第6話:別待遇(ホワイト)の光と、闇より来たる営業活動。
1. ホワイト社員への特進と、深夜の飛び込み営業
「黒野ハジメ様、陣内レン様、およびガロン様。おめでとうございます。あなた方の多大なる『業務改善(内政ハック)』への貢献を認め、本日付で我がアレスタ中央冒険者ギルドの【特別功労冒険者(通称・ホワイト社員待遇)】への特進が決定いたしましたわ!」
迷宮都市・アレスタに、また新しい朝がやってきた。
今日の『配置換え(バグ)』によって、西区の閑静な高級住宅街のど真ん中に居座ることになった宿屋『跳ね馬の足跡亭』の孤立部屋。
そのテーブルに、ギルドの正式な青い刻印が押された二枚の特製羊皮紙――『特別待遇証明書』を叩きつけたのは、相変わらずキレのある動きのアリアだった。
「ほわいと……しゃいん?」
ハジメは、バラドの店で作らせた『デバッグ・コート』の袖をまくりながら、文字通り目を点にした。
「ええ、そうですわ! あなたが昨日構築した『マップ自動印刷システム』のおかげで、今朝のギルドの残業時間は完全に『ゼロ』! 斥候部門の殉職者も当然『ゼロ』! ギルド長が感動のあまり涙を流して、あなた方にギルドの専属コンサルタントとしての最高級の身分を保障したのです。これにより、あなた方は毎月の基本給(不労所得)に加え、ギルド内の最高級施設がすべて無料で利用可能となりますわ!」
「ま、マジかよ……! 面接に101回連続でお祈りされた俺たちが、異世界に来てたったの数日で、実質的な終身雇用のホワイト待遇を獲得したっていうのか!?」
隣でレンが「すげえじゃん、ハジメ!」と、鉄籠手を装着した大きな拳を突き出してきた。ハジメもまた、メガネの奥の目を感動に潤ませ、レンとその拳をガシッと合わせた。
現代日本でどれだけ否定されようとも、自分たちの往生際の悪さとデバッグの技術は、この世界のシステムを確実にハッキングしていた。
「最高だな、お前ら! 毎月の基本給が出るなら、俺のこの呪われた不運のせいで依頼に失敗しても、一文無しになって路頭に迷うリスクが完全に消えたぞ!」
ガロンもジョッキを掲げて大笑いしている。
アリアはそんな三人の騒がしい様子に呆れつつも、どこか誇らしげに腕を組んでいた。
しかし、この世界は、内定を貰ったばかりの若者にのんびりと研修期間を与えるほど甘くはなかった。
――トントン。
その時、開け放たれた窓のすぐ外、西区の美しい庭園に面した裏路地から、妙にリズミカルで、洗練されたノックの音が響いた。
「おや、アリアさん以外の訪問者か?」
ガロンが身構える。
窓の淵に腰掛けるようにして現れたのは、仕立ての良い、だがどこか見覚えのある『ビジネススーツ』のような衣服を着こなした、一人の男だった。
髪を完璧な七三に分け、顔には「これぞプロのビジネスマン」といった風の、張り付いたような極上の笑顔を浮かべている。
「失礼いたします。突然の飛び込み訪問、大変恐縮でございます。私、アレスタの裏社会を総括しております『情報屋ウルズ』様より、専属の営業コンサルタントを任されております、サトウと申します」
男が懐から取り出したのは、厚手の紙で作られた、完璧な日本語で印刷された『名刺』だった。
【ウルズ情報ホールディングス 営業部次長:佐藤 健二】
「……地球の、転移者……!?」
ハジメの背筋に、一瞬で冷たい戦慄が走った。
「ご明察でございます、黒野様」
サトウは窓から滑り込むように部屋へと侵入すると、ハジメとレンに向けて、完璧な45度の角度で頭を下げた。
「前世では、某大手不動産企業のトップ営業マン(自称・ブラック企業のサバイバー)をしておりました。いやはや、同じ日本の同胞が、このような理不尽な世界でこれほどの『実績』を上げられていると聞き、ウルズ様も大変感銘を受けておられましてね。本日は、あなた方の持つその素晴らしい『頭脳(システム仕様書)』を、我が社と【独占的業務提携(M&A)】していただきたく、参上いたしました」
サトウの言葉は、洗練されていた。だが、その張り付いた笑顔の奥にある目は、完全にハジメたちを「利益を生み出す商品」として値踏みする、冷酷な捕食者のそれだった。
2. ブラック営業の心理戦と、胸元への飛び込み(ニナの乱入)
「独占的業務提携……? 要するに、俺の作ったマップのアルゴリズムを裏社会のウルズに横流しして、ギルドを裏切れって言いたいわけか」
ハジメが冷たい声を出す。アリアが「なんですって!? ギルドを裏切るなんて絶対に許しませんわよ!」と魔晶石を構えたが、サトウはそれを手で制し、今度はレンとガロンの方へと滑るように歩み寄った。
「おっと、アリア様、そう急がれずに。陣内様、ガロン様……少し現実的なお話をしましょう」
サトウは、レンの重厚な鉄籠手にそっと手を当て、耳元で囁くように声を落とした。
「陣内様、あなたのその『死者蘇生(AED)』の能力……素晴らしいですが、成功確率を上げるために、毎回ご自身の『生命エネルギー(寿命)』を前借りされているのでしょう? ギルドの薄汚れたお給料のために、これ以上身を削る必要があるのですか? 我が社へ来れば、世界中の希少な『魔力回復薬』を湯水のように支給し、あなたの健康を完全に保障いたしますよ」
「……っ」
レンの眉が、一瞬だけピクリと動いた。サトウは間髪入れずに、今度はガロンの方へと向き直る。
「そしてガロン様。あなたのその呪われた『不運』。ギルドの連中は、あなたを『厄病神』として扱ってきた。だが、我が社なら、その不運を逆手に取った『不確定要素を突く暗殺・破壊工作』の最高報酬枠をご用意できます。もう、他人の目を気にして食い詰める必要はないのです」
サトウの営業トークは、まさにブラック企業の元エリート営業マンそのものだった。相手の「一番弱い部分」を正確に突き、言葉巧みに退路を断って、自分たちの都合のいい契約(底なし沼)へと引きずり込もうとする、極めて悪質な心理戦。
ガロンが「俺の不運を、暗殺に……?」と、一瞬だけその瞳を揺らした。チームの空気が、サトウの放つ「言葉の毒」によって、じわじわと侵食されていく。
(クソッ……こいつ、就活の面接で何度も俺を圧迫してきた、あの『圧迫面接官』どもと同じタイプの化け物だ……! 言葉のロジックでこっちのメンタルを殺しにきてる……!)
ハジメが鼻から血をタラリと流し、脳内デバッグ(反論の構築)を開始しようとした、その瞬間だった。
ドガァァァァァンッッ!!!!
今度は窓のすぐ外の防壁が、派手に爆発して崩れ落ちた。
「なっ、また隕石か!?」ガロンが叫ぶ。
砂煙を突き破って、小柄な人影が、猛スピードでハジメのいる方向へと吹っ飛んできた。
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
かわいい悲鳴と共に、その人影はハジメの胸の真ん中へと、もの凄い勢いで頭から突き刺さった。
「ぶふぉっ!?」
ハジメのオールGのゴミみたいな肉体は、その衝撃で盛大に後ろの壁へと吹き飛ばされ、背中を強く打ちつけた。
見上げれば、ハジメの胸元にしがみついているのは、頭に茶色いピコピコと動く猫のような耳(獣耳)を生やし、お尻からフサフサの尻尾を生やした、ボロボロの衣服を着た獣人の少女だった。
「た、助けてください、眼鏡の人間さん! 怖いドブネズミ(ウルズの私兵)たちに追いかけられてるんです! これ、これあげるから、私を匿ってくださいぃぃ!」
少女――ニナは、泣き叫びながら、ハジメの『デバッグ・コート』のポケットに、不気味に黒く発光する、金属製の不気味な歯車の破片を無理やりねじ込んできた。
ハジメがその破片に触れた瞬間、脳内に本日最初のシステム警告が爆音で鳴り響いた。
『警告。世界の最重要仕様書の一部――【創世の歯車】を検出しました。現在、周辺のオブジェクトの因果律が、致命的なエラー(逆流)を起こしています』
「おい、サトウ! ニナを見つけたぞ! そのクソガキが、ウルズ様の宝物庫から『世界の仕様書』を盗み出しやがったんだ!」
崩れた防壁の向こうから、ウルズの私兵(武装した闇冒険者たち)が十数人、殺気を剥き出しにして大通りに現れた。
サトウは、張り付いた笑顔を完全に消し、冷酷な冷たい目でハジメと、その胸元のニナを見下ろした。
「……やれやれ。営業活動(M&A)は、ここで時間切れ(タイムアウト)のようですね。黒野様、その獣人のガキと、そのポケットに入れた『歯車』をこちらに引き渡しなさい。さもなければ……ここからは、非友好的な『敵対的買収(武力行使)』に移行せざるを得ません」
3. 国境の迷宮バグと、緊急遠征(内定ゼロの決断)
「待ちなさい、そこまでの無法、このギルド職員のアリアが絶対に許しませんわ!」
アリアがハジメたちの前に立ちはだかり、アタッシュケースから、緊急の赤黒い魔力信号が灯った通信魔晶石を取り出した。だが、その魔晶石から流れてきたのは、アリアの応援要請への返答ではなく、ギルド本部からの【最優先・緊急避難勧告】の音声だった。
『全職員へ告ぐ! アレスタ近郊、隣国との国境にある「最果ての巨大迷宮(奈落の門)」にて、世界の魔力システムが完全逆流する、前代未聞の【大規模バグ(魔物の無限湧きイベント)】が発生した! 迷宮の結界が崩壊し、数万の魔獣が地上へ溢れ出し始めている! 各員、ただちに一般市民を連れて街を脱出せよ! 重複する、これは世界の強制シャットダウンの危機である!』
「な……なんですって……!?」
アリアの顔から、一瞬で血の気が引いた。
国境の迷宮の崩壊。それは、アレスタの街だけでなく、この国家そのものが地図から消滅しかねない、世界のシステム側の致命的な「不具合」だった。
サトウはその通信を聞き、フッと冷酷に笑った。
「クハハ、世界がバグで崩壊する大チャンスですか。ウルズ様にとっては、混乱に乗じて国を乗っ取る最高のビジネスチャンスですね。さぁ、黒野様、選択の時です。そのガキを渡して我が社に就職するか、それとも世界と共にここで『お祈り(消滅)』されるか……!」
周囲をウルズの暗殺兵に囲まれ、遠くからは国境の迷宮から溢れ出した魔獣の遠吠えが、地鳴りのように響いてくる。絶体絶命の、完全なるデッドロック。
ハジメは、胸元でカタカタと震えている獣人の少女ニナの頭を、新しい『デバッグ・コート』の手で、そっと優しく撫でた。そして、ゆっくりと立ち上がり、メガネの位置をカチッと直した。
その目は、サトウのブラック営業トークに揺らぐどころか、世界の崩壊という最大の『バグ』を前に、最高に狂気的な輝きを放っていた。
「サトウさん。あんた、前世でトップ営業マンだったかもしれないけど……一つだけ、致命的なリサーチ不足があるわ」
「……何だと?」
ハジメは、ポケットの中の『創世の歯車』を強く握りしめ、サトウの目を真っ直ぐに見据えた。
「俺たちはな、101回連続で不採用通知(お祈り)を食らっても、絶対に折れずに102回目の履歴書を書き続けてきた、世界一往生際の悪い就活生なんだよ。あんたが提示した『ブラック企業のぬるま湯(ウルズの傘下)』なんて、俺たちの求める『最高条件の終身雇用(創世スローライフ)』の仕様書には、一文字も載ってねえんだ」
ハジメが鼻からタラリと血を流し、現実世界で叫んだ。
「レン! ガロン! アリアさん! 新入社員のニナを連れて、今すぐ国境の迷宮(バグの発生源)へ『緊急出張(遠征)』に行くぞ! 世界のシステムが逆流してるなら……そのシステムのバグを直接ハッキングして、創造神に『時間外労働の残業代』を請求しに行くんだよ!」
「ハッ、言ったなハジメ! その言葉を待ってたぜ!」
レンが両腕の『リブート・ガントレット』を激しくバチバチと放電させ、サトウの前に立ちはだかった。
「ガロン、お前もあのブラック営業の口車に乗るなよ! 俺たちの取り分は、神様から奪い取るんだ!」
「おうよ! 暗殺の道具にされるなんて真っ平ご免だ! 俺の不運は、ハジメのデバッグで大金に変えるためにあるんだからな!」
ガロンが大剣を引き抜き、凄まじい風切り音を立てて構えた。
「も、もうどうにでもなれですわ! 私もギルドのホワイト職員(監視役)として、あなたたちの不法出張に同行します!」
アリアも涙目で叫び、ハジメたちの背後に着いた。ニナはハジメのコートにしがみついたまま、「にゃ、にゃんだかよくわからないけど、この眼鏡の人、凄いですぅ!」と目を輝かせている。
「……交渉決裂(お祈り)ですか。残念です、黒野様。では、ここで全滅してください」
サトウの手が下ろされ、周囲の暗殺兵が一斉にハジメたち目掛けて飛びかかってきた。
4. 座標逆流のデス・レース(国境への突撃)
「全員、俺の身体にしっかり掴まれ! 今回の遠征は、馬車なんて使わない! 世界のシステムが逆流してる『バグの魔力(波の歪み)』をそのまま利用して、国境の迷宮まで一瞬で『強制スクロール(高速移動)』する!」
西区の大通り。ハジメは、ポケットの中の『創世の歯車』の魔力を暴走させ、地面の石畳にバラドのヘラを突き立てた。
国境の迷宮から溢れ出す逆流魔力が、アレスタの街の『配置換えシステム』と衝突し、街全体の地面が、まるで激流の下りの川のように、国境の方向へ向かって凄まじい速度で「ズズズズズズ……」と強制スライドを始めていた。
「サトウさん! トップ営業マンなら、俺たちのこの『爆速の出張スピード』についてきてみろ!」
ハジメたちが立っている石畳のオブジェクトが、世界のバグにより、時速200キロを超える猛スピードで、国境の山脈へと向かってスライドを開始した。
「なっ……地面ごと、移動している……!? 追え! 逃がすな!」
サトウも張り付いた笑顔を崩し、ウルズの私兵たちと共に、隣のスライドしていく建物の屋根へと飛び移り、ハジメたちを執拗に追いかけてくる。背後からは、サトウの放った黒い魔力の矢が、雨のようにハジメたちの周囲の石畳を穿ち、激しい火花を散らした。
「ハジメ、後ろからブラック営業の追撃が凄まじいぞ! どうする!?」
ガロンが大剣で魔力の矢を弾き飛ばしながら叫ぶ。
「気にするな! あいつらの走っている建物の座標、あと3秒後に……システムのエラー修正が入って、地面のオブジェクトごと【奈落の底(テクスチャの裏側)】に強制消去される!」
ハジメが『エラーログ・シミュレーター』で予知した未来。
国境からの逆流魔力が、サトウたちの走っている「東区の建物オブジェクト」と衝突する瞬間、データのキャパシティを超えたその建物は、仕様上の『処理落ち(ラグ)』を起こし、完全に画面外へと消滅するのだ。
「3、2、1……アップデート(強制終了)!!」
ハジメが叫んだ瞬間、サトウたちが足をかけていた巨大な宿場町の建物全体が、バグ画面のように一瞬だけ激しく白黒に明滅し――次の瞬間、音もなく、空間ごと綺麗に「消滅」した。
「なっ……オブジェクトが……消え……っ!?」
サトウの驚愕の悲鳴が響く。彼が率いていた十数人の暗殺兵たちは、足場を完全に失い、世界のテクスチャの裏側(判定のない奈落の空間)へと、重力に従って遥か彼方の底へと、次々と落下して消えていった。
サトウだけは、元トップ営業マンの凄まじい往生際の悪さ(執念)で、消滅する瞬間の建物の破片を蹴り、ハジメたちの乗るスライド石畳へと、空中から牙を剥いて飛び込んできた。その手には、完全にハジメの首を狙った、黒い魔力の短剣が握られている。
「黒野ハジメェェェッ! あなたのその頭脳(仕様書)だけは、我が社が絶対に回収するぅぅぅ!!」
「面接官のしつこい圧迫面接は、もう聞き飽きたんだよ!!」
ハジメの前に、レンが立ちはだかった。
両腕の『リブート・ガントレット』が、今までにないほどの眩い青白い電撃を放ち、ワイルドボアの牙がキィィィンと高音の魔力チャージ音を響かせる。
「俺たちの『内定』の邪魔をするな! 営業妨害(電気ショック)、最大出力!!」
レンの鉄籠手の拳が、空中から襲いかかるサトウの胸元へと、真っ直ぐに叩きつけられた。
バチィィィン(⚡️)ッッッッッッッッ!!!!!!
凄まじい魔力の放電が広場を包み込み、サトウの衣服が破れ、彼の張り付いたビジネスマンの笑顔が、今度こそ完全に恐怖と絶望に歪んだ。
「が、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!? 営業……、失敗……っ!?」
サトウの身体は、時速200キロで逆方向に激しく吹き飛ばされ、そのまま動く石畳の後方、遥か彼方の街の防壁へと激突し、動かなくなった。ウルズの放った最強のブラック営業マンの、完全なるリストラ(敗北)だった。
5. 4分間のタイムリミット(最果ての迷宮の門前)
「ハジメッ!!」
サトウを完全に撃破した直後、レンが、その場に崩れ落ちたハジメの身体を抱き起こした。
強制スクロールの負荷、そしてポケットの中の『創世の歯車』のバグ魔力に直接触れ続けた代償により、オールGのハジメの肉体は、またしても限界を迎えていた。
ハジメの目は虚空を見つめ、新しい『デバッグ・コート』の上からでも、その心臓の鼓動が完全に停止しているのが分かった。口の端からは、本日4回目の血が流れている。
完全なる、生命の活動停止。
『対象:黒野創。バグ魔力の過剰摂取による心停止。制限時間:240秒(04:00)』
レンの脳内に、本日4回目のAED魔法陣が激しく明滅を始める。
【03:59】
【03:58】
「アリアさん、ニナを守れ! ガロン、周囲の魔獣を近づけるな! ハジメの『4分間』の蘇生ギャンブルを開始する!」
レンが叫び、新しい『リブート・ガントレット』の両手をハジメの胸の真ん中に強く押し当てた。
彼らが高速スライドで辿り着いたのは、アレスタの街から遥か遠く離れた、国境の山脈の麓。そこには、禍々しい紫色の光を天に向かって吹き上げ、無数の魔獣が無限に湧き出し続けている、巨大な石造りの門――『最果ての迷宮(奈落の門)』が、不気味にそびえ立っていた。
「1、2、3、4――!」
レンの胸骨圧迫が開始される。新しいガントレットの導魔線が、レンの魔力を驚異的な効率でパルスに変換し、ハジメの胸元でジジジと青い放電が走る。周囲からは、門から湧き出した狼型の魔獣が、血の匂いに誘われて牙を剥いて飛びかかってくる。
「ハジメを生き返らせるまでは、一歩も通さねえよ、バカ犬どもがァァァッ!」
ガロンが、自分の不運属性をフルスロットルで発動させ、逆に「敵の攻撃が偶然自分の大剣の腹に当たる」という不運のバグを利用して、周囲の魔獣を力任せに薙ぎ払っていく。アリアはニカを後ろに隠し、氷の魔法でガロンの背後を必死にサポートしていた。
【01:30】
「充電完了……ショックが必要です」
新装備のバフ効果により、術者の体力を削ることなく、脳内のAEDインジケーターが一瞬で【98%】という完璧な成功確率を叩き出した。
「お前、まだ異世界の神様に『採用通知(内定)』出させてねえだろ! 1000話の長旅、ここからが本番なんだよ!」
レンが、ガントレットの拳を、ハジメの胸へと強く叩きつけた。
バチィィィン(⚡️)ッッッッ!!!!
「カハッッッッッッッッ!!!!」
ハジメの身体が大きく弓なりに弾け、その口から大量の空気が吸い込まれた。虚空を見つめていたハジメの瞳に、確かな理知と、狂気的な名軍師の光がリブート(再起動)される。
「……ふぅ。……お疲れ、レン。ブラック企業の営業マンより……この世界の神のシステムエラーの方が……よっぽど、デバッグ(ハック)しがいがあるわ……」
ハジメは、新入社員のニナから受け取った『創世の歯車』を掲げ、眼前にそびえ立つ、魔物が無限に湧き出す『最果ての迷宮』を見据えて、最高に不敵な笑みを浮かべた。
周囲の魔獣の群れ、そして世界のシャットダウンの危機を前に、ハジメの頭脳(仕様書)は、すでにこの巨大なバグの『原因』を完全に暴き出していた。
『内定ゼロで異世界転移した俺たちの、4分間蘇生逆転劇』――彼らの『第1編・最大の大仕事(遠征クエスト)』が、今、轟音と共に幕を開けるのだった。




