第18話 雪山に眠る姫君。
リリィとバッカス中将が蛇型魔王兵器を撃破してから、既に三日。
二人と一匹は、未だ真っ白な雪原、銀世界を歩いているのであった。
「ねぇ、次の街とは言わないから、どこか暖かい場所に向かおうよ」
「そのつもりなのですが、如何せん雪に足が取られ、時間が掛かってしまっています」
「魔力回復はまだ出来ないの?」
「この寒さ故、常時発動の魔法にも、コストがかかり過ぎてしまっているのが現状です」
この時の気温、既にマイナス五十度。
吐く息は白濁に染まり、流した水はそのまま氷柱と化すレベルである。
「薄暗くて朝か夜かも分からないし、お腹は減ったし。あーあ、空島で食べた天ぷらうどんがまた食べたいなぁ」
「あの材料は全て、空島崩落と共になくなってしまいましたからね」
「本当、惜しい事したよね。今ここにあの熱々のうどんがあったら、どれだけ美味しく頂けることか」
喋れば喋る程、リリィは自分が空腹であることを再認識してしまう。
くぅくぅ鳴り続けていたお腹は、最近ではついぞ鳴らなくなってしまっていた。
つまり、腸内にガスが発生しない状態、完全なる空腹の状態である。
「オムレツはお腹減らなくていいなぁ」
「風雨竜に限らず、ドラゴニア種は大食いのはずなのですが、不思議なものですね」
生まれてからずっと、オムレツは基本的に食べ物を口にしてはいなかった。
リリィやバッカス中将が食べ物を与えようとしても、そっぽを向いてしまうのだ。
初めの頃こそ心配していたが、最近では食べないのが当たり前になってしまい、特に心配していない。
「ピト?」
「そうそう、お前はどうして何も食べないで大丈夫なんだい?」
「ピート、ピト」
「ドラゴニア語は、私には分からないなぁ」
もふもふの黄色い子犬のような可愛い存在。
ふにゃりにやけた顔で、リリィはオムレツの顎の下を撫でる。
狭い保温箱の中、寝そべって足を上げた状態で、腹にオムレツを乗せる。
そんな窮屈な状態であっても、柔軟なリリィならば特に問題はなかった。
「空腹ならば、リサイクル食品が既に幾つか完成しておりますが」
「あー……そだね、食べようかな」
「はい、せめてと思い、うどん風味にしておきましたよ」
「あはは……ありがと」
食した物だから、味の再現が出来てしまうのだろうか。
恐らく数日前まで天ぷらうどんだったリサイクル食品を、リリィは一口頬張る。
確かに、悔しいことに、味は天ぷらうどんだ。
固形化し、色は真っ黒だけど、確かに天ぷらうどんなのである。
「ああ……本物が食べたい」
「また、どこかの街で材料が見つかれば、ですね」
「ピトピト」
「ん? なに? オムレツも食べるの?」
「ピトピト」
「そっか、はい、ゆっくり食べなね」
それまでほぼ何も食べなかったオムレツが、リサイクル食品を食べる。
空腹からきた食欲なのか、リリィが生み出したリサイクル食品だから食しているのか。
もし、後者だとしたら、いずれ消さないといけない。バッカス中将は一人逡巡していた。
「さてと」
リリィは一人保温箱から抜け出し、雪原へとぴょいと降り立った。
「風も止んでるし、周囲確認のために、ちょっとジャンプしてみるね」
「分かりました。リリィ、お気をつけて」
「うん、じゃあ、行ってきます」
しゃがみ込み、全力でリリィは跳躍した。
十メートルは軽く飛べる彼女の健脚は、全力を出せばもっと高く飛ぶことが出来る。
防衛兵器があったビル程の高さまで跳躍すると、見える景色が変わった。
「……ん、なんだアレ」
幻想的な青白い大地、その先に人工物らしき建物が見える。
洞穴や遺跡ではなく、もっと機械化した何かだ。
地面へと着地すると同時に、リリィは保温箱の中に飛び込む。
マイナス五十度の中、空高くまで飛んだのだ、寒さは尋常ではない。
「えぐっ、えぐっ……さむ、寒かったよぉ」
寒くて泣いちゃうとは、なんと可愛い存在か。
バッカス中将は一人、最愛の人の新たな可愛い一面を知る。
「どうでしたか、何か見えましたか?」
「うん、ここから右手の方向に、建物が見えたよ」
「建物ですか?」
「多分、結構新しい感じの建物。ビルに近い感じかも」
こんな雪原にビル?
バッカス中将は疑念に思うも、魔力回復を最優先と考え、向かうことにした。
歩き始めて二時間ほどで、リリィが見たという建物へと到着する。
雪原の世界において、この白い建物は、まるで雪に擬態しているようだ。
しかし、二人はこの建物を見て、真っ先に違うことを考えていた。
「ねぇ、バッカス中将……これ、私たちが最初にいた施設に似てない?」
「そうですね、恐らく、同じ施設だと思われます」
バッカス中将は見上げる。
白く先端が丸い建物。
窓がないそれは、過去、バッカス中将が千年以上守り続けていた建物と酷似している。
そのまま視線を下げると、建物の入り口から離れた所に、人型の石クズが見られた。
「……愚か者が」
リリィに向けた言葉ではない。
バッカス中将は石クズへと向けて、暴言を発したのだ。
「バッカス中将?」
「……失礼、独り言です。中に入りましょうか、設備が生きていなくとも、暖は取れそうです」
入口は雪で閉ざされていたが、二人で除雪すると、しばらくして施設の入口が顔を覗かせた。
ひしゃげ、焦げた跡があるその扉は、何者かの侵入を意味する。
「中に何かいるのかな?」
「大丈夫でしょう、破壊されたのは何年も昔の様子ですから」
バッカス中将の言葉通り、施設内は静まり返っており、機械が稼働している様子は窺えない。
「本当だ、私たちがいた施設と全部同じだね」
「はい、恐らくこの施設も、人類復興計画のひとつなのだと思います」
「ということは、奥には私みたいな女の子がいるのかな?」
リリィの質問に、バッカス中将は応えず。
仲間が増えたら戦いが楽になる。
人が増えれば楽しいことが沢山だと、リリィは鼻歌交じりに奥へと進むのだが。
「わ! 本当にいた!」
施設の最奥、透明な筒状の中に、青い髪の少女の姿があった。
「私と髪色が違うね。名前は……レイズ・フォティモ、レイズちゃんか」
服装もリリィの赤と違い、青と白で統一された綺麗なドレス姿だ。
一度も外に出ていないのか、靴も綺麗なまま。
お人形さんのように、レイズという少女は一人、筒の中で眠り続けているのであった。