第19話 ドールと最強のゴーレム。
「ねぇバッカス中将、レイズちゃん、起こすこと出来ないのかな?」
見た感じ、レイズという少女に損傷は確認できない。
透明な筒に護られており、侵入した何者かが殺した、という訳ではなさそうだ。
「いいえリリィ、この素体の起動は、僕たちには不可能です」
「そうなの?」
「はい、母なる素体は相方である魔法生命体のみが起動できるように設定されております。定められた魔法生命体ではない以上、このレイズという素体の起動は僕には不可能なのです」
「じゃあ、そのレイズちゃんの相方さんを探しに行こうよ」
「入口にいたのが、レイズの相方ですよ」
入口で朽ち果てていた人型の石、あれこそがレイズの相方であると、バッカス中将は語った。
「僕たち魔法生命体は、母なる素体を守るために存在しています。例え魔王兵器が襲ってきたとしても、単体で駆逐、撃破しなければならないのです。それを入口の魔法生命体は怠った。敵の侵入を防げず、あまつさえ自身の破壊まで許してしまっている。魔法生命体と母なる素体は対の存在、番となるべき存在なのです。あの魔法生命体は愚か者です、大事な人を守れなかったのですから、死んで報いるのが当然なんですよ」
珍しく、バッカス中将が感情を露わにしている。
石で出来た拳を強く握り、ぽろぽろと破片が床に落ちてしまう程に。
「感情を荒げてしまい、申し訳ございません。僕はこの場で機器の調整を行います。レイズという素体を見るに、恐らくリリィでも着られる服が施設内にあるはずです。オムレツと一緒に探してきてはどうでしょうか?」
随分と突き放した言い方であったが、リリィはそれを素直に受け取った。
素直に受け取り、バッカス中将へと返す。
「バッカス中将。私を守ってくれて、ありがとうね」
オムレツと共に奥へと消えるリリィを目にして、バッカス中将は一人、目頭を熱くした。
魔法生命体である以上、表情の変化など、あるはずがないのに。
「洋服、あったよ」
しばらくして、レイズ用に仕立て上げられたドレスに身を包み、バッカス中将のもとへとリリィが戻る。
「どう? 似合う?」
オレンジ色をした髪のリリィが着ると、ドレスの青がとてもよく映える。
ひらひらと舞う蝶のようにステップを踏むと、リリィはバッカス中将へと身体を預けた。
「急に飛び込んで来たら危ないですよ」
「にへへー、だって、バッカス中将は絶対に受け止めてくれるでしょ?」
「無論、そうですけど」
「外の魔法生命体、ジンって名前なんだってさ」
どこかの部屋に残されていたであろうプレートを手にし、リリィは外で朽ちた彼の名を呼んだ。
「ジンとレイズ、生きていたら二人はどんな人だったんだろうね」
「それは、さすがの僕にも分かりません」
「そう? 私は分かるかも」
「そうなのですか?」
「だって、きっと一緒でしょ? 今の私たちみたいに、こうやって仲良くしているんだと思うよ」
魔法生命体と母なる素体は、対の存在である。
番となる運命の二人が、仲違いなはずがない。
リリィは自信あり気に微笑むと、バッカス中将もつられて笑みをこぼした。
「あー、珍しい、バッカス中将笑ってる」
「僕だって生きていますから、笑うぐらいしますよ」
「普段は全然笑わないくせに、くすぐったら笑ったりするのかな?」
「そういうのでは笑いません。心が満たされた時に笑うんです」
「ふぅん。じゃあ、今のバッカス中将は心が満たされているんだね」
そうですね、とつぶやくと、バッカス中将は視線をレイズへと移した。
眠っている少女の表情が、どこか温かいものになったような、そんな幻影を見せてくれる。
「そろそろ眠りましょうか。施設内の暖房を起動させました、今晩はぐっすり眠れると思いますよ」
「あ、ホント? やった、やっと薄着で寝られるよー」
「それと、どうやら食料も少量ですが残されている様子です。明日の朝は美味しいご飯を作っておきますからね」
オムレツと寝室へと向かおうとしたリリィだが、一瞬でバッカス中将の側へと戻る。
「明日の朝と言わず、いま食べようよ!」
「ダメです、まだ生成している最中です」
「ちぇー、ケチ」
「今日はもうリサイクル食品を食べましたからね、食べ過ぎは身体の毒ですよ」
諭されて、ふてくされながらも、リリィは寝室へと姿を消した。
レイズ用に残されていた衣服や食料、家具の全てがリリィに丁度いい。
「感謝しますよ。貴女のお陰で、リリィは温かな生活が出来ています」
バッカス中将がレイズへと語り掛けるも、反応はなく。
一人夜の浸食を感じると、施設内に残された防衛装置を、バッカス中将は起動させた。
「母なる素体が二体もいるのです、お前たちも嬉しいのではありませんか?」
死霊が地面から這い上がってくると、バッカス中将は容赦なく鉄槌を下す。
「普段はレイズの身体を貪っているのでしょう? ですが、僕がいる以上、彼女にも手出しはさせません。リリィの笑顔の報酬として、魔法生命体の恐ろしさ、ジンに代わって教えてあげましょう」
無数に這い出てくる死霊を前にして、数多の兵装を身に纏ったバッカス中将は、余裕の姿を見せる。
母なる素体を守るため、リリィを守るため、レイズを守るため。
鬼神の如き強さを持った男が一人、瞳を緑色に輝かせるのであった。