ほのか
ほのかが髪を切った。
ストーリーに上がっていた。
美容院の鏡の前で、切った後の自分を見ている写真。
キャプションはなかった。
肩につかないくらいの長さだった。
似合っていた。
当たり前のように、似合っていた。
その週末、美容院の予約を入れた。
たまたま、切りたいと思っていたから。
担当の美容師に、どのくらい切りますかと聞かれた。
スマホを出した。
ほのかのストーリーのスクショを、
これくらい、と見せた。
「かわいいですね、この長さ」
美容師がそう言った。
私は笑って、そうですね、と言った。
切り終わった後、鏡を見た。
似ていた。
ほのかに、少し、似ていた。
似ていたけど。
違った。
同じ長さなのに。同じ形なのに。
何が違うのか考えた。
考えながら、答えを出すのをやめた。
少し、長く鏡を見た。
美容師が微笑んでいた。
「お似合いですよ」
「ありがとうございます」
笑って、返した。
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ほのかの投稿を、また遡った。
何度も見た写真を、また見た。
一枚、気になる写真があった。
部屋らしき場所、窓から光が入っていて、机が映り込んでいた。
机の上に、小さなボトルがあった。
拡大した。
ラベルが、少し、見えた。
もっと拡大した。ぼやけた。
角度を変えて、また見た。
別の写真でも探した。
光の当たり方が違う写真で、ラベルが少し読めた。
フレグランス。たぶんフランス語。
調べた。
ほのかのフォローしているアカウントを遡った。
フレグランスブランドのアカウントに、いいねがついていた。
サイトを開いた。全種類、調べた。
ほのかが好きそうなものを、考えた。
一番売れているものを、買った。
届いた日の夜、つけた。
いい匂いだった。
ほのかの匂いかどうか、わからなかった。
わからないのに、ほのかの匂いだと思った。
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ほのかがストーリーに定食屋を上げた。
場所タグがついていた。
「はじめて来た、おいしい」とだけ書いてあった。
次の土曜日、その定食屋に行った。
たまたま近くにいたから。
メニューを開いた。
ほのかが何を頼んだのか、投稿には料理の写真がないからわからなかった。
サバ定食にした。
なんとなく、ほのかがサバ定食を頼みそうな気がしたから。
根拠は、なかった。
サバ定食が来た。
食べた。
おいしかった。
ほのかも、おいしいと書いていたし。
同じ味を、感じているのかもしれなかった。
そう思ってから、少し、可笑しくなった。
箸をおいた。
また一口、食べた。
おいしかった。
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ほのかがよく行くカフェに、また行った。
窓際の席が空いていた。
ほのかがよく座っている席だと、タグの投稿でわかっていた。
座った。
窓の外を見た。
ほのかがいつも見ている景色を、見た。
同じ景色だった。
当たり前だけど、同じ景色だった。
スマホを出した。
同じ角度で、窓の外を撮った。
違った。
何度撮っても、違った。
同じ席で、同じ窓で、同じ方向を向いて撮っているのに。
ほのかの写真にならなかった。
コーヒーが冷めた。
スマホを置いて、窓の外を見た。
カメラなしで、ただ見た。
ほのかはいつも、こうして見ているんだろう。
撮ろうとして見るんじゃなくて、ただ見て、撮りたいと思ったから撮る。
私には、それができない。
ただ見る、ということが、できない。
何かを見るとき、いつも構図を考えている。光を読んでいる。
ほのかみたいに、ただそこにいることが、できない。
カメラロールには二十七枚のコーヒーの写真があった。
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帰り道、ショーウィンドウの前を通った。
ほのかと同じ長さの髪。
ほのかと同じ匂い。
違う顔が、映っていた。
足が止まった。
髪を切っても。
同じ匂いをつけても。
同じ席に座っても。
別に、ほのか鏡の前にはいなかった。
また、サバ定食を食べに行こうと思った。




