第8話 魔王兵器の体内で遊ぼう。
魔王兵器を破壊した所で、人類は既に絶滅している。
それに魔王兵器が何体存在するのかも彼等には分かっていない。
崩壊後の世界で魔王兵器を駆逐した所で、彼等を賞賛する声は上がらない。
「バッカス中将! お願い!」
「かしこまりました、リリィの剣を巨大化させます」
だが、それでも彼等は魔王兵器へと当然のように戦いを挑む。
これから遠足に行く子供のように、軽やかなステップを踏むのだ。
『リージッグ・ビッグ』
バッカス中将の掌から生まれた緑色の魔法陣が、一瞬でリリィの前方に姿を現した。
リリィが魔法陣を通過すると、剣のサイズが一気に大きくなる。
二倍や三倍なんてものじゃない、それまで彼女たちがいたビルサイズだ。
「一撃で終わらす! 私達の目的は、お前らの駆逐なんだから!」
ズンッッ!
巨大化したテンプリウム・ストームが、魔王兵器を叩き潰した。
衝撃で周辺のビルが崩れ去り、魔王兵器の先端はぐっちゃぐちゃだ。
「だりゃあああああああぁ!」
そこからリリィは大剣を振り回し、ミミズの身体をよりぐっちゃぐっちゃにしていく。
まるでお肉のミンチだ。美味しくなさそうなドドメ色した肉片が、周囲に飛び散っていく。
あの小柄な肉体のどこに、こんな怪力が潜んでいるのだろうか。
魔王兵器の先端部分からしばらく切り刻むと、リリィの剣は元のサイズへと戻る。
「はぁっ、はぁっ、どう!?」
リリィが振り返ると、既にビル群は遠く。
結構な距離を突き進んだのだなと、どこか満足げに彼女は大剣を肩に担いだ。
「熱源反応低下。リリィ、どうやらこの個体は活動を停止しているようです」
「それって、私がコイツをやっつけたってこと?」
「いえ、魔王兵器は体内に活動源である〝マテリアル・コア〟を保有しているとの情報があります。恐らく今はリリィの攻撃を受け、回復のため休眠状態へと移行したと思われます」
「じゃあ、ダメってこと?」
「はい、ダメです。トドメを刺しに行きましょう」
バッカス中将が表情を変えずに告げる。
川のように大きくて長い、ミミズのような魔王兵器の体内を旅すると言っているのだ。
当然の如く、可愛いと綺麗が大好きなリリィは、しかめっ面をした。
「この中を歩くのかぁ……」
「はい。いつまで休眠状態にあるか不明です。リリィ、急ぎましょう」
言いながら、バッカス中将はヌメリ光る体液であふれるピンクの肉を踏みしめる。
ぶじゅうぅ……と吹き出た粘液を目にし、リリィは真新しい服のスカートを短く折った。
遠目に見ても大きい存在だったのだ、中だって当然の如く大きく広い。
魔王兵器の体内は大腸のように筒状であり、周囲は肉壁だが中央には空間が存在する。
幾つもの突起物が集合身体のように存在していたり。
酸性の液体で物が溶かされていたり。
リリィはそれらに目を細めながら、自らの鼻を摘まんだ。
「すっごい臭いね」
「はい、今は外気がありますので問題ありませんが、無ければ死に至るかと」
「え、もちろんバリア張ってあるんでしょ?」
「当然です。リリィに害なす物を、このバッカスが許すはずがありません」
「そか、良かった」
リリィは自分の周りに見えないバリアが貼られている事を知り、どこか安堵する。
しかし、バリアがあっても鼻で分かる程に臭いのだ。
何も言わずともバリアを張ってくれる、バッカス中将は本当に気が利く男だ。
そんな事をリリィが密かに考えていると。
「リリィの体内に汚染物質が混入してしまっては、リサイクル食品に影響が及びますからね」
表情を変えずにバッカスが言った言葉に、リリィは評価を180度反転させた。
「バッカス中将、バリア外してもいいよ」
「ダメです」
「混入したらもうリサイクル食品食べられなくなるんでしょ。いいよ、それで」
「ダメです、リサイクル食品がある以上、リリィは餓死しないのですよ? それがどれだけ素晴らしいことか、リリィは自分の恵まれた環境をもう一度理解する必要があります。そうですリリィ、一度排便をチェックしましょうか。健康状態の確認も出来ますし、食材にもなります。この臭気です、臭いなぞ気にせず、どうぞこちらにお出しください」
差し出されたトレイをふんっと蹴飛ばして、無言のままリリィは先へと進んだ。
「あれ、バッカス中将、なんか建物があるよ?」
魔王兵器の内部探索を開始して一時間ほど。
日の光も届かない深部に、明かりが灯る。
「家……っていうか、町?」
「恐らく、魔王兵器が飲み込んだ町が、溶けずに残ったものなのでしょう」
「生きてる人、いたりするかな?」
「いえ、探知魔法によると、生存者はゼロです」
「明るいのに?」
「人が稼働させている訳ではありません、コアから流れ出るエネルギーがそうさせているのです」
明かりの灯る無人の町は、どこか薄ら寒いものを感じさせる。
ただ、せっかく発見したのだからと、二人は家々を回る事にした。
「結構綺麗だね、使える物がありそう」
「そうですね。ですが、臭いが残りますよ?」
「うえ、そうだった、ここ臭いんだった」
外壁が残っていたお陰か、屋内に残る家具はそれなりの状態の物が多く。
「バッカス中将、これ何かな?」
「記録によると、ゲーム機と呼ばれる物になります」
「ゲーム機? 何それ」
「ちょうどモニターも残っておりますから、起動してみましょうか」
モニターが照らす光を受けながら、リリィはコントローラーを手にした。
「よっ、ほっ、はっ、なにこれ、おもろ」
「レーシングゲーム、のようですね」
「バッカス中将も遊ぶ?」
「いえ、僕の手が大きいので、コントローラーを持てません」
「そか、残念」
ここが魔王兵器の腹の中だということも忘れて、リリィはゲームに熱中するのであった。