表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卑屈に純情〜人狼リアムは狩人に認められたい〜  作者: ヨドミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/24

二十話 激突

 リアムの突進に、二人の看守が一斉にリボルバーを構える。一方でヴィクターは何も手にせず腰を低くしただけだ。

 上背のあるヴィクターに正面からぶつかっても勝ち目はない。リアムは床すれすれに身をかがめ、ヴィクターの脇を通り抜けた。


 ――う、上手くいった!


 リアムは驚いた看守のベルトに手を伸ばしたのだが。


「……うわっ!」


 襟元を引っ張られ、リアムの身体は宙に浮きあがった。そのまま弧を描き、なすすべもなく石畳の床を転がる。その拍子にハンチング帽が脱げ、ヴィクターの足元に転がった。


「……っ!」

「死角を狙ったつもりか?……俺も舐められたもんだ」


 ハンチング帽を拾い上げ、看守たちを後ろに下がらせたヴィクターは、鍵を束ねるリングを指でくるくると回した。鍵の束はカチャカチャと場違いな騒音を奏でる。


「……これが欲しけりゃ、俺を殺さねえとな」


 ヴィクターはジャケットの懐に鍵束をしまい込んでしまった。見える位置にあれば、鍵を奪い取れる可能性はあったが、隠されてしまえば、勝算はほぼない。


 ――今のヴィクターさんに何を言っても聞いてくれなさそうだし……。


 またもや選択を間違えたのか。リアムは歯噛みした。

 ヴィクターの望む答えを探って、この場をやり過ごしたほうが……。


 ――いや、それじゃだめだ。

 その場しのぎでは同じことの繰り返しだ。ヴィクターとはきちんと向き合うと決めたのなら、最後までぶつからなければ何も変わらない。


 リアムは床に打ちつけ熱を持ちはじめた身体を起こし、ヴィクターを見据えた。

 天窓からふり注ぐ月光では、ヴィクターの表情はぼんやりとして判然としない。

 だが、彼がリアムと同じようにこちらの動きを警戒しているのは、肌で感じる。

 それはまるで暗闇で微動だにせず、獲物を狙う獣のようで。


 ――呼吸まで見張られている。


 リアムは黒髪から狼の耳を立ち上がらせた。身体中の感覚器官を使わないと、殺されてしまう。

 リアムは尻を浮かせ、両指を床につけた。ヴィクターは腰のホルスターからリボルバーを抜き、リアムに照準を合わせる。


 ――ヴィクターさん、なんで……?


 リアムはすかさず前傾姿勢で床を蹴った。


 バッシュッ!


 リアムの頬を弾丸が掠めた。奥歯を噛み締め、止まりそうになる脚を叱咤する。


 リボルバーは連射され、脚に腕にかすり傷を作った。リアムは止まることなく足を動かし続け、ヴィクターの瞳の色まで分かるほど近づく。

 大好きな蜂蜜色の瞳に、泣きそうな顔のリアムが映り込んでいる。


 ――届け!


 リアムはヴィクターの胸元に右腕を伸ばすも、身体をねじったヴィクターに、腹を蹴り抜かれた。


 リアムの視界が二重にぶれる。


「くぅぅ」


 リアムはボールのように身体を弾ませ、ハウンドの檻の前で動けなくなった。


「どうした。もう終わりか?」


 感情を脱ぎ捨てたヴィクターに、仲間であるはずの看守たちも身体を竦ませている。

 鉄格子を支えに身体をゆっくりと起こしながら、「まだ、です」とリアムは息も絶え絶えに言った。

 口の中が鉄臭い。胃から逆流したモノが混ざり合い最悪の気分だ。

 首筋に冷気を感じ、リアムは素早く振り返る。瞳を三日月型に歪めたハウンドが、湿った指先でリアムの首筋をなであげていた。


「俺のためにこんなにボロボロになって……。かわいそうだけど嬉しいよ」

「……ち、違う」


 言ってはいけないのに、口が勝手に動く。彼に自らの意志で動いてもらうには、

黙っているべきなのに、全身の痛みとヴィクターと争わなければならない息苦しさで、リアムは我慢できなくなっていた。


「ぼ、僕は誰の味方でもない。……僕の味方だ」


 ヴィクターを説得するのは、自分の気持ちを理解してほしいからで。

 ハウンドを逃がして、人狼の暴走を止めてもらいたいのは、これ以上同類が人間の敵だと認識されたくないからだ。


 すべてリアムのわがままである。


 リアムは誰のことも考えていない。ハウンドの指摘は的を得ている。冷や汗を流しながら、リアムは肩越しにハウンドを睨みつけた。


「ぼ、僕はあなたを説得しに来たんだ。人間と人狼の共存を目指しているんだったら、シ、シティの人喰い狼(バシレイア)たちを止めてください! ジグザさんから聞きました。あ、貴方は彼らを纏めるボスなんだって。強くはないけど、頼れるリーダーだって!」


 眼鏡の奥の瞳を丸くしてハウンドは、リアムの訴えを受け止める。

 そしてフッと口元を緩めた。ハウンドの態度が和らぎ、リアムは安堵した。


 「……え」


 首筋に強烈な違和感を覚えた。やたらにハウンドの顔が近い。どうして自分は彼のつむじを見下ろしているのだろう――。


 どくどくと首筋の鼓動がうるさく、指先が急激に冷えてきた。

 肩を動かそうにもハウンドの頭が邪魔だ。それに首筋に何かが刺さっていて――。

 ブチブチブチと水気を含んだモノが引きちぎられる音がした。開放されたリアムは、ハウンドの口元が黒く塗り潰されているのを見て、みずからの首筋に手のひらを添えた。


 ぬちゃり……。

 ――なに、これ。


「っ――!」


 リアムの首筋から肩にかけてシャツが赤黒く染まり、嫌悪する血の臭いが、手のひらから立ち昇っている。

 訳がわからずリアムはハウンドをぼんやり眺めた。彼は唇を舐めあげると、鉄格子を両手で握る。


 ギ、ギギ、ギギギギギ……。


 強引に捻じ曲げられた鉄格子は、見るも無惨にひしゃげ、大人ひとりが通り抜けられる隙間が開いた。


 ――な、どうしてハウンドさんは平気なんだ。


「共喰いが禁忌だというのは、知っているようだね。間違ってはいないよ。……けれどバニシャを常に(たしな)んでる俺には、迷信のようなものさ」


 眼鏡のブリッジを押し上げたハウンドは、強がっているわけではなかった。そもそも拒絶反応が起これば演技をするどころではないことは、苦しむジグザを目の当たりにしたリアムには、明白なことだった。


「君が自己愛に溢れているのは、最初からお見通しだよ。……それでこそ、人狼だ」


 両手を広げ空を仰ぐハウンドは、恍惚(こうこつ)とした眼差しで天窓の月明かりを浴びている。

 背後からは幾人もの足音が廊下に反響していた。ガチャガチャと金属音が重なり、見ればライフルを膝立ちで構えた捜査官たちが、射撃態勢に入っている。


「君と俺は似ているな、リアムくん」

 悪びれることなくハウンドはリアムの前にしゃがみ込んだ。

「噛み付いてしまって申し訳ない。腹が減っていてね。ここの食事は味気ないんだ。そんなに痛がらなくても、その程度の傷なら……」


 ハウンドはリアムに手を差し伸べながら、口を(つぐ)んだ。

 手のひらで傷口を押さえるも、出血が止まらず、リアムは意識が飛びそうになっている。ハウンドの声も途切れ途切れに聞こえていた。


「君は人を喰ったことがないのか。……それどころか獣の肉も身体に入れたことがないのかな?」


 そうかそうかとハウンドは頷くと、いいこことを思いついたとばかりに、表情を輝かせた。


「他の生き物の血肉を取り込んでいない人狼を喰ったら、どうなるんだろうね?」


 ――この人は何を言って。


 友好の証で差し伸べられた手は、獲物を狩る爪へと変貌する。ハウンドは右手でリアムの首を締め上げた。


「ぐうっ」


 息が苦しい。心臓がどこかに落ちていきそうな浮遊感に、リアムは、瞼をギュッと閉じる。血を流し続ける首筋の感覚が遠のいていって――。


 キイイイイン!


 耳障りな金切り音が、リアムを現実に引き戻した。


「……高級銃を丸太のように振り回すなんて、宝の持ち腐れだね」

「うるせえ」


 ハウンドは左手の五指で、ヴィクターの長銃を受け止めていた。力がせめぎあい、カチャカチャと耳障りな音を立てている。

 ヴィクターが腕を振り抜くと、ハウンドはリアムから手を離し、優雅に後ろに飛びのいた。

 ヴィクターは小脇にライフル銃の銃身を挟み込み、弾丸を打ち出した。連続する銃撃を物ともせず、ハウンドは左右に(かわ)していく。周囲の牢からは、どよめきが起こり、怒鳴り声や悲鳴が廊下を埋め尽くした。硝煙が立ち込め、床や壁には弾痕が痛々しく残る。


 ヴィクターは撃ち尽くした長銃をハウンドに投げつけ、その隙にリアムを担ぎ、捜査官たちのほうへ逃げ込んだ。


「へえ……」


 ハウンドは二人に近づこうとするも、一列に並んだ銃撃隊に足止めされ、牢屋へと後退した。


「……おい、リアム! しっかりしろ!」


 腕に抱えられたリアムはうっすらと瞼を持ち上げた。遠く屋根に雨粒が打ち付けるような銃撃音が響きつづけている。


 まだ終わっていないのだ。


 リアムが「ハウンドさんは?」とつぶやくと、ヴィクターは、怒ったように口を開いた。


「……足止めしてるが、時間の問題だ」


 バニシャで強化したハウンドは、銃撃戦を楽しんでいた。弾幕をわざと張らせて、その中を踊るように舞っている。

 リアムは咳き込みながら、

「ヴィ、ヴィクターさん、銃、撃てますか?」

 ヴィクターは身体を強張らせるも、「……ちゃんと誘導できるんだろうな」と唇を噛み締め眉を釣り上げた。


 ヴィクターは腰のホルスターからリボルバーを抜き取り、リアムの腰を左手で抱え込んだまま、右手で銃を構えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ