第10話【空気を破裂させたのは、Fランクの風使い】
街の外を見回っていた翔星達は、
バイソン級硼岩棄晶に遭遇した。
「まずはひとつ!」
『ブルルルァー!』
塵灰と化したバイソン級を夏櫛が確認し、距離を取った別のバイソン級が頭部に黒雲を発生させて電撃を放つ予備動作に入る。
「無駄ですよ!」
『ブギャァ!?』
振り向きざまに針を振った夏櫛が扇状の雷を投げ、コアを焼かれたバイソン級は悲鳴を上げて崩れ去る。
「まるで博物館のゲームに出て来る忍者みたいだな」
「次弾の展開を確認、興味深い戦法」
後方に控えた翔星が半ば呆れて感心し、サイカは手にした懐中電灯を見詰めた。
『ブルァ!』
「おっと!」
2体残ったバイソン級のうち1体が突進し、礼真はRガンを地面に向けて撃った反動で跳び上がる。
「礼真もブ空術を使うのか」
「ブ空術? データベースに記載なし」
礼真の動きに気付いた翔星が小声で唸り、サイカは怪訝な表情で聞き返す。
「ブラスター滑空術の略だ。出力を抑えたRガンの反動で跳ぶ、異能者の娯楽だ」
「教本未記載の理由を理解」
Rガンを軽く振った翔星が肩をすくめ、サイカは得心の行った様子で頷いた。
「ボルトスティンガーセット、シュート!」
先端が丸く膨らんだ金属の管を腰のケースから取り出した礼真がRガンの銃口に挿し、引き金を引いて撃ち出す。
『ブギィッ!?』
先端の丸い膨らみがバイソン級の額に当たると同時に膨大な電流が体内を貫き、コアを焼き貫かれたバイソン級は悲鳴と共に消え去った。
「手製の得物をRガンと組み合わせたのか……ふっ」
『ブモォ!』
冷静に攻撃を分析した翔星は、突進して来た最後のバイソン級に目を向ける。
「闇よ!」
『ブモッ!?』
短く意識を集中した翔星が周囲を闇で覆い、バイソン級は慌てて足を止める。
「悪いが、ここで行き止まりだ」
『ブギァッ!?』
闇の中で輝くコアを睨み付けた翔星がRガンを突き付け、バイソン級は断末魔の悲鳴を上げた。
「へぇ……見事な反応速度だ」
「貴官に出遅れた、まさに光の速さ」
闇を消した翔星が足元に伸びた光の刃に含み笑いを浮かべ、刃を納めたサイカは翔星に賛辞を贈る。
「光は勘弁してくれ」
「承知、今後は配慮する」
深くため息をついた翔星が曖昧な笑みを浮かべ、サイカは真剣な表情で頷いた。
▼
「翔星さん、サイカさん、ご無事でしたか?」
「作戦行動に支障はない」
水兵服に戻った夏櫛が近付き、丈の短い水兵服をインナーの上に纏ったサイカは冷静に頷きを返す。
「闇をあんな風に使うなんて上手い事を考えたな」
「礼真こそRガンと組み合わせる得物は見事だったぜ」
興奮気味に周囲を見回していた礼真が少し遅れて合流し、翔星は礼真が手にした金属の管を見ながら頷いた。
「僕のイマジントリガーにはこれが必要だからね」
「だからRガンで撃ち出せるように工夫したのか」
金属の管をケースに戻した礼真が照れ笑いを浮かべ、翔星は感心しながら頷く。
「まあね。翔星もイマジントリガーにRガンを使うし、今度見せてくれないか?」
「別に構わないぜ」
誇らし気に頷いた礼真が翔星のRガンに興味を示し、翔星は快諾する。
「ありがとう! 人のRガンに触るのは何年振りだろう!」
「やれやれ、斑辺恵とピンゾロは今頃どうしてんだ?」
大声で感謝した礼真が子供のように興奮し、翔星は呆れながら空を見上げた。
▼
「それで、昨夜はお楽しみだったのかい?」
「いきなり何を聞くんだ!?」
河原で釣りを楽しむ祐路から離れた位置に座ったテツラが片目を瞑り、斑辺恵は動揺を隠しながら聞き返す。
「何の事か聞かない辺り、少しは意識してるんだろ?」
「そんな訳無いだろ? 自分は焔巳さんの正式な異能者ではないし」
頭の後ろに手を回したテツラが悪戯じみた笑みを浮かべ、斑辺恵は祐路の近くに待機する焔巳に複雑な視線を向ける。
「本来の異能者が見付かるまでの役得と思えばいいだろ?」
「そんな事出来るかよ! それに焔巳さんは起動したばかりで」
「何も知らない純真無垢なお人形さん、って? 純情だね~」
詰まらなそうに肩をすくめたテツラは、俯いた斑辺恵の反論を遮って呆れ気味にため息をついた。
「どういう意味だ?」
「輝士械儕の外皮は人間の皮膚を高精度3Dプリンタで組み立てたようなものだが中身は違う」
苛立った表情を浮かべた斑辺恵が聞き返し、テツラは水兵服を少したくし上げてへその辺りに手を当てる。
「そりゃ、械儕を名乗るくらいだからな」
「物理的な違いもあるが、アタシ達は生き物でもある」
慌てて目を逸らした斑辺恵がこめかみ辺りを指で掻き、水兵服を戻したテツラは腰に手を当てて胸を張る。
「確か、実体を持たないデータリアンが人間と共存する目的で作ったと習ったな」
「正解だ。個々の人格もあるけど、情報生命体の記憶も共有してる」
顎に手を当てた斑辺恵が空を見上げ、大きく頷いたテツラは含み笑みを返した。
「つまり、何が言いたいんだ?」
「男子の下心を満たすデータも電子天女からダウンロード出来る、って事だ」
手のひらで顔半分を覆った斑辺恵がため息交じりに聞き返し、テツラは斑辺恵の耳元に顔を近付けて囁く。
「僕っ!……自分は、そんな事を……!」
「斑辺恵様、硼岩棄晶です」
「分かった焔巳さん、今そっちに行く」
動転した気を即座に落ち着かせた斑辺恵が周囲を見回し、大声で呼ぶ焔巳に手を振って走り出した。
▼
「キャンサー級が6体、多いな……」
「自分も手伝うよ」
「噂の鎌鼬を見たいのは山々だが、ここはオレ達に任せてくれないか?」
手元に集めた水をレンズに変えて対岸を観測した祐路は、身構えた斑辺恵に手のひらを向けてから首を振る。
「別に構わないよ」
「私も構いませんが、規則ですので武装だけは展開しますね」
軽く頷いた斑辺恵が快諾し、焔巳も尾羽状のガジェットテイルを揺らして頷く。
「サンキュー斑辺恵、焔巳さんも。テツラ、頼んだよ」
「待ってました! ガジェットテイル起動、コネクトカバー展開!」
敬礼をした祐路が号令し、スカートを消して青いスパッツを穿いた姿に変わったテツラは熊の尻尾を模したガジェットテイルから簗状の機器を展開した。
▼
「アクアデトネイター、シュート!」
『グァ!?』『グェ!?』
「まず2つ!」
腰に装着した簗状の機器を水平に向けたテツラが青い弾を撃ち、川を渡って来た2体のキャンサー級が爆発する。
「圧縮した水を破裂させたのか、風でも出来るか?」
「面白そうだな、ちょっとやってみてくれ」
後方で分析していた斑辺恵が手のひらを見詰め、振り向いたテツラは興味津々な表情を浮かべた。
「跳ぶ時のイメージが使えるな、風よ!」
『グォ?……グェァ!?』
「いい感じだ、爆発のイメージは斑辺恵の方が得意みたいだな」
手のひらを前方に向けた斑辺恵の放った風の塊が川を渡り切ったキャンサー級の頭部を破壊し、テツラは感心しながら追撃の水弾を放つ。
「まだ改良の余地があるな」
「下がってください! 斑辺恵様!」
「しまった! 火炎弾か!」
緩ませた頬を引き締めて手のひらを眺めた斑辺恵は、焔巳の声に反応して大きく後方に跳んだ。
▼
「ご無事でしたか? 斑辺恵様」
「自分は大丈夫だ、それより祐路達は!?」
燃え盛る炎に立ち塞がるように卍燃甲を展開した焔巳が振り向き、簡単に無事を伝えた斑辺恵は周囲を見回す。
「祐路の受けた攻撃はウィアトラップに転送した、簡単にはくたばらないぜ」
「あれが全部盾だったのかよ」
簗で全身を囲んだテツラが炎の中から姿を現し、斑辺恵は半ば呆れて唸った。
「助かったぜ、テツラ。ここから巻き返すぞ」
焼け焦げひとつ無い祐路が水を纏った糸を振って炎を消し、残るキャンサー級に意識を向ける。
「あいよ! スティングクロー、セット! アタック!」
『グェッ!?』『グギャッ!?』
答えるより早く跳び上がったテツラが簗に隠した鉤爪手甲を両手に嵌め、着地と同時に2体のキャンサー級のコアに突き立てた。
「オレも負けてらんない、な!」
『グォッ!?』
「纏わり付かせた水で釣り糸を操ってるのか」
最後に残ったキャンサー級に祐路が手にした糸を投げ、斑辺恵はキャンサー級の甲羅に巻き付いて動きを封じた糸の仕組みを理解して感心する。
「これで終わりだ」
『グォァッ!』
一直線に張った釣り糸に指を添えた祐路が軽く弾き、撥ねて刃と化した水飛沫にコアを斬られたキャンサー級は断末魔の声と共に消え去った。