第2話 ドラゴニアの卵料理。
見上げるだけで首が痛くなるほどの高い塔が、リリィとバッカス中将の前にあった。
随分と遠くから見えてはいたものの、近づくと塔の大きさが異常であることに気づく。
「これ、空まで届いてそうだね」
「そうかもしれませんね」
「じゃあ、登ってみようか」
ゴーレムであるバッカス中将にひかれていたソリを飛び降りて、リリィは自分の足で歩き始めた。
新しいものを見つけたリリィはいつも楽し気に歩く。
バッカス中将はそんなリリィを見るのが大好きであった。
荒野にぽつんと存在する謎の巨塔、それだけでも楽しいのに、中に入って探検まで出来るのだから、リリィの興奮は収まることを知らない。
石だけで出来た謎の塔へと足を踏み入れると、潜んでいた虫たちがそっと姿を隠した。
「埃っぽいね、バッカス中将、空気清浄魔法使ってる?」
「使ってますよリリィ、貴女の周囲は無菌状態です」
「そっか。けほけほ、視界に埃が舞っていると、どうにも咳き込んじゃうね」
何年も人の手が入っていない塔の中は埃だらけ。
扉を開ければ砂が落ち、階段を踏み込めば岩が落ちる。
侵入者対策用の罠も用意されていたが、さび付いていて起動しなかった。
「見てよバッカス中将、この部屋、天井に針があるよ」
「そうですね、昔なら落下してきたのでしょうね」
「今はどうやっても落ちてこないね、残念」
ところが、リリィが壁を蹴ると衝撃で天井が落ちてきた。
ずしぃんと潰されるも、バッカス中将が天井を両手で受け止め、拳で砕く。
「あは、落ちてきたね」
「そうですね。リリィ、ケガはありませんか?」
「大丈夫、バッカス中将が守ってくれたから」
グッと親指を立てると、バッカス中将は無言のまま持っていた天井を放り捨てる。
「リリィが無事で何よりです」と言いながら、ゴーレムの彼は身体についた埃をぱんぱんと払った。
巨大な塔の中央部分は吹き抜けのある螺旋状に造られていて、階段ではなく坂道だけで構成されていた。
試しにリリィが近くにある石を拾って転がすと、それはクルクルと回りながら、中央部分の吹き抜けをよけて綺麗に落ち続ける。ぐるぐると壁伝いに回りながら落ちていき、それは一階部分まで綺麗に落ち、そのまま外へと出て行ってしまった。
「帰りは滑って帰ろうか」
「そうですね、それが早くて楽そうです」
「にひっ、楽しみが出来ちゃったね」
目的が出来ると、自然と足が速くなるものだ。
リリィとバッカス中将は、何もない塔を延々と上り続ける。
塔の天辺は吹き抜けで、そこから見える空は赤かった。
もう随分と登り続けている。
これだけの塔を昔の人間は一体何のために造ったのか。
使う者のいなくなった過去の遺産は、今を生きる二人には無用の長物だ。
「リリィ、止まって下さい」
「うん、凄い音が聞こえてくるね」
バッカス中将が警告するよりも早く、リリィは歩みを止めていた。
ややもすると、二人が目指していた頂上が、何者かによって蓋がされる。
途端に暗闇に包まれる塔内、バッカス中将は目を光らせて、二人はそれを光源とした。
ばふんっ、ばふんっと、ソレは空気をモノのように扱い、空を飛ぶ。
昨日リリィが倒した鳥の数倍の大きさである、赤い鱗を持ちし者。
空の王者と呼ばれしその生き物は、今も王者だ。
「ドラゴニア……だね」
「ええ、それもレッドドラゴニア、火竜と呼ばれし生き物です」
火竜、火の竜、その言葉通り、周囲の温度がどんどん上がっていくのが分かる。
バッカス中将はゴーレムだが、リリィは生身の人間だ。
このままでは蒸し焼きになる……かと思われた。
けれども、石で出来た塔全体が熱せられると、下階から上昇気流が巻き起こる。
螺旋に造られた風の道が、上昇気流を上手く天辺の穴から逃がしていた。
「凄いね」
「ええ、彼の為に、過去の人間が造った塔だったのかもしれません」
爆風をエネルギ-に変えたのか、彼の為の供物だったのか。
リリィとバッカス中将には分からない。
けど、リリィは心地の良い風に、少女らしい笑みを浮かべるのだ。
「なんか、気持ちいいや」
「そうですね、熱せられた壁が噓みたいに冷えていきます」
空冷の役割を果たしていたのだろう。
塔全体が熱せられるも、二人は無傷だった。
二人は塔の頂上に座する空の王者を、ただただ下から眺める。
すると、尾の付け根がぷっくりと膨らみ、そこから白い何かが排出された。
それらが二個、三個と排出されると、螺旋の道を転がり落ちていく。
「あれ? もしかして卵産んだ?」
「そうですね、あの火竜は雌だったのかもしれません」
「じゃあ……あれ、食べちゃおうか」
「食べるのですか? 確かに、古今東西、ドラゴニアの卵料理は美味と記録がありますが」
悩んでいる間に、最初の一個目が二人の前に転がり落ちてくる。
とても大きな卵、リリィはそれを上手く受け止めると、バッカス中将へと手渡した。
「これ、卵焼き何日分だろうね」
「日持ちさせて十日間、といったところでしょうか?」
「じゃあ、十日間は玉子パーティだね」
良い食材が手に入った。
二人は未知の塔で満面の笑みを浮かべるのであった。