着かせてようとしていた。それにしても千影は、胸はデカいし、黒いブレザーが窮屈そうで、逆にそれが色気あるようにも見えた。
こいつ、病弱なんてありえんだろ。
セクシーなグラビアアイドルのような、色気さえあった。
「それは、なんですか?」
再び千影は拾って、買おうとしているボールペンで、俺の股間を指してきた。
「やめろ、つつくな!」
「何が、いけないのです?」
完全無欠の可憐な少女である千影の弱点は、病室でずっと暮らしたせいで、世間的にちょっとズレているところ。
男のコレを、本当に知らないのだろう。純粋な目で、俺を見てくる。
ヤメロ、見るな。めちゃくちゃ恥ずかしい。
あれだけ女のスカートを下から写真に撮る俺にとって、純粋すぎる天然女子のエロ発言だけは苦手だ。千影の声も顔も、めちゃくちゃ可憐だし。
だけど、そんな微妙な空気は、突如ある一言で打ち砕かれた。
「あんた、変態」
すると、明らかに俺を罵った声が聞こえた。
千影の背後にいた女性は、ものすごい形相で俺を睨んでいた。
赤みがかったミディアムヘアー、深緑のブレザー、やや小柄な女性。
「な、なんだ?こいつは?」
「ええ、この方は、園川 優香さん。昨日美術の時間で、知り合った方なのです」
千影は、さらりと紹介した。
その少女は、ものすごく険しい顔を見せていた。
腕組みをする姿は、誰かに似ていた。あ、俺の親父だ。
「ふーん、笹川さん。この人、私知っています」
「優香、お前が……」
思っていた以上に太ってもいなく、大きくもなく、眼鏡もかけていない。
それどころか凛としていて、ちょっとかわいい顔立ちの女子。
控えめなミディアムカットの女は、どこか強気な顔でしっかりした女子。
「笹川さん、行きましょう。この人、絶対変態です!」
「えっ、そうなのですか?私を助けてくれた、一人なのです」
「いいえ、違うわ。あそこに人形があるでしょ、あれが変態の証よ」
優香が、すかさず俺に指摘した。
いつの間にか俺は、大事な非売品のフィギュアを落としていた。
それは千影フィギュア十六分の一、車いすバージョン。
もちろん俺の完全自作。
肩を怒らせて、不機嫌極まりない顔の優香に、俺は立ち上がった。
「優香、待てって!」
「もう、知りません。あなたは二度と、私に声をかけてこないでください」
それは、最悪の出会いだった。優香は、千影を連れて文房具屋を後にした。
まるで俺から、過去の異物から、避けるかのように。
そんな俺は、咄嗟に優香の後姿を一枚の写真に収めたのだった。
俺は、いつも通り薄暗い部屋にいた。
学習机が置かれていて、その机に照らす明かりが唯一の明かり。
どちらかというと、俺の作業は周りか暗い方がやりやすい。
ここは俺の実家、そして俺の部屋、または俺の作業場ともいう。
俺の机には、赤く染まったティッシュがあったが、ごみ箱に投げ入れていた。
不機嫌な顔で、精神を統一させた俺は、一つ息を吐いた。
俺は暗い部屋の中で、今まさにある作業をしていた。
あの時踏まれて、壊れた着せ替え人形を治していた。
手には接着剤、震える手つきで人形の首のところに慎重に垂らしていく。
ちょっとでも接着部がズレると、接着剤が白く首の表面を溶かしてしまうので緊張感があった。しかし、これがうまくいかない。
「優香、待っていろ、今助ける」
でも、それは優香じゃない。あくまで、かつての優香からもらったもの。
慎重に細かい作業をしていたブロンズヘアーの少女は、やはり何事もなかったかのようにほほ笑んでいた。
それは非常に、酷なこと。
首がとれているのに、やや顔が歪んでいるのに、笑っていた。
俗社会、世間と全く違うファンタジーの世界が、人形にはある。
パテを固め、新しい腕の部分を慎重につけていた。
実際の人間でも、まるで違う分身ができたかのようになる。
そして俺は、人形作りに熱中して『人形遣い』のアビさえ持っていた。
その俺が、人形に感情を込めないはずもない。
机の上のガラスケースの棚には、椿、あずさ、千影、伊豆奈、織香先生フィギュアがやはり嬉しそうな顔をして飾られていた。
もちろん、全員『織香部』に現れる姿かたちで。
そのまま、保存されてガラスの中に入っていた。
「いつかは水着姿を作ってみたいが、なってくれないだろうな」
などと思いつつも、もうすぐ七月になるカレンダーを見上げた。
「それより、完成させんとな。優香のために」
だけど、その優香とは最悪の再会をしてしまった。
俺は、どうしたらいいかわからない。迷っていた。
接着剤を、ピンセットでつまむ手が震えていた。
反対側の頭のほうに、今度は接着剤を垂らす。
「俺は、優香と会って何がしたい?謝るのか?」
そこに、やはり細かく割れたプラスチック部分を、くっつけようとしていた。
「優香は、俺と会いたがっていない、そんな気だったぞ。どうする、俺?」
細かい破損した首をくっつけたとき、俺は背後から途端に気配を感じた。
「てっちゃん、ご飯よ~」
そこには、ドのきつい眼鏡をかけてエプロン姿の女が立っていた。
いかにもオタクオーラを放つ彼女は、俺の母親だった。
次の日から、俺は真面目に『織香部』に来ていた。
というより、皇に会いたかった。男に、会いたいと思ったなんて、俺は重症だ。
皇は俺の妹に会っているから、何か知っていると思えた。
数学準備室にやってきた俺は、皇の姿を探した。
が、なぜか全員変な格好をしていた。
「おい、これはなんだ?」
「え~、やだよぉ」
椿は、なぜかもじもじしながら水着姿をしていた。
大きな体と健康的な肌に、ちょっと小さい胸。恥らう椿が、かわいく見える。
「なんで、あんたが水着姿なのよ!」
そういうあずさは、なぜか着ぐるみを着ていた。
「あずさちゃん、かわいい」
椿は、あいかわらずとろけだしそうな顔を見せていた。
そうなのか、あれって目玉が飛び出ているし、口がすごく開いているし、おまけにしっぽまで生えた黄色い生き物だぞ。
なんか子供向けの特撮で、あんな怪獣がいたような気がするな。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
そういって伊豆奈はいつも通りではない、黒いメイド服で現れた。
あれは知っているぞ、伊豆奈が前に中間試験のお手伝いできたメイド服だ。
「まあ、みなさんの、コスプレ用意完了しましたわ」
そんな織香先生は、なぜか西洋鎧を着ていた。
「これは、またレアな」
「今日は、園川先輩のカメラ小僧心理をついて、コスプレパーティを行いますの」
織香先生は、にこやかな顔を見せていた。
そのままレプリカの剣を抜いて、俺に顔に剣先を向けてきた。
「さあ、たっぷり、カメラを撮ってくださいな」
「どっから、こんなコスプレを……」
「わたくしの旦那が、持ってきたのですわ」
ふむ、素晴らしい趣味だな、織香先生の旦那は。
前に伊豆奈のメイド服を持ってきたときに、織香先生の旦那はIT企業の社長という話を聞いているぞ。ほかにも、肩書があるらしいが。
「そういえば、皇は?」
「ちゃんと、来ておりますわ」
「悠は、あそこだよぉ」
水着姿の椿が、なぜか小さい胸を隠しながら指さしていた。
そこには、灰色の棚に同化して、一生懸命固まっている皇の姿があった。
俺たちの言葉を聞いて、背中がびくんと動いた。
よくみたら、皇は灰色のタイツを着ていた。なぜタイツ?謎が少し残った。
「ほら、悠、あんたも」
あずさが皇のほうに近づくが、つぶれた足が歩きにくいのか、着ぐるみで大きくこけてしまう。
こけたあずさは、両手で自分の大きくなった体を支えようとしたけど、手が出ていないのでそのまま倒れていく。
同化した灰色タイツの皇の上に、着ぐるみが覆いかぶさった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
皇の上にのしかかった、あずさの着ぐるみ。
反射神経の鈍い皇が、あずさにのしかかられた。
「これ、重いわよ」
「何をなさっているのですか、お嬢様。はしたないですわ」
伊豆奈は、やや毒のある視線で二人を見ていた。
なんだか、小ばかにしているように見えていた。
「今ですわ、シャッターチャンスですの!」
「ああ、そうだな」
俺は迷わず、首からぶら下げたカメラを構えて、カメラのシャッターを押そうとおもったけどためらっていた。
そんな俺を西洋鎧の織香先生は、隣でじっと見ていた。
あずさは、重い着ぐるみがあいなって、なかなか起き上れない。
それどころか、悠のほうをじっと見ていた。固まっているぞ、あずさ。
「どうしたの?」
「えっ、あっ」
悠の公認恋人でもある椿は、不安そうに見ていた。
そういえば椿に悠が、告白したんだってな。みんな知っているけど。
「なによ、あんたね、千影を助けたじゃない」
「重いんですけど」
そんな悠は、いつも通りに赤い顔を見せていた。
「あんた、なんでそんな、弱そうな顔をしているの?」
そんなあずさに対し、椿と伊豆奈が着ぐるみあずさを起こそうとした。
「えっ、ああ……」
「ほら、あずさちゃん大丈夫?」
「デカすぎです、皇先輩が死んでしまいます」
苦しそうな顔を見せて悠は、もがいていた。
あの着ぐるみ、見た目通りに純粋に重いんだろうな。
「ほら、起きなさい」
「えっ、重いよぉ」
そんなあずさを引き上げようとしたけど、背中に引き上げられず椿と伊豆奈は後ろに倒れる。外れたのは着ぐるみの手の部分だけで、後ろに倒れていった。
「うう、痛いよぉ」
「も、もうしわけありません」
伊豆奈、いいアングルだ。
こいつ研究しているな、などというパンツが見えそうな倒れ方をして見せた。
みんなが、倒れて立ち上がろうとしていたけど、着慣れないコスプレのおかげか、うまく立ち上がれす悪戦苦闘。
「部長、何とか起こしてあげてください!」
「そうよ、ぼけっとしないで何とかしなさいよ!」
などとみんなの声が響くが、俺はそれを実に満足げに眺めていた。
結局、最後まで俺は首にぶら下げたカメラを、使うことはなかった。
あれから三時間、部活はあっという間に過ぎていた。
俺は、今二人でファーストフードにいた。そんな俺の隣を歩いていたのが、
「椿、なんで俺を呼んだ?」
織香部でも、背の高い女子の椿だ。
活発的なポニーテール少女が、俺を誘うのは珍しい。
なんだか、椿はいつもにはないにやにや顔をしていて、かなり気持ち悪い。
「ねえ、先輩」
さっきまで水着姿の椿は、ブレザーに着替えて、俺を見ていた。
「皇とはいいのか?」
「悠は、あずさちゃんのほうに行っているから、買い物につき合うとかで」
「ふーん」
「先輩は、将来何になりたいんですか?」
「いきなり唐突だな。どうしたんだ?」
椿がやや、もじもじしていた。なんだ、ちょっと変な気になってしまうぞ。
「言っておくが俺には妹がいる、勘違いするなよ」
「えっ、そうだね」
しかし、椿はなんだかうれしそうな顔を見せた。
こいつ、ちょっと変だな。じーっと逆に観察をする。
「先輩は、妹さんと話をしたんですか?」
「何が言いたい?」
「優香さんのこと、私も知っていますよ。先輩のこと、悪く言っていました」
椿の言葉を聞いて、俺はしかめっ面を見せた。
「なんだ、そんなくだらないことを、俺に言いたいのか?」
「なんで二人は、そんなに仲が悪いの?」
椿の質問に、俺はちょっとだけ考えたが、
「そんな馬鹿な質問するな、それだけか?」
「ずっと、一緒にいなかったんでしょ」
椿は、なぜかそのことを知っていた。
織香先生が言ったと考えれば、不思議ではないが。
「どういうことだ?今日の部活といい、なんだかみんなおかしいぞ」
「それは、先輩がおかしいから」
椿の言葉に、俺は思い当たることがたくさんあった。
「今日の先輩、すごくまじめだし。
普段のエロオーラを出さない先輩は、先輩らしくないなぁ。
ううん、今日だけじゃない、病院に潜伏したあたりからずっと」
「真面目に、なるときも……」
「嘘だよ!」
椿は、なぜか立ち上がった。握った握り右拳と、険しい顔で俺を見下していた。
「じゃあ、先輩の腕は、なんで傷だらけなの?」
大きな少女の椿は、強引に俺のブレザーの裾をとった。そこは、無数の切り傷。
「我慢しているでしょ、先輩。もう、耐えるのをやめましょう!」
「ああ、そうだな」
俺は立ち上がり、椿の胸のあたりをさわってやった。
小さな胸を、わしづかみにされた椿は、普段と違い険しい顔を見せていない。
むしろ、柔らかな顔を見せていた。
だけど、周りにいる女子高生の冷ややかすぎる視線が、ピリピリと俺に突き刺さる。
「悔しいんだよ、変態と妹に言われて、やっと会えたのにすごく嫌われて!」
「先輩、ずっと耐えていたんだね。よしよし」
椿が、俺の頭をなでた。それは、母親になでられたそれと同じものだった。
なんだか怒りとか、悲しみとか、悔しさとか、すべてが忘れられるそんな感覚。
甘く、酸っぱい感覚が、俺を支配する。
それと同時に、俺のエロ神経が刺激されて、椿の胸のあたりに手を伸ばしていく。
「あたしもね、先輩みたいに憧れている兄じゃない「お兄ちゃん」がいるんだよぉ」
「椿……」
椿の言っている意味は分からないけど、しっかりと椿は、俺の胸を触る手をはじいた。
「必ず助けてくれて、かっこよくて、立派で、たくましくて、大きくて、そして誰よりも強い。そんなお兄ちゃんが、あたしもいるんだ!」
その話をする椿の顔は、ものすごくうれしそうだった。
「でも、その「お兄ちゃん」と今はもう会うことができない。
できないの、人を殺めちゃったから。
ねえ、そんな時、妹はどうすればいいの?会いたいよぉ「お兄ちゃん」」
椿は、逆に泣き出しそうな顔をみせた。
泣くのをこらえているけど、やっぱり泣いていた。大粒の涙が、あふれ出る。
「今の優香さんも、ひっく……きっと会いたがっているはず……だよ」
「俺は、面とむかって……」
「そんなの、……ひっく……意地。
本当の妹なら……、どんな理由で別れていても……会いたいはず」
椿の涙は、やけに澄んでいた。妹に会うことをためらう俺は、少しだけ紛れた。
そんな俺と椿は、ファーストフードで頼んだハンバーガーセットやシェイクを食べ終えることなく後にした。
俺には、優香に対しての甘い考えがあったのかもしれない。
それは向こうが、俺に対して会いたいという気持ちを持っている期待。
でも、あの時の優香は俺をはっきり嫌っていた。
まるで父親が、母親を嫌っていたかのように。それを知ることが、怖かった。
「そうだ、今度こそ俺の本当の姿を見せよう。
本当は、椿の言うとおり意地はっているだけなのかもしれない」
夕日が沈むころ、俺と椿は色違いのブレザーを着たまま歩道を歩いていた。
椿は女子寮で、どういうわけか織香先生と暮らしている。
俺は実家だから反対方向だけど、なんだか助けてもらえた椿に感謝の意味を込めて寮まで送っていくことにした。
「じゃあ、ここで、部長また明日」
「ああ」
寮の入口にある広場まで送って、別れるちょうど間際、寮の道路そばの電話ボックスで、二人組を目撃した。仲のいいカップルというよりは、ナンパとその女という感じ。
「あれは、優香」
そして、俺は優香が向き合う相手を見ていた。
その相手は男、そして二十代の背の高い男だけど、色黒。
髪を金に染めて、いかにも遊び人といった感じ。
その遊び人風の男は、優香に楽しそうに話しかけていた。
でも優香の顔は、なぜか困惑気味な顔を見せていた。
「なんだ、いやな感じだ」
「先輩、いろんな意味でチャンスかも」
椿が、にやにやとしながら俺の背中を、文字通り両手で突き飛ばした。
椿、やはり力あるな、と感心しつつも少し前に進んだ俺から、声が聞こえてきた。
「なあ、今から俺と遊ぼうぜ」
「ごめんなさい、寮の規律があるので、あなたの誘いには乗れません」
「固いこと言うなよ、夜は長いんだ」
男は、にやついた顔で優香の左肩をグイとつかんで、自分の胸のあたりに引き寄せた。
「や、やめてください」
「おおっ、かわいいねぇ。強い女は好きだぞ」
「寮の門限が……離してください!」
優香の嫌がる顔がはっきり見えた、俺は迷わなかった。
「しつこいぞ、ナンパ野郎!」
「なんだ、お前?うざいやつが来たな」
「また来たの?」
優香は、俺に対して不機嫌な顔と、口をとがらせてみてきた。
大丈夫だ、いま俺が助けてやる。椿からもらったあの言葉が、あるんだから。
そうすれば、お前は俺に対する考えが変わるはずだ。
「俺は優香の兄だ、汚い手を離せ。さもなければ、この俺が相手だ!」
学生かばんを投げ捨てた俺は、拳を構えた。
「おおっ、お兄様かよ。けっ、この俺とやろうってのか?」
ナンパ野郎は、優香を突き放した。
優香は、少し離れたところで胸に手をやってこっちを見ていた。
(あとは、俺がヒーローっぽくこのナンパ野郎をぶちのめせば、優香が俺を見直してくれる。さすが俺!)
俺は問答無用で、ナンパ野郎を殴りかかった。
ナンパ野郎も、悪態をつきながら俺に対して殴りかかってきた。
結果は、三十秒後ついた。
「う、うそだろ」
これは、俺のセリフ。俺はボコボコにされて、地面にうつぶせに倒れていた。
ボロボロになったブレザー、かろうじて眼鏡は守ったが、顔にあざをいっぱい作った。
な、なんという展開だ、こういうのは想像していないぞ。
「たいしたことねえな」
「馬鹿じゃないの、変態」
なぜか、倒れた俺に対してもしっかり罵った優香。なぜだ、ありえん。
「さ、こんな馬鹿を放っておいて、遊び行こうぜ」
ナンパ野郎は、何もなかったかのように優香のほうに振り返った。
でも、優香は嫌がっているのか後ずさりをしていた。
「来ないで!あんたとは遊びたくも、絡みたくもないの!」
「いいだろ、かわいいし。楽しいとこ、俺いっぱいイイトコ知ってんだよ!」
ナンパ野郎が、俺の大事な優香に近づいていた。くそっ、もうだめだ。
俺の意識が、殴られて徐々に遠くなっていく。そんな時、
「待ちなさい、女の子をいじめちゃだめだよぉ!」
その声は、椿だった。
だけど、俺はその姿を見ることなく、そのまま重くなるまぶたに逆らえないでいた。
それから間もなくして俺は、やわらかい肌の感触で目を覚ました。
「ここは天国か?」
やわらかい女性のひざ、そこが俺の頭を乗せていたから。
「先輩、もう起きてください」
そこから、顔を覗かせたのが椿だった。
ちょっとほほが泥ついていたけど、にこやかな顔を見せていた。
「あ、えと」
「あたしの膝のお金は、高いですよ」
「違う、カメラ!」
すると、俺は椿に頭を小突かれて強引に起こされた。
体を起こすと、椿ともう一人の女の顔が見えた。
「うちの兄、最低ですよね。夜奈月さん」
そこにいたのが、ショートヘアーの優香だった。
やっぱり怒っているのか、クールを装っているのかわからないけど、俺に対しては、いつも通りきついことを言ってくる。
「エロいとこ、あるもんね」
俺は、カメラを構えた。でも、シャッターを落としても反応しない。
「残念でした、こういうこともあってロックかけてあるんですよ」
「くそっ、なんかこういう時は、隙がない」
「まったく、だから私は、あなたが嫌なんです」
優香は、あきれ顔を見せていた。そんな優香も、緑のブレザーか。
そういえば一個下だから、椿と同じ年になるんだっけな。
「でもね、いいところもあるんだよ。優しかったり、リーダーシップあったり」
「どうかしら?それより、夜奈月さん、助けてくれてありがとう」
優香は、俺に一瞥もくれず、椿に深々と頭を下げていた。
頭を下げられて椿も、まんざらじゃない顔を見せていた。
「あの人、最近しょっちゅう私に絡んできて、困っていたんです」
「そう、また絡まれたらあたしに声かけてね。
あたし、こう見えても殴るのはかなり得意だから」
おい、どんな得意だ。どストレートに怖いことをいう女だ、椿は。
「それでは、また学校です。夜奈月さん、ありがとう!」
優香は、やっぱり椿にだけ笑顔を振りまいて去っていった。
そんな椿も、優香の後を追いかけるように、女子寮に戻っていくのだった。
(いったいなんだったんだ、さっきまでは)
しかし、近くの電話ボックスが、何か鈍器のようなものでガラスが、割られていたのが見えた。俺の背筋が、途端に凍っていた。
俺は、敗北感があった。
敗北感があった俺は、傷を癒すために自分の部屋に戻っていた。
真っ暗な部屋で、机の明かりだけが明るい。
パテを切るカッターナイフを持って、机に向かっていた。
今日もやるのか、優香に好かれない自分を傷つける行為。
傷を癒すために、傷つける矛盾した行為。
自分の手の甲に、歯を向けていた。
「先輩、耐えるのをもうやめましょう」
椿の言葉が、なぜかぶれた。カッターの刃が俺の腕に刺さる寸前、そこで止まった。
(空しい……だけ)
刃を離して、ケースに飾ったブレザー姿の椿フィギュアを手に取った。
このフィギュアは、椿シリーズ。ちなみに今は、マークツゥーまで作ってある。
罪滅ぼしにこいつの水着でも着させるか、とにかく思い出そう。
しかし、数学準備室でのことが思い出せない。
やはり、カメラを撮っておけばよかったと後悔だけが残った。
物思いにふけり、机に向かった俺は首に人差し指を当てて考えていた。
すると、俺の背後のドアが開いた。
「俺はお前のことが忘れられない。お前以外、何も入らない」
「そうか、ボクも君が大好きだ。さあ、契約の口づけを」
そんな声がすると思うと、裸の男のフィギュア二体が、体と体を交わらせていた。
そのフィギュアを持っている手を見ると、そこに見えたのが眼鏡をかけた女。
ぼさぼさの髪で、エプロンをつけていた女がそこにはいた。
「なんだ、母親か」
「ドライな反応ね、てっちゃん、ごはんよぉ~」
にこやかな母親に対して俺は、机に引き出しにカッターナイフをしまっていた。
母親の職業は、OL。でも、家事もこなす、仕事もできる万能なOL。
俺は自慢じゃないが、母親について行ってよかったと今でも思っていた。
ただ母親は、普通のOLではない。
いつも通りに、普通の食事が運ばれてきた。
「さ、冷めないうちに」
「ああ」
そんなママは、テーブルにあるパソコンを見ながらご飯を食べていた。
食事をしながら、マウスを動かす様子はいつも通りで、手慣れていた。
「てっちゃん、今度の学園ものだけど、誰が好み?」
そういって、ノートパソコンを見せてきた母親。
画面には、美少年の顔がずらりと並ぶ。
「俺はこいつかな、なんかかっこいいし」
「う~ん、草食系ですか。なかなか見る目あるわ、さすがあたしの息子。
この子のフィギュアが、今度出るんだよ。欲しいし改造したい」
そう、母親はフィギュアの改造を得意とする。
「あっ、魔改造『傀儡師』サークルからメールだって。待ってね」
そう言いながらも、母親はパソコンを自分のほうに向けていた。
母親は、魔改造の使い手である。
魔改造とは、フィギュアを特殊なペイントで裸にする改造のことだ。
俺のような、自作フィギュアクリエーターとは違う。
まあ、裸に関しては興味あるが。
だがフィギュアは、服を着てなんぼだろう、俺にはそんな持論がある。
「ねえ、てっちゃん。今度、ホビーショウあるけど行かない?」
母親は、いきなり言ってきた。
なかなか連れて行ってくれないが、俺は思い返してみる。
(今は少し忘れよう、優香のことは)
そう、単に気分転換をしたかったから。
負けた傷をいやすには、やはりフィギュアしかない。俺は快諾した。
週末の日曜日、電車に揺られてついたのがフィギュアの祭典、ホビーショウだ。
都内の大型展示場で、年に一度だけ開催される。
いつも母親が一人で行くので俺は行くことも、存在よく知らなかったが不覚だ。
多くの人間とすし詰め状態の中、会場に入る。
そこでは、多くのメーカーが参加していた。
でも客層は、俺なんかより大人っぽい気もする。子供の姿は、ほとんど見えない。
おそらく食玩や、キッズトイのコーナーもあるからそっちに流れたのだろう。
間もなくしてママは、歩いて間もなく数人のグループと遭遇した。
「ようこそ破壊姫……」
そのあとのセリフは、オタクっぽい独特の暗号での会話が続く。
俺の母親は親しげに、グループの大人のメンバーと話し始めた。
さすがの俺も、話についていけそうもない空気を感じて母親と離れて、このショウを見まわることにした。
マップ片手に俺が気になったのが、『創作フィギュア展』リアルから、アニメまで。
よし、これにしよう。俺は、意気揚々と目的の場所に向かっていく。
そこのブースは、確かに精巧に作られたフィギュアが並んでいた。
かわいい女の子や、恐竜、はたまた車や赤ん坊まで多種多様。
「こいつは、見事だ」
俺は、一つ一つを眺めてため息をついたり、自分の技術の未熟さを知ったり、フィギュアの奥深さを知ったりした。
でも、一個一個のフィギュアが個性を主張していて全然飽きない。ここはパラダイス。
時間が過ぎてあっという間に一時間が過ぎたころ、ほかにも面白そうな場所をマップで探すことにした。
そんな展示ブースを抜けると、人だかりができていた。
(なんだ、なにかあるのか?)
だた、興味に誘われて向かった先には、コスプレの写真撮影会があった。
(これは、俺が求めているもの!)
レアものコスプレに、興味津々。コレクター魂が、うずいて仕方ない。
もちろん大事に持っていたフィギュアを、作るためのカメラを持って、撮影をしていた。モノを語らない、俺の相棒だ。
アニメのキャラが、やっぱり多いな。アニメはよくわからないが、かわいい制服や、かわいいメイド服、そしてかわいいアイドル服の写真をいっぱい撮りまくった。
(大体……終わったか)
などと思っていると、さらに集まっているところがあった。
(あれで、終わりにするぞ)
などと最後の人だかりに行ったとき、そこには二人組が周りに囲まれていた。
正確には、一人の母親と娘。
真っ白のドレスを着ていた織香先生と、ピンクのベビー服を着たプリカだった。
「お、織香先生!」
「まあ、やっと見つかりましたわ、園川君。ずっと、探したのですわ。
ですが、なぜか撮影会になって、実に不愉快ですの!
わたくしは、見世物なんかではありませんわ!」
不愉快そうな顔を見せると、逆にカメラ小僧の心を揺さぶってか、横顔にシャッターが切られた。
こうしてみると白い肌と、整った顔立ちはどこかのお姫様に見えてしまう。
「それより、あなたとお話がありますの。実は……」
織香先生が話すが、パシャパシャ撮られていて話どころではない。
不愉快顔の織香先生は、走りにくそうなモノクロのドレスのまま俺の手を引っ張った。
「こっちで話しますわ。皆さんは、もう来ないでくださいな!」
「ばぶばぶ」
織香先生に、俺は手を引かれて歩いていく。
しかしカメラ小僧の執念は見事で、追いかけ回されていた。
それから二時間もの間、歩き回って、なぜか俺は、織香先生と一緒に会場内にある喫茶店にいた。
すでに昼も過ぎていて、もうすぐ三時。
四時終了のホビーショウは、入場が締め切られる時間になっていた。
「なんでコスプレではなく普段着で来て、こんなに人の注目を浴びるのです?」
やや不満げな顔で、俺の前に座っていた。
一応、織香先生はコスプレと普段着の識別はしているらしい。
アイスミルクを飲みながら、不機嫌そうに愚痴っていた。
でも白と黒のフリフリのドレスなら、童話の世界や、アニメの住人にしかどう考えても見えない。あ、『ゴスロリファッション』ってやつか。
「なかなか、妖艶ですよ」
「違いますわ、普段着ですの。見せるために、着てはいませんもの」
織香先生は歩き回って、疲れた顔を見せた。俺も、つきあわされてかなり疲れたが。
そんな織香に抱かれた赤ちゃんプリカは、心配そうな顔で織香先生を見ていた。
織香は、プリカの頭をなでていた。こういう時は、さすがに母親の顔を見せていた。
「さて、本題ですわ」
織香先生が、俺に向けて大人の笑みを見せていた。
「本題?」
「あなたの、妹さんの事ですわ」
織香先生が、また言ってきた。最近聞きすぎるその言葉は、嫌味にさえ聞こえていた。
「もう、いいですよ。俺の妹のことは」
「そうは、いきませんわ。『織香部』は、これから最終段階に入るのですから。
その前に、あなたにしっかりしてもらわなければいけませんの。
さあ、どうなのです、妹の優香さんとは?」
織香の言葉に、憮然とした顔を見せていた。
織香先生がこの部活を作った理由を、俺は知っているから。
彼女が抱えて解決する問題を、みんなで最後は解決をするのが最終目的。
そこまで、俺は部長としての役目を全うすることが俺の理由。
「まったくだ!」
「彼女は、本当は困って……」
「うるさい、何が困っているんだ?」
「愛は、屈折しますの。本当は会いたいと思っていても、求めても、時として突き放してしまう、そういうものなのですわ。これは、『ツンデレ方程式』と言って、わたくしが導いた方程式ですの。
園川君、本当は彼女のことが好きなのでしょう、会いたいのでしょう」
「優しく見守っていければ、それでいい」
「嘘ですわ!」
なんで、こんなに織香先生はおせっかいなんだ。
「ならばなぜ、あの人形を捨てないのです?」
その言葉に、俺は着せ替え人形を出していた。優香にもらった、あの人形。
俺が人形に惚れ始めた、きっかけを与えてくれた着せ替え人形。
「人形は、何かに投影され、生まれていくものですわ。
あなたの人生は、あの妹さんを、心の支えとしてずっと生きていましたのね」
「そうだな、俺は」
「ならば、当に結論は出ていますわ。彼女は今、あそこにいるはずですの……」
織香先生は、にこやかな顔で教えてくれた。俺は、織香先生の次の言葉を待っていた。
俺は、夕暮れの公園にやってきた。そこは、学校の途中、寮との間にある大きな公園。
日が傾く公園、晴れたこの日はジョギングしている若い女性、ドッジボールをしているガキども。
ほかにはベンチでいちゃつくカップルに、絵を描いている人がいた。
その絵を描いているベレー帽の人物に、見覚えがあった。
「優香」
俺は、やっぱり声をかけた。清潔感のあるシャツに、ベレー帽をかぶった優香は、キャンバスに向かって座っていた。椅子に座ったまま、絵を黙々と絵を描く。
「今、忙しいから、後にしてくれない?」
「優香、お前と話がしたい。どうして俺を、そんなに避けるんだ?」
優香は筆を止めないで、黙々とキャンバスに向かっていた。
「私、パパにそう言われたの。兄とは二度と近づくなって。
変態だから、ママと一緒にいておかしくなっているから」
「本当に、そう思っているのか?」
俺の語尾を上げた声に、優香の筆はぱたっととめた。
でも、顔をキャンバスに向けたまま。深く息を一回吐いた。
「そうよ、なんか文句でもあるの?」
「ああ、何も知らないでお前は、よく言えたな!」
顔をこわばらせて俺は、迷わず優香の肩を強く握った。
「変な趣味を持っているのが、変態でしょ!」
「変態じゃない、立派な大人だ。
今はそういう集まりもあるし、差別の対象にはならない!」
「だけど、それがママの趣味だったら……子供は親を見て育つの」
「認めろよ、お前の母親だろ!」
言いたかった、母親はそれを父親に隠していたことも。でも、それではいけない。
人は、もっと欲望に素直にならなければならないんだと。
「でも、それは……」
「そこの彼女、俺とお茶しない」
すると、優香の奥の方からサングラスの男が現れた。
アロハシャツを着て、金髪に染めた男。
優香の顔が、さらに引き締まった。すぐさま優香に近づいた。
強引に優香の腕を引っ張り、にたにたと下品な笑みを浮かべた。
そう、電話ボックスで絡んでいたあの男。前みたいに相も変わらず、絡んできたな。
「今、機嫌が悪いの。どこかいってくれる?」
優香は、ぱしっとナンパ男の手をはたいた。
だが、そういう男は逆に興奮してか、からんでくるのが常。完全に逆効果だ。
「おっ、いいね。今日はノリ最高だぜ」
「馬鹿じゃないの?って、ああっ!」
ナンパ男は、強引に優香の手を引っ張った。
優香は手首を痛そうに顔をゆがめたが、男は優香の苦痛の顔をむしろ嬉しそうな顔で見ていた。そのまま優香を強引に立たせ、腰に手を回す。
「さ、俺といいとこいこうぜ。楽しませてやっからよ」
「まて、その汚い手を、離せ!」
俺はやはり迷いなく、立ちふさがった。
前回、この男に歯が立たなかったが今回は違う。
織香先生に励まされたから、優香をとられるわけにはいかない。
邪魔をされたくない、こんな汚い男に。
「なんだ、お前。また、やられに来たのかよ?」
「優香に、手を出すな!」
俺は、振り返った男に顔面めがけてパンチを打った。
先手必勝、情けないが不意打ちに勝機を見出した俺は、殴ることにした。が、
「は、なんだ?この、へなちょこは?」
顔面に俺の拳が命中したけど、男はビクともしない。
それどころか、俺の手首が逆に痛かったりする。
「い、いてぇ」
「おい、てめえ、謝れよ!」
すぐさまひるんだ俺の首根っこを、鷲づかみにつかんでくるナンパ男。
「兄さん、あきらめたら。もう、何を言ったって……」
気落ちした優香は、ため息をついていた。そのまま俺は、ナンパ男にボコられていた。
あの時みたいに、椿はいない。
周りにいるのは、俺と優香とナンパ男。
人影まばらな夕方の公園に、俺が殴られる音だけが聞こえていた。
顔を上げたいが、目の上のあざが邪魔して視界を遮っていた。
全身ボロボロの俺は、服までボロボロになっていた。
優香はナンパ男に右手を握られて、うつむいていた。
ナンパ男の足が、容赦なく俺の背中を踏みつける。
そこから走る激痛、さすがにもう限界が近い。
うつろな意識、こうしてみると俺って喧嘩は、苦手なんだよな。
「もう、くたばれよ」
「いや、あきらめん!」
俺は、あきらめが悪く弱弱しく言っていた。
「兄さん、死ぬからやめなさい。黙っていれば、いいのに」
「そうはいかない。俺はお前に、俺を認めさせる。母親も、認めさせる!」
「馬鹿ね」
小声で上のほうから、優香はつぶやいた言葉。
「けっ、しぶとい。なら、いっそ息の根でも止めてやるか。マジで、うぜえし」
ナンパ野郎は、最後に近くに落ちていた堅そうで、やや大きな石を見つけた。
「それは、やめて!」
「なんだよ、じゃあ、俺とエッチしてくれたら、止めてやってもいいぜ」
俺の頭の上で、優香とナンパ野郎が会話をしていた。
「エッチ?」
「そうだよ、やらせろよ。お前、初だろ。
でなきゃ、こいつの頭の上にこの大きな石を落とす。
こいつは、死ぬぜ。確実にな」
ナンパ野郎の、下衆な笑い声が聞こえた。
俺は不愉快になったが、それ以上に体が動かない。
「わ、わかったわ」
優香は、重い口をようやく開いた。
なんだか、俺は一番いけない言葉を聞いて、石を落とされるよりショックだった。
だが、そんな時だった。俺は目の前が、ほんの一瞬だけ光った。
「な、なんだ?」
光の後に広がる、灰色の世界。
そして、俺の目の前にはなぜか鎧を着た織香先生がしゃがんでいた。
「お待たせしましたわ、ナイト織香参上ですの!」
にっこりほほえんだ織香先生は、西洋甲冑を着た赤ん坊プリカを抱きかかえていた。
そのプリカは、目をつぶって眠っているのが見える。
「ここは?」
「立てますか?」
金属鎧をガチャガチャと音を立てて身にまとう織香に、肩を借りて立ち上がった俺。
ややよろめいた俺だが、ちょっとだけ意識が戻っていた。
「ここは、『時が止まった世界』ですの」
そこは、完全に灰色の世界。始めて見た、静かな世界。
優香も、ナンパ野郎もビデオの一時停止のように止まって動かない。
「触れてしまえば、彼らは動きますわ。それより、何とか無事で何よりですの」
「どうやって、でも……」
「『プリカ様』は、『時を操れる赤ん坊』なのをお忘れですの?」
そう、プリカは争奪戦になるほどすごい能力、『アビ』を持っていた。
それが、『時を操れる赤ん坊』。そんな、肩書を持っていた。
しかし、今まで実感のないものだったから、こうしてみるとすごい能力だと改めて思えてきた。
「園川君は、立派なお兄様ですわ」
織香先生はにこやかに、頭をなでた。
すると、織香先生の抱きかかえた赤ん坊プリカが目を覚ました。
その瞬間、動きだす時間。元に戻る色と色。
そして目の前のナンパ野郎は、俺の姿を探していた。
しかし、織香先生と移動された俺は、少し離れたところにいた。
「佐々木君、あなたはなぜここにいるのですか?」
「お、織香先生、なんでここに?」
先ほどまで余裕を見せていたナンパ野郎(佐々木君)は、驚いた顔を見せていた。
そりゃそうだ、急に瞬間移動して織香先生が目の前に現れたら、誰でも驚くって。
「なんでもですの!わたくしの『織香部』部員を、よくも傷つけてくださいましたわね。これでは、わたくしの旦那をここに呼びますわよ」
「な、それは……、助けて!」
明らかに慌てふためいたナンパ野郎、佐々木君。
そのままナンパ野郎は、おびえた様子で織香先生から、俺たちから離れて行った。
いったい、俺の戦った時間はなんだったんだと思えた、そんな時間。
「先生、あのナンパ野郎は知り合いですか?」
「まあ、昔、ちょっとわけありで戦ったものですの」
織香先生が、言うのは聖戦という名の戦争。
学園内で、プリカをめぐる戦いをした事ぐらいしか、俺は知らないが。
「あ、織香先生。ありがとうございます」
「いえ、助けたのは、園川君ですの。私ではありませんわ」
「違いますよ、兄さんは何もしていません」
優香の言うことはまあ、もっともだ。言い返す言葉が、何も見つからない。
「でも、そんな彼も、わたくしの部活では、部長をしていて立派ですよ。
園川 優香さん、あなたはうらやましいですわね。
彼は、あなたのことをいつもちゃんと見ていますの」
しかし、そんな時だった。
公園の時計が、ちょうど六時を指していた。同時に、時計のチャイムが鳴りだした。
すると、織香先生から突如煙のようなものが現れていた。
「な、なんだ?」
紫色の煙が、瞬く間に織香先生を包み込んでいた。
あっという間に包むと、カランカランと金属が落ちる音がした。
それから、間もなくして煙は晴れた。
そこから聞こえるのが、赤ん坊の激しい鳴き声。
さっきまで静かにしていたプリカは、突如泣き出していた。
そして、その赤ん坊の隣には赤ん坊と同じぐらいで、小さく真っ黒な猫が、こちらをじーっと見ていた。
それを初めて見た俺と優香は、呆然としていた。
(な、何がとうなっているんだ?)
それでも急に起きた現象に、女は強いものだ。
優香は、必死に泣きまくる赤ん坊をあやそうとしていた。
そんな優香を見ている俺の足元には、真っ黒な猫がすり寄っていた。
結局、最後はよくわからないが、何があっても不思議ではない。
もしかしたら、『時を操る赤ん坊』の『アビ』の副作用が、黒猫になることかもしれない。きっとそうだ、俺はそう納得させた。
そんなボロボロの俺は、なぜかかわいらしい女の部屋にいた。
きれいに片づけられた部屋、中央には黄色いテーブル。パソコンと、鏡も見える。
なるほど、俺の部屋とは全く違う。そこは実の妹優香の部屋、だった。
「まさか、こんなことで入るとは」
しかも、俺はベッドで寝かされていた。
私服を脱がされ、シャツ一枚の俺は横になって天井を眺めた。
ほこりまみれの私服は、優香がきれいに折りたたんでいた。
「言っておきますが、そこは私が寝ているベッドじゃありません」
なぜか、わかりやすい否定した優香。
とはいえワンルームの女子寮、一つだけのベッドはどう考えても優香のモノだな。
「赤ちゃんの世話なんてしたことないから、自信ないな」
などと俺が声をかけると、優香はパソコンを立ち上げてインターネットで赤ん坊の世話の仕方を調べていた。
「優香」
「ああっ、だめだね」
優香は、なんだかがっかりした声を漏らした。
そのあとプリカが、不安そうに泣き出していた。
「う~ん、この場合どうやってあやすんだろう?」
「オムツが、濡れているんじゃないか?」
よく椿がオムツ交換を、甘い声をかけながらやっているのをふと思い出した。
優香がオムツを触ると、なるほど濡れているみたいだ。
「あっ、えっと、オムツはっと……あるわけないよね。どうしよう」
優香は、赤ん坊を見ながら困った顔を見せていた。
「買ってくる、おそらく近くにコンビニにあるから」
俺はまだ傷が癒えていないが、ちょっとだけ看病してもらったし、ベッドの上で横にもなれた。何より、優香がやっぱり心配だった。
このまま何もしなければ、本当にただの情けない兄でしかない。
「兄さん、わかる?」
「大丈夫だ、俺はお前の兄だぞ」
「ありがと、ごめんなさい」
小さく、つぶやいた優香。
俺には顔を見せないで、泣いている赤ん坊を一生懸命にあやしていた。
「お前はちゃんと見て、あやしていろ」
「なんで、私にそこまでするの?」
優香は、赤ん坊をあやしながら俺にやっぱり聞いてきた。俺は、迷うことなかった。
「行き違いの妹だろうが、大切にする、それが兄だ。
そして、俺の母親も優香を心配していたんだぞ」
「……っ、本当?」
優香は、ちょっと涙声だった。小刻みに、体を震わせていた。
最低とか、変態とか罵って避けていた相手が、実は自分の事を心配していて大切に思っている。そのことが、分かっただけで胸が痛い。
なんとバカげたことをしたのだろうか、と自己に懺悔に気持ちが込みあげてしまう。
「あたりまえだろ、父さん元気か?」
「元気よ。兄さんや母さんにつきあうな、関わるな、っていつも電話してくる」
「そか、まあ、そうだろうな。じゃあな、ちょっくらコンビニ行く」
ぎこちない兄妹の会話をした俺は、顔を合わせることもなく優香の寮から出て行った。
強く握りしめた俺は、優香の家にあったものをみてほっとした。
(ちゃんと飾ってあったな、俺のヒーロー)
優香に上げた、唯一の俺のプレゼントは、ちゃんと木の棚の中に、表彰状の額縁と一緒に飾ってあった。凛々しくたっているヒーローは、俺の人形、分身。
俺は、なんだかそれを見た瞬間に、うれしくなっていた。
そんな俺の足元には、しっかりと黒猫が一緒に走っていた。




