平凡が奇妙になる少年のお話
君には夢はあるか。なんでもいい。金、名声、権力、力、長寿、なんでもいい。僕には「夢」は無い。僕には夢がない。今まで、それを気にした事は無かった。あっても無くても、生活に支障をきたさないからだ。そう思っていたのに…これは、そんな僕に「夢」ができ、その夢に走る物語だ。
「お前はXXXXXXXXXXXの末裔だ。お前にはXXの才能がある。何故、その才能を呼び覚まさない?お前には、人を支配できる力がある。」
「おはよう、僕の夢の中の人…黒いモヤだから人かどうか分からないけど…ていうか、いっつも何言ってるか一部聞こえないんだけど?」
「それはお前がまだ才能を…『心』を呼び覚ませていないからだ。お前が本当の意味で『心を呼び出す』事ができたのなら、きっといずれ分かるだろう。」
「そろそろ詳しく教えてよ?僕は今年で十七歳だよ?六歳から十一年間も同じ事言い続けて…何がしたいの?」
「いずれ分かる。私はお前の『心』だ。お前が私を呼び覚ます、『心を呼び覚ます者』になれた時、お前は私を見るだろう。」
カーテンの隙間から入る日差しが目に当たり、僕は目を覚ます。
「また…あの夢…」
そんな夢を見る。ロンドンだろうか、どこかの街の路地裏で。パジャマ姿の僕の前に、黒いモヤの何かが現れる。名前を聞いても聞き取れない。だから僕は、八歳の頃から、それを「僕の夢の中の人」と呼んでいた。
ベッドから起き上がる。洗面台に行き、歯を磨く。まだ眠たそうな僕の顔に水をかける。飛び跳ねた寝癖を直す。そしてキッチンに行く。温かい黒豆茶を沸かす。その間に食パンを二枚出し、その中にレタス、ハム、トマト、ケチャップを適量入れる。それをトースターの中に入れる。待つこと約七分、それらを同時に作り、コップに黒豆茶を淹れ、皿にトーストサンドイッチを乗せる。その二つを持ってバルコニーに行く。ラジオを流しながら、その二つを堪能する。
「冥陽町の皆さん、おはようございます。今日もこの時間がやってきましたよ!そう!冥陽ラジオのお時間です!まずは一曲!」
「いただきます。」
ラジオから、いつもの明るく渋い声が聞こえてきた。そして、音楽が流れ始めた。ラジオを聞きながら食べるご飯は格別だ。音楽が終わり、お便りを読み始めるパーソナリティー。僕が食べ終わったのは、ラジオが始まってから約三十五分後。
ラジオを止めた。もう一度歯を磨く。パジャマから制服に着替える。カバンを持つ。
「行ってきます。」
誰に言う訳でもなく、そう呟いた。扉を開け、家の外に出る。扉を閉じ、鍵を締める。そして学校に向かった。
「ねぇ知ってる?最近、この辺でも出てるんですって。お腹に大きな穴が開いた死体が…」
「そうらしいわねぇ〜。それに、目をくり抜かれているんでしょ?ニュースでもやってたわよ!少しずつ、死体が発見される場所が変わってるのも不気味よね〜。」
「分かるわ〜。早く捕まんないかしら、その犯人。」
僕は学校に着いた。自分のクラスに行き、席に着く。カバンの中から小説を取り出し、読み始める。耳にはイヤホンをつけ、洋楽を聴き始める。
僕には友達が居ない。欲しいと昔は思っていたが、今となればただただ面倒なだけだ。だから友達なんていらない。
朝のHRが始まる。授業が始まる。昼ごはんの時間になる。午後の授業が始まる。帰りのHRが始まる。そして放課後になる。僕はすぐに帰る。
帰宅途中だった。路地裏の横を通った瞬間、何かが僕の体に当たった。小石とかが飛んできた?そんな物じゃない。もっと大きい物が投げられて、僕に当たったような感覚だった。僕は当たった物を見る。僕の目に映ったのは…腹部に穴がある、血まみれの人だ。そして、路地裏から、大柄な人が近づいてきていた。
「何か…やばい…!」
僕はその人を急いで背負い、走り出した。大柄の人も、走って追いかけてきた。大通りじゃ、逃げたとしてもすぐにバレる。だから、僕は路地裏に入った。狭く入り組んでいる路地裏なら、僕でも逃げ切れるかもしれない。
僕は走った。何分、何十分と走った。がむしゃらにただ走った。怖かった。死にたくない。あの大柄の人は、恐らく僕を…いや、僕とこの満身創痍の人を殺せる何かがある。本能で僕はそれを悟っている。死ぬのは怖い。でも、今、目の前で死ぬかも知れない命を見捨てて、その命が死ぬのはもっと怖かった。正義感、聞こえはいいかもしれないが、要するに僕の身勝手だ。
僕が走り回っていると…大きな何かに腹部を殴られた衝撃が走り、僕は吹っ飛ぶ。そして、目線の先の路地裏の角から、あの大柄の人が現れる。
「おいクソガキ…随分と逃げ回ってくれたじゃないか?」
「この人、殺す気ですよね?」
「当たり前だろ。そいつは、俺の殺しの現場を見た。そして、お前も…二人一緒に…刺し殺してやらぁ!」
何か嫌な予感がした。体が震える。冷や汗が止まらない。
そしてその時、僕の目に、信じられない物が映った。大きいサソリが居た。人間よりも遥かに大きなサソリだ。軽自動車ぐらいの大きさのサソリだ。それが、一瞬にして現れた。まるで、さっきからそこに居たように…
「お?お前、俺の『スコルピオス』が見えてるのか?」
スコルピオス…確か、ギリシャ語で「サソリ」を意味する単語だったはず。
「やっぱり見えてるよな?俺のスコルピオスが。」
「それ…なんですか?」
「悪いが、お前も『こちら側』の人間のようだな。『フェテュス』のままのお前を殺してやる。『アンファンス』になられたら面倒だからな?」
「『こちら側』?『フェテュス』?『アンファンス』?何の事ですか?」
「知らないでいいって言ってんだろ!この、クソガキがっ!大人の言う事を黙って聞くのが子供なんだよっ!」
スコルピオスと呼ばれた大きなサソリが、僕らの方に迫ってきた。その時だった。
「『ハスマ』!!!」
両腕が裂けた細身の人型の何かが現れた。そして、その人型の何かがスコルピオスの右腕を殴った。瞬間、スコルピオスと大柄の人の右腕が二つに裂けた。スコルピオスが怯み、大柄の男が悶え苦しみ始めた。
「こっち!」
誰かが僕の手首を掴み、引っ張り、走り出した。何分、一緒に走っただろうか。山の奥の小屋に着いた。
「貴方が背負っているその人、見せて?もしかしたら、まだ間に合うかも。」
僕は大人しく、背負っていた人を渡した。僕を引っ張ってくれていた女の人は、その人の服を捲り、傷を見る。そして、小屋の中にその人を連れていき、何やら作業を始めた。何をしているかは分からない。でも、恐らく、治療をしているのは分かる。僕は、近くの茂みに座り込む。何か、疲れた。僕は近くにあった木に背を預けて、目を閉じた。
「知りたいのだろう。『フェテュス』とは何か。『アンファンス』とは何か。あの男が言っていた『こちら側』とは何か。」
「うん。教えてほしい。」
「もうすぐ。一日も経たずして、それらの意味を教えてやろう。そのために、現実世界で、私を…お前の『カルディア』を…呼び覚ませっ!目覚めさせろっ!」
夢から覚めた。木の床の上で横になっていた。
「あんな所で寝てたら、体痛くしちゃいそうなので、小屋の中に入れました。悪く思わないでくださいね」
横を見ると、椅子に座って水を飲んでいる、オレンジ髪の少女が居た。
「…あの人は?」
「あの怪我をしていた人は、もう大丈夫ですよ。応急手当をしました。そして、さっき、病院に連れていきました。貴方のおかげで、人の命が救われましたよ。だから…今度は、貴方が救われてください。」
「…え?僕?あの…何言っているんですか?」
「貴方は今、心を閉ざしている。貴方は今『フェテュス』と呼ばれる状態にあるの。今、それが何かを話しても分からないと思うから、今はこれだけは覚えておいて。貴方が願えば、貴方の『心』は、絶対に応えてくれる。」
「『心』って何ですか?さっきからあの人も『カルディア』って言ってたし…何なんですか?」
「ちょ、ちょっと待って?その『あの人』って、誰?」
「僕の夢の中に現れる、黒いモヤの事ですけど。貴方に関係ありますか?」
「ただの『フェテュス』じゃない…?」
「もう…皆、訳が分からない事しか言わない…お家帰りたい…」
「ごめんね。後、もうちょっと、私と付き合って。貴方のためなの。」
「分かりました。分かりましたけども…終わったら、全て話してください。」
「うん、約束する。そういえば、名前まだだったね。私の名前は『虹断魅鈴』。ミスズって呼んで。黒髪君、君の名前も教えて?」
「僕の名前は『人鬼泰我』です。」
「タイガ君…良い名前だね。今から、あの男に会いに行こう。大丈夫、君は私が守るから。」
「…なんで、ですか?」
「あの男を見逃したら、もっと死人が出る。私は、罪が無い人が死ぬのを見過ごせないの。そして、貴方もそうでしょ?あの人のために、自分の命を賭けて走って逃げて…」
「…分かった。僕も行きます。」
「ありがとう。」
そして、ミスズさんは僕を連れて、あの大柄の人を探しに行く。そして、見つけた。冥陽町の真ん中より少し北東側にある少し広めの公園にて…僕はすぐに警察に連絡をし、二人でその人に近づいた。
「あの時のクソ女じゃねえか…ぶち殺してやるよ。俺の右腕を真っ二つにしたケジメをつけてもらうぞ!」
「『ハスマ』!!!」
ミスズさんがハスマと呼ぶと、さっきの両腕が裂けた人型の何かが突如として現れた。
「『スコルピオス』!!!」
大柄の人がスコルピオスと呼ぶと、あの軽自動車サイズのサソリが突如として現れた。そして、スコルピオスの右腕は裂けたままだった。
次の刹那、スコルピオスが動き出した。大きな尻尾を、まるで大剣を持ち殺そうとするように、ブンブンと振り回す。ハスマは尻尾を避ける。僕には避ける理由が分かった。あの尻尾には、毒があるからだろう。サソリなら毒があっても、何ら不思議ではない。
その時だった。大柄の人がミスズさんの方に走った。ポケットからナイフを取り出す。ミスズさんをそのまま殺す気だ。ミスズさんはハスマの方に意識が集中していたのか、それに気付くのに遅れた。
やめろ…ダメだ…人が死んじゃう…やめろ…殺すな…誰も死なせるな…もう誰も…僕の目の前で…
「殺すなぁぁぁ!!!」
僕は叫んでいた。その時だった。「私を呼べ。私の名を叫べ!私の名は…『ドロフォノス』!!!」そんな声が聞こえた。僕の夢の中の人の声だ。
「『ドロフォノス』!!!」
僕がそう叫んだ瞬間…右腕がハサミ、左腕は人の腕、マントを羽織い、四つ目の人型の何かが現れた。そして、ドロフォノスのハサミが、大柄の人のナイフを叩き落とし、その人の目の前で仁王立ちをする。
「クソ…!このタイミングで『アンファンス』かよっ!」
「君が…僕の夢の中の人、なんだよね?」
「あぁ。私の名前は『ドロフォノス』。タイガ、私はお前の『カルディア』だ。」
「これが…タイガ君の『カルディア』…」
「何なんだよ…!何なんだよお前ら!ふざけんなよ!」
「人の命を簡単に奪おうとしている人に、言われたくありません。」
「調子に乗るんじゃねえよ!」
「『ドロフォノス』!お願い!殺さなずにあいつを倒して!」
「それは無理な相談だな。」
「え?」
「私はお前の心の具現化、心の具現化こそ『カルディア』。『カルディア』は、その人の心そのもの。お前の意思で、私は動く。今、私が現れ、こいつのナイフを落としたのは、お前がそうしろと心の底から願ったからだ。」
「『カルディア』は、言うなれば、もう一人の自分なんだよ、タイガ君。」
「もう一人の…僕…」
「タイガ、聞こう。お前は、何をしてほしい。私にどうしてほしい。一番の目的と、今やって欲しい事を教えてくれ。」
「誰も殺さず、事を終わらせる。僕の思った通りに動いてくれるって事でいいんだよね?」
「あぁ。」
「なら始めよう。僕と君、タイガとドロフォノスで…『裁きの時間』を始めよう。」
次の瞬間、ドロフォノスはスコルピオスの方に迫る。ハスマはスコルピオスの尻尾を避け続けていた。そんな中…ドロフォノスのハサミが、スコルピオスの背中から尻尾にかけて、長い斬り傷ができる。瞬間、大柄の人の背中から血が吹き出す。
スコルピオスが完全に停止し、大柄の人は片膝を地面につける。その時、パトカーが来た。パトカーから警察官が出てくる。
「君たち!そこを動くな!」
僕は大柄の人の顔を見る。
「僕は貴方を殺しません。生きて、罪を償ってください。」




