第22話 二人だけの儀式と、新しい乗り物。
「そうですか、ジンがそんな事を」
「うん。まぁ、言われなくても魔王兵器の破壊はするけどね」
ジンからバッカス中将へとコアの移動が行われた後、一時間ほどするとバッカス中将の顔が元の形へと戻っていた。整った青年風の顔立ち、目に掛かる程度の水色の髪を、リリィが優しく撫でる。
「あの……リリィ?」
「うん? どうしたの?」
「もう夜が明けます、守って貰わなくとも大丈夫ですよ?」
確かに空が白むものの、バッカス中将の手足はまだ再生していない。
今はリリィが正座をし、太ももの辺りに、バッカス中将の出来たばかりの頭を置いている状態だ。
所為、膝まくら、と呼ばれる状態にあろう。
ちなみにバッカス中将の胸の部分、コアが収納されている場所に関しては、オムレツが丸くなり眠りについている。温かいのか、守っているのか。黄色いもふもふした体毛をそよそよとさせ、目を閉じくぅくぅと寝息を立てていた。
「いーの、バッカス中将は頑張り過ぎだから。たまには休んだ方がいいって」
「僕は魔法生命体ですから、休まなくても平気なのですが……」
「じゃあ言い方を変えて、ご褒美って事にしようか」
「ご褒美……そうですね、それでしたら、甘んじて受けたいと思います」
「にひひー、たまにはいいでしょ?」
「ええ、そうですね。そこで見ている二人が、嫉妬しなければ良いのですが」
レイズが眠るケースの横には、寄りかかるようにしたジンの姿があった。
ジンの肉体は復活した時のままだが、先のように動くことはない。
「コアの復活、私たちには出来ないものなのかな?」
「そうですね。残念ながら、僕の記録には残されておりません。ですが、僕たちは人によって造られた存在です。いずれ人々の手によって、ジンのコアも修復されるのだと思います」
「そうしたら、レイズちゃんも目を覚まして、私の友達になってくれそうだね」
「その時には、何万という人が、リリィの友達になっていると思いますよ」
「あはは、そっか、そっちが先か」
リリィは楽し気に笑うも、すぐに静かになった。
暖房が効き、静かな空間で、リリィは目を閉じる。
「こうしてこのまま、バッカス中将と二人きりっていうのも、悪くないような気もするけどね」
つぶやくリリィの言葉に、バッカス中将は応えず。
それから二時間が経過すると、バッカス中将の四肢は完全に姿を取り戻した。
「ふむ、こんな所でしょうか」
「うん、バッカス中将復活したね」
「はい、リリィ、先ほどは守って頂き、ありがとうございました。それと」
サーコートをひるがえし、バッカス中将はリリィに対して膝をついた。
「主である姫君を守れず、死霊如きに敗北を喫してしまったこと、ここに深く謝罪申し上げます」
「バッカス中将……いいよ、そんなの」
「いいえ、そういう訳には行きません。敗戦の将には罰が必要です。そうでないと、僕は僕を許せそうにありません。一体何をしているのか、何を油断しているのか。自分自身の一時の過ちが、最悪の未来に繋がると自負しておきながら。後生でございます、姫様、僕へと罰をお与え下さい」
言葉に重みを感じる。心の底からの後悔。
魔法生命体として、将軍として、果たせなかった思い。
「……わかった」
「姫様」
「バッカス・オーブリエール・ガゥ・チュウジョウニアよ」
リリィはバッカスの前に立つと、姿勢を律した。
まるで一国の姫君のような振る舞いに、バッカス中将もその身を新たにする。
「貴殿は将軍という立場でありながら、主君である我を危機に瀕させた。これは許しがたい行為であり、万死に値するものとする。だが、これまでの貴殿の活躍を考慮せずに罰を与える事は、騎士道にあるまじき行為であり、民はそれを許さんとする。よって、バッカスよ、ここに貴殿に新たなる命を下す。今後、魔王兵器、及び死霊、我らに対し敵対する者共との闘いに於いて、一切の敗北を認めんとする。もし敗北を喫した場合、我自ら貴殿のコアを叩き壊すことを、その胸に深く刻むといい」
リリィの主としての言葉を受け、バッカス中将は深く首を垂れた。
次はない、その言葉の意味を、真摯に受け入れる。
「リリィ・ハルモニアが命ず。バッカス・オーブリエール・ガゥ・チュウジョウニアよ、表を上げよ」
「はっ」
上げた顔へと両手を添え、彼の額へと、リリィは口づけを与えた。
「これは、貴殿への褒美だ」
「……ありがたき、幸せでございます」
「うむ、精進するのだぞ……。なーんて、こんなの疲れるよ」
ぱたぱたと真っ赤になった顔を仰ぐと、リリィは「あー恥ずかしかった」と座り込んだ。
「姫様」
「リリィに戻して。それともまだ罰が欲しいって言うのなら、思いっきり殴るよ?」
「僕としては、それでも一向に構いません」
「やーだよ。また修復まで待たなきゃいけないじゃん。それよりも朝食にしようよ。それから昼寝。そんで、夜が来る前にここを出よ。またあの死霊型のふざけた奴が出てきたら面倒だしさ」
リリィのお腹がくぅくぅと鳴っているのを聞くと、バッカス中将は重い腰をゆっくりと上げた。
「確かに、リリィの言う通りですね」
「でしょ? 確か、まだ食料あるんだよね?」
「はい、昨晩申し上げた通り、カレーと呼ばれる食料が完成しております。一晩煮込みましたから、美味しく頂けると思いますよ」
「カレー? 食べたことないな。どんなのだろ」
「記録によると、辛くとも美味しい料理、とのことです。ジャガイモやニンジンと呼ばれる野菜の数々に、香辛料を混ぜ合わせたルーと呼ばれるものを――」
「あー、いい、覚えられないから。私は食べるの専門で生きていきたいです」
さすがは姫様、そう言いながら、バッカス中将は朝食にカレーを振舞うのであった。
初めて食べたカレーは辛いのに美味しい、という言葉が正にマッチしていて。
リリィは笑顔を作りながら、美味しいね、と、バッカス中将へと微笑む。
その後、死んだように眠りに付き、予定通り夕方前にリリィは起床した。
「ん……あー、良く寝た」
「おはようございます、リリィ。ちょうど次の目的地が決まった所ですよ」
設備へとリンクをしていたバッカス中将が、リリィにも見えるように魔法地図を展開してくれた。
「次は南に向かいましょう。どうやらそこにも、魔王兵器によって滅ぼされた町が存在するとの事です」
「そうなんだ。また寒い中、歩かないとかぁ」
思い出すだけで震えあがる。
両腕をこすりながら、リリィはため息をひとつこぼした。
「ですが、このままここに残ったとしても、三日後には全ての施設が運転を停止してしまいます。外と変わらぬ温度、いえ、場合によっては外以上に冷える可能性があります。更にはリリィが言っていたように、死霊型魔王兵器の襲来も予想されますから、今以上に厳しい状態になるかと」
まくし立てるように言われて、リリィは「わかったよぅ」とバッカス中将の肩に乗ろうとした。
結局のところ、リリィは保温箱の中でオムレツと一緒に丸まっているだけ。
外の寒さはあるものの、裸一貫で歩いているバッカス中将の何百倍も快適なのである。
だが、肩に載せた保温箱に入ろうとするリリィを、バッカス中将は抱え込み、床に戻した。
「え、歩けってこと?」
「いいえ、歩く必要はございません」
どういうこと? リリィが疑問符を顔に浮かべていると、バッカス中将は「こっちです」とリリィを連れて、施設の最奥へと進んだ。
「施設の端末にリンクした際、ジンとレイズが起動した後、どのようなルートで他へ向かうのかを調べたのです。さすがにあの二人であっても、氷点下五十度は厳しいはずですから、他のルートがあるはず、そう思い調べていたのですが」
バッカス中将は大きな扉の前で歩みを止めると、浮かび上がったタッチパネルに素早く触れた。
「どうやら、二人はこれに乗って、他の地域へと向かう予定だった様子です」
開いた扉、その奥にある乗り物は、とても大きくて。
全体的に横に長い感じの円形、左右均等の造りをし、それは僅かに浮かんでいた。
「な、なにこれ?」
「超電磁リニア……と書かれておりますね。あっという間に氷の大地を抜けてしまうらしいですよ?」
「え、本当? 凄くない? じゃあずっとこれでいいじゃん」
「そういう訳にはいきません。決められた場所のみ、運行できるとの事です」
「そっか……便利だけど不便だね。でも、寒い所を歩かないで済むのなら良かったー」
リリィが近づくと、扉がうにょんと形を変えて、それが入口になった。
「左右に開いたりじゃないんだね。昔の人間って凄いなぁ」
「流動金属、と呼ばれるものらしいですよ。今の僕では再現不可能です」
二人と一匹が乗り込むと、扉はにうにょんと元の形に戻る。
ジンとレイズ専用というだけあり、中には座席が二つあるのみ。
リリィにはよく分からないレバーとかがある方にバッカス中将が座り、さっそく操作を始めた。
「では、南へと向かうとしますか」
ガクンッとシートの安全バーが下がると、リリィは座席に拘束された。
首から両手足、腰と拘束され、全身を膨らんだ座席に捕縛されることに。
ちなみに、オムレツもリリィの膝の上にいたので、一緒に捕縛されている。
「なにこれ」
「想像を絶する速度で移動するみたいですので、喋らないで下さい。舌を噛みま」
バッカス中将の注意が終わる前に、リニアは動き始める。
リニアというよりも、レールガンに近い。
重力と空気に押しつぶされながら、リリィたちは次なる町へと向かうのであった。




