9本目 ティータイム〜マイマイは優雅な時間を過ごします〜
ハコネダンジョンへ挑む権利を得るには、執事の猪俣凌聞を相手に闘わねばなるまい。
年齢はおよそ50代。決して若くはないが、執事服越しにでも分かる体格の良さから、筋肉量は20代にも引けを取らないだろう。
「勝利条件は?」
「──そうですね、貴殿の実力が見れるまで立ち上がっていれば、でしょうか。どんな手を使ってもらっても構いませんよ。勝てるとは思えませんから」
「……分かりました」
猪俣は拳を構え、戦闘態勢を取った。
一応、見様見真似で俺も同じ形を取るか。
「東くん……! わたしがいないからってムリしちゃダメだよ! さぁ、たおして!!」
どっちだよ。
正直なところ──無理せずにとも彼は倒せる。
ただ圧倒してはいけないし、かといって油断すれば重い一撃をお見舞いされてしまう。そうなれば実力を証明できないだろうし、俺もタダでは済まないだろう。
周囲に、特に吾妻にバレないよう適切な闘いを繰り広げるためには、やはり少々無理しなきゃいけなさそうだ。
「それでは参ります」
「わたしの決め台詞とられた!?」
猪俣が一歩踏み込めば、一気に寸前まで間合いを詰めてきた。
来海のお付きは皆、素早さが異常だ。これも全てお嬢様の要望を速やかに応えるためだろうか。
容赦なく顔面を殴ろうとしてくるので、滑ったように見せながら避けた。
すかさず蹴りが飛んでくるが、それもギリギリで避ける。
「おぉ、いける、いけてるよ東くん!」
続く攻撃──特技は拳闘だろうが、体術であれば全てこなせるのか。
やはりこの人も普通の探索者じゃない。武具も宝具もまだ使っていない。
地力が強いんだ、この人は。俺が避ける先々を読んで次の手を入れてくる。
このままでは、油断せずともやられる……!
「くっ……!」
一度、距離を置き体勢を整える。
頬に猪俣の拳が掠ったようで、切れた傷から血が流れ出す。
周りに見物人が集まってきた。
探索者同士の争いごとはダンジョン周辺では珍しくないから、ちょっとしたショー程度に見られている。
もちろん公には禁止されているわけなので、取り締まる側が来る前には終わらせないと、普通にダンジョンに入れなくなる。
視線が増えれば誤魔化しは効きにくいし、これ以上は長引かせられない。
「やっぱりA級ともなると強いですね。敵わないや。どうでしょう、一度でも僕が猪俣さんに攻撃を当てられたら、勝ちで許してくれませんか?」
「────えぇ、構いませんよ」
返事までの微妙な間──この人、やはり音が聴こえていないな。
会話が滞りなく行えているのは読唇術のおかげか。聴力がない代わりに目がかなり良い。
「……腹を狙います」
「──分かりました」
俺は人類平均の速度で駆け出しては、少し弱めのパンチを予告通り腹に入れた。
「……ぐっ!?」
「爺や! 貴方どこを守ってるの!?」
猪俣はボクシングで見られるファイティングポーズで──顔面を守ったのだった。
片膝が地につく猪俣の元にメイドの鈴鹿が駆け寄る。
「僕の勝ちでよろしいですか?」
「えぇ、さすがでございます。探索者及び配信者には嘘は付きものですから。見事に騙されましたよ」
俺は猪俣にだけは〝顔〟を狙うと伝えた。
読唇術で相手と会話できるのならば、音と唇の動きをズラし、周囲と彼とで違う情報を伝えた。
あとはギリギリまで顔を狙う素振りを見せておけばいい。
その結果、猪俣が間違えた、あるいは勝利を譲ってあげたように周りには見えるだろう。
「やはり、勝てるとは思えませんでした。武具でも付けていたらきっと壊されていたでしょうね」
鈴鹿に補助されながら、猪俣はゆっくりと立ち上がる。
この人は間違いなく強い──相手との力量の差を瞬時に理解できる。それに反射的に腹も守れただろうに。
他のお付きも猪俣が敗北することを分かっていたようだし、能力はとっくに見抜かれていたか。
やはり三人共、侮れない実力を持っている。
「やったぁ! さっすが東くん、わたしのバディなだけあるよ!」
ただ、そのことについて何だか黙ってくれるらしいし、吾妻にさえバレなければいいか。
「これで連れてってもらえるよね!?」
「……そうですわね。わたくしはゆとりがありますので、素直に彼のことを認めましょう。いいですわよ、連れて行ってあげます」
「やったぁ!」
「それではティータイムを挟んでからダンジョンに向かいますので、吾妻様たちはその間に準備なさってください」
「あのあの! わたしからもう一つお願いがあります!」
「何でしょう? ゆとりがありますから、一つくらいでしたら聞きましてよ」
「えっとぉ〜、葵ちゃんって呼んでいい? おともだちになりたいなー、なんて……えへへ」
「あらまぁ……。ふふっ、貴女もゆとりがあるようですわね。お安い御用ですわ、マイマイさん」
こうして年上の友達ができた吾妻は、ティータイムにも一緒に参加させていただくことになった。
吾妻にNewTuberの繋がりができるのは、こちら側にとってかなり得だ。
コラボという形で動画内容にも幅ができるだけでなく、高難易度ダンジョンもいずれは攻略する時に味方となる。
……そんな損得を抜きにしても、純粋に吾妻が嬉しいようなら、俺も彼女たちに知り合えて良かったと思う。
『えへへー、どんな美味しい紅茶が出てくるのかな〜』
来海たちの許可を得て、カメラを回すことにした。
即席ではあるが、こういう本格的なお茶会に参加する機会はなかなかな──あ。
『こちら京都宇治のお抹茶、緑鳳にございます』
『和っ!?』
『また、こちらも京都の老舗、曙庵の桜餅でございます』
『和和っ!?』
そうだ。なぜか外面は洋風なのに、中身は和風だった。
よくよく見れば、鋳物のガーデンテーブルやチェアのデザインは鶴や菊などの和モダンにあしらわれ、パラソルも和傘である。
『──大変美味しゅうございました。それでは心にゆとりが生まれたことですし、ダンジョンへと向かいましょうか』
来海は出会った時のままその場を一歩たりとも動かず、周りが完璧に場を片付けて行く。
ガーデンセットは折り畳み式、さらには荷物入れにもなる優れた機能性。
この中に全ての舞台セットを入れ、シェフの蝶野が背負う。
そして、洋椅子に敷かれた座布団に正座して座る来海を、猪俣と鈴鹿が左右から座布団ごと彼女を抱え上げ、そのままお嬢様の足として駆けて行った。
『和和和っ!?』
実力はあるが、側から見ればとても変わった探索者たちだ。




