第5話 防衛兵器との死闘。
「ねぇ、バッカス中将、これなんて読むの?」
リリィはバッカス中将が引くソリに寝そべりながら、手にした本について質問した。
ほつれた黒い革表紙、一枚一枚が一度は濡れたのか、その本は紙自体が萎れている。
「本ですか、一体いつの間にそんなものを?」
「この前の館で見つけたやつ」
「リリィ、場合によっては物に取り憑いている死霊もいるのです。物を持ち出す時は僕に一言お願いしますね」
「はいはい。それで? これなんて読むの?」
リリィが手にしていた本を受け取ると、バッカス中将は目から緑色の光線を発射した。
本がふわりと浮かび上がり、ぺらぺらと勝手にめくれていく。
最後のページまで捲り終わると、ふわふわと本はリリィの手の中へと戻っていった。
「リリィ、それは物資の輸送記録簿的なものでした。個体名や数量が書かれ、後は日付、値段、品質などが記載されている〝帳簿〟と呼ばれるものです」
「へぇー、なんだ、物語じゃないんだ」
「恐らく、あの館の持ち主は商人と呼ばれる人間だったのでしょう。商売を生業として生きる、昔はそういう生き方もあったのだと、記録に残されております」
過去の英知、物々交換から始まり、貨幣に価値を与え取引を行う。
いずれも廃れた文化だと、バッカス中将は歩みを止めずに語った。
「今となっては商業をしようにも相手がいません。これまでリリィと旅をしてきましたが、知的生命体には一度も遭遇してきませんでした。もはやこの地上において、会話が可能なのはリリィと僕のみなのかもしれません」
バッカス中将には探索魔法も備わっている。
距離はおよそ二キロにも及び、精度を薄めればその距離は十倍にも及ぶ。
残念なことに、バッカス中将は探索魔法を常時発動させている。
これまで一度も遭遇していないという彼の言葉には、裏付けが存在していたのだ。
「そっか、じゃあ良かったね」
「良かった、ですか?」
「だって、私とバッカス中将は会話が出来るから。知的生命体……だっけ? そんなのいなくても、私たちがいれば会話は成り立つ。良かった良かった」
バッカスの記録には、人についてこう残されていた。
どんな強靭な人間でも、孤独にだけは耐えられないと。
「そうですね、良かったのかもしれません」
「でしょ? それで、さっきの本にはどんなものが書かれていたの? 主に食料が知りたいな」
「食料の記載もありましたね。やはり多くは南の街へと輸送されていた様子です」
「やった! 早く行こうよ、その街にさ」
「では、少し急ぎましょうか」
ずんずんずんと、バッカス中将は小走りになりながら道を走る。
リリィが白線を綺麗だと言い、バッカス中将は走りやすいと喜ぶ道を。
道中、ウサギのような小動物は見つかるけども、食料と呼ぶには心細く。
空腹を限界まで我慢し、リサイクル食品にNOを突き付けながら、二人は南下を続ける。
七日後。
「うわ、何あれ、この前みた塔よりも大きくない?」
「そうですね。あれはビル、と呼ばれる建物の一種だそうです」
「ビル?」
「はい、先日教えました、コンクリートで造られた人間の英知の結晶です」
リリィは期待せずにはいられなかった。
館の帳簿に残されていた輸送記録。
そびえ立つビルの数々。
もしあれが全て食料貯蔵の用途であったとするならば。
妄想が、リリィのお腹をくぅと鳴らした。
「バッカス中将、早く行こうよ!」
「いえ、少々お待ちください。探索魔法に引っかかった熱源が幾つかあります」
「熱源? それって人がいるってこと?」
「……残念ながら、そうではありません」
「じゃあ、動物がいるってこと?」
「それも違います。熱源と呼ぶにはとても低く、生命と呼べる程ではありません」
「じゃあ何なのさ、もったいぶらないで早く教えてよ」
バッカス中将は魔法生命体だ。
表情を変えないまま、彼は顎へと手をやる仕草をした。
「恐らく……機械、と呼ばれるものでしょう」
「機械? それって道に転がってる鉄屑のこと?」
「はい、動力が無ければ動かない鉄屑なのですが。ここは、動力がありそうですね」
「……? よく分からないけど、早く行こう」
「かしこまりました。リリィ、何があるか分かりません。慎重に行きましょう」
いつになく警戒心を高めるバッカス中将。
対して、リリィはあっけらかんとした表情で「うん」と返事をした。
近づけば近づくほど、人が残した何かが鮮明になっていく。
倒れている鉄の柱に崩れ去った建物の数々、動かない鉄の塊。
そのどれもが植物の浸食にあい、花を咲かせ静かに眠っている。
「どう? 食料はどの辺にありそ?」
リリィは道端に落ちていた人形を手に取って眺め、ぽいと投げ捨てる。
遠くからでも大きかったビルは、近くで見てもやはり大きくて。
けれども、そのほとんどが倒壊しかけていた。
「そうですね。食料ではありませんが、熱源が残っているのは、このビルかと」
ずぅん、と、そびえ立つビル。
正面の入り口は一面ガラス張りで。
二人が映り込むガラスを前にして、リリィはニッコリと微笑んだ。
オレンジ色の長い髪、横の毛は縦にカールし、着ているドレスのお陰でお姫様に見える。
リリィは自分の容姿が大好きだった、一目見て可愛いと思えるから。
だが、バッカス中将の無骨な感じも好きだった。
「ねぇねぇ、やっぱり私って可愛いと思わない?」
「そうですね。比較対象が存在しませんので、リリィは孤高の存在だと、僕は思いますよ」
「それって褒めてないでしょ」
「最高の誉め言葉です」
まったくもう。
バッカス中将はもうちょっと女心を理解すればいいのに。
そんな愚痴を残しながら、リリィがビルへと足を踏みいれると。
――――ドンッ
突如、爆音が鳴り響いた。
瞬間、リリィの身体が強烈な力で真横に吹き飛ぶ。
バッカス中将の記録には残されていた。
昔の人間の武器に、銃、と呼ばれるものが存在していたと。
キィィィィインッ…………
そして、機械と呼ばれる自立思考型兵器が、銃を用いて化け物に抵抗していたと。
多脚車輪駆動式の兵器、伸縮自在の脚が、倒壊寸前のビルを器用に、高速に進む。
黒光りした銃身の先端に熱が残る。
リリィは被弾したのだ、人が残した名も知らぬ防衛兵器によって。
瓦礫に寝そべっているリリィだが。
被弾したにも関わらず、彼女は起き上がる。
「いててて……なに今の」
「リリィ、大丈夫ですか?」
「うん、平気。超痛かったけど」
兵器が狙ったのは、リリィのこめかみだ。
弾痕が確かに残っている。だが、それだけだ。
さすが……と、バッカス中将は言葉を漏らす。
「何か言った?」
「いえ、何も。それよりもリリィ、アレは防衛兵器と呼ばれるものです」
「防衛兵器?」
「はい、恐らくアレはこのビルを守護するために活動しています」
「それってさ、守るべき何かがあるって事だよね? てことは、食料が沢山あるってこと?」
バッカス中将の言葉を待たずして、リリィは飛び出した。
飛び出してきたリリィを感知し、防衛兵器は車輪を駆動させ、銃身を彼女へと向ける。
――ドンッ
ギィンッ
正確無比に狙った弾が彼女の脳天を襲うも、リリィは手にした巨大な剣で受け流した。
大きすぎるその剣は、鉄で出来た防衛兵器を、重量だけで一刀両断にする。
――――ゴッ
かつて、人を守るために造られた防衛兵器が、たったの一撃で破壊される。
おおよそ斬る、とは無縁の音は、リリィの顔に笑みをもたらした。
「さすがはテンプリウム・ストーム、何でも壊せるね」
「リリィ、以前はドラゴニアキラーと呼称しておりましたが、変えたのですか?」
「うん。だって、ドラゴニアは倒せてないし」
「そうですか。では、記録を変更しておきますね」
戦いを終え、どこかまったりとした空気の中。
突如としてビル内に、警報が鳴り響く。
「うわわ、バッカス中将、何この音」
「恐らく、僕たちの排除に失敗したことにより、より強力な兵器が起動したのでしょう」
バッカス中将の言葉通り、破壊したのと同型の防衛兵器が何台も姿を現した。
長らく封印されていたのか、どれもこれも植物の浸食を受けながらも、新品同様に光る。
「ってことはさ、このビル、食料ありそうだよね」
「恐らく」
「うは、やる気出た―!」
空腹に勝るものなし。
リリィは愛用の大剣、テンプリウム・ストームを握り締めて、防衛兵器へと単身飛び込んだのであった。