第9話 ワールドイーター撃破と、変態。
「いやったー! クリアしたー!」
モニターには〝You Win Congratulations!〟の文字が躍る。
薄暗い室内にて、琥珀色に輝く髪を揺らしながら、リリィは一人小躍りしていた。
何時間かけても倒せない格闘ゲームの強敵、ベゴをようやく倒せたのだ。
「おお、倒せましたか。リリィ、おめでとうございます」
「いやぁ、危うくやられる所だったけど、ギリギリだったね」
「はい。リリィが倒されてもおかしくない状況でした」
「ふっふっふ、甘いよバッカス中将、私は奇跡を生み出す女なのさ」
何も無ければ穏やかな会話なのだが、二人がいるのは魔王兵器の腹の中だ。
窓の外では相も変わらず、ピンク色をした肉壁がびくんびくん脈打っている。
「あー楽しかった、思わず熱中しちゃったよ」
「はい、リリィが楽しそうで何よりです」
「でも、そろそろ行かないとかな。どう、魔王兵器は復活しそう?」
リリィがゲームに熱中していたのも訳がある。
下手な場所で魔王兵器が活動再開するよりも、足場の良い場所で活動再開を待った方がいい。
魔王兵器の活動再開次第、再度ミンチにしてしまおうという作戦だったのだ。
「活動再開はまだの様子です、リリィが破壊した部分の修復もまだですね」
「そうなんだ、結構遅いね」
「恐らくですが、原因はリリィが遊んでいたゲーム機にあるのかもしれません」
「私が遊んでいたゲーム機?」
既にクリア画面からタイトル画面へと戻ったゲーム機。
それをぺしぺしと叩きながらリリィは問う。
「はい、魔王兵器のマテリアル・コアからのエネルギーを、このゲーム機が吸い取っているのではないかと予測されます」
「本気で言ってる?」
「はい、この機械が動いているのが何よりもの証拠かと」
確かに、周囲にエネルギーとなろうものは存在していない。
仕組みは不明だが、これら機械がマテリアル・コアのエネルギーを吸収しているのであれば。
「よし、じゃあ早速稼働させまくりますか」
「はい、頑張りましょう、リリィ」
魔王兵器破壊を目論む二人がすべきことは、ただひとつ。
体内に存在する家々の全ての家電を稼働させることだ。
「ほい点けた、次はこれをこうしてと」
「リリィ、このツマミをひねると凄まじいエネルギーを消費するみたいです」
「へえ、オレンジ色に光る箱なだけなのにね」
「電子レンジ、と言われていたものらしいです」
「と言われても、私にはさっぱりなんだけど」
どこか楽しくなりながら、リリィとバッカス中将は明かりを灯していった。
真っ暗な空間が明るくなると、それだけでどこか楽しくなるものであり。
「あれ、消えちゃった」
「はい、恐らく全エネルギーを使い切ったのかと」
それが目的だったとはいえ、真っ暗になった瞬間は、どこか寂しく感じてしまうのであった。
「真っ暗だね」
「そうですね、先ほどまでが明るかっただけに……おや?」
「なんか、地面が揺れてる」
「地面ではありませんよリリィ、我々がいるのは魔王兵器の体内です」
「活動再開したってこと?」
「いえ、逆です」
「逆?」
「はい、崩壊が始まったのです」
巨大な生物だった魔王兵器が、その身を崩し始める。
「うわ! 天井が落ちてきてるよ!」
「壁が崩れ始めてます、リリィ、急ぎ避難を」
「ぎゃあああ! 粘液が頭、髪がネバネバで、くっさい!」
「大丈夫です、臭くてもリリィはいい匂いです」
「意味わかんないから! やだもう! 逃げる!」
「はい、それが一番でしょう」
ぼたぼたと落ちてくる肉片をよけながら、二人は走った。
ある程度天井が崩れ去った所で、リリィを抱きかかえたバッカス中将が魔法で飛び上がる。
「うわ、こんなに大きかったんだ。終わりが見えないじゃん」
月夜の下、どこまでも続く魔王兵器が崩壊していくのを、二人は空から眺めていた。
「あのゲーム、もっと遊びたかったな」
「そうですね、昔は大流行していたみたいですから、またきっと見つかりますよ」
もう既に、あの町は肉片に飲み込まれ、視界に収めることも叶わない。
掘り起こしたとしても、肉片に潰されてしまい、遊ぶことは不可能であろう。
「っていうかさ、あんな程度のことでマテリアル・コアって壊せるものなの?」
「いえ、過去のデータを参照するに、核ミサイルでも不可能だったとの事です」
「核? それってあのビルにいたガタガタうるさかった奴のこと?」
「いえ、あんなものとは比べ物になりませんよ」
「比べ物にならない……昔の人間って強かったんだね」
「はい、昔の人間は強すぎたんです」
強すぎたのに滅んじゃったんだね。
そんな事を言いながら、砂煙と共に崩れ去った魔王兵器の残骸を、二人はてくてくと歩いた。
「空飛んじゃえば早かったのに」
「飛行魔法は魔力消費が激しいのです」
「途中で落下したら痛そうだもんね」
「はい、それに常時発動の魔法もございますので、その分まで消費する訳にはいきません」
「そんなのあるんだ」
「探知、及びリリィへのバリア、ステータスチェックは常時発動です」
「……なに? その、ステ何とかって」
「リリィの健康状態を確認する魔法になります」
「え、何それ、初耳なんだけど」
「僕が何の情報も無しに、リリィに排便を要求すると思いましたか?」
「え、なんか、ちょっと、過去一番でバッカス中将のこと嫌いになったかも」
乙女の身体を本人の了承なくチェックしている事に、リリィは嫌悪感を示した。
とても正しい反応である。ただし、相手がバッカス中将でなければ。
「なぜですか、僕はリリィの健康を第一に考えているのですよ? 大体排便が出来るということは、リリィの臓器がきちんと正常に活動している何よりもの証拠です。全ての病気は排便から察知することが出来るのです。排便に血が混じっている、色が違う、水分が多い、温度が違う、検査する方法は山ほどあるのです。本来ならリサイクル食品の有無に関わらず、毎回リリィの排便を回収したいくらいなのです。そうだ、むしろ毎回回収するようにしましょう。その方がリリィの健康管理にも役立てますし、リサイクル食品の予備にも使えます。ではさっそく記念すべき第一回目を……おや?」
バッカス中将が気づいた時には、既にリリィは逃亡を開始しているのであった。