第7話 つかの間の平和、現れしターゲット。
「ねぇねぇ、バッカス中将、これなんか使えるんじゃないかな?」
防衛兵器との戦闘を終えたばかりの二人は、未だエントランスにいた。
破損してしまったバッカス中将の両腕、及び胸の亀裂の修復待ち。
バッカス中将は魔法生命体だ。
岩や石があれば、自己修復が可能である。
「右腕にこの主砲を取り付けてさ、今度敵が出てきたらドカンって」
「リリィ、その152mm砲は大きすぎて邪魔になります」
「じゃあ、この機銃を腰と両足、肩に装備するのは?」
「リリィ、我々の旅に重火器は不要です」
重火器の役目は、人を殺すことにある。
二人の旅の目的は、人殺しではない。
「はいはい、分かりました」
「分かって頂けて光栄です、リリィ」
「銃で撃つよりも、私が石ころ投げた方が強いもんね」
しばらくして、二人はビルの探索を再開する。
防衛兵器の操舵室や、ビル全体の管理システム。
そのほか全ての設備が稼働しているのを見て、リリィは感嘆の声を上げた。
「なにこれ! キラキラして綺麗!」
「リリィ、エレベーターが使えるみたいですよ」
「エレベーター? 何それ」
「自動で上がり下がり出来る箱です」
バッカス中将がボタンを押すと、リリィも真似てボタンを押した。
にひひと微笑むリリィの頭を、バッカス中将は優しく撫でる。
「へぇー、中はこんなに綺麗なんだね」
「はい、完全に密室、恐らく上層階で待機していたのでしょう」
飛び乗ったリリィの後に続き、バッカス中将もエレベーターへと乗り込む。
ビーという警告音と共に『重量オーバーです』と音声が庫内へと響いた。
「うわ! バッカス中将! 人の声だよ! 誰かいるよ!」
「いえ、これは人ではなく機械の音声でしょう」
「機械の音声? 機械って喋るの?」
「はい、そういう事も可能です」
「ふぅん……リリィだよ、お話しできる?」
「リリィ、恐らく会話は不可能と思われます」
「そうなんだ。つまらないの」
結局、リリィ一人ではエレベーターは使わずに、二人は階段で上へと向かうことに。
ほとんどのフロアがもぬけの殻と化していて、何も見つからなかったものの。
「バッカス中将、これなんて書いてあるの?」
「備蓄倉庫と書かれてありますね」
「中はなんだろ……んっ、開かない。えい!」
十五階で見つけた備蓄倉庫。
リリィが力任せに扉を破壊し中に入ると、室内には多量の箱が陳列していた。
ラックに乗せられているのも数えると相当数だ。
「ねぇねぇ、バッカス中将、これ何なの?」
「全て缶詰ですね」
「缶詰?」
「食料という意味です」
「食料!? やった! これ全部食料だー!」
自動で点灯した倉庫内には、見渡す限りの食料が保存されていた。
それだけではない、このビルには衣食住、全ての機能が生きていたのだ。
「バッカス中将! 見て! 洋服たくさん!」
「良かったですね、リリィ」
「下着もこんなに! 全部綺麗だよ! 洗う必要ないよ!」
「はい、持ち運べるだけ持ち運んでおきましょうか」
嬉し喜びの探索はとどまることを知らない。
「水が出るよ! 温かいし高い場所から出るよ!」
「それはシャワーと呼ばれるものです。これを利用してみましょうか」
「なにこれ?」
「シャンプーと呼ばれるものです。コンディショナーもありますね」
「……何に使うの?」
「リリィ、これを使えば髪と肌が綺麗になりますよ」
「使う! これ全部リリィの!」
過去の文明がそのまま保存されていたビルだったのだが。
それらがマトモに起動していたのは、三日間ほどだけだった。
「あれ。シャワー出ない」
「恐らく、動力が停止してしまったのでしょう」
「そか、残念」
それでも、柔らかなベッドに温かな布団。
食料も水も多量に残るビルに、二人は残り続けていた。
「このままここにいても良さそうだよね」
「そうですね。それが出来れば一番なのですが」
それは、二人には許されることのない選択肢だ。
人が文明を享受していること。
星が、それを許しはしない。
「朝日が綺麗だなぁ……」
リリィとバッカス中将がビルの一室から外を眺めていると。
視界の隅の方でビルが一棟、突如として崩れ去った。
「バッカス中将」
「ええ、リリィ、ご準備を」
崩れたビルは一棟だけではなかった。
次々に崩れ去り、徐々にリリィたちがいるビルへと近づいていく。
轟音、砂煙。
文明を許さない、やり直しを決めた星が生み出した脅威。
「ねぇ、バッカス中将、あれが私たちの目標?」
「はい。魔王兵器、ワールドイーターと呼ばれる、僕たちのターゲットになります」
世界を喰らいつくすもの。
魔王兵器――ワールドイーターと、バッカス中将の記録には、そう残されていた。
言葉通り、世界を飲みつくさんとする勢いで、周囲のビルは崩れ去り、消えていく。
「凄いね、なんかミミズみたい」
「そうですね、ミミズは土壌再生機能があるらしいです。的確な表現だと思いますよ、リリィ」
リリィがミミズと表現し、バッカス中将が否定しなかった相手。魔王兵器。
蛇行しながら文明を破壊するそれの大きさは、駆逐戦車の比ではなかった。
ビルをも飲み込まんとする巨大な存在、過去の人類が勝利することの出来なかった相手。
蛇行するソレは、遠目に見ても川のように大きく、長く。
ミミズのように丸い先端、そこの部分が呼吸をするように開くと、ギザギザの歯牙がぐるりと口腔内にびっしりと生えそろっていた。生き物が食事を楽しむような造りではない、単純に、飲み込んだものを破砕する為の構造に見える。
「よし! いくぞー!」
掛け声と共に、リリィはビルの屋上から躊躇なく飛び降りるのであった。