第12話【声を無視したのは、Fランクの闇使い】
遭遇した硼岩棄晶をピンソロが出る間もなく現地の異能者が駆除し、
翔星、ピンゾロ、斑辺恵の3人は待機先での初日を終えた。
「おはようサイカさん、今日も早いな」
初日の見回りから数日後の朝、ベッドから起きた翔星は椅子に腰掛けるサイカに簡単な挨拶をする。
「この体に必要なスリープは極めて短時間」
「それって、寝なくていいって事なのか?」
「肯定、人間のような睡眠は必要ない」
胸に手を当てたサイカは、慎重に聞き返した翔星に淡々と説明した。
「そいつは便利だな、でも暇ではないのか?」
「データ整理を実行、ダウンロードした新技も使用可能」
「先日話してた件か、結構面白いシステムだな」
大袈裟に肩をすくめて聞き返した翔星は、サイカが手のひらに出した立体映像に興味の眼差しを向ける。
「アーカイブにあるネット小説に出て来た、極意をマニュアル化した武術を参考」
「さすがにそろそろ怒られねえか?」
「その時は別途対処する」
しばし天井を見上げてからデータを諳んじたサイカは、呆れ気味にため息をつく翔星に余裕の笑みを返した。
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「こいつは厄介だな……」
一同が朝食を終えた直後に着信音の鳴ったLバングルを起動した礼真は、難しい表情を浮かべてメッセージを見詰める。
「どうした? 硼岩棄晶の大群でも出たのか?」
「いや、民間人が結界の外に出たらしいんだ」
半ば期待する口調で翔星が冗談を飛ばし、礼真は静かに首を横に振った。
「確かに厄介だな……」
「詳しい情報を要求する」
複雑な表情に変わった翔星が小さく唸り、サイカは表情を変えずに話を進める。
「行方不明になったのはオーツ中学のイチカワ……」
「名前はどうでもいい、状況だけ教えてもらえるか?」
「はい。行方不明者は今朝、登校する途中に結界の外へ出た模様です」
手のひらに立体映像を浮かべた夏櫛は、情報の優先順位を定めた翔星にお辞儀を返してからデータを読み上げた。
「一般人の結界外への移動は禁止となっている」
「結界は硼岩棄晶の発生と侵入を防ぐだけで、人間は自由に出入りできます」
小首を傾げたサイカが手のひらに立体映像を浮かべ、夏櫛は難しい顔を返す。
「電子天女に人の往来を制限する権限は無いからな、まずは動機を知りたい」
「こいつはスズノキシティでも札付きの悪でね」
簡単に説明した翔星が別情報の開示を求め、礼真は深いため息をついた。
「学校側はいじめで誤魔化していますが、傷害、恐喝、強要、窃盗などのあらゆる犯罪に手を染めています」
「しまいには犯罪行為がエスカレートして、同級生を結界の外に出したんだ」
該当データを展開した夏櫛が淡々と読み上げ、礼真は疲れた様子で首を振る。
「当該行為は殺人に相当すると認識」
「いや、被害者の男子生徒は異能力に覚醒して事無きを得たんだ」
立体映像を切り替えたサイカが不快感を露わにし、静かに首を横に振った礼真は小さくため息をついた。
「今現在、覚醒した生徒は本部で保護済みです」
「下に見てた相手の急な出世、歪んだプライドが拗れるのも無理ないか」
続けて該当データを読み上げた夏櫛も微笑み、心底面倒臭そうな表情を浮かべた翔星は雑に頭を掻く。
「心のケアとやらは専門外だ、僕達の仕事は別にある」
「行方不明になった不良の回収だろ?」
静かに首を横に振った礼真が窓を親指で指し示し、翔星は軽く肩をすくめた。
「多少の語弊はあるが、概ねその通りだ」
「早急な出動が必要、要救助者と硼岩棄晶の接触は危険」
複雑な笑みと共に礼真が頷き、立体映像を確認したサイカが立ち上がる。
「捕食した人間の声を真似て新たな獲物をおびき寄せるドッペル化か」
「あれは姿も真似るから厄介だ」
「電子天女は被害の拡大を防ぐため、人間を結界で保護している」
Lバングルの該当項目を確認した礼真に頷いた翔星が気を紛らわせるように頭を掻き、サイカは手のひらに大鳥居の立体映像を浮かべる。
「結界の外は全て自己責任の無法地帯、中学で粋がるだけの不良ではな」
「警察と消防の準備は整いました、いつでも出られます」
「ありがとう、夏櫛。みんな、行くよ」
自分達の住む世界を再認識した翔星が複雑な笑みを浮かべ、天井を見上げていた夏櫛の報告を合図に礼真は出動を号令した。
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「不良が向かうとしたら、どっちだ?」
「硼岩棄晶を探しただろうから、森の中だ」
大鳥居を背にした翔星がサングラス型のバイザーを取り出し、礼真は道路の先に見える森を指差す。
「理解不能、異能者ではない人間に勝算は皆無」
「ビンゴだ、こっちに人の通った跡がある」
首を横に振ったサイカが空を見上げ、翔星は手招きして森の下草を指差した。
「すぐに見付かるなんて」
「規則を破って外に出たんだ、一刻も早く身を隠したいだろ?」
思わぬ手掛かりに礼真が呆れ、翔星は軽く肩をすくめる。
「確かにそうだな、どっちに行ったか分かるか?」
「任せろ、道を辿るのは簡単だ」
納得して頷いた礼真が森の奥を見据え、軽く頷いた翔星はバイザー越しに下草の様子を観察した。
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「囲まれたな」
「森に入った時点で覚悟はしてたよ。夏櫛、頼めるかい?」
しばらく森を進んだ翔星が立ち止り、小さく頷いた礼真は夏櫛に目配せする。
「かしこまりました……え?」
「どうしたんだ?」
アンテナの付いた髪留めに意識を集中した夏櫛が眉を顰めて呟き、礼真は怪訝な表情で聞き返した。
「データに無い形状の硼岩棄晶が10体、さらに増えてます」
「何だって!?」
信じ難い観測結果を夏櫛がありのまま報告し、礼真は思わず大声を上げる。
「落ち着けよ、礼真。相手はヒト型、ドッペル級だ」
「では、要救助者は……」
「残念だが手遅れだ」
軽く息を整えた翔星がRガンを手に取り、ガジェットテイルを起動したサイカに複雑な笑みを返した。
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『『イタイ……タスケテ』』
学生服を着た少年の形を模した硼岩棄晶が四方から現れ、同時に声を発する。
「な!? こいつら、言葉を!?」
「ドッペル級は食った人間の姿と声を真似るって教本に書いてあったろ?」
慌ててRガンを抜いた礼真が動揺のあまり大声を上げ、背中合わせに回り込んだ翔星は冷静にRガンを構えた。
「だからと言って数が多すぎる」
「1体が変化したら他も一斉にコピーする、今ここにいるのは人間ですらない」
「頭では分かってても、やりにくいな」
何も起動していないLバングルを眺めて息を整えた礼真は、翔星の冷徹な助言に複雑な笑みを返す。
「四の五の言っても仕方ないだろ、Rガン、ダブルファイヤ!」
『タスケ……テ!?』『ナンデオレ……ガァ!?』
照準を定めた翔星がRガンの引き金を2回引き、頭を焼き貫かれたドッペル級の声が途切れる。
「そんな攻撃、すぐに再生するぞ」
「しばらくはヒトではなくなる、黙った奴から駆除を頼む」
『フザケン……ナァ!?』
通常攻撃に呆れた礼真の苦言に独自の理屈を展開した翔星が更なる熱線を放ち、新たなドッペル級の声が消えた。
「分かった。夏櫛、いくよ!」
「かしこまりました、祇封雷舞起動」
小さく頷いた礼真が頭部を失ったドッペル級にRガンを向け、夏櫛も雷の扇子を纏った針を手に取る。
「サイカさん、コアは首にある。礼真と協力して駆除を……!」
「虎影灯襖虚、起動」
『アイツノセイ……ダァッ!?』
続けて指示を出そうとした翔星が声を詰まらせ、手にした懐中電灯から光の刃を出したサイカは翔星の背中に飛び掛かったドッペル級の首を刎ねた。
「すまない油断してた」
「この体は貴官の護衛に回る」
「そいつは頼もしいな、片っ端から崩していくぞ」
Rガンを構えたまま礼を述べた翔星は、背後に立ったサイカに軽口を返しながら素早く引き金を引く。
『オレハマケテナ……イッ!?』
「相対距離確認、攻撃を変更」
熱線を浴びて頭が爆ぜたドッペル級の声が消え、サイカは手にした懐中電灯から伸びる光の刃を弾道ナイフの如く飛ばした。
「新しい技は夏櫛さんの武器を参考にしたのか」
「肯定、攻撃の名称は梠接」
頸部に光の刃が刺さって灰と化したドッペル級を確認した翔星が冷静に分析し、頷いたサイカは新たな光の刃を伸ばした懐中電灯を構える。
「リーチが伸びたんなら、駆除も楽になりそうだ」
「これで貴官に遅れは取らない」
「言うようになったな」
軽く肩をすくめた翔星は、誇らし気な笑みを浮かべるサイカに軽口を返して次の標的に狙いを定めた。
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「また出て来た、このままだとジリ貧だぞ」
「こっちの駆除は補充の頻度を上回った、今ならオリジナルを探せる」
地面から続々と湧いて来るドッペル級に礼真が悲痛な声を上げ、周囲を見回した翔星は冷静に励ます。
「貴官には目星が付いてると推測」
「正解だ、少し離れた位置にいる。隙を見て離脱だ」
「分かった。見事な手際で助かる」
手近なドッペル級を斬り伏せたサイカに頷きを返した翔星が1本の木を指差し、礼真は夏櫛を伴い木へと向かう。
「貴官は教本以上の情報を持つと推測」
「初めて駆除したのがドッペル級ってだけだ、早く行くぞ」
礼真達の後を追う複数のドッペル級の全てを背後から斬り伏せたサイカが怪訝な表情を浮かべ、翔星は自嘲気味に笑ってから走り出した。