第6話 ボスという名の駆逐戦車。
恐らくそこは、かつて人を迎え入れるためのエントランスだった。
無駄に広く、天井も高く、遮蔽物となる柱も沢山残る。
他のビルに比べて、このビルの損傷は少ない。
守るべき主をなくした、防衛兵器の成果なのだろう。
ドンッ ドンドドンッ
幾つもの銃口がリリィを狙い、その幾つかは彼女の身体にヒットする。
素早く動いていた彼女の身体が転倒し、人工物の床へと倒れ込んだ。
「ねぇ! 痛いんだけど!」
ドンッ
顔を上げると、額に狙いすました一撃が入る。
防衛兵器の命中精度は非常に高く、また、数も多い。
「――――っっったぁい! もう頭きた、全部壊してやるんだから!」
「リリィ、少々お待ちください」
「なに! こっちは何発も撃たれて痛いの!」
「相手の弱点を調べておりました、これから脆弱性をついた魔法を発動させます」
ぜいじゃくせい?
言葉の意味はよく分からないが、リリィは素直に防御に徹することにした。
バッカス中将の両の手が緑色に光ると、ふわりと魔法陣が浮かび上がる。
『サーキット・ストーム』
パパパパパパッ
無数の魔法陣の出現に、防衛兵器の動きが一瞬止まった。
取り囲むように現れたそれら魔法陣から、緑色の電撃がほとばしる。
数秒ほどで防衛兵器から煙が上がり、ぷすんぷすんと動きを止めた。
「おお、すごい、なにこれ」
「雷魔法です。調べた所、あの手の防衛兵器には電気が有効との記録がありました」
試しに近づいてみて、リリィは大剣、テンプリウム・ストームを力いっぱい振り下ろす。
ゴガンッ、という爆音と共に、防衛兵器はひしゃげ、破壊された。
「なんだ、弱点付けば雑魚なんだね」
「どうやらその様子です。リリィ、お怪我はありませんか?」
「んー……ちょっと、血が出てるかも」
「それはいけません。出血部位から雑菌が入り、そこから感染する恐れがあります。今すぐ無菌空間を作り治癒魔法にて傷を塞いでしまいましょう。ああ、いけない、血液検査もする必要がありますね。そうだ、リリィが発熱した場合、リサイクル食品にも影響が出る可能性があります。リリィ、今のうちに保存食として多量に排便することを、このバッカス提言させて頂きます」
「うるさい」とリリィがバッカス中将に手刀を喰らわせた。
「こんな傷、治療するまでもないよ」
「しかしですね、この浣腸という器具を使用すれば」
「しないって言っているの! しつこいよ!」
綺麗な回し蹴りがバッカス中将を襲う。
今のリリィは全身が埃まみれであり、着ていたドレスにも穴が空き、髪型も崩れ、本人の申告通り、腕や額から僅かながらの出血が確認できる状態だ。バッカス中将としては気が気ではないのだが、リリィは忠告を無視し、食料を求めて上階へと向かおうとする。
キュルキュルキュルキュルキュルキュル
ゴガガガガガガガガガガガ……
足を止めざるを得ない爆音が、上階から響き渡った。
「なに、この音」
「熱源反応あり、リリィ、俗にいうボスと呼ばれる存在です」
おおよそ人が使用するであろう階段を、砂煙と共に無理に下りてくる。
障害物を難なく乗り越えてくる巨大な防衛兵器は、これまでと風体が違っていた。
「巨大自走兵器キャタピラ型、駆逐戦車と呼ばれる形式ですね。あの筒状から察するに152mm砲、いけませんリリィ、あの砲撃の直撃だけは絶対に避けて下さい。一撃で肉体が粉砕されてしまいます。僕ですら耐えられるかどうか」
異様なまでの太い砲身を持つ相手に対し、バッカス中将は表情を変えずに警告を発した。
きっと彼に表情機能が搭載されていれば、苦悶の表情を浮かべていたに違いない。
「もともと、当たりたくて当たってた訳じゃないんだけどね」
「幸い、発射前に熱源探知が可能です。連射は不可能と推測します。リリィ」
「分かってる、一発誘って、その後いいことしましょうって事でしょ」
その一発が耐えられるかどうか、という問題なのだが。
駆逐戦車に搭載されていた機銃、無数にあるそれが、一斉に射撃を始める。
ズガガガガガッ
ズガガガガガガッ
二人が柱の裏に隠れても、それはいつまでも続いた。
「うは、すご、柱壊れちゃうんじゃないの」
「機銃では、この柱の破壊は不可能と判断できます」
「じゃあ弾切れを待とっか。それから主砲をなんとかしよう」
コン、コロロ……
銃声が鳴り響き、硝煙の匂いが立ち込めるビルのエントランスに似つかわしくない音。
金属が床に当たり、リリィとバッカス中将の付近へと転がっていく。
バッカス中将は魔法生命体だ、聴覚も人間のそれとは比べ物にならない。
「リリィ、失礼します」
「え、どしたの」
「爆弾、記録によると手りゅう弾と呼ばれるものです」
「え? え? え?」
訳も分からぬままに、リリィはバッカス中将に抱きかかえられる。
石のように冷えた体温と無機質な触感は、彼が人間ではないと思い出させた。
直後。
――――ドウンッッッ!!!
光が二人を包みこみ、バッカス中将の巨体が宙を舞った。
抱きかかえられていたリリィも衝撃ではじき出され、無抵抗な身を主砲の前に曝け出す。
「……っ」
相手は防衛兵器だ、人の心など保持していない。
侵入者に対して無情に徹し、排除するのみだ。
砲身の奥が、赤く燃える。
ッッカゴォッォンッッッッ!!!!
爆炎と爆風、爆音を叩き出した152mm砲の一撃が、容赦なくリリィの柔肌を狙った。
反動で駆逐戦車の車体が浮き上がり、ひっくり返りそうになるのを、射出した支え棒が防ぐ。
爆炎で視界が遮られ、爆音で耳が聞こえず、爆風で叩きつけられた肉体が動きを忘れた。
終わった、という感情すら湧かずに、リリィは目の前の状況を確認する。
なぜなら、リリィが生きているから。
なぜ? を、確認せざるを得ないから。
「……大丈夫、ですか、リリィ……」
リリィの前に、砲弾を受け止めたバッカス中将の姿があった。
152mmの砲弾を受けて、彼の両腕は粉砕され、胸にもひびが入っているようにも見える。
耐えたのだ。バッカス中将は、あの152mmという規格外の一撃を。
「ごめん、私が」
「リリィ、今がチャンスです」
「……分かった、すぐ仕留めてくる」
駆逐戦車の車体は、まだ前輪部分が持ち上がったまま。
リリィは車体下部に入り込むと、大剣、テンプリウム・ストームでキャタピラを全力で叩く。
一撃、たったそれだけで戦車のキャタピラが切断され、歪み、車体がひしゃげる。
「いい加減、死ね」
その状態になっても機銃を乱射してくる駆逐戦車に対し、リリィは容赦のない一撃を加えた。
瞳を赤く光らせながら振るうその一撃は、駆逐戦車どころか床をも一刀両断にする。
ボンッと爆ぜる車体、ようやく、駆逐戦車が沈黙した瞬間だった。