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卑屈に純情〜人狼リアムは狩人に認められたい〜  作者: ヨドミ


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十九話 潜入

 シティ•ロドルナは切り分けたタルトのような地形で、盛り上がった生地の部分は山脈にあたる。

 山々から流れ込む二本の大河が作り出した中洲に、ロドルナ警察が管理する中央監獄は鎮座していた。巨大な獣が(うずくま)っているような建物である。

 ジクザに言われるがまま中央監獄を臨む川岸にたどり着いたリアムは、中央監獄の裏手にまわり、その城壁にへばりついていた。


 近づけば即、捜査官に見つかるかと思いきや、表側――中央監獄の門前とシティを繋ぐ橋以外に、人気(ひとけ)はない。わざわざ断崖絶壁をよじ登って、捜査官が出入りする施設に侵入しようとする物好きはいないからだろうか。

 遠くから見ればのっぺりとした外壁は、いざ近づくとレンガ積みされており、傷みの目立つその隙間に指や裸足のつま先を引っ掛け、リアムは壁をよじ登っていく。


 ――そ、それにしても……。た、高い。


 川から吹きつける風は刃のような冷気でリアムの両指を突き刺し、その感覚を奪っていた。

 厚い雲が月を見え隠れさせている。霧も立ち昇り川面がぼんやりとしてよく見えないのが救いである。


 ――ジグザさんの情報は合ってるんだよね……。


 リアムは数時間前のジグザとの会話を思い出し、眠気を覚まそうとした。


※※※

『あの中にハウンドはぶち込まれているはずだ』

 ジグザは川岸から見える中央監獄を前脚で示す。

 

「あ、あそこにハウンドさんが? ほ、保護施設に連れて行かれたんじゃないんですか?」

『アイツの匂いがこの辺りで途切れてるから間違いない。俺はここで待つ。早く行ってこい』

「え……? ぼ、僕ひとりで行くんですか?」


 てっきりジグザとともに潜入するのだと思い込んでいたリアムは、裏返った声を出してしまう。あくまでハウンド救出の手伝いをするだけ。そう聞いていたのだが。

 リアムは夜霧にかすむ威容に怖気づいた。


『あ? 俺が行くんならお前に頼むわけねえだろうが』

「そ、そんなあ……」


 覚悟を決めたとはいえ、そうそう臆病な性格が治るものでもない。尻込みするリアムにジグザは牙をむいた。

 

『あのなあ……あれ(中央監獄)には死刑囚が集められてんだぞ。そこにブチ込まれてるってことは、人間ども、本気でハウンドの首を落とす気だ。……そうなれば人狼連中の抑えが効かなくなる。万が一てめえがハウンドを死なせてみろ。誰が後始末するってんだよ』


 リアムが失敗する体で計画が進んでいるのが、怖ろしい。言い返す度胸のないリアムは、せめてもの抵抗として、ジグザの気を逸らそうとした。


「ハ、ハウンドさん、そんなに強いんですか?」


 終始笑みを浮かべている彼からは想像できないが、プライドの高そうなジグザが従っている相手だ。抜きん出て強いのだろう。


『それほどでもねえな。どっちかって言うと口でシティの連中(人狼)を煙に巻いてるって感じだ』

 後ろ脚で包帯を掻きむしりながら、ジグザは呑気に言った。

『ここではいかに人間に馴染むかが重要だからな。ハウンドはその辺の調整が上手い』

 いきなり刃物を振り回したことを完全に忘れているジグザに、リアムはなんと返事をすればいいのか迷う。


「ジ、ジグザさんが、ハ、ハウンドさんを補佐する役なんですね」

『……子守してる気分だよ。アイツ見境なく舌戦に持ち込んで、騒ぎをデカくするからな』

 ジクザは言うほど困っていないようだ。

 冗談を言いながらも信頼できる間柄が、なんだか羨ましい。


「そ、そうなら、ジグザさんがハウンドさんを迎えに行かないと……」


 ハウンドも側近であるジグザを待っているはずだ。だが、当の本人は首を縦に振らなかった。


『俺が行けば奴らの思うツボだ。……一応、俺は殺人で指名手配されてるんだぞ?ハウンドと共倒れになるようなことをするつもりはねえ』


 それでお前だ、とジグザは前脚でリアムを指し示す。


「ぼ、僕が捕まるのはいいってことですか……」


 ジグザに協力した思惑を悟られないよう、リアムは尻込みしてみせたのだが、


『……お前、ハウンドを言い訳にして、飼い主を引きずり出すつもりだろ』


 あっけなく見透かされ、リアムは背筋が不自然に伸びた。


「な、何を言って……。それに、ヴィ、ヴィクターさんは、か、飼い主じゃないですっ」

『誰もアイツだって言ってないぜ』


 ニヤリと牙を剥き出しにするジグザに、リアムはしまったと手で口元を塞ぐ。


『どう見ても飼い主と飼い犬だろ、お前ら。俺の頭に弾ブチ込むときの表情って言ったら……可愛がってるワンコが傷つけられて、怒り狂ってたもんなあ』

 くつくつと喉の奥で嗤うジグザの気が知れないが、それよりも。


「ヴィ、ヴィクターさん、僕が傷ついて怒ってたの……?」

『あ? 喜んでんじゃねえよ、胸糞悪いぜ。俺は今すぐにでも、あのクソ野郎を食い殺してぇんだぞ』

 今だにジグザの頭には包帯が巻かれている。ヴィクターを恨む気持ちは分かるが、ジグザが軽快に動き回っているせいで、リアムは彼が怪我人だと忘れがちになるのだ。


『それにハウンドに思いっきり噛み付いてたからな。飼い犬に余計な知恵吹き込まれんのが気に食わねえんだろうよ。邪魔な獲物の処理に立ち会わねえはずがねえ。……ハウンドを見つければ、そばにいる可能性は高いって浅知恵だろ』

「……」


 すべて見破られたリアムは、沈黙するしかなかった。

『まあ、お前が何考えてようが、ハウンドが自由になれば、どうでもいい。お、見張りが消えたな……さっさと行け』


 川岸の木立から監獄の敷地を窺っていたジグザは話を断ち切ると、リアムを急かした。


※※※

 ――僕にとってヴィクターさんは何なんだろう。


 出窓の(わず)かな隙間に身体を滑らせ休憩しながら、リアムは酷使したせいでぶるぶると震える両腕を撫でさすった。


 ――あと、もう少し。


 深呼吸して立ち上がるとふたたび壁にしがみつき登り続ける。何度か足を止めたものの、やっとのことで屋根に辿り着いた。

 風で飛ばされないようハンチング帽を押さえつけ、身を低くする。埃に目を細めながら、入り口を探したが、屋根には嵌め殺しの天窓しか見当たらない。

 窓から下を覗くとガランとした薄暗い廊下が広がっている。細長い影が廊下に伸びてきたので、誰かが通り過ぎる前に慌てて顔を引っ込めた。


 ――どこから入ればいいんだ……?


 そもそも壁をよじ登って侵入するのが正しかったのかが疑問だ。見張りがいないのは、侵入経路がないからなのでは、とひらめいても後の祭りである。

 手に息を吹きかけ温めながら、リアムは途方に暮れた。

 遠くから暖かな空気がふわりと頬をなでる。心なしか野菜を煮込んだスープの匂いも漂っていた。

 リアムは必死にニオイのもとを探る。鼻を(うごめ)かせた先に、細長い煙突が伸びており、先端からは白い煙がゆっくりと、たなびいていた。


 ――他に手はないし……。


 疲労感から恐怖が麻痺していた。リアムは、最後の力を振り絞り、屋根を伝って煙突の中に身を踊らせる。


「うっ! あっつ!」


 当たり前だが、中は湿気と高温で息ができない。手足を突っ張らせ壁を伝い降りてすぐに横穴を見つけ、危険があるなど考えるよりも先に、リアムは転がるようにその横穴へ逃げ込んだ。

 煙突よりもマシだというだけで、立ち上がることができない高さの通路だ。腹ばいになりながら、リアムは安全な出口を求め這いずる。


 すでに埃塗れのシャツをさらに黒く汚しながらリアムは進んだ。蜘蛛の巣にうんざりしながら前進すると、横穴は再び縦に伸びる通路に繋がっていた。下を覗き込んでも火の気配はない。とりあえず丸焼きになる心配はないなと、リアムは再び両手足を突っ張り、伝い下りることに集中した。


「え、壁がない……」


 すでに腕の筋肉は限界をむかえている。出口が見つかったのは嬉しいが、床まで飛び降りて平気な高さなのか、暗すぎて判然としない。


「も、もう、ムリ……」


 しかたなくリアムは飛び降りた。案の定、着地に失敗し、盛大に尻もちをつく。


「いてっ!」

 

 リアムは尻をさすりながら立ち上がった。両側には小窓状の鉄格子がついている鉄扉がびっしりと並んでいる。すぐそばの鉄格子から舐めるような視線が注がれ、リアムは全身から汗が吹き出した。

 

 ――あ。


 侵入失敗。


 四方から衣擦れの音が聞こえ、リアムは立ちくらみを起こしそうになる。


「おい、お前、どっから入ってきたんだ?」

「足震えてやがるぜ。……おい、俺を出しやがれ。悪いようにはしねえぞ」

「人殺しが何言ってやがる。女かぁ……?この際男でもいいや。俺と遊ぼうぜ」


 囚人たちは思い思いに口を開き、次第に廊下は彼らの濁声で満たされていった。これ以上騒がれたら看守がきて終わりだ。


 ――ど、ど、どうしたら……。


「おや、リアムくん。通気孔から飛び降りるなんて、派手な登場の仕方をするね」


 小さな呟きに、騒いでいた囚人たちはぴたりと静かになる。リアムは振り向き、廊下の先に目を凝らした。


「ハ、ハウンドさん?」


 廊下の正面、一際広い区画にある鉄格子のなかにハウンドは居た。片足を立てて座っており、背後の高窓から注ぐ月明かりで、その金髪が銀色に輝いている。


「もしかして俺に会いに来たのかい?」

 リアムはゆっくりとハウンドのいる牢屋に近づいた。

「あ、あのロドルナに住んでる人狼が、ハ、ハウンドさんを解放しろって、あ、暴れてるんです。あ、あなたなら止められますよね?」

「そんなことが外では起こっているのかい。別に俺は彼らのリーダーってわけでもないし、どうかな」


 ジグザの話と食い違っている。どちらが正しいのか、リアムには判断がつかない。

「まあ、君が俺に賛同してくれるなら、人喰い狼(バシレイア)たちをなだめるのに協力するよ」

 唇だけで笑うハウンドに、リアムが口を開こうとしたその時。


「リアム」

「ヴィ、ヴィクターさん……」


 看守を伴って駆けつけたヴィクターに、リアムは思わず声が弾んでしまう。


「……お前、やっぱり人喰い狼(バシレイア)と繋がってたのか……」


 ――ち、違うんです。ヴィクターさん。


 すぐにでも否定したいところだが、ハウンドを説得し、シティで暴れている人喰い狼(バシレイア)たちを何とかしてもらわねばならない。

 ハウンドの機嫌をとって、首を縦に振ってもらわなければ。


「リアムくんを口説いている最中だよ。君はいつもいいところに入り込んでくるね。……そんなに大事なら首輪でもつければいいのに」

「俺に指図するな、人狼」


 口角を引き上げるハウンド。いつもの人を煙に巻く風ではなく、本心から皮肉を言っているようだ。

 ハウンドを逃がすことと、ヴィクターを説得すること。同時にこなすのは至難の業だ。


 ――無理、じゃなくてやらなくちゃ。


 ヴィクターの背後、看守のひとりのベルトに鍵の束がぶら下がっている。あの中にハウンドの牢の鍵がある可能性に賭けよう。

 リアムは両足を踏ん張り、次の瞬間、勢いよくヴィクターたちのほうへ飛び込んだ。


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