122本目 大人な世界って憧れるよね……!【未成年なのでタバコ吸えません】
……ファンフェストが行われた日の夜に話は遡る。
日付が変わる頃に帰宅した吾妻は、スライム姿のオーデュイと一緒にお風呂に入ってから、同じベッドで寝ようとしていた。寝る時のオーデュイはまたスライムからニンゲンの姿へと戻る。
「今日のマイマイはカッコよかったな〜」
「ふふーん。でっしょ〜?」
吾妻はオーデュイの頬をモチモチしながら向かい合わせで添い寝、寝落ちするまでお話をする。アキハバラダンジョン以降はほぼ毎日これがナイトルーティンになっている。
「そういえばオーデュイ。一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
「うん!」
「亮くんに告白して、あれからどうなった?」
「うん!?」
吾妻はいつもの笑顔を見せるが、それが余計に怖い。
オーデュイは思案した。
(亮くんとマイマイをくっつけるためについた嘘だけど、正直に言えないよね。普通に振られたってことにする? いやぁ、でもそしたらマイマイが気遣っちゃうかも。あ、じゃあ亮くんは他に好きな人がいるって言ってたっていえば、マイマイかもと期待……はしないか。普通、自分以外かもって考えてマイマイが消極的になっちゃうかもなぁ)
この間、思考時間30秒。
「むー、黙ってる。なんか隠し事してるでしょ」
さすがの吾妻にも怪しまれるくらい「むーん……」とオーデュイは無言で悩んでしまっていた。
「うぅ、実は……」
オーデュイは全て吐いた。
人様の恋愛にお節介することに吾妻は怒るのか、それとも彼女の性格上、笑って許してくれるのかと思っていたら……虚無顔でこっちを見ていた。
「マイマイ怖い!? うぅ、ごめんんん〜!」
「……それってつまり、亮くんはわたしのこと好きってこと?」
「え? その、分かんないけど、でも絶対マイマイのことを特別だと思ってるけど……」
「ふーん」
吾妻はオーデュイに背を向けると、そのままふて寝した。
「うぅ、マイマイごめんんん、こっち向いてよぉぉ!」
「やだ。顔見せたくないもん」
「マイマイ〜……」
「冷たい! オーデュイダメ!!」
オーデュイはそのまま吾妻に後ろから抱きついたが、冬はよりヒンヤリボディの彼女は拒絶されてしまった。
そんな吾妻は……顔が真っ赤になるほど体が熱かった。
気まずい空気が流れそうな二人だったが……寝ればスッキリする吾妻のことなので、結局は忘れてオーデュイと仲良く朝ご飯を食べた。
ところどころ彼女の寝相でボコボコに凹んだオーデュイだが、毎日のことだし、スライムだから体は痛くなかった。
◇ ◇ ◇
探求省内は全エリア禁煙。所在する霞ヶ関一帯も今ではもう禁煙地区となっている。
一服したいのであれば、かなり離れた場所にある喫煙所に行かねばなるまい。
建物の間に挟まれたひっそりと佇む喫煙所。淀んだ空気が滞留したままの迫害されたような場所に一人、武崎は煙草を嗜んでいた。
探求省に勤めてからは禁煙し、もう長らく吸っていなかった。
久しい煙に最初こそ咳き込んだが、すぐに親しんだ空気に心が落ち着く。
……多くのものを失った。
アキハバラダンジョンの件以降、将来有望な探索者、大切な探求省の部下たち。そして、自分を支えてくれた秘書を目の前で……。
他の職業よりも死が近いことは皆承知の上だ。
ただ残された者が受け入れる準備ができることは一生ない。
探索者時代にも多くの友人を失ってきた。当時は武具や宝具もほとんどなく、ダンジョンの攻略知識も乏しいから死亡率は今より遥かに高かった。
彼の背中に乗しかかるのは重責だけではない。
大臣辞任も考えた。
自分を狙って起きた曰西リオの襲撃では、多くの犠牲者を出してしまった。
激しい責任追及もあったが、結局は残された職員からの人望とこれまでの功績──そして、この先の世界の調和を統率する後釜がいないために続けざるを得なかった。
別に地位や名声などはどうでもよい。
しかし、重い鎖を引き摺って歩くことは強いられたままだ。
「……誰だ」
誰も知らない、そもそも喫煙所という形をしていない、裏路地に灰皿が置かれただけの場所に人が来るわけはない。
当然、武崎は警戒する中、現れたのは彼と同じスーツを着た女性だった。
探求省職員みたいだが、武崎は彼女の顔を知らない。
「警戒させてしまったのならば申し訳ございません。この度、新たに武崎大臣の秘書となります──磐田凛です。よろしくお願いします」
「……見ない顔だな。前はどこにいた」
「別の人のマネージャーを。転職でこちらに」
「一応国家公務員だがな。……聞いているだろうが、ダンジョンに潜らずとも命が狙われることのある仕事だ。可能ならばすぐにでも転職することを薦める」
「構いません」
磐田はポケットから煙草を取り出して咥えると火を灯し、一つ煙を吐いた。
「今の世界になってから、命の重さは一回り軽くなった。私が消えてもまた次が現れるだけ。私の命は誰よりも軽いです。ただ、あなたは消えてはいけない人物です。好きにお使いください」
「君は命を軽んじているな。小さいものこそ見失いやすい。自分を大切にしなさい。……私は、私のを守ることしかできない。どうか私をみくびっておくといい」
「さすが、人思いの武崎大臣です。情が熱い」
「焦げついているだけだ」
灰を捨て、一思いに吸っては吐く。
「何とお呼びすれば良いでしょうか」
「……好きにしろ」
「では、皆さんに倣ってボスと」
「……ああ」
満ちる煙に包まれて、二人はこの先会話しなかった。
『──果物に煙はナシだぜ』
が、謎の音声が耳に入る。
それは、人間でも機械的なものでもない。
大きさがバランスボール程の巨大な梨におっさん顔のラフ画が刻まれた、人間の生脚が生えた魔物。
「なんだこいつは」
『おっと、俺を殺すのはナシだぜ』
何もせず魔物は逃げ去っていく。
そんな奇妙な魔物は東京のあちこちで目撃されるようになった。




