46本目 わたしの尊敬するお母さんを紹介するよ!
「つっかれた〜!」
「まだゴミ捨てしただけだろ」
「それでも進んでるからだいじょーぶ!」
似たような色合いの服。ちょっと使っただけのメイク用品。ダブったのであろうガチャガチャ。彼女の部屋はとにかく物が多かった。
こんなにいらないだろと聞いても「えー、だって可愛いのいっぱいあった方が幸せじゃん?」と頰をぷくっと膨らませて、可愛こぶった。
「ちょっと休憩〜ねむーい」
吾妻は一旦ぬいぐるみを一箇所にまとめたところから、目付きの悪い猫のぬいぐるみを引っ張り出し、それを抱きながら横になった。
「おい寝るなよ」
「…………くかー」
もう寝やがったこいつ……。
よく、どこでも寝られると豪語する吾妻だが、自分のベッドなら一瞬みたいだ。
とりあえず明らかにいらないものをゴミ袋二つにまとめあげ、それを部屋の隅に置く。
……どうやら吾妻母を訪ねた人たちは今帰ったようだな。
大掃除を始めてから15分後ぐらい、大人が二人訪問してきた気配があった。それから30分ぐらい下で話していたか。
吾妻の集中力が小学生の授業時間よりも下回っていることだけは分かった。途中、少女漫画『会長は冥土様!』を読み始めてたし。
それにしても母親が下にいるとはいえ、密室で男女二人きりの中こうも爆睡できるとは……信頼されている証なのか、ただのアホなのか……。
後者は間違いないとして、俺はその辺に落ちていた毛布を一度はたいてから彼女にかけてあげた。
それから俺は吾妻の母と話がしたく、一階に下りた。
「──掃除は終わりそうになさそうね」
「ええ。あんなに汚いとは……」
「ちゃんと舞ちゃんには言ってるのよ? でもあの子、何度言ってもああなるから、もう諦めた」
「賢明な判断です」
リビングは吾妻母が片付けているのか、または客を呼ぶ手前だったからかもしれないが、物は多いもののとても綺麗に整頓され、隅々まで掃除が行き届いていた。
初見でも何がどこにあるかはすぐ分かる。
娘の部屋とは別世界が広がっていた。
そして、俺が降りて来ることが分かっていたかのように、吾妻母はダイニングテーブルにティーポットとカップを準備していた。
「何か入れる?」
机の上に砂糖やミルクが置かれているのを確認すると、彼女は「ストレートでいいみたいね」とティーカップに紅茶を注ぐ。
シンガポールの高級紅茶ブランドのものだ。そのままでも美味しい。
「良い家ですね」
「ふふ、ありがとう」
吾妻母は可愛い系の娘とは違って、美しい人だった。
娘は丸目に対して、どちらかといえば目つきが悪く見えるような切れ長の目。表情は無表情に近いけれど、話し方からとても優しさを感じる。
色んな要素が娘と真逆だな……。
「舞ちゃんは夫似なの。性格も含めてね」
「えっ……あぁ、そうなんですね」
「ごめんなさい、話を逸らして。この家はね、舞ちゃんが生まれた時くらい、夫の両親がここに家を建てたのよ。それで、こっちの方に引っ越しするタイミングで、お義父さんお義母さんが海外を巡ると言ったものだから、そのまま譲り受けたの」
「何だかアグレッシブですね」
「代々受け継がれる遺伝ね」
……アイスブレイクは済んだか。
俺はたくさんある観葉植物を眺めながら、いつ話を切り出そうか悩んでいたが……
「何か聞きたいことあるんでしょ?」
全て見抜かれていた。
「あの、吾妻のお母さん」
「その呼び方だと他人行儀に感じて苦手なの。普通に那緒子でいいよ」
「では、那緒子さん……。その気付かれてるかとは思いますが……」
「模倣者である私から、舞梨について、そして夫について色々と聞きたいのよね」
那緒子さんは呆気なく正体を自白した。
普通に生活している彼女が模倣者であると政府が知らないわけない。
「政府は既にマイマイをマークしています」と佐藤は言っていたが、吾妻舞梨が誕生した時点から把握しているわけだ。
してやられたな。少なくとも佐藤は最初から知っていた。
もしやカルイザワダンジョンで彼が駆けつけられたのも、吾妻にGPSでも付けて──
「──安心して。私たちはごくごく普通の人間として接してもらっているから」
「そう、ですか……もしかして心が読めますか?」
那緒子さんは首を縦に振る。
宝具などは使用しない、これは彼女本来の能力。
しかし、恐らくだが読心力は自力では切れない。
だからこそ模倣者でもある彼女は、周囲に人がいないこの土地を選んだのだろう。都合の良い家もあったわけだし。
社会生活に溶け込むにはかなりの苦労があるはずだ。
「それがそうでもないのよ。だって、舞ちゃんが困っていたらすぐに助けてあげられるし。あの子、ああ見えてしんどい時ほど誰にも相談しないから」
「そう、ですね」
自分は最強だから、何でもできる。
彼女の根底にこの考えがあるからこそ、危険も省みず、何も言わずに一人勝手に行ってしまう。
本当に何かあった時、彼女を支えられるのは──那緒子さんが俺の目を見て、微笑んだ。
「隠し事なんてしたらすぐ分かるわ。まぁ、舞ちゃんは単純だから、この能力なくても分かるでしょうけど」
それは間違いない。
隠せてると思い込んでいるが、単純にあいつは嘘が下手だ。
「疲れませんか?」
「えぇ、そうね。本音を知って傷付くことだってたくさんある。でもね、嘘は嫌いだけど、もうこの年になるとその嘘すら楽しむ余裕があるのよ」
那緒子さんは笑ってみせた。
この大人の余裕は、吾妻が時折見せるあの表情にそっくりだった。
やっぱり親子だな。
「ま、私にある能力はこれくらいね。SS級って線引きされているけれど、水没していて探索がしづらいからってだけで私に戦える力なんてないの」
「もしかして出身はビワダンジョン、ですか」
「ええ、そうよ」
そういえば100の質問にて、昔は滋賀県に住んでいたと言っていたな。
戦えなくても彼女がSS級の模倣者なのは変わらない。きっと訪問客は探究省の人間であろう。
……ん?
「ビワダンジョンが発見されたのは17年前なのに、舞梨が今16なのは亮くんの想像通り。夫と出会って即結婚、即出産したから」
フッと那緒子さんは口角を上げて、グッと親指を立てた。
行動力や決断力が早すぎる。
その辺はちゃんと娘に引き継がれているな。
一番最初に確認されたビワダンジョン。
その理由としては、琵琶湖に突如小島が出現したという異変に、誰もが気付きやすかったからだ。
当初は限定的な地盤の隆起ではないか、しかし地震は観測されなかったと、不思議な現象を前に、何も知らない政府自治体は小島への侵入を許さなかったが……勝手に立ち入り、小島内の洞窟から入ったダンジョン内の様子を最初に配信したのが何を隠そう──吾妻の父である。
「それから那緒子さんはどうしてここに?」
「深い理由はないわよ。周りに人が住んでいないとかも考えてない。ただ、あの人と結婚して、舞梨が生まれて。あの人は行く先々で色んなものを持って帰ってきて物は増えるし。舞梨も大きくなってきたから、広い家に引っ越そうかって話してたら、ちょうどここの話を聞いて、そのままついでに上京した感じ」
小さい時から吾妻は無邪気な子供だったらしく、昔から家のものをよく破壊していたらしい。体以外、ほんと何一つとして成長してないな。
それに物が溢れるばかり集めてしまうのは父譲りだったか。
間違いなく二人の子供だな。
「ほんと、あの子は危なっかしいから。夫とまるで一緒」
「……その、すみませんでした」
「何で謝る必要があるの?」
「……それは」
「ごめんなさい。いじわるしたわね。言わなくても分かってる。それに、会う前からあなたのことを聞いていたわ。舞梨と、それに夫から色々聞いてたわよ」
あそこはほとんど電波が伝わらないし、回線もぐちゃぐちゃだ。
それでもなお、何かしらの方法で夫からの連絡は途切れることなく続いているという。
「はは、やっぱ無事だったか……」
「ええ。あの人しぶといから。連絡は相変わらず一方的だけど。だから、もし、よかったらあの人のこと、教えてくれない? 思い出してくれるだけでも嬉しいわ」
「はい……──」
──12年前。
俺が吾妻舞梨の父、吾妻大悟とは、ヨナグニダンジョン内で出会った。
「──えぇ!? なんか、ガキンチョいるぅ!?」
彼はとても失礼な人だった。




