40本目 人を傷付けるようなことをしたらダメ! だよっ!
──どうして何も気付かなかった。
手を伸ばせばすぐに引き止められたというのに、何故一人で向かわせた。何を俺は見落としていた。
これは、俺の油断が招いた最悪の結果。
「よし、邪魔、だよね」
葬倉は貫いた左腕を振り払うと、その方向に吾妻が飛んで行く。
地面に落ちる前に急ぎ、受け止める。
「……吾妻、おい、しっかりしろ……吾妻!!」
何度呼びかけても、吾妻は反応しない。
でも、まだ微かに息はある。助かるかもしれないが、腹に大きな穴を空けられており、その猶予はそう長くない。
「おっと、このままでは顔バレ、だよね」
葬倉はポケットから赤と黄色の覆面マスクを取り出しては被る。
プロレスラーのようなその姿に、俺は一つの動画を思い出した。
ディープウェブで名を轟かせる虐待系ストリーマー、ジャスティスマン。
他の探索者を襲う様子を配信する、こちらもブラックリストに載る人物だ。
見せてくれたあの免許証はソーソー用に偽装したもの。入口では本性を騙って侵入し、カルイザワダンジョンを一人で悠々とここまで来たのだろう。
すれ違った他の探索者がどうなったかは分からない。
何よりこいつは、俺と同じ──
「お前、模倣者か……!」
「その通り。トットリダンジョンの模倣者、だよね!」
危険等級S級、内部が砂に埋もれたトットリダンジョン。
S級の模倣者ならばかなり危険な力を有しているはず。なのに気付けなかった。
それもそうか──本当の強者は悪意や殺意を隠し、相手に能力を悟らせない。
だからこそ容易に懐に近付けるのだ。
「いいのか。人気歌い手が模倣者だとバラしても」
「構わないさ。何故ならば……みんなここで葬るから、だよね!」
今すぐにでも吾妻を連れ出したいが、彼に背を向けて逃げるのは難しい。救助配信する余裕もない。
こいつを早急に倒さないと、彼女は助けられない。
「まぁ、そう敵視しないで欲しい。実は私、同じ模倣者としてあなたをスカウトしにきただけ、だよね」
「スカウトだと……?」
「我々、模倣者は世界から存在自体をなきものにされてきた。中には捕縛され、監禁、拷問を受けて帰らぬ者となった仲間たちもいる……」
……あぁ、確かにそうだ。
俺と、それに庭白はS級の免許証を持たされている。
S級ダンジョン以上で緊急依頼があった際、先発隊として滞りなく行かせるための人柱に過ぎないからだ。
月に一度は必ず探求省の元に赴き、色々と検査だってさせられる。
もし、害をなすようなことをすれば……即刻処分だ。
「許せない……許せない、だよね! だから我々は模倣者の世界を作りだす! そのためにはまずは力や仲間が欲しい! だよね! どうだ、東亮……あなたはSS級の模倣者だ……! そんな雑魚は放っておいて、手を組もう! だよね!」
「断る。世界なんてどうだっていい。ただ──彼女と共に、色んな世界を冒険したい。それができれば十分だ」
「……そうか。それは残念だ。ならば、ここで消しておくべき、だよね」
葬倉は懐から、ただのマヨネーズを取り出した。
赤い蓋を外し、直接口内に注入する。
「チュゥゥゥゥゥー……ぷはっ、やっぱり力が漲るのに必要なもの、それはマヨネェェズ、だよねっ!」
隆々とした筋肉が、さらに肥大化する。
マヨネーズをドーピング剤として、葬倉が凶暴化しだす。
「あぁぁ……魔与怒厨……これだから、マヨネーズはやめられない! だよね!!」
巨大な拳で殴りかかる葬倉。
すぐ後ろには倒れている吾妻が。彼女を抱えて避けても傷を拡げるだけかもしれない。
俺は葬倉の攻撃をその場で受け止めっ!? ぐっ!?
「うん、今日も良い調子、だよね!」
……なんて重さだ。
あまりの衝撃にその場で耐えることはできず、相当後ろまで飛ばされてしまった。
「──東、くん……」
「っ! 吾妻!?」
「だい、じょうぶ、だよ。わたし……さいきょ、だから、まもってあげる……ね」
息が混じった消え入りそうな声をあげる吾妻。
だが、彼女のすぐ側には葬倉が立っていた。
「複数を相手する場合、最初にやるのは弱い方からが相場だよね。数も減らせて、強い奴の動揺も誘えるから、だよね!!」
「やめろっ!!」
吾妻に向かって、腕を振りかぶる葬倉。
次が当たれば確実に彼女は死ぬ。
俺の悲痛な叫びに答えることはなく──葬倉の動きは止まる。
「──宝具:回線遅延」
突如として現れた男性が、停止した葬倉の顔面を蹴り飛ばす。
さっきの俺と同じように、今度は向こうが吹っ飛んでいった。
「すみません。遅くなりました」
「……佐藤さん、どうして」
「このダンジョンを攻略しました。その帰りですよ。松實が電話が繋がらないからと心配して、探してたんです。もちろん彼女たちもいますよ」
「ぐぅっ、私の自慢の喉が潰れたら、どう責任を取るつもりだよねぇ、ぷぅっ!!」
砂煙の中、立ち上がる葬倉が詰まった鼻血の塊を飛ばしたところに、影が迫る。
「おっしゃぁ! ぶっぱなすぜぇ!! 宝具:海月ぅ! ──〈アクアクリア〉!!」
「あー、ねみゅいよー。レリクス〜:海日〜。──〈パラレルパラレルゥ〜〉」
宙に浮く傘に飛び乗った生野が透明な弾丸を大量に撃ち込み、松實が双剣で斜めに平行で敵を斬りつける。
「……あれ、本当に彼女たちですか……?」
「すみません、あの二人、太陽が沈むと性格が逆転するんです。またご迷惑をおかけします」
冷静だった生野が狂気的なハイテンションになり、そのハイテンションだった松實が眠くなってローテンションになるローテーションを毎日繰り返してるという。
「この状態だと生野は全く寝なくなるんですよ。困ったものです……」
そういえば佐藤の目の下には濃い隈がある。四六時中、苦労しているようだ。
ただ、あの二人を世話するだけでなく、巨体を蹴り飛ばせる彼もまた、相当な実力者だと窺える。
「おらぁ! どうだてめぇ! もっと撃ち込んでやろうかぁ!?」
「しょーのちゃん、うるさいよぉっ、うぇっ、わぁぁ!?」
「あはははは!! おまえ飛ばされてやんのぉ! ぐへっ!?」
仰向けに倒れていた葬倉に腕を掴まれた松實は、浮遊する傘に乗って見下ろす生野の元まで投げ飛ばされた。
「ゲホッ、ゲホッ! いってぇな、おめぇ!」
「うぅ、腕折れた気がする……眠いよぉ……」
「……そんな、僕の宝具は対象を減速するもの。あんなに動けるはずが……」
「かーんたんな話、だよぉね。もぉっと速く動けばぁいいのだからぁ。筋肉があれば宝具をも凌駕する、その筋肉を作るにはマヨネーズ……だよね!」
S級探索者が助けに来てくれたものの、それでも相手は危険等級同等のS級の模倣者。
模倣者はダンジョンを体現したような存在だ。S級探索者数人で攻略できるものではない。
……だが、絶望してられない。
「佐藤さん。減速対象を吾妻に変えることはできますか」
「ええ。できますが……」
「それで吾妻の傷が開くのを遅くしてほしい」
「分かりました。ただ、すみません。減速対象は一人までです。そうするとあいつは元の速さに戻ってしまいます」
「大丈夫です。……松實さん、生野さん」
「ふぇ?」「んだよ!」と傘の持ち手に引っかかってぶら下がる二人が返事した。
「片方ずつ宝具を貸していただけませんか。そして、できれば吾妻を守りながらこの場を離れて──」
「いいよ〜」「別にいいけど!!」
俺が言い切る前に、二人はそれぞれ片方の宝具を投げてきたので、それを掴み取る。
右手に剣を、左手に銃を携え、近接格闘の要領で構えた。
「東亮ぉ……今ならぁ、心替えしたら許してあげよう……だよね!」
「どの立場で言ってんだよ。お前らの掲げる理想や正義なんて知ったことではない。ただ、彼女の邪魔をするなら、俺はお前をぶちのめすだけだ。……来いよ、格下」




