28本目 みんなに秘密にしていたことがあります。──わたしも知らないですけどね。
「あっ、あず──お兄ちゃん! 大変なの、えりにゃんが!!」
ヤミトチョウのトイレ前の廊下、吾妻たちはこの崩壊後の現場近くに戻って来ていた。
フランちゃんが一人ずつ順番に上まで連れて行ってくれたようだ。
しかし依然として、野田は生死を彷徨っていた。血と汗をダラリと流しながら壁にもたれ、意識も朦朧としている。
「エリナっ! エリナ、しっかりしてっ!!」
「ごめん、リリナ……最後まで偉そうに文句ばっか言って……。いつもアタシは自分のことばっかで、嫌なことはすぐ誰かにぶつけて……ほんと、ごめんね……」
「そんなの、エリナのせいじゃない! どんなエリナでも、わたしはエリナとずっと一緒にいたい。子供の時からずーっとずっと……だから……」
「リリナ……。……マイマイもヒドいことしてごめ──」
「これ食べて!!」
「うごっ!?」
吾妻は俺から受け取った白湯華を、野田の口の中に無理やり突っ込んだ。
今まさに酷いことを返してあげたな。
「うぇぇ、まずぅぅ……」
「体どう!?」
「どうって……あれ?」
「エリナの脚が……治ってる……!?」
俺は二人に白湯華の説明をした。
どうしてこんなものを持ってるのかと質問されたが、適当にはぐらかす。吾妻もその辺は特に疑問に思っていない。
ただ、白湯華は一輪しかなく、重症の野田を優先したため、吾妻の傷は治せなかった。
すぐにでも病院に連れて行きたい……だが、彼女の性格上、野田たちを置いて出ることはないだろう。
すぐに容態が悪くなるわけではなさそうだし、遠くから見守るだけに留めた。
「ありがとう……、その、アンタにも悪いことしたわ……」
「いや、俺は別にいいんだ。それよりも妹と話してやってくれ」
「ん? 妹? ……あぁ、そっか! お兄ちゃん!」
「もう二人が兄妹じゃないくらい分かってるわよ。でも、それで通したいのなら、カメラ前では兄妹として接する。今度こそ約束する」
それだけ聞いて、俺は一度ここから離れた。
契約書を書かせる手間は必要ないようだ。
俺がいない間、野田は吾妻に対して改めて謝罪した。
それを許すかどうかは吾妻次第──どう答えるかは分かりきっている話だが。
というよりも嫌がらせをされていたことにも気付いてなさそう。他にも地味にされてたこと結構あったぞ。
俺は他に魔物がいないか、また、どのルートで上まで帰れば安全かを考えながら散策をしていた。
野田の脚が治ったとはいえ無理はさせられないし、何より吾妻が無理して傷を広げないかが心配だからだ。
「──東さん」
背後から呼び止めたのは、庭白リリナだった。
足音で気付いたが、気配が薄すぎて声を聞くまで誰か判別できなかった。
「どうされましたか」
「……あなたも……わたしと同じですよね」
「えっと、何が──」
「──模倣者」
その言葉に思わず身構える。
彼女は俺と同じだと言った。つまり……
「お前も模倣者なのか」
庭白はコクンと頷く。
全くもって気付かなかった。彼女からは何も力を感じないのに。
「わたしは初めて会った時から気付いていました。……けど、わたしのことは気付かないですよね……わたしは既に完全攻略されちゃってるので」
庭白は自分で自分を抱きしめた。
……俺たちは人間じゃない。
模倣者──ダンジョンで生まれた、人ならざる人。
言うなれば人に化けた魔物だ。
見た目は人間そのものだが、卓越した身体能力と研ぎ澄まされた感覚、特殊能力をも孕む化け物。
その能力性はダンジョンの危険等級によって変わる。ボスが倒されたダンジョンの魔物は弱くなるのと同じ原理だ。
庭白にはもう特別な力は何もない。
模倣者の存在は都市伝説程度でしか世間に知られていないが、探究省の一部職員はその実態を把握している。
敵意のない模倣者に対しては人間と同じように戸籍が与えられ、同時に免許証が発行される。その際、問答無用でS級となる。
……なるほど、B級の野田がこうもA級に近い戦闘能力があるのは、庭白の免許証で高難易度のダンジョンに挑戦して経験を積めたからだな。
「完全攻略されているということは、出身は?」
「トサダンジョンです。高知県の。エリナとはそこで出会いました……」
彼女は話した。
自身とパートナーの過去を。
野田の出身地は香川県らしいが、高知県に住む父方の祖父母の元へ、毎年の夏休みは帰省していたという。
帰省先に友達はいないし、子供自体少ないので、野田は一人フラフラと探検していた。
すると、当時まだ発見されていなかったトサダンジョンへと迷いこんでしまったらしい。
そこで彼女は出会ったのだ。
「──あ、え……ニンゲン?」
「……あんた誰」
「えっと、んー……」
「何よ、人と会ったら名乗るのが常識よ。てか、あんたよく見たらボロボロじゃないの! ちょっとついて来なさい!」
祖父母の家に連れ帰り、そこでできた友達だと言ってお風呂にも入れて服も貸してあげた。
「で、あんた誰」と聞くが彼女には名乗る名前がない。
痺れを切らした野田は、庭に咲いていた白い百合の花から庭白リリナと名付けてあげた。
「エリナちゃん、これからも遊んでくれる?」
「もちろんよ。もうあたしたちは友達でしょ」
「わぁ……! うん! これからも、ずっと一緒だよね!」
それから夏休みの間、ずっと二人で遊んでいた。
夏が終われば、その次の年、また次の年と会っていたが……野田が小学五年生の夏、庭白のいる場所がダンジョンだと発覚した。
探索者が押し寄せて、トサダンジョンは一瞬で攻略された。
その際、ダンジョン内で遊んでいた子供たちが二名保護された。
怪我はなかったが、検査と称してお互い離ればなれにされてしまう。
「エリナちゃん、エリナちゃん……! わたしのこと、絶対に忘れないでっ!!」
外の世界を何も知らない庭白は、野田と二度と会えなくなると思い込んでしまった。
そして──
「──わたしはエリナに呪いをかけたの。嫌な記憶を夢で何度も思い出させる呪いを」
野田エリナは記憶再現の怨呪を知らぬ間に患っていた。
寝ても覚めても悪意に晒される毎日。
忘れられない経験や感情を何度も体感させられる。
むしろ、あそこまで正気を保っていられる方がありえない。
「このこと野田さんは?」
庭白は首を横に振る。
下手な気遣いをさせたくない。それに嫌われる、自分の元から離れてしまうかもと、怖くて言い出せない。
「わたしたちについては、以上です。その、東さんはどこのダンジョンで……あ、いや答えなくなかったら別に……」
「大丈夫だ。隠すつもりはない。俺は、ヨナグニダンジョンで生まれた」
「ヨナグニって……危険等級SS級の……!? だから……その強さ、納得しました。てことは、マイマイさんも……?」
「いや、あいつは何でもない。ただの人間だ。ちょっとアホなだけの」
「そ、そうなんですね……てっきり、あの子にも特別な力があるのかと……。とても元気ですし、それに……エリナの呪いが少し解けた気がしたので……」
きっと宝具:白湯華の効果が大きいだろうが……まぁ確かにあいつは太陽の如く明るいから、思わずこっちまで元気を貰える。
記憶に灼けつくほどの強引さには嫌な記憶を忘れてしまうかもしれない。
「……なら、試してみませんか。マイマイが呪いを晴らせるかどうかを」




