第4話 リサイクル食品は、もうこりごり。
「あの館、掃除すればもうちょっとマトモに住めたかもしれないよ?」
「あの館には拷問部屋もありました、あまり良い場所とは言えません」
「拷問?」
呪いの絵を倒した後、地下へと繋がる階段を見つけた二人は、そこで発見する。
三角の形をした木馬や、人間を捕縛する為の鉄の器具を。
それらは使用された痕跡があり、床に落ちる道具にも血液反応が確認できた。
そして夜になると、被害者の死霊がリリィを襲う。
痛みを知って欲しいと、悲しみを分けてあげたいと。
「あんな場所は、燃やして正解なのですよ」
「まぁ、バッカス中将が言うのなら、それが正解なんだろうね」
結局、二人はあの屋敷に火を放ったのだ。
二度と悲しみが蔓延しないように、誰の目にも止まらぬように。
死霊の何体かが天に消えていくのを、バッカス中将は手を合わせて見送る。
「それにしてもさ、なんであの時、バッカス中将は手を合わせたの?」
「お見送りをする時の、大切な儀式なのですよ」
「お見送り? ……なんだかよく分からないけど、次は私も同じことしようかな」
「えぇ、それが良いと思います」
バッカス中将はゴーレムだ、青年男性の顔をしているも、表情は無いに等しい。
それでも、微笑んでいるように見えたのだから、感情はあるのかもしれない。
§
「うわぁ! 大きな水!」
「湖というんですよ。それにしても、とても大きいですね」
思わず声を上げてしまう程の大きな湖に、二人は辿り着いていた。
館から大森林を歩くこと十日目のこと。
「ようやく太陽さんも見える場所まで来たし! なんか最高だね!」
「そうですね、しかし地面が人工物……コンクリートですか」
「コンクリート? 何それ」
「昔の人間が好んだ地面です」
「へぇ……変なの。それよりもさ、ちょっと暑いから、泳いでもいい?」
ドレスを今にも脱ごうとしているリリィの手を、バッカス中将が止めた。
「なに? どしたの?」
「湖の水を鑑定魔法に掛けました。リリィ、あの湖は全て酸で出来ています」
「……酸って、どれぐらい強烈なの?」
バッカス中将は落ちていた木の枝を手に取ると、ぽいと湖へと放り投げた。
すると一秒もせずに枝が気泡に包まれ、数秒後には燃え始める。
「石も、ほら」
小石を投げると、油で揚げたみたいにジュゥゥゥゥゥッ! と音を立てた。
恐らく、人間が生身で飛び込んだら、一瞬でこんがり逝ってしまう事だろう。
「こんなに綺麗な湖なのに入れないのか、なんかショック」
「致し方ありません、浄水魔法を掛ければ泳げるかもしれませんが、どれだけ掛かるか」
「いいよ、バッカス中将が大変そうだし」
「はい、そうして頂けると助かります」
リリィは近くに転がる小石を手にしては、湖へと放り投げる。
石が焼けると、なぜか香ばしい匂いがあたりに充満していき、無駄に腹が減った。
ぐぅとなるリリィの可愛いお腹は、無言のままにバッカス中将を求める。
「リリィ、誠に申し訳ないのですが、食料はもう」
「分かってる、昨日ので最後だったんでしょ」
「はい。ドラゴニアエッグも干し肉も、全て無くなりました」
水は目の前の湖を浄化すれば飲めるが、食べ物はそうにもいかない。
大森林の植物は全て毒物であり、動物の類が一切存在しなかった。
空を仰ぎ見るも、鳥の一羽すら飛んでいない。
いや、飛んでいたとしても、この湖の餌食になっているのだろう。
渇きを癒すために着水した途端、燃え尽きて死ぬ。
「大丈夫です、リリィはそろそろ排便のお時間です」
「そういうの、言わないでくれる?」
「リサイクル食品の準備をしておきます。決して地面には出さないでくださいね」
「マジかぁ……」
リサイクル食品は、読んで字のごとく、そのままの意味である。
出したものを再分解し、食料として蘇らせる。
既に一度はリリィの体内に栄養素は吸収されてしまっている。
だが、凝縮すれば僅かに栄養素が残っているのだ。
しかし、どこをどう辿っても、それはリリィの体内から出たものである。
確かに元々は美味しいご飯だったかもしれない、しかし体内を通過したら便なのだ。
「臭いもない、味も美味しい、栄養素もある、最高じゃないですか」
「全然最高じゃない」
「僕は好きですよ、リリィのリサイクル食品」
「ただの変態じゃないか! 大体バッカス中将は食べる必要ないでしょ!」
「僕が食べなかったら、半永久的にリサイクルが可能なんですけどね」
「嫌だよそんなの!」
ぽかすかバッカス中将の石の身体を叩くも、ぐぎゅるるるとリリィのお腹が鳴る。
「そろそろでしょうか、こちらの容器にお願いします」
「ううぅ、ねぇバッカス中将、もしかしたらこの湖の中とか」
「魚一匹いませんよ、溶けて消えてしまっています」
「……あああ、お腹、痛くなってきた」
「便はあればあるほど栄養素を凝縮できます。本当なら全て回収したい所ですが」
「嫌だよ! 私うんこと一緒に歩きたくない!」
あうっ。
リリィにその時が訪れると、バッカス中将は陽気に容器を渡すのであった。
§
「出来ました、今回はチョコレート風味にしましたよ」
「チョコレートとか、そういうの言わないで欲しい」
「おや、そうですか。名前があれば味が予想でき、脳内での味覚が」
「分かったから、もう黙って」
トレーに載せられた黒くて四角いのを、リリィはスプーンですくい、ボソッと口に入れる。
もにゅもにゅと噛み締めると、八の字にした眉のまま「……甘い」と感想を述べた。
「そうでしょう? もとはリリィの便だとは思えないでしょう?」
「やめて、食欲一気にゼロになるから、ほんとやめて」
「ふふっ、そうですか」
食べたくない、でも食べなければ死ぬ。
死ぬのは嫌だ、だから食べる。
リサイクル食品がある以上、リリィは飢えで死ぬことはほとんどない。
バッカス中将に備わった素晴らしい機能のひとつだ。
だがしかし。
「絶対に食料探しに行く」
リリィは残念ながら可憐な女の子だ。
自分のお尻から出たものを喜んで食べる性癖の持ち主ではない。
「そうですか、では、ここから南に向かいましょうか」
「南に何かあるの?」
「はい、地図によると、大勢の人間が生活していた場所があったと書かれています」
「なるほど、そこなら食料があるかもしれないってことか」
「はい、おっしゃる通りで」
「じゃあ、そこに向かおうよ、今すぐ」
「かしこまりました、ですが、大体十日ほどは掛かるかと」
その間に何か見つかればいいな。
リリィは心の底からそう思いながら、リサイクル食品を口へと運んだ。