9 親
ソフィアは、すぐにバグウェル伯爵とパトリシアを呼び出した。
セドリックがどんな手段を使うのかは特定が難しい、しかしまったくもって対応ができないわけではない。
それには、バグウェル伯爵の協力と、パトリシアの考えを知る必要があった。
「なるほど、パトリシアが定期的にこちらに帰ってきている理由と過ごし方……ですか」
「ええ、お聞かせ願えるかしら」
セドリックが気にしていた月に一度の帰省について知りたいと話すとバグウェル伯爵は「もちろんです」と丁寧に言った。
しかし隣に居るパトリシアは、父の事情説明を待たずに頬に手を添えて口を開く。
「うっとうしいことに、こうして結婚したと言うのに、未だ嫁入り勉強だなんだと呼び出してるだけ、です。ソフィア様」
「あら、そうですの」
「ええ、アストン伯爵家の人たちには、療養だと言ってあるけど……お父様もお母様も本当に面倒くさいったら」
パトリシアは忌々しげにバグウェル伯爵に視線を向ける。
バグウェル伯爵は難しい顔をして「私から話させてくれ」とパトリシアに言った。
言われてパトリシアはふんっとそっぽを向いた。
「突然決まった結婚ですし、我々の力不足でパトリシアには、まだまだ未熟な部分がございます。足りない部分を補うために妻とともに、義実家との付き合い方、夫との関わり方など様々教えています」
「……」
「ソフィア様のお力添えを頂き、結婚にたどり着くことができましたが、パトリシアは……感情の起伏が激しくから回ることが多い。パトリシアの親として、幼い頃に教えられなかった人との正しい関わりを教えていくのが親の責任かと……」
嫁に行ったのだから親の責務は終わり、そう割り切ることもできる。
しかしバグウェル伯爵家はそれだけではなく、きちんと自分たちの責任を果たそうと呼び戻し、手を尽くしている。
それは、納得できる答えであるし、人としてとても誠実であると思う。
ソフィアは納得し、具体的にどういったことをしているのか、という話を進めようとした。
しかしパトリシアはギッとバグウェル伯爵を睨みつけて、声を荒げた。
「そんなことを言って、お父様は私が病弱なせいで人と関われず、美しさのせいで同性からも距離を置かれているのに、私自身がダメだというのね? 私がそう見えるのは、私のせいじゃないのに!」
パトリシアはどこでスイッチが入ったのか、血走った目を見開きながらバグウェル伯爵に言った。
バグウェル伯爵はハッとして「落ち着きなさい」とパトリシアの肩に手を添える。
しかしバシンとはたいて、「あー、胸が苦しいっ!!」と絶叫した。
「っ」
さすがにソフィアも驚いて肩をすくめる。
「あああ、もうなんだか全部嫌になってきちゃった! お父様達の言うことを聞いてやったって、セドリックは全然言うことを聞かないんだもの!」
「パトリシア! パトリシア、落ち着いて、大丈夫だ。何も悲観することは」
「あの人、私のこと心底愛しているって言ったのに、私がダメなんじゃなくて全部病気のせいで私はかわいそうだから守ってくれるって言ったのに!!」
「た、たしかに、そういう部分もあったかもしれないが――」
「私はこんなに愛しているのに! 全部、私のせいじゃないのに! どうして私だけを見てくれないの! どうして私が悪いって言うの! 別に私はなにもしなくったって皆守ってくれるはずでしょ!!」
体を前後に揺すって、吐き出すように言葉を続ける。
教育は確かに必要だ。……しかしこれは……。
なだめようとバグウェル伯爵がその手を取っても、「触らないで!」と叫んで振り払う。
パトリシアには何も見えていない。
セドリックがどうして彼女に冷たいのかも、周りの人間がどうしてパトリシアと距離を置こうとするのかも。両親がどれだけ彼女を思っているのかも。
パトリシアの中にあるのはどれだけ自分が悪くなくて、どれだけ自分がかわいそうかということだけ。
いかに夫が疲弊していようと、両親が必死になろうと、自分が悪いということだけは認めたくないし、直視することしかせずに癇癪を起こす。
それがパトリシアのやり口だ。
「もういや! こんなかわいそうな私をよってたかっていじめて楽し――」
「パトリシア、わかりました」
「私は何も悪くないのに!!」
「もう一度言います、わかりました。話し合いの場です。あなたの言葉全部わかりましたわ」
「っ、…………ソ、ソフィア様」
「実は今日、その療養期間を使って別の提案をするために呼び出したのですわ」
ソフィアは、静かに自分の中で見切りをつけた。
そしてパトリシアを落ち着かせるために話の方向性を変える。
「ただ、後はバグウェル伯爵と話をしますので、少し待っていてくださいませ。楽しい提案になると思います」
「……そう、そうですか?」
「ええ」
「わかりました。取り乱してごめんなさい、ソフィア様」
そうして、虚を突かれたパトリシアは、侍女に促されるまますぐに応接室を出て行ったのだった。
残されたバグウェル伯爵は頭を抱えて喉が詰まるみたいな声で「申し訳ありません。ソフィア様」と震える声で謝罪した。
「……教育は……難航しているように思いましたわ」
「…………はい。ふがいないことに……申し訳ありません。一体どこで間違えたのか……申し訳ありません」
「……」
背を丸めて頭を深く下げるバグウェル伯爵が少し不憫だった。
どうであれ、この人は父も信頼する優秀な人だ。子育てを放棄していたとも思えない。
それでも、パトリシアはああだ。
そして考えを変える気も、無ければ、自分に不利なことを言われると暴走する。
きっと、そうすれば人は自分の思い通りになると無意識下で学んだのだろう。
それがバグウェル伯爵のせいであるかどうかはソフィアが簡単に決めることではない。
だから、バグウェル伯爵とパトリシアの問題自体には口を挟まない。
ソフィアはただ、自分がやって当然のことをやるだけだ。
「実は、セドリックがなにかを企んでいる様子なんですの。それを阻止するために、しばし教育ではなくなってほしいことがあります」
「は、はぁ、セドリック殿が」
「これからパトリシアがどういうふうになっていくのだとしても、不条理な形で離婚をたたきつけられてはどうしようもない」
「ええ」
「そこに対処したいのですわ。協力をしてくださるかしら」
「もちろんですとも、ソフィ様にはいつも、多大なご配慮を頂いてしまい……言葉もありません」
「いいのよ」
それにこれは、セドリックに対するソフィアの私情もないとは言い切れない行動だ。
パトリシアのことだけを考えている訳ではなく、汚点のある状態で彼女が離婚された場合のバグウェル伯爵の痛手や、フィールディング公爵家のことなどたくさんの事情を鑑みて動いている。
お礼を言われることではない。
「気にしないでくださいませ」
そうしてソフィアはバグウェル伯爵に依頼をした。どれが身を結ぶかはわからないがセドリックはできるだけ早くパトリシアと離婚をしたいのだ。
長期戦にはならないだろう。




