第15話 空島の蛇天ぷらうどんを食べよう。
リリィの前にはこんがりと揚がった蛇の素揚げ。
それと空島に生えていたヨモギを和えた麺があった。
バッカス中将がヨモギを刻み、手で揉みペースト状にした物を、薄力粉と強力粉を混ぜた生地に投入して、それをまたこねこねと練る。真っ白だった生地が緑色へと変化し、バッカス中将が叩きつけるとそれは次第に伸びて、お餅のようにうにょーんと伸びていくのだ。
トントントントン……
リズミカルなナイフ捌きで、生地は麺へと形を変えていく。
サイズ的に蕎麦ではなくうどん、草うどんを作ろうとしているのだろう。
「人が残していった食材が使えて良かったですね、リリィ」
「……」
「リリィ? 涎が垂れてますよ」
「うん、美味しそう……」
じゅるりと、袖で涎を拭う。
鍋の中で煮立つ色黒のスープ、鰹節の匂いが食欲をそそる。
どんぶりへと麺を入れ、蛇の素揚げと野草をふりかけた後、スープを注ぐ。
二人を襲った魔王兵器はこうして無事、天ぷらうどんへと姿を変えた。
「いっただっきまーす! はふはふ……」
一心不乱に麺を啜り、スープを飲む。
我を忘れ食に没した後、光輝く笑顔と共にリリィは叫んだ。
「うわあ美味しい! なにこれ最強じゃん!」
料理人冥利に尽きる言葉である。
バッカス中将はリリィの笑顔を見るのが大好きなのであった。
「古き人間たちは、美食の追及をしていたと記録が残っています。美味しいものを万人が食せるように、粉末状にして保存したり、誰でも調理ができるようレシピを公開したり。当時の人たちからしたら、この料理だって物足りないものだと思いますよ」
「おかわり!」
「リリィ、早く食べるとお腹が膨らみますよ?」
「そうなの? でももう食べられないかもしれないし、食べる!」
「わかりました。どのようなスタイルになっても、僕は大丈夫ですけどね」
バッカス中将のお小言など気にせず、リリィは二杯目もスープまで完食した。
食べ終えるとそのまま倒れこみ、満足気にお腹をさする。
「ぷはぁー! 食べた食べた。もうお腹いっぱいでムリー」
「リリィが満足されたみたいで良かったです」
リリィだけではなく、風雨竜のオムレツも美味しかったようで、キュウと鳴き声を上げた。
黄色いモフモフした頭を、リリィは優しく撫でる。
「それにしても、さっきバッカス中将が言っていたけどさ。こんなに美味しいのに、昔の人は物足りないって言っていたの?」
「そうですね。その可能性があるとしか、僕には言えませんが」
「それってちょっと欲張りだよね。美味しいのは嬉しいけど、ほどほどにするべきだと思う」
起き上がったリリィはあぐらをかいて座り、空になったどんぶりを見やる。
「そうですね。何事もほどほどが良いと思います。リリィは良いことをいいますね」
ぱちぱちぱちと拍手をすると、リリィは「えへへ」と照れ隠しに笑みをこぼした。
「にしてもさ、魔王兵器にしては弱かったね。マテリアル・コアも凄い小さかったけど」
リリィとバッカス中将を襲った空を飛ぶ蛇型の魔王兵器は、リリィの大剣、テンプリウム・ストームの一撃であっさりと捌かれてしまい、今や食材と慣れ果てている。
「この程度だったら、過去の人間でも倒せそうだけどね」
「武器があれば、そうだったのでしょうね」
文明のない人間は餌である。
その言葉通りの結末が、この空島だったのだろうと、バッカス中将は語る。
「何はともあれ、初の撃破ってことかな」
「はい、おめでとうございます、リリィ」
「この調子で、全部狩り尽くせたら良いのになぁ」
空よりも地上の方が強いのは、ワーム型の模造品を見て明らかだ。
果たしてこのまま順調に撃破していけるのか、疑問が残る。
「おわっと、揺れた?」
「地震、という訳ではなさそうです」
突然の揺れが、二人と一匹を襲った。
ここは空島だ、地上のように地震で揺れるはずがない。
浮遊石の力で浮いているのだ、強風であっても船のような揺れはない。
揺れることのない大地が揺れる。
新たな敵の出現とみなし、リリィは大剣を手に取った。
「他にも魔王兵器がいたのかな?」
「そうですね。すいませんリリィ、探知魔法に引っかかってはいたのですが、大きすぎてそれが敵だという認識を持てませんでした」
「大きすぎてって、どういう意味?」
「地上の何かが反応していると誤認しておりました。リリィ、この空島全てよりも大きい個体が、我々に迫っています」
「この島全て? どこから?」
「下です」
それまで食を楽しんでいた場所が、突き上げる衝撃と共に崩壊する。
地面を突き破る硬い鱗のような突起を、リリィは見逃さなかった。
先ほど食した魔王兵器と同じ蛇型。
だけど、大きさがそれの比ではない。
「間違いありません、コイツが本体、いえ、親玉でしょう」
リリィたちがいた空島を破壊すると、次々に他の空島をも破壊する。
地面を失った浮遊石が風に乗り、強風と共に吹き飛ばされていく。
小さな空島はもう既に分解し、吹き飛ばされてしまっていた。
リリィたちがいた居住区の空島は大きく、二つに分かれるもまだ形を保っている。
「リリィ、奴の目的は僕たちの逃げ場を無くし、ここから落下させることのようです。早く倒さないと足場が無くなり……リリィ?」
琥珀色をした髪の少女の姿がない。
バッカス中将は魔法生命体だ。
慌てたり、怒ったり、泣いたり、そのような感情の起伏は無いと言っていい。
だが、そんなバッカス中将でも、リリィの存在が関与してくれば別だ。
バッカス中将の存在意義はリリィと共にある。
リリィを失ってしまった場合、バッカス中将が存在する意義はなくなってしまうのだ。
残る全魔力を開放してでも、見つけ出す必要があった。
将来の伴侶、バッカス中将の全てとも言える、愛するリリィの存在を。
ならばこそ、彼は叫ぶ。
石と化した拳を握り締め、身体を放電させつつ、ありったけの声で彼女の名を。
「リリィイイイイイイイイ!!!!」
「なにー!」
果たして、彼女の返事は早く。
見上げれば、愛くるしい背の小さい彼女は、空飛ぶ大蛇の背にいた。
大剣を突き刺し、暴君に振り落とされまいと必死に柄を握る。
「なんか呼んだー!?」
バッカス中将は魔法生命体だ。
感情の起伏は無いと言っていい。
けれども、リリィに関して言えば、別だ。
「リリィ! 今からその剣を巨大化させます!」
「あいよー! やっちゃってー!」
耳にするだけで安らぎを覚える。
バッカス中将にとってリリィとは、そういう存在なのだから