第3話 家族の思い、祖母からの電話
「……ふぅ……」
長い説明が一段落すると、父・剛は湯飲みの緑茶を一気に飲み干し、大きく息をついた。テーブルの上は書類とメモだらけ。母・由紀は冷静に整理してファイルにまとめ、妹・美羽は資料で折り紙を作っていた。
「剛、あなた……さっきからずっと顔怖いわよ」
「怖い顔にもなるだろ! 7兆円だぞ!? 会社の営業ノルマどころの話じゃない!」
「そりゃそうだけど、怒鳴ってもお金は減らないでしょ」
「減らないけど……増えもしないだろ!!」
「もともとあるんだから増やさなくていいじゃん」と美羽が無邪気に口を挟む。
「おまえはな……!」
「まぁまぁ、お父さん……」と陽斗が苦笑した。
父・剛は、中堅の商社に勤めて20年。真面目で不器用な性格が災いして出世とは無縁だったが、家族のために身を削って働いてきた男だ。
そんな彼の目に、今の状況は「現実味がなさすぎる一大事」だった。
「なぁ陽斗……お前、どう思ってるんだ? 本音で言え」
「え……?」
「怖いとか、嬉しいとか、迷ってるとか……父さんには正直に話せ」
「……正直、ちょっと怖い。だって……いきなりこんな額、誰だって混乱するよ。俺、別に偉くもないし……普通の高校生なのに」
「……そうか」
父はふっと目を細めた。いつもより優しい表情だった。
一方、母・由紀は冷静そのもの。看護師歴20年の現場経験がある彼女は、動揺を表に出さない。
「陽斗、これだけは覚えておきなさい」
「なに?」
「お金があるからって、偉い人間にはならない。逆に、お金を使う“覚悟”がない人は、簡単に人に利用されるの」
「……うん」
「私は、陽斗がちゃんとご飯食べて、ちゃんと寝て、笑っていられるのが一番。お金は……正直、あんまり興味ないかな」
そう言って、いつも通り味噌汁をすする母。まるで“世界が変わっても日常は変えない”とでも言うようだった。
そこへ、陽斗のスマホが鳴った。
表示された名前を見て、思わず笑みがこぼれる。
「……おばあちゃんからだ」
「――もしもし、陽斗かい? 元気にしとるかね?」
「うん、元気だよ。おばあちゃんも元気そうだね」
「当たり前じゃよ! 畑の大根が今年も立派に育ってのぅ。今度送ってやるからな!」
「うわ、やった! ありがとう!」
祖母・はなは、東北の田舎で一人暮らし。毎年夏には家族で遊びに行き、夕暮れの縁側でスイカを食べた記憶が陽斗の心に刻まれている。
「で、どうした? 急に電話なんて」
「テレビで見たんじゃよ……“高校生がとんでもない遺産を相続”って。……あれ、お前だろ?」
「……うん、そう」
「ふふっ、やっぱり。あんた、小さい頃から“世界を変える男になる”って言ってたじゃろ」
「そんなこと言ったっけ!?」
「言っとった言っとった! 縁側でスイカ食べながらな!」
祖母の柔らかな声に、陽斗の緊張がすっとほぐれていく。
彼女の存在は、昔から家族の“芯”だった。
「陽斗。お金は人を試す。……でも、お前なら大丈夫じゃ」
「……ありがとう。おばあちゃん」
「困ったら、いつでも帰ってこい。田舎には、欲深い奴らはいないからな」
通話が終わると、リビングは少し温かい空気に包まれていた。
「……陽斗、ばあちゃんには本当、助けられるな」
「うん……。なんか、落ち着いた」
「ばあちゃんのとこ、また行きたいな〜!」と美羽が目を輝かせる。
「行くか……今度みんなで」父がぼそっとつぶやいた。
その瞬間――
「――速報です! “7兆円の高校生”として、佐藤陽斗さん(17)の存在が、今夜政府筋から正式に発表されました!」
「!!!」
リビングのテレビから、ニュースキャスターの声が響く。
画面には陽斗の名前と学校名、そして家の周辺の映像が――
「なっ……!?」
「嘘でしょ!? もうバレたの!?」
「お兄ちゃん、テレビ映ってる!!!」
「ちょっと、誰が撮ったのこれ!!!」
平穏な日常は、音を立てて崩れ始めた。




